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第01話  盗賊退治に行こう

平和な王都の昼下がりにジンキョウ領主、ジンキョウ・エオナ公爵は悩んでいた。

退屈であると。



彼は幼き頃から冒険者に憧れ、28歳になる今年に家を抜け出し見事に夢を叶えた。

だが、正体を隠してまで手に入れたその生活は彼が思っていたものと大きく異なっていたのだ。

ギルドに所属してから3か月現在、彼ら一行が行った仕事は街の警備、土木作業、清掃作業のたった三種類だけである。

華やかな冒険など何処を吹く風。

彼らはモンスターと戦ったことがないばかりか王都から一歩も出ていないのだ。


(なんだこれは! 僕が求めていた血肉湧き踊る冒険はどこへ消えてしまったんだ!?)


しかし、それは致し方のない事なのだ。

冒険者ギルドでは最下位のE級冒険者がモンスター討伐などの危険な依頼を受けることを許可していないのだから。

ではなぜ許可がでないのか。

それについて少しお話しよう。



冒険者になる者と聞いて正義の味方や強い人間を想像する人も多いがその実情は全く違う。

高額の賞金、名誉、栄生を求め自ら冒険者になる者などわずか一握り。

彼らの大半は農家や商家の次男坊や三男坊、それ以外の者は大抵が前科持ちである。

ようは口減らしや世間から追い出された者たちが職に就けず仕方がなくなる職業、それが冒険者だ。

喧嘩の一つもしたことがない者もいるそんな彼らにいきなりモンスター退治に駆り出せば結果は目に見える。

全滅どころか人間の味を覚えたモンスターが人里を襲うという事態すら考えられるのだ。

ギルド側はそれを防ぐため、もとい責任逃れの言い訳として初心者のE級冒険者には準備期間と名うち1年間は奉仕的な仕事しか与えない。

無論、足元を見た安い賃金で働かせる。

社会の屑の集まる場所の更に底辺、それがE級冒険者である。


(クソ! 僕は近所のおばちゃんにありがとうと言われるために冒険者になったんじゃあないぞ! いや、嬉しいけれども!)


この状態を打破する方法。

1年真面目に働いてD級に上がる以外の方法。

それはただ一つ、辻斬りを捕まえたり街中に入り込んだモンスターを倒し手柄を上げ特別昇格を狙うほかない。

だが――


(死ぬほどのどかじゃないか、ここは! 悪人といっても食い逃げぐらいしかいないぞ! マフィアの一つでも落ちていないのか! 優しく皆殺しにしてやるというのに!)


クレイジーな思考についてはひとまず置いといて、国の中心をつかさどる王都にそんな事件などありはしないのだ。

まあ、平和に越したことはないのだが。

ともかくもエオナは血と泥と鉄の香りが漂うような冒険をしたいのである。

そのために今の彼に出来ること、それは常に掲示板に張られる依頼書をチェックするぐらいだ。

しかし、この無意味に思えるような行動がついに身を結ぶ。


「この依頼は……!」


一枚に依頼書を手に取り不気味に笑う。

本人はほくそ笑んでいるつもりなのだろうが、周りの冒険者からは赤子をさらう前の死神にしか見えなかった。


(やっぱり僕はついている! スギリア一の幸運の持ち主だ!)


