第12話 鬼は先を考えない ①
酒により眠らされてから数十分後、エマが目を覚ますとそこは見知った家の天井であった。
(ああ、私帰ってきたんだ……。じゃあ、あれは全部夢……。)
薬によりまだはっきりとはしない頭の中で寝ころんだまま辺りを見回す。
そこには多くの村人が所狭しと閉じ込められていた。
その誰もが手足には手錠がかけられており、疲弊した顔をしている。
その景色を見て霧が晴れるように頭の中が冴え渡っていく。
(夢じゃない! 捕まったんだ、私たち!)
ここまでの全ての経緯が思い出される。
そして、とっさに起き上がろうと体を動かしてようやく自分も彼らと同様の状態であることに気付いた。
(え!? なにこれ!? どうなってるの!?)
慌てて手錠を外そうとするが当然エマの力でどうにかなる代物ではない。
それでもめげずに悶えていると隣から聞き覚えのある声が聞こえた。
「何をしてるんだ、てめえ? ミノムシの物真似か?」
この状態でも相も変わらずのんびりした口調のオルガである。
そんな彼も後ろ手に鎖をつけられ身動きが取れないようだ。
「本当にそう見えます? もしそうなら良い脳外科医を紹介しますよ。」
「行かねえよ。巨乳のナースがいるのなら話は別だがな。」
軽い口調の彼を見ると自然に冷静になってくる。
体を捻りながらなんとかエマは起き上がる。
「私、寝ていたんですか?」
「ああ、あの酒には睡眠薬が入っていたからな。それはもうぐっすりよ。」
「やっぱりですか……。ん? でも、オルガさんは寝てないですよね?」
「いい男には卑怯な薬は効かねえんだよ。」
「なるほど、馬鹿につける薬はないってことですか。」
オルガは冗談交じりで誤魔化したが、彼に毒が効かないのは彼に鬼の血が流れているからである。
鬼人族は雑食性であり木の根っこから人間までと目につくものは何でも食べる。
そのため彼らは毒に対してめっぽう強くなければならない。
ゆえに彼らは体内に入った毒物に対する抗体を高速で作ることができるように進化している。
半人半鬼の彼でもその力は引き継いでおり、致死量の猛毒を摂取してもせいぜい下痢になる程度だ。
「まあ、俺のことはいいとしてさっさと盗賊が混じってないか確認しろよ、ガキンチョ。」
「エマです! いい加減覚えてください!」
「悪いが俺はいい女の名前しか覚えられねえんだ。」
小馬鹿にした態度を取り続けるオルガは無視して辺りを確認する。
どうやらこの建物の中にはいないようだ。
ただし、玄関の奥からは人の話し声が聞こえてきており、逃げ出すことは困難であると感じられる。
「大丈夫です。見知った顔ばかりですし、みんなここにいるようです。」
「そいつは良かった。じゃあ、俺は旦那たちが動きを見せるまでゆっくりしているから後は任せた。」
「呑気な人ですね、本当に……。」
巨体を起用に折り曲げ就寝に付こうとするオルガを横目で見ていると近くにいた中年の男性が地面を這いつくばるように近づいてきた。
「エマ……無事だったんだな……。本当に良かった……。」
「お父さん……!」
それは多少やつれてしまってはいるが彼女の父親であった。
家族の安否を知り、互いの目からは涙がこぼれてくる。
「良かった……。本当に良かった……。」
「私もだよ……。みんな無事でよかったよお……。」
手錠が邪魔をして抱き合うことは出来ないがそんなことは気にもならない。
ただ感激、安堵。
それだけが二人の胸に染み渡っていく。
しばらく互いの安否を確認するように泣き続けると正気に戻った父親がオルガについて尋ねてきた。
「エマ、こちらの方は?」
「オルガさんっていう方。冒険者で私たちを助けてくれるのよ。」
彼女の言葉、『助け』。
この一言が耳に入った瞬間に今まで沈黙を続け居ていた他の村人たちが一斉にオルガの方を見た。
「本当にこの方が……?」
「エマちゃん、それは本当なの?」
近くにいた村人たちは矢継ぎ早に彼女に尋ねてくる。
当然だ。
彼らにとって今最も欲しかったものは希望の光。
仮に線香花火のようにか細く、消えゆく定めの輝きにすらしがみつかねばならぬほどの絶望の中にいたのだから。
「本当だよ。ねえ、オルガさん。」
「当たり前だろうが。俺がいるのに心配事なんかあるわけがねえ。」
その強気な発言に村人たちは歓喜の声をあげる。
少し考えれば捕まっているだけの男にそのような事が出来るはずなどないという思考になるはずだ。
だが、それにすら気付かない。
極限の状態の連続によりまともな思考すら奪われている。
心が疲弊しすぎている最悪の状態である彼らであるがオルガにとっては好都合であった。
「いいか、安心しろ。俺が仲間たちと共にお前らを助けてやる。だから、俺の命令には必ず従え。生きたいのであればな。」
今であれば彼が指揮権を持てるからである。
