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第21話  食物連鎖の頂点

詰み。

その言葉がアベルの頭の中を支配していく。


(この俺が……こんなカスのような連中と同じ末路をたどるのか……? 嫌だ……。俺にはもっと誇り高い生き方があるべきだ……。)


ぽろぽろと涙が頬を伝い地面へと吸い込まれる。

シミだけを残し消えるそれはまるでこの後のアベルの人生を現しているようである。


(まだだ、まだ手はある……。終わるはずがない……! 俺がこんな場所で……!)


よたよたと数歩後ろに下がったかと思うと、エオナたちに背を向け家の中へと逃げ込む。


「あ、てめえ! 逃げんじゃねえ!」


後ろからオルガの怒声が聞こえるがそんなものは足を止める理由にはならない。

いつの間にか家の中まで入ってきていた盗賊たちを押しのけ入口へと向かう。

そして、その勢いのまま家を飛び出し山から見える位置へと走った。


(大砲だ……! 俺が直接指示を出せば……!)


必死に事前に決めておいた発射の合図を出す。

されど、撃ち込まれない。一門からも放たれない。


(なんで……どうして……。撃てばまだ勝てる……! なのになんで……!)


当然である。

現在、撃ち込まれる場所には大量の同胞がいるのだから。

数日前から暫定で上に立っただけのアベルの指示など誰も従うわけがない。

砲撃隊は全員が様子見をしている状態である。


「ちくしょう……!」


もしアベルがオルガの正体を話していれば導火線に火がつけられたかもしれない。

しかし、それを知らない彼らからすれば今の状況は盗賊側の圧倒的有利。

数の力で押し通せるとしか思えない状況。

誰もリスクを背負ってまで行動を起こすほど危機感を感じていないのだ。

無論そんなことはアベルもエオナの話を聞いて一度は気づいていた。

だが、気づかない振りを自らにしていた。

希望を完全に断たれることほど恐ろしいことはないからである。


「ちくしょおおおおおお!」


けれども、現実は必ず真実を叩きつけてくる。

ようやく理解が追いついたアベルは膝から崩れ落ちた

その彼の悲痛な声を聞く者は誰もいなかった。



***



「くそっ! あいつ逃げやがった!」


「まあ、いいじゃないか。彼を相手取るのは君でも骨が折れただろうからね。敵戦力が減ったと思えばいいさ。」


「つうか、ボス。さっき何気に私らにすべてを押し付けるような発言していたけど、どういうことだ?」


アベルが逃走して残された彼らは180度すべてにいる盗賊達と睨みあいの状態となっている。


「ああ、見ての通り人形も使い物にならなくなる寸前だしサーベルもあと一本しかないからね。僕の戦力は半減してしまったのさ。」


「つまり、俺とヘイラでどうにかしないといけないってことか。」


「そういうことだな。よし、私は家の右からくる奴らを相手しよう。」


「じゃあ、僕は家の穴から出てくる奴らと人質の護衛を担当しよう。それぐらいはまだできるからね。」


「んじゃ、俺は左ってことか。」


オルガはそういいながら家の左側にたまっている盗賊たちの方へと歩いて行った。

体が大きな彼が近づいてくるだけでもかなりの威圧感がある。

だが、彼は武器もなにも持っていないため先陣を切って一人の盗賊が意気揚々と切りかかる。


「死ねえええええ!」


「お前がな!」


剣を振るうよりも早くオルガの右こぶしが盗賊の顔面に叩きつけられた。

あまりの勢いと威力のため頭の後ろから破裂し脳みそが後ろにいた盗賊たちにシャワーのように降りかかる。

悲鳴を上げることすらできず、肉片になった仲間を浴びた彼らは一瞬はひるんだものの恐れることもなくオルガへ襲い掛かる。

これに感化されたように家の右側にいた他の盗賊たちも何人かが突っ込んでくる。


「しゃらあ!」


オルガは自分に攻撃しようとした盗賊たちを何の躊躇もなく殴り飛ばしていく。

その誰もが数秒前まで人の形をしていたものとは思えない何かになっている。


「くそがあ!」


盗賊の一人が近距離を諦めボウガンでの攻撃に切り替えた。

鋭く尖った鉄がオルガの二の腕に命中する。


「いてえじゃねえか、この野郎。」


だが、矢はオルガの皮膚とその真下に走るわずかな血管を傷つけその役割を終えたように刺さることなく地面に落ちた。

異常なまでに発達した鬼の筋肉の前ではボウガンなど無意味なのである。


「お返しのプレゼントだ。」


オルガは手ごろな石を一つ拾うとボウガンを撃った盗賊へと投げつける。

石は彼の額に命中し、そのまま頭の中へめり込んでいった。


「あ……ああ……。」


彼は魚のように口を何度もパクパクしたのち地面に倒れ二度と立ち上がることはなかった。


「さあ、どんどん来い! 今ならひき肉になれるぜ!」


両腕を真っ赤にしたオルガが盗賊たちに向かって不敵に笑う。

その笑みに恐怖し左側の盗賊たちの足が止まる。

同族が見せるものではなく、捕食者が見せるものに感じられたのだ。

自然を忘れかけていた人間の彼らは思い出す。

自らより食物連鎖の上に立つ者の存在を。

自らが食材であると言うことを。


「う、うわわあああああ!」


恐怖に押しつぶされた一人の盗賊がしょんべんを漏らしながら狂ったように剣を振り回し切りかかる。


「きたねえ!」


当然の如く彼も一瞬で肉片へと生まれ変わる。

