#7 デートらしくなってきたぞ!
オーミについたのはそれから三時間ほどしてからで、すっかり日は傾いていた。歩いてなんて、とうてい無理な距離だった。
ケンロ=クエンと同じようにぐるりと防壁で囲まれて、大きな門の前に槍を構えた門番が立っている。ここの方がかなり規模の大きい街みたいで、建物は高くて色や装飾が派手だし、通りは広くてしっかり舗装されて、行き交うひとたちで賑わっていた。
もうすぐ店じまいなのか、パン屋とか魚屋は値引きして売り切ろうとしてる。それに群がるおそらく主婦のおばちゃん達。どこの世界でも同じなんだなあ。
田舎者みたいにキョロキョロしてるオレを気にせず、ブランカは大通りをまっすぐ歩いた。すでに見知っているのか、興味がないのか、とにかく歩くの速いって! 置いてかれないようにあわてて追いかけた。
「……ここで、宝石を買い取ってもらえるわ」
見上げると、天秤と硬貨の絵が描かれた看板が吊り下げられている。両替商か銀行かな。重いドアを開けると、狭い部屋に大きなカウンターがあって、神経質そうなメガネのおっさんが書き物してる手を止めてこちらをちらりと見た。
オレは財布から小さな宝石を取り出してカウンターに置いた。透明感のある黒い石。磨けばもっと光りそう。おっさんはルーペでよくよく観察してから、銀貨を五枚積んだ。
「あら、よく見て。カラスバチの石よ。あと二枚はほしいわ」
相場がわからないオレは、うんうんとうなずいておく。頼りになるなあ、ブランカ。おっさんは肩をすくめて二枚追加した。
「ブランカは? 買い取ってもらわなくていいの?」
「まだ必要ないから」
あ、金持ちなんだ? まあ、硬貨を大量に持つよりコンパクトだしね。
「ねえ、銀貨七枚でどんなもの買える?」
そうね、とブランカは首をかしげて考える。
「昨夜の食事と宿代が三回分くらいかしら。安い服や武器なら買えると思うけれど、今日はもう遅いから」
「あ、いや、買い物したいわけじゃないんだ。オレ、この世界の金の価値も知らなくて」
「それなら、明日いろんなお店を覗いてみましょう」
やったあ! デートらしくなってきたぞ! 思ってたより大金が手に入ったし、ほんとラッキー。でも次からは、もうちょっと弱そうな魔物がいいな。
「ブランカはいつも、魔物を倒して稼いでるの?」
「依頼があれば。なければ、このコで……」
愛しそうにスーツケースを撫でる。そうか、道化人形なら普通に見世物としても使えるもんね。見てみたいな。オレの視線に気づいたブランカは、スーツケースを開けて十本の繰り糸を指にはめた。
さっきは怖そうな殺人ピエロに見えたのに、今は愛嬌のある顔でお辞儀をしたり手を振ったりしてる。どうなってるんだ?
楽しそうに踊るピエロ、操る指はピアノを演奏してるみたいに軽やかで、見守るブランカの表情は慈愛に満ちた聖母のようだった。きっと、どんな美術品だって勝てやしない。
ほうっと見惚れていると、いつの間にか大勢のひとが集まって、やっぱりブランカに見惚れていた。