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第20話  涙の騎士 対 悪魔

現状打てる手はすでにすべて打ち終わっている。

確かに生き残るだけであればオルガもヘイラも人質を放棄して逃げ出すことが最善であった。

だが、彼らはそれを放棄してしまった。

もう彼らにはルーレットの上を走る玉に触ることができない様に神に祈るほかに手段はないのだ。


「後は旦那が交渉に成功するのを願うしかないな。神頼みってやつは嫌いだが思わず頼っちまいたくなるぜ。」


「まあ成功するとは思えないがな、神頼みも交渉も。ボスもある程度時間が稼げたらここで合流する予定だ。あとは出たとこ勝負だな。」


「そうだな。まあ、しけたツラしていてもいいことなんかありゃしねえ。酒でも飲むか?」


オルガはボトルをヘイラに向かって投げる。

受け取った彼女はその中身を一気に飲み干し空になったボトルを投げ返す。


「珍しいな、あんたが酒をくれるなんて。雪でも降るんじゃねえか?」


「なに、女が顔に傷までこさえてまで戻ってきたんだ。ねぎらいでもしてやるのが筋ってもんだろ。」


オルガのその言葉に忘れかけていた頬の怪我を触る。

かさぶたがまだ出来ていないのか指にわずかに血が付く。

ヘイラはただの馬鹿かと思っていたが見るところは見ている奴だと少し評価を改めた。


「驚いたよ、あんたがこんなことを気にかけてくれるなんて……。」


「じゃあ、驚きついでに金貸してくれ。この一件が片付いたらあいつらと二回戦するんだ。でも、元金がなくてさあ。」


「一瞬私の中によぎった感動が浜辺に書いた文字のように消えていったよ。つうか、かっこつけんなら最後まで頑張れよ……。」


「てめえ相手に着飾って何の価値がある?」


「すいません。イチャついている所申し訳ないんですが私たちはこれからどうしたら……。」


敵に囲まれている絶望的な状況にも関わらずいつものノリで話し合う二人に戸惑う様子でエマが尋ねる。

だが、その問いに二人が答える前に何かが家の中に入った大きな音が響く。

それと同時におどけた態度を取っていた彼らの周りの空気が変わる。


「下がっとけ。ここから先にお前の出番はないぜ。分かったらこの俺の活躍を後ろから見てな。」


「わ、分かりました!」


エマを後ろに戻しながら、ヘイラもオルガも戦闘態勢に入る。


「大砲……ってわけじゃないみたいだな。全く火薬の匂いがしない。」


「敵が踏み込んできたか? まあいいさ、来たら来たでぶっ飛ばしてやるぜ。」


横からの回り込みにも注意を払いながらも家の穴に向かって警戒を続ける。

だが、穴から飛び出したのは二人がよく知る顔だった。


「いやあ、まいった。ここまで厄介な奴が絡んでいるとはね。」


二本の内、片方が折れたサーベルを握っているエオナが笑いながら頭をかいた。

地面を何度も転がったのか全身に砂が纏わりついている。


「やあ、オルガ。少ししか離れてないけど元気そうじゃないか。」


「旦那もな、と言いたいがどうやら厄介ごとを持ってきたようだな。」


「ああ。剣には自信があったのに押し負けてしまってね。心も折れてしまいそうだよ。」


「嘘つけよ、ボス。その割には随分嬉しそうな顔をしてるじゃないか。」


「まあ、楽しいのは事実だし仕方がないね。」


三人とも軽口を叩いているが、全く家の方から目を離さない。

敵の強襲を恐れているのである。

しかし、その恐れの意味はまるでなかった。


「そう、殺気立たないでくださいよ。私は話し合いに来ただけなんですから。」


穴の中から気取った喋り方をしながらアベルがゆっくりと姿を現す。


「剣を振り回しながらの話し合いとは中々斬新じゃないか、プロメッサ・アベル君?」


「お気づきでしたか、私の正体に……。まあいい、戦場において肩書ほど役に立たないものなどありませんからね。ところでいつからですか、確信を持ったのは?」


「ついさっきだよ。最初は騎士の物真似野郎かと思ったが剣を交えてすぐに分かった。本物の騎士だってね。まあ、決め手は君の顔だったけどね。」


「私もこうやって話してようやくあなたのことが分かりましたよ、ジンキョウ・エオナ卿。」


相変わらずスカした態度のアベルだがやはり一部の隙を見せる様子はない。

オルガは拳を構えたまま隣にいるエオナに尋ねる。


「親しそうに話している所を悪いがあいつは何者かだけ簡単に教えてくれ。このままじゃ気になって夜しか眠れないぜ。」


「快眠じゃないか。まあいい、王専属の近衛騎士になり損ねた男だよ。でも、実力は折り紙付きだ。この国の実力者といえば必ず名前が上がるほどのね。」


「蛇人族に騎士とは……。年末の大売り出しみたいだな……。もう何が来ても私は驚かない気がしてきた……。」


警戒はしながらも話をしている三人を見てアベルは内心ほくそ笑む。


(よかった……。俺に警戒して動かない。このままだ、このまま後1分あの鬼の動きを止めきれれば……勝てる!)


現在ここに撃ち込まれようとしている砲弾の数は4発。

必ずそのうちの一発か二発は家を貫通し、オルガの近くに着弾するだろう。

そうすればいくら鬼とはいえそれなりの傷を負う。


(俺は能力で身を守れる。だが、奴は何かしらのリアクションを取るはず! その隙をついて頸動脈でも切れれば奴を殺せる! 必ず殺す!)


