#5 胸を張って言うことではないけれど、期待されても困る!
寝たのか寝てないのかよくわからないまま、朝になった。備え付けの洗面台で顔を洗い、寝癖と服装を直して一階へ降りる。
ブランカはすでに窓際の席に座って、オレを待っていてくれた。差し込む光が銀髪をきらきらと輝かせている。まぶしい。
「お、おはよう」
こんな可愛い子と旅するなんて、緊張するな。
「おはよう。きちんと眠れたかしら?」
「ん、まあまあ」
女の子と付き合ったことは何度かあるけど、言葉が出ないほど好きになったのは初めてかもしれない。もっとたくさんしゃべって、声を聞きたいのに。
ブランカはオレのために朝食を注文し、オレが食べ終わるまで静かに荷物の中身を確認していた。
スーツケースみたいな大きなカバンには、一体の操り人形と工具やオイルが入っている。丁寧に人形を磨き、ネジを締めたりオイルを差したりして調整し、またカバンに戻した。その扱い方から、とても大切なものなんだろうと思う。
「人形が、人形遣いだなんておかしいかしら」
え、なんで? どうやって使うのか見てみたいよ?
「オイルやパーツを買う時に、このコがいると店員は何も聞かずに用意してくれるから」
なるほど、たしかにこんな可愛い女の子が何に使うのか気になっちゃうもんな。きっと根掘り葉掘り聞いてしまうし、毎度説明するのは面倒だ。頭いいな。
「自分で自分のメンテするの?」
「ええ、動けなくなるほどのダメージを受けたことはないから」
ちょっと待って、ダメージって? なになに、穏やかじゃないなあ。まさか、魔物と戦ったりするの?
「ねえ、オレ、この世界のことがよくわからないんだけど」
ブランカは手を止め、驚いてるような表情でオレを見つめた。ぱちぱちと瞬きして、何か考えてる。
「……記憶がないの?」
「んっと……たぶん、別の世界から来た」
顔色が変わらないからわからないけど、きっと混乱してるんだろうな。どうしよう、フリーズしたら。
「別の世界」
「うん」
「……」
信じられないか。そりゃそうだ。オレだって、無理やり納得したんだ。
「……ときどき、この世のものと思えない力を持つ勇者が現れて、魔物を倒して世界を守ることがあるわ。それはもう、別の世界から来たのではないかと思うくらい強いの。では、ハヤも勇者なの?」
「いや……オレはただ事故で飛ばされただけ。ただの洋服屋だから、何も力なんてないよ」
胸を張って言うことではないけれど、期待されても困る。オレはのんびりとブランカとの旅を楽しみたいんだから。
そう、とうなずいて、ブランカは紙とペンを取り出し、簡単な地図を書いた。
「ここが、今いるケンロ=クエン。大陸の北の端の小さな町よ。これから向かうのが少し南にあるオーミ。商業都市だから、いろんな国のひとや物が集まるの。途中の森はすでに街道が整備されているから安全ね」
兼六園に近江……なんだかなあ。で、安全でない場所というのがあるんだ?
「そうね。街道をそれると魔物の巣に踏み込んでしまったり、妖精にさらわれたり……ああ、街は防壁で囲まれているから安全よ」
ふーん、やっぱりゲームの世界みたいだな。
「で、魔王を倒したりするの?」
ブランカはまたぱちぱちと瞬きした。これは考えるときの癖なのかな。かわいいな。
「今は、魔王はいないわ。平和よ」
「そっか。よかった」
朝食を終え、支度を整えて、オレたちは飯屋を後にした。