第11話 頭領 対 胸が小さい冒険者
互いに距離を取り合って数秒、男は頭の中を回転させ情報を整理していた。
(こいつらが何者で何が目的かってことはひとまずどうでもいい。問題はどう立ち回るかだ。)
挑発されそれにより心が乱されるほど男は生易しい人生を送ってきてはいない。
無駄な所に頭を使うぐらいなら実のあることに回すことが出来る人物であった。
(さっきの男は能力者だった。この女も何かしら能力を持っている可能性がある。俺から攻めるのは得策じゃないな。)
彼は過去に何度か能力者と殺しあった経験があり、その多くが初見での攻略が難しいものたちばかりであった。
しかし、逆に能力が分かればいくらでも攻略が可能であることを男は学習していた。
能力者の多くがその力に頼りすぎているからである。
そのため自ら先手を捨て様子見に徹することにしたのだ。
「来いよ、お嬢ちゃん。急がないと追いつけなくなるぜ。」
即座にどの方向へもかわすことができるように注意を払いながら男は挑発する。
「言われなくても行くさ!」
ヘイラは腰を落とし低い体勢から一気に男との距離を詰めハンマーを振った。
男はその一撃を棍棒で受け止めると即座に後ろへと再び引く。
そして、すぐに辺りの様子と自分の体、受け止めた棍棒を確認する。
(どこにも異常はない。単なる怪力女か? それともまだ能力を隠しているのか?)
男がそう思ったのと同時にヘイラが再びハンマーを振るってきた。
今度は剣で受け止めず身を引いてその一撃を寸での所で交わし、彼女がハンマーの勢いにつられ体を持っていかれた隙をつき無防備になった腹に武器を振るう。
(よし! どうあがいてもこの体勢からの回避は不可能! 上手く行きゃ決着だ!)
棍棒がヘイラの腰に当たりそうになった瞬間、不思議なことが起きた。
ヘイラの体が棍棒が起こした風に乗るように持ち上がったのだ。
そして棍棒の表面をなぞるように一回転しながらかわし、元いた位置よりやや後ろに着地したのである。
ただの人間には出来ない不自然なかわし方であった。
(なんだ、今のは! まるで羽に向かって剣を下した時のごとく奇妙な避け方をしやがった! やっぱり能力者か!)
男は驚き距離を取り直す。
そして、喜びを感じた。
能力の一部を無傷の状態で見ることできたため、ここから様々なことが推測でき対策を取ることが可能となったからである。
(恐らく奴の能力は『風に乗る能力』ってところか……。そして、効果範囲は自分が触れているものだけだろう……。)
この推測が当たっていれば彼女の武器も納得がいく。
ハンマーは敵の防御を粉砕しながら攻撃する武器だ。
その代償として攻撃後に大きな隙を生んでしまう。
だが、この能力があれば話は別である。
タイミングよく能力を使えば自動的にかわすことが出来るからだ。
(こいつ、つい最近能力を手に入れたばかりのひよっこじゃあねえ……!)
言うだけではいとも簡単なことに思えるが行動に直すと難しい。
タイミングを誤れば気流に飲み込まれ身動きが取れなくなるからである。
先ほどのヘイラのように無駄なくかわすには解除の瞬間と己の体勢、地面との距離を完璧に理解していなければならない。
これは一長一短で出来るものではない。
(少なくとも5年……いや、7年はこの能力を使い死地を乗り越えてきている……!)
男は彼女に警戒心を高める。
戦闘において最も厄介なのは能力ではない。
命の駆け引きを行ってきた経験である。
(若いが……すでにベテランの戦士だと考えた方がよさそうだ。下手に油断すれば俺が死ぬことになる……!)
だが、経験の差であれば男も負けてはいない。
無能力者だとはいえ、ここで全てを諦める気などさらさらない。
(この女の手札はすでに割れている! 勝機は十分! 逃げる道理はねえ!)
男は再び棍棒を構えるが先ほどまでの後退を踏まえたものではない。
横に一刀両断することを目的としたように腰を落とし大きく後ろに引いた構え、居合である。
(この一撃が当たりかけたのなら奴は必ず能力を使ってかわすはずだ!)