そんな他人の視線など知る由もないエオナは笑いをこぼしながら依頼を受注する。

そして、オルガとヘイラを集めるために高笑いしながらギルドを去った。



この時彼は軽い気持ちで受けたこの仕事が歴史を動かすきっかけになるとは夢にも思っていなかった。




***




「オルガにヘイラ君、仕事だ。速やかに準備を整えてくれ。」


近くの居酒屋で真昼間から一緒に酒を飲んでいた二人に依頼書を叩きつける。

エオナの恐ろしい笑みにヘイラはジョッキに口をつけたまま止まり、頭に角を隠すためのバンダナを巻いているオルガはその隙をついて彼女のつまみを盗もうとする。


「おい、ボス。今日の仕事は夜間警備のはずだろ。初心な男の初デートじゃあないんだ、そんなに慌てることはないだろう。」


横取りしようとするオルガの手を弾きながら彼女は言った。

だが、エオナは人差し指を立て横に振る。


「そんなつまらん仕事は放棄してきた。今から僕らが受ける仕事はこいつだ。」


そう言いながら置かれた依頼書を指でコンコンと叩く。

つまみの奪取に失敗したオルガは代わりにそれを手に取り目を通す。


「ふ~ん、なるほどな。確かにこいつはやばいぜ。」


「だろうってあれっ? 君って文字を読めたのかい?」


「いいや、赤子ほども読めない。だからさっぱり分からん。」


「じゃあ、何でなるほどと言ったんだよ……。」


「それは男ってのはいつでも見栄を張る生き物だからさ、旦那。」


「一緒にしないでくれ、一緒に。」


エオナは彼の手からそれを取り上げるとヘイラに渡した。

彼女は片手で酒を飲みながらも馬鹿な鬼とは違いちゃんと読んでいく。


「盗賊退治か……。まあ、E級にしては珍しい依頼だな。」


「だろう。だけど見てほしいのはその概要についてなんだ。」


ヘイラは促されるままに読み進めていくと徐々に怪訝な顔へと変化していく。

そして、読み終わると残った酒を一気に飲み干す。


「この仕事は断るべきだ。不確定要素が多すぎるからな。」


「まあそう言うとは思っていたよ、ヘイラ君。だけど、これはB級である君に僕とオルガが追いつけるためのチャンスでもあるんだ。行くべきだよ。」


「リスクは避けていくのが冒険者だ。それに仮にもあんたは公爵なんだろう。命を大切にしろ、命を。」


渋るヘイラをエオナが必死に説得する。

その様子を一人置いてきぼりを食らっていたオルガが歯止めをかけた。


「へい、お二人さん。楽しそうな団欒はひとまず中断だ。まずは俺にも状況を説明してくれ。」


いい加減うっとおしいと感じていたヘイラはその言葉を助け舟と言わんばかりに説明を始める。


「いいか、オルガ。この依頼は小さな村の近くで目撃された20人前後の盗賊の討伐だ。それは分かるな?」


「馬鹿にしているのか、ヘイラ。そんな事はさっきの話で分かっているぜ。俺が聞きたいのはてめえの言う不確定要素についてだ。」


「そう慌てるな。せっかちさんは女にモテないよ。」


小馬鹿にするその態度は気に食わないが説明を受ける側であるため文句を飲み込む。

その様子がまるで餌を目の前にした犬が待てを言われたような表情だったのでエオナは笑ってしまった。


「おい何が面白いんだ、旦那。不気味な顔で笑うんじゃあないぜ。ガキが見たら泣いちまうだろうが。」


「いや、すまない。お詫びに僕が彼女の言う問題点について説明するよ。まず一つは今回の盗賊退治は個人で行けるという事だ。」


本来はE級の盗賊退治とは1パーティで行くものではない。

ギルド側が冒険者を盗賊の規模にもよるが30人から100人前後招集し簡易な軍隊を編成するのが普通だ。

しかし、今回は違う。

ギルド側は完全に冒険者に丸投げ、無責任な対応をとっているのだ。

信頼を大切にするギルドという組織がこのような依頼を通すのは極めて珍しい。

ゆえにヘイラは避けるべきだと判断したのだ。


「なるほど、確かに変だな。」


「ああ、しかもそれだけじゃあない。報奨金は普通なのに人数指定がないんだ。これじゃあ来た冒険者全員に報酬を与えなきゃならない。」


報奨金は一般的な盗賊討伐の金額、5万ギル。

成人一般男性の月収が20万ギルであるこの国では妥当な値段である。

ちなみに盗賊を一人に付き死体であれば2万ギル、生け捕りで3万ギルの追加報酬を得ることもできる。

そんな金額を払う依頼者は田舎の小さな村の住人達。

金に余裕があるとは思えない。

彼らが返済できないとなるとギルドは立て替えを行うことになる。

依頼を出す側も通す側の不自然なのだ。


「というわけでこの依頼のおかしいところは分かったかい?」


「ああ、依頼はな。でも旦那がそこまで分かっているくせになぜこの依頼を受けようとするのかが分からねえ。」


「ああ、そんなの面白そうだからだよ。理由なんてそれだけで十分じゃあないか。」