だが、彼は幸せだったのかもしれない。

狂うことができたのだから。

残された盗賊たちはこの恐怖を理解して戦わねばならぬのである。


「ったく。お前らは戦う前に便所に行けって教えられなかったのか? 行ってないなら今から行け。ちゃんと手え洗って来いよ。」


そんなことを言われても動けるはずがない。

蛇に睨まれた蛙が動けなくなるように彼らもまた前にも後ろにも行けなくなっているのである。

そんな彼らをつまらなさそうに一瞥したのちオルガは後ろで戦っているヘイラの方を見た。

彼女の方もすでに何人かの盗賊の死体が辺りに転がっている。

だが、オルガが驚いたことは彼女が3mほど上空を舞っていたことである。


「おい、ヘイラ! お前いつの間に飛べるようになったんだ?」


「ああ? 元々だよっと!」


そう言うと突然地面に吸い込まれるように落ちていき下にいた盗賊をハンマーで押しつぶす。

彼女自身もハンマーもすでに元々赤かったと言われても分からないほど血を浴びている。


「まあ、暇ならそこから私の戦いぶりを見てな。蝶のように舞い蜂のように刺すこの私の戦闘を!」


恰好を付けた御託を並べながら盗賊に一気に近づき、ハンマーで足を砕く。

その隙をつき、背後から剣を振り落とされたがまるで振るったハンマーに引っ張られるようにその位置から脱する。

そして、すぐにその盗賊を剣ごとぐちゃぐちゃにした。

様子を見ていたオルガは一度口笛を吹く。


「どうだ?」


「蝶のように舞い蜂のように刺すってより、ゴキブリのように逃げ回ってムカデのように噛むって感じだな。」


「あ? なんだとコラ。もういっぺん言ってみろ、童貞!」


「あ? てめえ言っていいことと悪いことがあんだろうが! ひねりつぶすぞ!」


「良いよ来いよ! 盗賊の上にあんたの死体を作ってやるよ!」


「なぜ、この状況で君たちはそんな呑気なことができるんだ!」


オルガが開けた穴が小さかったため未だに一人だけ膠着状態のエオナがつっこむ。


「こいつが先に喧嘩吹っかけてきたんだ、買うしかないでしょボス!」


「なんだとてめえ! 正直に感想言っただけじゃねえか!」


「売る方も売る方、買う方も買う方だ! 少なくても今することじゃない! 僕がわざわざ前線を譲ったのだからまともに働いてくれ!」


二人は仲良く同時に舌打ちをしたのち再び盗賊と向き合う。

僅かに仲間割れに期待していた盗賊たちからすればたまったものではない。

結局、また膠着状態へと戻る。


「なあ、盗賊どもよ。おとなしく捕まるっていうなら命だけは助けてやるぜ。俺たちも人殺しが好きなわけじゃないからな。」


オルガが説得をするが仲間を殺しまくった奴の言葉に信憑性なんてものは一切感じられない。

だが、このまま挑んでもあるのは確実に死。

ならば、砂の一粒ぐらいしかない可能性に賭ける方がずっとがマシである。


「ど、どうする?」


「俺に聞くなよ……。」


「でも戦うよりは……。」


盗賊たちの心に揺れが生じる。

オルガはその好機を見逃さずさらに餌を撒く。


「今なら捕まった後の処遇についてギルドを説得してやろう。俺の進言がなきゃ最悪死罪だぜ?」


無論オルガにそんな権限はないし、仮に進言してもE級冒険者の言葉など聞き入れられるはずはない。

だが、恐怖で思考が停止している彼らはその甘い言葉に逆らえない。


「じゃ、じゃあ……。」


「なら俺も……。」


一人が諦めるように従うそぶりを見せると次々と賛同者が現れる。

オルガがしめたという顔になった瞬間に盗賊たちの後ろから声が飛ぶ。


「待たんかい、馬鹿たれども! 誰が諦めていいと言った!」


その声にまた盗賊たちの動きがピタリと止まる。

そんな彼らの間を割きながら一人の男がオルガの前に出た。


「お前らがやらんならわしがやる。分かったら下がらんかい!」


頭領である男がそう怒鳴ると盗賊たちが一斉に彼の後ろに逃げる。

全員が逃げ終わったのを確認すると頭領はオルガに向かってメンチをきる。


「随分好き勝手やってくれたな、あんちゃん。お前のおかげで計画が大幅に狂っちまったぜ。」


「お前らが悪いんだぜ。俺の大切な酒の流通の邪魔をするような真似したからな。」


「下らん冗談など聞きたくない! なあ、あんちゃん。お前も能力者だろ?」


男はそういいながらさらに一歩前に出る。

オルガが男の装備を確認するが腰に剣が一本刺さっているだけで他の盗賊よりも貧相に感じられた。


「仮にそうだとしてなんだ? お前が死ぬ未来には変わりはないぜ?」


「確かに未来は変わってないな。だが、間違いがあるぜ。死ぬのはお前さんだということだ。」


「面白い妄想だな。小説家になることをお勧めするぜ。」


「妄想かどうか試してみるといい!」


頭領はそう叫ぶと全身に力を込め始める。

すると、彼の体がどんどん変化をしていったのだ。

筋肉が膨張するように肥大化していき身長もそれに比例して大きくなる。


「はあああああああああ!」


上半身の服ははじけ飛びズボンもはちきれんばかりになっていく。

変化が終わるころには頭領の身長は3mをゆうに超えていた。


「逃げ出したくなったか、あんちゃん。だが、もう土下座して靴を舐めても許してやらねえからな。」


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