ここで命令を聞かずに好き勝手に動かれればいかにオルガとはいえ全員の無事は保証できない。
それを避けるためには信用させることが必要であった。
(難しければ無理矢理にでも従わせるつもりだったが……その心配はなかったようだな。エマを連れてきて正解だったぜ。)
ただオルガが『助ける』と言ってもその言葉に信用性はない。
気が狂った冒険者の戯言として聞き流されるのがオチであろう。
しかし、エマが言えば別である。
無事にここまで戻ってきたという証明になるし、何より知り合いの言葉と他人の言葉とでは信憑性が桁違いだからだ。
(これで俺の悩みは消し飛んだ。後は旦那たちが手筈通りやってくれれば問題ねぇ。)
そう、後は待つだけでいい。
そのはずであった。
だが、村人たちの会話によりその考えは打ち壊される。
「いやあ、150人近くもいるのにすげえなあ。」
「……は? 150人?」
「全くだ、大砲もあるってのによ。よほど腕が立つ冒険者様なのだろう。」
「た、大砲?」
寝ころんだままであったオルガは一気に跳ね起き、エマの方を見る。
彼女もまた彼と同様に引きつった顔をしていた。
恐らく彼女もまた何も知らなかったのであろう。
盛り上がった村人たちとは対照的に冷えた空気が舞い込んできた二人の顔色は悪くなる。
その事に気が付いたのか村人の一人が心配そうに話しかけてくる。
「どうかしましたか? 顔色が優れないようですが……。」
「ば、馬鹿いってんじゃあねえよ。何も問題はねえ。ノープロブレムだ。」
その言葉にまた歓声が上がり、村人たちは喜びを分かち合う。
そんな彼らの隙をつきオルガとエマは頭を突き合わせた。
「どういうことだ、こいつは。話がまるっきり違うじゃあねえか。」
「分かりませんよ。でも、どうするんですかこの先。何とかなるんですか?」
「なるんじゃあねえ、何とかするしかねえだろうが。俺は引き出しから素敵なポケットを持った青狸が出てくるのを待つほど呑気じゃあないナリ。」
「それはキテ〇ツです。」
今さら無理ですと言って引き下がることは出来ない。
そうなれば村人からの信頼を失ってしまう事となるからである。
「とにかく今は情報を集めるしかねえ。話はそれからだ。」
そう言うが早いがオルガは床を叩き、村人たちの注意を集めると協力を煽った。
「取りあえず知っている情報をすべて俺に伝えてくれ。作戦を立てる。なあに、安心しな。日が沈むまでには家で温かいミルクが飲めるさ。」
追い詰められたこの状態でも軽いセリフを吐いてしまうのがこの男の悪いところである。
***
「なるほど。盗賊は複数の盗賊団の集まりで約150人、大砲が約15門、そのうち何門かがこの家に直撃するように構えられていると。」
「そうなんだ、あとできればでいいから村長も助けてほしい。あの人は盗賊に脅されて協力させられているだけなんだ。」
「おう、俺にドンと任せとけ。すべてうまくいくさ。」
この時点ではオルガにはない一つ手だてがあるわけではない。
それどころか、話を聞けば聞くほど無事とは程遠いものになっていた。
(洒落にならねえ。人数はいいとして何だこの大砲の数は……! 無茶苦茶じゃあねえか!)
彼の心境はまさに脱出不能の孤島に閉じ込められたようであった。
彼らの作戦の根底には、オルガが村人を守り切ることが出来るというものがある。
だが、それはあくまで対人を想定したうえでの作戦でありこの条件では成り立たない。
つまり作戦は破綻しているのだ。
(人質を連れて暴動を起こせば大砲でやられる。俺が単騎で戦えばこの家ごとドカン。詰んでるよなぁ、コレ。動かず様子を見るか? 大人しくしていれば撃ち込まれはしないはずだ。)
こうなってしまえば派手に動かない事が普通。
そうすれば安全だけは確保されるからだ。
しかし、今回ばかりはそうは言ってはいられない。
(いや、駄目だ。旦那たちが奇襲を仕掛ける以上それは悪手、愚策だ。)
エオナたちが大砲の存在に気付かず暴れれば撃ち込まれる危険性が出る。
そうなれば何もしないうちに大勢の人間が死んでしまう。
完全に作戦が裏目に出てしまっている。
(仮に気が付いたとしても恐らく旦那たちは頭領を狙う。それが一番安全だからだ。だが、その行動が失敗、もしくは勘付かれればその時点でアウト……! 俺たちは仲良くあの世行だ……!)
つまりオルガはこの場においての安全を確保しなければならない。
待つだけでは駄目なのだ。
前へ、前へ進むしか道はない。
(やれやれだ、クソッたれ。楽なのがこっちかと思ったらとんだ貧乏くじだったぜ。)
しばらく思案したのちオルガはいつものように口角を吊り上げながら言い放つ。
「俺にいい作戦がある。人質を取るぞ。まずは玄関の奴らからだ。」
「「はぁ?」」
突発的なその言葉に村人たちからは間抜けな声が出た。