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第15話  鬼は先を考えない ④

男がとった手はオルガの勧誘である。

捕えてから二日、人質たちには大きな動きはなかった。


(それが今になって突然発起したのは間違いなくあの男が原因だろう。)


つまり、オルガさえ取り込めばこの一件は収まると考えた。

彼の読み通り現在、村人たちは彼の言葉に従っているだけで個人個人の考えは非常に薄い。

ようは川の水の如く思考を止め流れに身を任せている状態なのだ。


(奴を人質から引き離せばあのゴミ屑どもにこの状態を維持できるわけがない。必ずパニック、運が良ければ仲間割れを引き起こすだろう。そのタイミングで甘い誘惑をしてやれば必ず食らいつく!)


男は焦っていた。

この一件は村の管理を任されている一つの盗賊団の頭領である彼に全て降り注ぐ。

それは己と自らの盗賊団の立場を危うくしてしまう。


(応援を呼ぶ前にできることをしなければならない。せめてメンツが立つ結果が必要だ。)


その結果として考えたのはオルガの掌握、人質たちの指揮官を奪うことである。

だが、彼の考えも虚しくオルガはさらに口角を上げ馬鹿にしたように笑う。


「その話には乗れないな! 生憎だがてめらのようなむさ苦しい男どもの方に行くぐらいなら、この色気のねえチンチクリンがいるこっちの方がマシだ!」


「何で息を吐くように私を馬鹿にするんですか!」


全く話に乗る気配のないオルガに対して男は無理だとは思いつつ説得を続ける。


「だが、そっちについても勝ちはない。残りの人生をわずかに伸ばせるだけ……。頭を冷やして考えろ。どっちにつくのが賢い判断かを!」


「馬鹿言うんじゃねえよ。このオルガ様がついてんだ。負けるわけねえだろ!」


どこから湧いてくるのか不確かな自信を盾に最大限の強がりを放つオルガに男は唇を噛みしめる。

長きに渡り頭領として様々な人間を見てきた彼にはすぐに分かった。

オルガが自分という存在を信じ切っているということに。


(この手の輩は非常に厄介。引き際まで行っても撤退しようとはしないからな。空っぽの意地に最後までしがみつき続ける。最悪だ!)


相手が馬鹿であると感じ苦い顔をしながら部下に他の頭領に知らせるように指示する。

これ以上、何を言っても何も変わらない。

無意味に時間を削るよりも自分に降りかかる責任を減らすには即座に状況を報告した方が得策であると判断した。


(少なからず頭領どもにつけ入る隙を与えることにはなるが仕方があるまい……。人質を殺されるよりはマシだ……。)


彼にとって最悪のケースは人質を、他の盗賊団の者が殺されることである。

そうなれば、隙どころか自分たちを殺し縄張りを奪う口実を与えてしまうからだ。


(この場合だと取り分の減額とかだろう……。でかい仕事だったのに実入りが少ないとは……泣きたくなるぜ。)


そんな事を考える彼であったが心の中にしこりのような物を感じた。

何かがおかしい。

納得のいかない事がその感覚を生んだのだ。

そして、これがオルガの最大のミスでもあった。


(そういえば奴はなぜこんな事をしたんだ……? 本当にただの馬鹿だからか……?)


この先、どう事態が転んでもオルガたちの未来は決まっている。

人質と交換していってもいつかは食料、精神的に限界が来て必ず根を上げる。

雨が空に戻らぬようにこれが事実なのだ。


(奴らが行っていることはただの死を先延ばしにしているだけ……。ここから逃げ出すことは出来ない……。そんな事は分かっているはずだ……。)


彼の違和感の正体。

それはオルガが先ほど人質と交換に酒を要求したことである。

彼らにとって人質とはまさに自らの命のようなもの。

それを独断で酒に変えるなど愚策としか思えぬ行動である。


(だが、そんな事をしても奴の影響力に変化はない……。なぜだ……?)


その疑念の答え。

彼はついに辿り着く。


(必要ないからか! 人質なんてものは! 奴らは狙いは持久戦じゃねえ!)


それは彼にとって最悪なものであった。


(忍ばせているのか、仲間を! それは恐らくさっき山に入った冒険者! これは注意を引くための行動か!)


見事にエオナたちの存在に気づいた彼であったが事は少し遅かった。


(まずい! 敵を内部に入れたとあっては洒落にならん! 公開処刑ものだ!)


この状態で彼に出来る事。

それは限られている。


(人を回して知らせに行くか? 駄目だ、そいつらやられたら無意味!)


仮に無事であったとしても頭領たちの休憩所まではどう急いでも10分はかかる。

それでは時間が足りない。


(あれをやるしかねえ! もう四の五の言っている余裕はないんだ!)


彼がとった行動は、現在捕らわれている部下を無視したものであった。


(空砲を撃つ! これしか手はねえ!)


