#6 ブランカが無事でよかった!
街道を歩いてほどなく、バス停のような屋根の下でブランカは立ち止まった。先にいたひとたちの後ろに並んでいると大型の馬車がやってきて、全員がぞろぞろと乗り込む。オレたちもそのあとに続いた。
二人きりでデートみたいなのを予定していたオレとしては少々不満ではあるけれど、そういやオーミって街までどれくらいの距離なのか知らないし、歩いて三日とか言われたら死んじゃうし。ぼんやりと窓の外の景色を眺めて時間をつぶした。
街を出たあとはしばらく草原が広がり、低い木がまばらに生え、それがだんだん高くなると突然あたりが暗くなった。急に、温度が下がる。密集した木が日の光を遮っているんだ。
ブランカは大丈夫と言ってたけど、本当に魔物とか出そう。
馬車に乗ってるのは商人風の男二人組と、母娘、老夫婦、気の弱そうな馭者……ダメだ、魔物に襲われたら絶対に勝てない。
そう思ったときに、かたんと馬車が止まった。いや、やめて。
悪い予感は的中、馬たちがなんだか変ななき声あげて、馭者が叫んだ。
「カラスバチだ!」
車内がざわめく。え、なになに? 何か、やばい……よ、ね……! 大きな鳥の羽音が近づいてくる。それも一羽や二羽じゃない、すごい大群だ。
馭者は転がるようにして馬車の中に逃げ込み、頭を抱えて震えてる。無責任だな、おい。
「ねえ、カラスバチって何?」
「大型のハチで、猛毒を持ってるの。刺されたら、人間は一分ももたないわ」
ブランカは冷静にスーツケースを開き、繰り人形を取り出した。十本の糸を指に装着して、勢いよく外に飛び出す。
「え、何するの!」
「私は、刺されても平気だから」
まるで優雅に踊っているように見えた。なめらかな腕の動き、くるりと回って、ドレスの裾が揺れる。ブランカの動きに合わせて、道化の繰り人形が両手のナイフで次々とハチを斬り落としていった。
……って、ハチ! 本当にハチなのか! どう見てもカラスくらいの大きさで、ケツの針なんかカラスのくちばしそのまんまじゃないか! あんなのに刺されたら、毒が回るより普通に出血多量で死んじゃうから!
ブランカの人形さばきは見事だったけれど、なにせ多勢に無勢、道化人形の攻撃をすり抜けたカラスバチがブランカに襲いかかった。
オレはとっさにリュックの中からヘアスプレーとライターを取り出した。
「ブランカ、よけて!」
窓を開け、身をのり出して、思いっきり腕を伸ばしてライターの火をつける。そこにヘアスプレーを吹きかけると、一気に燃え上がってカラスバチを焼き払った。頭上で飛び回っていたカラスバチの群れは火に驚いたのか、しばらくぎゃあぎゃあ騒いだあと、遠くの空へと去っていった。
「すごい……すごいわ、ハヤ……! あなた、何も取り柄がないなんて言っていたけれど、魔法が使えたのね!」
ちょっと気になる言い方だけど、ブランカが無事でよかった。昔、何かの映画で見たんだよ。こんなところで役に立つなんて。
オレが焼いたカラスバチと、ブランカが落としたカラスバチは、ポンと音を立てて小さな宝石に変わった。
「これって本物?」
「もちろんよ。街で買い取ってもらえば、現金化できるわ」
ラッキー。どれくらいの金額になるかわからないけど、無一文でブランカに甘えっぱなしじゃ男として情けないからね。あれくらいの敵がちょっとずつ出てきてくれないかなあ。
オレは宝石を拾って、なくさないように財布の中に入れておいた。
馭者は馬たちに水を与えて機嫌をとって、どうにか馬車を出発させた。こんなところで野宿にならなくてよかった。