アベルの剣を握る手に力が入り、すました顔には冷や汗が流れ落ちる。

この作戦だけがアベルに残されたたった一本の道なのである。

そして、それはオルガの気まぐれによって容易に崩れるような細く脆いもの。

この男もまた、神に祈るしかない状態なのである。


(動くな動くな動くな動くな! 俺のために、俺の未来のために! ここで死ね、化け物!)


だが、祈ってばかりでは勝利の女神は微笑んでなどくれない。

自ら彼女に近づく行動を起こさねばならない。

つまりこの状況においてそれは会話、オルガの注意を自分に引き付けることである。


「貴方たちなど私の能力で一瞬でバラバラにすることができます。だから、諦めて武器をしまってください。」


「悪いがてめえが思っている以上に俺は強いぜ? 武器をしまって全裸で土下座するのはてめえの方だ。今なら半殺しで許してやるよ。」


挑発に対して中指を突き立て強気に答えるオルガだが攻撃を仕掛けてくる様子はない。

アベルが能力者であると言う言葉が原因でむやみに動けないのである。


(よし! 能力者であることが抑止力になった! このままなら後40秒ぐらいなら耐えられる! 女神は俺を見捨ててなどいなかった!)


事実、いかにオルガとはいえども無策で能力者に正面切って突っ込むほど愚かではない。

エオナやヘイラに至っても同様である。


(そして、こいつは俺がいるから砲撃はないと考えている! 馬鹿が! そんなわけあるかぁ! 吹っ飛ぶんだよ、お前ら全員!)


残り約30秒、一秒立つごとに勝利の実感がわいてくる。

それにつられるように紳士的な笑みから人間らしい勝ち誇った笑みへと変わっていく。

そんなアベルに対して、常時悪魔のような笑みを浮かべているエオナが話しかける。


「三対一という不利な状況なのに随分嬉しそうな顔をしているじゃないか、アベル君。」


「変人で有名なエオナ卿に褒めてもらえるとは光栄の限りです。褒美はあなたたちの降伏だったら嬉しいですね。」


「それは無理だが代わりに君の考えを当ててあげよう。」


「考え? ぜひ聞かせてもらいたいものです。」


アベルはわざとらしく驚いた顔をして見せる。

それに対してエオナはさらに口角を上げて笑う。


「僕らが動かないとでも考えているんだろう? まあ、君がいる限り砲撃されるリスクは低いし能力が分からない今僕らはむやみに攻撃できないからね。」


「……。」


「おかげで僕らはこうやって呑気に話をする時間があると言うわけだ。」


エオナの話を黙って聞いているアベルは内心で彼を見下す。


(……馬鹿か、こいつは? 何を当たり前のことを話しているんだ? 所詮は平和ボケした貴族、頭がおかしくなったか。)


そんな彼の心の内など知る由もなくエオナは話し続ける。


「でもね、これじゃあ僕は心配なんだ。もしかしたら君が何らかの能力で影響を受けなくて砲撃を指せるリスクが残っているからね。」


その言葉が言い終わるか否かに、アベルの後ろから何かが近づいてくる足音が聞こえてくる。


「僕は怖がりでね。この状態をより安全なものにするため手を打たせておいてもらったよ。」


足音はやがて雄たけびによってかき消される。

アベルには聞こえた。

希望の道が音を立てて崩れていくのが。

自分が落ちていく悲鳴が。


(嘘だろ……。ここまで上手くいっていたのに……。何で……。こんな、こんなことで……。)


アベルの視界が悔し涙によって歪み始める。

絶望に打ちひしがれている彼の前に立っているエオナにボロボロになった人形が集まってくる。


「君だけだと寂しかと思って呼んできたんだ、彼らを。」


その人形につられるかの如く家の周りから次々と盗賊が現れる。

その群れの中には頭領たちの姿も確認できた。


「な、なんであいつらが……。」


「僕は君と話している間に。」


「彼らをちょっと挑発しただけさ。」


「一人やたらと交戦的なのがいたのは驚いたけどね。」


エオナと同じ声で首が半分取れかかっている人形たちがどこからか声を出し答える。


「すげえな、旦那。そんなことできたのかよ。」


「冒険者やめて大道芸人になったらどうだ? きっと儲かるぞ。」


珍しいものを見るようにオルガとヘイラは目をキラキラさせている。

だが、そんな彼らの会話はアベルの耳には全く入ってこない。

外から見て取れるほどに顔の色が白くなっていく。


(何で来た……。こんな見え透いた罠に……、安い挑発に……。何で……。)


疑問だけが頭の中を渦巻いて動くことすらできなくなる。

歯が震え、足が震え、手が震え、目の前の化け物から逃げることも出来ない。


「アベルさん、助けに来たぜ! あとはわしらに任せとけ!」


「黙れぇ! 黙れぇ……。」


何もしていないのに呼吸が荒くなり、言葉を続けて言うことすら苦しく感じられる。


(あの馬鹿か……! こんな状態を引き起こしたのは……! 他の頭領より頭が悪いと思っていたがこれほどとは……。あいつこそ先に殺しておくべきだった……!)


悔やんだところですべてが遅い。

起きた事象は変わることはない。

変えられるのは未来のことだけなのだ。


「さあ、アベル君。僕は手札をすべて切り終わった。後はこの二人がお相手しよう。」


涙の騎士に悪魔が両手を広げ不気味に笑った。

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