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第16話  猫をかぶった騎士

「ここか、屑どもの立てこもっているのは……。」


アベルはそうつぶやきながら家にある程度近づき声を張り上げる。


「村人の諸君、我々は無駄な殺しを望まない! 抵抗をやめて人質を解放しなさい!」


だが、家の中からは物音一つもせずに静かなままである。

変化がないのでアベルは続けて条件を提示していく。


「今出てきたら最初の5人は解放すると約束しよう! 騎士の名に懸けて! さあ、出てきたまえ!」


そういうと同時に扉が荒々しく蹴り開けられ中からバンダナを付けた大男が現れる。

オルガである。

彼の右手には小刀が握られており、左手には縛られた盗賊を連れている。

そんな彼を見た瞬間アベルの脳裏に何かが走った。


(あの男どこかで見たことある気がする……。どこだったか……。)


そんな彼の考えもつゆ知らずオルガは小刀をクルクルと回しながら怒鳴る。


「フハハハハハ! 貴様ごときの言葉で揺らぐオルガ様だとでも思ったのか、間抜けが!金を持ってくるかゆりかごの中からやり直してこい!」


「なんでいちいち悪役みたいな喋り方をするんですか!」


「俺は形から入る主義なんだよ。」


直接話し合って見て、アベルもまたこの男との交渉は難しいと感じた。

口調や態度からありありと伝わってくる自信が原因である。


(頭領の話通り、奴には無事に帰れるという確信がある……。それを崩さない限り動じることはないだろう……。)


その自信の種、山に入った冒険者たちを何とかしなければならない。

だが、先の砲撃で敵も警戒しているはずだ。

簡単に見つかることはないだろう。


(だが、今後訪れる冒険者に悟られるようなことはしたくない……。速やかに事態を収束しないとまずいな……。)