あっさりと返されるその返答にオルガは言葉を失った。

隣にいたヘイラも言葉を失った。

そして、思った。

何言ってんだこいつと。


「おい、オルガ。私たちはどうやら上司を間違えたらしい。これならガキにでも任せた方がマシだ。顔が怖くないからな。」


「全くだ。こんなキチガイが上にいるとは信じたくないぜ。ちなみに俺はギルドのウエイトレスの部下になりたい。胸がでかいからな。」


「連撃を決めるように僕の悪口を目の前で言うのは止めてくれないかい? で、行くか行かないかはっきり決めよう。」


ヘイラは頭を抱えため息をついた。

彼女はこの3か月、エオナと関わってきて大体の性格は分かっている。

彼は普段は常識人だが根はとてつもなく頑固であるという事を。

どうせ何を言っても結果は変わらないと判断し渋々ではあるが彼女は折れた。


「分かったよ、ボス。私たちが行かないと言えば一人でも行くんだろう? ついて行かなきゃあいけないじゃないか。」


「察しがよくて助かるよ。じゃあ、早速行き方を説明するよ。」


マントの中に手を突っ込むと一枚の地図を出した。

この準備の良さ。

彼は間違いなくヘイラが折れることを予想していたのだろう。

姑息なところは流石貴族と言える。


「まず、王都を出て村へ向かうんだがいささか距離があるからね。途中の小さな町で食料を調達して行けるところまで進んだら野宿だ。問題は?」


「ある。私らの他の冒険者も出発しているんだろう? そいつらは町で一泊するはずだ。合流した方がいい。それに大体今から行けば町に着く頃には日が沈むだろうし、わざわざ野宿をするメリットがない。」


「あるさ。盗賊が襲ってくれるかもしれないだろう?」


「……私はなんでこんな人の護衛の仕事を受けたんだろう……。」


「君も僕を利用するためだろう?」


「いや、そうだけどさ……。」


再び頭を抱えるヘイラを無視してエオナは更に続ける。


「それに僕らには日が沈む前にそこまで進むことが出来る方法はある。そのために荷馬車もすでに手配したんだ。」


「ん? ああ……なるほどな。」


二人が笑いながらオルガの方を見る。

ヘイラのつまみを勝手に食べていた彼はその目に気付き手を止めた。


「なんだ、てめえら。いくら俺がいい男だからってそんなにジロジロ見るなよ。」


「オルガ、今から君は荷馬車を引いて走るんだ。君の体力と怪力なら問題ないだろう?」


「馬車ならぬ鬼車ってところか? 私は人類史上初の乗り物に乗れるんだな。」


愉快そうに笑う二人に対して彼は眉をひそめながらぴしゃりと言った。


「誰がやるか、そんな事。大体俺はついて行かねえぞ。」


「「はっ?」」


「野宿するんだろう? じゃあ、駄目だ。俺は酒がないところには行かない。」


「あんた、いつも仕事中に飲んでいるボトルがあるだろう。」


「俺のボトルちゃんに入る酒の容量じゃあ一晩持たないから無理だ。」


ポケットから愛用の鉄のボトルを取り出す。

彼が初の給料で買ったものだ。

余談ではあるがこの武骨な鉄の感じが漢らしいという理由で本人は非常に気に入っている。


「じゃあ、僕が町で酒樽買ってあげるからついて来なさい。」


「ぐっ……! お、俺を馬鹿にするなよ。そんなものに釣られてなるものか!」


「そいつは残念だ。それじゃあ、王都で値上がりした酒でも飲んでいてくれたまえ。行こう、ヘイラ君。」


その言葉にオルガの眉がピクリと動く。


「旦那、今なんつった……?」


「行こう、ヘイラ君。」


「違う、その前だ。」


「10年ぶりだね、オルガ。」


「それは牢屋の中を出るときの会話だろうが! 戻りすぎだ、そこじゃあない! 値上がりについてだ。」


机をドンドンと叩く彼に釣れたと確信したエオナはわざとらしくとぼけた顔で答える。


「盗賊がいれば商人の動きが鈍る。つまり酒も値上がりするってことさ。誰もが歳をとれば杖をつくように当たり前の話だろう?」


本当はそのような急激な値上がりは起きないのだが社会の仕組みを知らないためか、頭に血が上ったためか彼は気づかない。


「旦那、やっぱり俺も行くぜ……。盗賊を全員天国に送りだしたくなった……。さあ、荷馬車はどこだ!」


巨体を揺らしながら勇ましく勘定も払わず店を出ていく。

その後ろ姿を見ながらヘイラはエオナに語りかけた。


「おい、ボス……。本当にあれが仲間で大丈夫なのか? 単純すぎるだろ……。」


「ま、まあ戦闘力という面では最強だし悪い奴ではないから多少はね。」


酒次第で敵に回りそうだという一抹の不安を覚えながらも代わりに勘定を支払う。

そして、アル中鬼車は盗賊退治へと意気揚々と出発した。


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