僅か数度、武器を交えただけではあるが彼女の力量は大方把握できた。
技能は五分ほどであるが、性別の差も相まって男の方が力が強い。
その彼が一撃の威力に重きを置いた技を繰り出せば彼女は素の状態で受けることは出来ない。
仮に受けてしまえば肘か手首の骨が間違いなく折れてしまう。
(そうすれば必ず先ほどと同じ状態になる! 気流に乗った瞬間は回転に飲み込まれその場を僅かな時間だけだが空中に留まる! その瞬間にボウガンを撃ちこんでやる!)
男の作戦は極めて単純であった。
浮いている間は風に身を任せているため自由に動くことは出来ないと考え、その間に風をあまり起こさないボウガンでなら倒せると踏んだのである。
(今、ボウガンを撃ってもこいつには当たらない。ムカつくがその程度の実力はある。ならば確実に当てられる環境を整えてやる!)
そのために強力な風圧が生まれる一撃を叩き込めるこの型を取ったのである。
しかし、これには多大なリスクを背負うという条件もある。
(当たれば問題ない……。だが、外せばその場で俺の死は確定する……!)
ヘイラが能力を使用せず己の身体能力だけでかわした場合、男の懐はがら空きになってしまう。
いかにボウガンを控えさせているとはいえ、その距離から応戦するには無理がある。
(当てる……! 当ててやる……! 俺は人生でまだ無敗! ここで負けるわけがねえ!)
持ち手を握る力を更に強め、男は待つ。
ヘイラが突っ込んでくるその瞬間を。
二つの内、一つの命が消えるその瞬間を。
(状況は待ちに入った俺の方が優勢……。幸運の風は俺に向いて吹いている!)
そう、この状態はヘイラにとっては辛い状況。
能力がバレてしまい、相手が何かしらの策をとっているのにも関わらずその中に突撃しなければならないからだ。
それは蜘蛛の巣に自ら突っ込みそこの主を殺せというような話。
馬鹿でなければみすみすそこに行く真似はしない。
だが、男には彼女が攻撃してくるという確信があった。
(奴は急いでいる……。仲間を先に行かせて一体一という安全策とは程遠いものを選択するほどにな……。)
間違いなく彼女はここに縛られ続けるわけにはいかない。
一分一秒でも早く仲間と合流したいはずだ。
つまり、時間がないのである。
それに対して男には有り余るほど時間がある。
それどころかこのまま膠着状態を続ければ増援すら期待することが出来る。
つまり、彼女にとって今こそが最も有利性があり、それは時間と共に奪われていくこととなる。
「図体がでかい割にはへっぴり腰なんだな。ビビッて構えてないで突っ込んで来いよ、でくの坊!」
「ビビりで結構! これから死ぬものに何を言われても腹など立たんわぁ!」
場の動きが止まって約6秒、煽り合いののち先に動いたのはやはりヘイラであった。
ハンマーを振るいやすいように後ろに引き、体全体を前かがみに倒す。
そして、間髪入れることもなく走り出し間合いを詰める。
その速さは昨日、矢を打ち落とした時と同様に人知を凌駕したスピードであった。
(早え! こんな奥の手を残していやがったのか! だが、捕えられないほどの速さじゃあねえ!)
驚きこそは感じながらもそれに飲み込まれず冷静さを保つ。
(さあ、来やがれ!)
ヘイラが棍棒の間合いに入り、男が棍棒を振るうか否かの瞬間、彼女はブレーキをかけた。
フェイントを狙ったのである。
奥の手を犠牲にした一か八かの賭け。
これで男が引っかかり、棍棒を振ればその隙をつける。
だが、彼は振るわなかった。
彼女の動きを予測しコンマ数秒の世界の駆け引きに勝利したのである。
(甘く見るなよ、ガキ! てめえが無策で突っ込むわけがない事ぐらいお見通しだ!)
勝者は勝ちを確信し、敗者は代償を払わされる。
この場においてそれはブレーキをかけたため低速の状態で間合いに突っ込むこと。
素早い動きが仇をなし、完全には止まり切れなかったのだ。
男がそのチャンスを見逃すわけがない。
全霊をこめ流線を描くように棍棒を振るう。
ヘイラもこの一撃を受け止めることは無理であると判断し、軽く地面蹴り宙に浮く。
(よしよしよしよしよしよし! 作戦通り! 奴は能力を使う!)