この状況、どちらにおいても追い詰められていることに変わりはない。

サイコロの目のように勝機はいかようにも変化する。


「分かった。金を準備しよう。だが、少し話し合う時間がほしい。構わないかな?」


「ああ、好きなだけ話し合え。値段は下げねえが上げるのは大歓迎だぜ!」


それだけ言うとオルガの高笑いを無視し、頭領をつれ近くの民家に入り会議を開く。

先ほどの会話には口出ししなかったが頭領たちはオルガの態度にかなり頭にきているようであった。

一緒に来た頭領の一人がイライラした様子で大きな声で怒鳴る。


「突入しましょうぜ、アベルさん! あんなカスどもに舐められるなどわしの気が収まりません!」


「人質を見殺しにする気か、てめえ! うちの団員どころかお前のとこのもいんだろうが!」


「人質になるような愚図はわしの盗賊団にはいらん!」


状況を理解したての二人は今にも殺し合いを始めるかの如く睨み合う。

その横で元々村にいた頭領も腕を組みながら話に混じる。


「俺も突入することには反対だ。今すべきことは山に消えた冒険者の行方を追う事だ。村の奴らは放っておいても大きな害にはならん。」


「年食い過ぎて頭がボケたか、ジジイ? わしの頭にきている時点で害なんだよ。」


「お前の部下は大変だな。感情で動く馬鹿に従わなきゃあならないからな。」


「なんだ、地獄への最短距離を探しているのか? 安心しな、わしが教えてやるからよお。」


直接、手を出しはしないものの頭領間の空気は悪化する一方だ。

アベルはそんな彼らに歯止めをかけるように静かに呟く。


「私も村の冒険者を片付けるのが最優先だと考えます。山の捜索など時間の無駄です。」


「……一応、依頼主だ。理由を聞いておこう。」


横槍を入れられたようで少々、不機嫌な様子で男は尋ねる。

それに対して芝居がかった動きでお辞儀をするとアベルは続ける。


「先ほどの砲撃、奴らにとっても動きを阻害されていることには変わりありません。派手な動きを見せることは当分はないでしょう。」


「だからと言って探さないわけにもいくまい。山に潜んでいる以上、あぶり出さなきゃあならねえ。」


切れ気味な男に対してアベルは一度鼻を鳴らし小馬鹿にした態度を取る。


「どうやってです? 私が奴らならほとぼりが冷めるまでどこかに隠れます。それを見つけるんですか?」


「そうだ。俺たちは頭数だけは腐るほどある。問題ねえだろ。」


「無理ですよ。木の上、茂みの中、もしかしたら土の中に潜んでいるかもしれない立った二人の人間を見つけるなど土台無理な話です。数が足りないんですよ、我々は。」


その言葉に苦い顔をしながら男は黙る。

子供のかくれんぼでさえ盲点さえつけば半径50メートルの狭い範囲であっても逃げおおせることが出来るのだ。

それを更に広大にした山でとなるとその難易度も当然上昇する。


「それにピザの生地の如く人員を薄く延ばせばそれこそ奴らにつけ入る隙を与えます。相手は手練れです。少人数では返り討ちにあってしまうでしょう。」


「ぐっ……。」


更に盗賊の練度はそれほど高くはない。

群れていなければその実力は価値をなさないのだ。


「だったら、なぜ村の奴の相手をする……?」


「それも簡単な話ですよ。彼らを餌にすればいいだけですから。」


「餌……?」


「ええ、奴らは必ず食いつきます。」


人質に自らなりに行く事。

それは多大のリスクを背負う行為である。

しかし、それにも関わらずあの冒険者が引き受けたという事は山の二人との間で強い信頼関係があると考えるのが妥当。

ならばそれを利用して相手をおびき出してやればよい。

アベルはそう考えたのだ。


「だが、それは今の拮抗状態では使えねえ。仮に脅したとしても応じるとは思えねえぞ。」


オルガに人質としての価値を出すには捕らわれの身である盗賊を助け出さなくてはならない。

そうでなければ、いくら脅したところでそれは虚構、はったりとしか受け取られないからである。


「その点もご心配なく。それは私がなんとかします。」


「何を考えている……?」


「私自身が人質になるんですよ。正確には奴の間合いに入るという事ですが。」


この瞬間に男を含め頭領たちはアベルの腹が読めた。

彼は強行的にこの事態からの突破を考えているのだ。


「私一人でやりますからこれは私の責任です。当然これから不幸な事故が起きたとしても私の問題です。」


オルガを瞬殺し、なおかつ村人たちが即座に諦めた場合でしか人質の安全は保障されない。

だが、彼は人質が死ぬことを大した問題だとは考えてはいないのだ。


「俺たちの部下が死んでも責任はあんたに行く……。だから、俺たちにそのことに目をつぶれという事か……。」


「話が早くて助かります。長引けば長引くほど状況が悪くなるのは我々の方ですから。」


「わしは構わねえ。死んだらそいつらに運がなかったというだけの話だからな。」


一人の頭領は快諾すると残りの二人も渋々ながら受け入れた。

アベルの意見に一理あると見たところもあるが理由はもう一つある。

彼らは恐れたのだ、アベルの背後を。

蛇人族を使える、大量の人員を集められる、大砲すらも準備できる。

これだけの条件がそろえば相手がとてつもない権力を持っていることは想像に難くない。

それに逆らえば自分たちの身すら危ない。

彼らはそう考えたのだ。


「では、一応ですが金を集めてください。近づくための小道具として必要ですから。」


「わ、分かった。俺が集めてくる。しばらく待ってくれ。」


そう言うと頭領の一人が家を出ていった。

残された三人が世間話などするはずもなく気まずい沈黙が流れる。


「で、先生。わしらはそいつらが来るまで何しとったらいいんですか?」


「お好きなように。私は奥で休んでおりますので何かあればお声をかけてください。」


それだけ言うと奥にあった扉をくぐり自分だけ別の部屋に入る。

一人だけになったアベルは作り笑いをやめ明らかにイライラした様子で部屋の中を歩き回る。


(屑どもが! 余計な手間取らせやがって! 俺を誰だと思ってるんだ! 王国騎士のプロメッサ・アベル様だぞ! 死ね、屑ども!)