今回のこの仕事には緊急の合図として空砲を撃つ事が知らされていた。

山中のどこにいても聞くことが出来るため全盗賊に速やかに警戒を促すことが出来るからである。


「おい! 空砲の合図を知らせろ!」


「し、しかし頭領……。それはいささか危険では……?」


「うるせえ! グズグズするな! ぶち殺すぞ、ゴミが!」


だが、今回ばかりは大きなリスクを背負うことになる。

人質たちの安否だ。

下手にオルガたちを刺激すれば見せしめに殺す可能性は十分にある。


「発射!」


無論、彼もそれは承知していた。

その上で撃ったのである。

彼は損得で計算し、仲間を見捨てたのだ。

腹に響き、鼓膜が震えるような大きな音が山中をこだまする。


(これでいい……。これで山の中の奴らも警戒状態になったはずだ……。問題はないだろう……。)


彼が知っている限り山に消えた冒険者は2人。

山中には80人近くの盗賊が潜んでいる。

不意打ちでもなければまず負けることはない。

彼が安堵のため息をついた。

それと同時に家の中から飛び出してきたオルガが怒鳴る。


「てめえ、何しやがる! 恋もしてねえのにトキメキが止まらねえじゃあないか!」


男の思惑など知らない彼からすればこれは明らかの挑発行為。

この行動はまさに自然なものであると言えるだろう。

男はやれやれと言わんばかりの態度で彼を諭す。


「うるせえなあ。ちょっと暴発しただけだろうが。図体のわりに肝っ玉は小せえのか?」


「何だと、クソじじい……。残り少ない寿命をここで終わらせてやろうか……?」


「さえずるんじゃあねえよ、ガキが。ほれ、村長と酒やるから最後の晩餐でも開いとけ。」


そう言うと村長に酒樽を持たせ家へと向かわせる。

オルガは村長が中に入るまで殺気交じりの目で彼を見ていたが酒が手元に入ると嬉しそうに扉をしめた。


(本当にガキみたいな面しやがって……。やっぱりただの馬鹿だったんじゃあないだろうか。)


男は家に背を向けると顔がほころばし煙草に火をつける。

煙が宙を踊り形を変えながら消えていった。


(この一件が片付いたら息子の顔でも見にいくか……。孫がいるといいなあ。)


屑であっても親心というものは存在するらしい。

男が懐かしき家族の顔を思い浮かべているとコツリと後頭部に石が当たった。


「いってえ!」


「おい、ジジイ! 次は金持って来い! お年玉だ。取りあえず人質3人、500万ギルで手を打ってやるよ。」


彼が振り向くとそこには相変わらずムカつく顔の男、オルガが家から顔を出していた。

なぜ、こんな奴のせいでセンチな気分になっていたかと思うと急に怒りが湧いてきた。


(あいつだけは殺そう。何があってもだ。)


男は固く胸に誓った。




***




それから約5分後、盗賊たちの間で動きがあった。

二人の頭領が到着したのである。

山中から急いで降りてきて体のいたるところに枝や葉をつけている彼らは男に声をかける。


「随分困ったことになったようだな。どう責任を取るつもりだ?」


「仲間の前で自害なんてどうだ? ああ!」


早速自分に責任をかけようとしてくる頭領たちに男は苦虫を噛み潰したよう顔になる。

そんな彼らを止めるように高級そうなマントをわざとらしくたなびかせながら一人の男が割り込んできた。

明らかに頭領や他の盗賊たちとは装いも雰囲気も異なっている。


「まあまあ、落ち着いて下さい。誰かをせめても何も生まれませんよ。それより、なにが起きたかを聞くことが先でしょう?」


男はきれいに磨かれた鎧を着ていて腰には宝石がちりばめられている鞘に収まったいかにも高そうな細身のロングソードを持っている。

腕には王国の紋章のプレートがつけられており、この国における騎士であることが見て取れる。


「アベルさん、口出さんといて下さい。わしら盗賊にはわしらのやりかたってもんがあるんですわ。」


「ならばすべてが終わった後にやって下さい。我々はあなたたちの雇い主です。目の前で仕事を放棄されるのは困ります。」


アベルと呼ばれた男は相変わらず頭領たちに上から目線で命令する。

年は20代後半といった頭領たちよりもかなり若いが彼らは反論をすることもなく静かになった。


「では、何が起きているか端的に教えて下さい。」


「ああ、実は――」


男はアベルに対して知っている情報をすべて話した。

村人が同胞を拉致していること、冒険者がそのリーダーであること、敵の仲間が山に潜んでいる可能性があるという事など洗いざらいにである。

一通り聞き終えるとアベルは満足げに何度もうなずいた。


「なるほど、人質ですか。屑どもの最後のあがきと言ったところですね。分かりました、ここから先は私が交渉しましょう。」


整えられた髪を一撫でし気取った言い方をして家の方へと歩いて行った。


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