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#31 病めるときも、健やかなるときも、ずっとそばにいるよ!

 また明日からブランカと二人きりでデートするんだと思うと、ワクワクして眠れない。何杯目かの紅茶を飲もうとしたけど茶葉がなくなって、ついでにちょっと腹が減ったから何かつまめるものがないか厨房に探しにいくことにした。


 静かな廊下に、ろうそくのほのかな明かりが優しく揺れる。なるべく足音をたてないようにそっと歩いてたけど、よく考えたらふかふかのカーペットが吸収してくれるから気にしなくてよかった。


「あれ?」


 階段の下に、何か光った。柵から身を乗り出して目をこらすと……さらさらの銀髪、ブランカだ。きちんとマントを着込んで、スーツケースを持っている。なんで……?


「ブランカ!」


 ブランカは一瞬立ち止まり、でも振り返らずに駆け出した。階段を降りてたんじゃ間に合わない。足の一本や二本折れたって構うもんか。オレは柵を越えて飛び降りた。


「……!」


 覚悟してた痛みや衝撃はなくて、代わりにブランカの髪がさらりと頬を撫でる。


「……なんて無茶を!」


「だ、だって……」


 やばい、今さら膝が震えて立てない。ブランカに抱きとめられたまま、超カッコ悪い状態で固まってしまった。


「なんで……ブランカ、どこに行くの……?」


 ブランカは答えずにうつむく。


 え、どういうこと? 頭が混乱して、心臓はドキドキして、息が苦しい。


「……ごめんなさい、ハヤ。もう、一緒にはいられないわ」


 そっとオレから離れて立ち上がる。腰を抜かしてる場合じゃない、急いで起き上がってブランカの腕を掴んだ。


「泣いてるの?」


 涙こそ出ないけど、その表情はひどく苦しそう。取り戻した記憶のおかげで表情が豊かになったのはいいけど、こんな顔は見たくない。


「……思い出してしまったの。大切なひとを失った時の悲しさや、つらさを……容量が大きくなった私は、もうこの記憶が消えることはない。人間のように、時が忘れさせてくれるということはないの……」


「じゃあ、その部分だけ記憶を消す?」


「私は人間に近付きたいのよ? 簡単に記憶を取り出したり戻したり……操作しないで」


 だったら、どうしたらいいんだ。今、オレ達が離れたって、その記憶は消えない。オレとの思い出も消えない。そして、二人で幸せになるはずの未来は永遠に来ない。


「ずいぶん前に、人間でありながら時を止めた剣士に出会ったわ。彼はいっそ感情がなくなればいいと泣いていた……その時にはわからなかったけれど、その通りね。私は、感情を持つべきじゃなかった」


 オレは、何も言えない。嫌なことはすぐに忘れちゃうし、いつかは死んじゃう普通の人間だし。ブランカやその剣士の抱える苦しみなんて、想像もできない。


「あなたと……出会わなければよかった……」


 じゃあ、なんでオレをつき飛ばして立ち去らないの? 胸にすがってくるの? オレは離さないよ? 小さく震える肩を抱いて、すべすべの銀髪を撫でた。


「こわい……あなたを失うのが……」


「オレだって、こわいよ。ブランカがいつ壊れちゃうかわからない。もしかして、他に好きなひとができて、オレから離れていくかもしれない。でも、そんなのをこわがって、好きにならなければよかったとか、出会ったことを後悔したりとか、一緒に過ごした時間をなかったことにしたりっていうのは、違うと思う」


 だって、そうじゃなかったら、なんで人間は必ずひとを好きになるのさ。


「ねえ、ブランカ。もしオレの寿命がきたときに、もしブランカが『もうじゅうぶん生きた』って思ったら、もしもだよ? まだたりないって思ったらそんなことしないよ? ……オレ、ブランカの機能を止めてあげる。それなら、さみしくないでしょ?」


「……」


 ブランカは嗚咽するみたいに口元を押さえて、何度も何度もうなずいた。


「病めるときも、健やかなるときも、ずっとそばにいるよ。一緒に、幸せになろう」


 誰も聞いていないはずの真夜中の階段下で、オレは永遠の愛を誓った。


「ねえ、へーか。へーかが死んでも、私を止めないでね?」


「え、つれないな、プレーナ」


「私はブランカみたいに弱虫じゃないもん。へーかが死んだあとは、私、『こんなにステキな王様がいたんだよ』って世界中に言って回るんだ」


 ……ちくしょう、こそこそ覗き見しやがって。



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