意味もなく剣を抜き辺りにあるものをやたらめったら切り付ける。

それでも、大きな音が出ない様にしている所がこの男の器の小ささを現している。


(そもそも、あの冒険者が全部悪いんだ! あのお方に頼んであいつだけこの一件が片付いたら切り殺させて貰おうか!)


辺りが切られたものの破片で歩きにくくなる頃アベルに再び疑問が生じた。


(そういえば、あいつは何者だったか……。どこかであったはずなんだ……。)


剣を鞘に戻し記憶の中をひたすらに探し続ける。

散らかった部屋の中を歩くことは出来ないため元はイスだったものに腰を掛ける。

目をつむり様々な場面を想像しそこにあの男がいなかったかを試していく。

そして、見つかる。オルガを見た場所を。


(まさか! いや、そんな馬鹿な! なぜ、アレがここにいる!)


信じられないと言った顔になった後、アベルの顔から滝のように汗が噴き出す。

しばらく頭の中が空っぽになり動けなかったがハッと意識が戻ると部屋を飛び出していく。


「おや、何かあったのか? 悪夢でもみたような顔をして。」


「そっちの顔の方がムカつかないから良いぜ。気取った面は好きじゃあねえ。」


頭領たちに冷やかされたがそんなことには全く気にならない。

彼が今しなくてはならないことは、この疑念を事実かどうか調べることである。

そうでなければ彼の心に平穏が戻ってくることはない。

早足に村長宅を目指すその背中には先ほどまでの気取った姿は見る影もなく消えていた。


「おい、冒険者! 姿を見せろ!」


焦りと恐怖が入り混じったこの感情を悟られない様に必死に抑えながら叫んだ。


(頼むっ……。杞憂であってくれっ……。あのコロシアムの化け物じゃないでくれっ……。頼むっ……。神様……。)


手を合わせずに見たこともない神にひたすら願い続ける。

だが、現実は非常。神は事実までは変えることは出来ない。


「なんだ? 金の準備でも整ったか? それとも、飯の差し入れか?」


扉を開け中から姿を現したのは、まごうことなく化け物オルガである。

アベルに一瞬の立ちくらみの後、胃を握りつぶされたような感覚が襲う。


(なんで、なんで俺にばっかりにこんな不運がやってくるんだ! 俺が何したってんだ……!)


悔しさと絶望に押しつぶされそうになり目の前がぐらついてくる。

立っていることも辛くなり膝に手を当て何とか倒れないようにする。

そんな彼の感情など知る由もなく相手の返事を待っていたオルガが迷惑そうな顔をする。


「用もねえなら呼ぶなよ。こっちは七並べに勝ってて気分がよかったのに邪魔すんじゃねえよ。」


「何で盗賊相手に嘘をつくんですか。オルガさんさっきからパスばっかじゃないですか。」


「うるせえ! 男って生き物はメンツだけで生きてんだよ! それにダイヤの8さえ出ればすべてがうまくいくんだよ! そこから逆転するんだよ!」


「じゃあ、諦めてください。私が止めてるんで。」


「いやあ、パスの回数増やしたらダメ?」


「ダメです。」


追い込まれているアベルにはオルガたちのくだらない会話などは耳に入ってこない。

ふらふらと立ち上がり元いた家に入っていく。

中に入るとニヤニヤした顔をした頭領たちが嫌味ったらしく話しかけてきた。


「随分と別人のようにやつれたなあ、アベルさん。辛いようならわしが代わりに乗り込んでやろうか? 一瞬で鎮圧してやるよ。」


「――げきだ。」


「はぁ?」


頭領は聞こえなかったと言わんばかりに耳に手を当てアベルに頭を近づける。

それに対して彼は怒り狂った顔で頭領を突き飛ばした。


「功撃だといったんだ、ゴミども! ぶち殺すぞ!」


その目は血走っており先程までの気取った彼はもうどこにもいなかった。


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