男は片手を放し腰にぶら下げていたボウガンを抜き刀身の上を行こうとするヘイラに向かって矢尻を向ける。
(風に乗っている間は身動きは取れないはず! さあ、風に乗れ!)
だが、ヘイラは風には乗らなかった。
正確には先ほど様に流れるよう途中まではかわしていた。
しかし、今回は上に来る前に棍棒にハンマーの槌をひっかけたのである。
「なっ!」
男は今さら武器の動きを変えられない。
彼女は男の棍棒に付き従う様に引っ張られていってしまう。
突然の動きに彼はボウガンを撃つことは出来なかった。
(馬鹿な! これはどういうことだ! いや、何で俺はこのまま棍棒を振るえるんだ!)
その疑問の答えを見つけることが出来ないまま、男はそのまま棍棒を振りぬいてしまう。
棍棒が停止するとその勢いにつられハンマーごと一回転したヘイラがその上に着地する。
そして、ヘイラは棍棒の上で立ち上がり男めがけてハンマーを振るうべく突っ込んできた。
迫りくる死を前にして男はようやく答えに辿り着く。
ヘイラが棍棒の上に乗っているにも関わらず全く重く感じなかったのである。
(こいつの能力は『風に乗る能力』じゃない! 『重さを操る能力』だ! 風に乗っている様に見えたのは重さをゼロにして落ちる木の葉のように流れに身を任せていただけか!)
男はようやく真実に辿り着いたがもう遅い。
この状態から起死回生の一手はどこにも残されてはいない。
「クソがあああああああああ!」
男はすべての望みをかけボウガンのトリガーを引いた。
弦に弾かれた矢がビュンと風を切りヘイラの頭部に向かって飛んでいく。
しかし、それは彼女の脳には当たらず頬をかすめどこかへと消えていってしまう。
「はあああああああああああ!」
頬から一筋の血を流しながらヘイラは雄たけびを上げながら男の顎にハンマーを叩き込んだ。
下あごと粉々になった歯がキラキラと星のように宙を舞う。
首があらぬ方向に回転した男は糸が切れた操り人形のように数歩動いたのち前のめりに地面に倒れこんだ。
先の宣言通り、エオナがここを離れてわずか1分ほどでの決着であった。
「あんたの武器が棍棒でよかった。私の勝ちだ、名も知らないおっさんよ。ま、地獄で反省会を開いてきな。」
フワリと静かに着地しながら頬の血を手の甲でぬぐった。
もし、男がサーベルや細身の剣で戦っていれば勝ちの目はあっただろう。
ヘイラの能力ではそれらが起こす風程度では今回のようにはかわせないからである。
しかし、棍棒のように動きが遅く強い風を起こす武器なら体を髪の毛ほどに軽くすれば何もしなくてもかわすことができる。
つまり、男の武器が棍棒であった時点で彼に勝利はありえなかったのである。
「おっと、地獄に行く前に質問に答えてくれ。依頼主の蛇人族はどこにいる?」
死にかけの男の頭を正しい方向に直し少なくなった頬を軽く叩く。
男はしばらく虚空を見つめていたが、意識が戻ったのかヘイラの方を見て目だけは笑いながら喉からかすれた声を出した。
「用心棒に……気を……付けな……。あいつは……強い……ぜ……。」
「いや、別にそんな情報いらないから。先に私の質問に答えてくれない?」
ヘイラの言葉むなしく男はそれだけ言うとそのまま息絶えた。
舌打ちをしながら彼の遺体から手を放し、一応は生かしてある盗賊数名を無視してエオナの後を追った。
来た道を戻っているとすぐに彼と出会った。
そこには見知らぬ盗賊もいる。
話をしている所から察するに正体はバレてはいないようだ。
「おい、何があったんだ?」
なるべく自然な雰囲気でエオナに話しかけると彼は苦い顔をしながら振り向いた。
そして、頭に手を当てるとため息をつきながら答える。
「人質が人質をとって立てこもっている……。」
「へぁ?」
ヘイラの間の抜けた声が山の一角に響いた。
なぜ、このような事態になったのか。
それはオルガとエマが閉じ込められたすぐ後まで話を戻さなければならない。