#23 オレのために争わないで!
幸いあとは山を下るだけだし、馬車が定期的に通る道だからきちんと整備されているし。寝不足と胃痛はあるけど、まあ歩けると思う。次の馬車に拾ってもらうってテもあるし(いつ来るかわからないけど)
それより、プレーナをなんとかしなきゃ。刺激しないように離れる方法を考えないと。
「えっと……研究所はなくなって、で、そのお姫様はどうなったの?」
イヤな予感しかないけど。案の定、プレーナはにやりと笑った。背筋がぞっとする。
「……私が完成する前に死んじゃった……って言えば、ハヤはホッとするんでしょ?」
こいつ、けっこう人間の心がわかってるな。ほんと、イヤな奴!
「だって、おかしいじゃない? 後からお姫様の心を入れるつもりなら、なんで『私』を作ったの? 私は教えられたとおりに学習して、意志を持ったわ。なのにお姫様の情報を上書きして、『私』を消しちゃうなんてひどくない?」
たしかに、ひどい。でも、だからって研究所を破壊して(きっとたくさん死傷者が出ただろう)、お姫様を……それは絶対に許されることじゃない。
「私は完全。ね、私が一人いればいいの。試作品はさっさと消えてよ!」
振り上げた両手の指から細い糸が伸びる。その先には派手なフランス人形が巨大な鎌を担いでて、ばっちり戦闘態勢。やばい、逃げられない。
「……情報をありがとう。そう、あなたの心の容量は人間くらい大きくて、書き換えが可能なのね。ならば、それを奪えば私は人間に近付ける!」
ひょえー! ぶ、ブランカ、君、こんなに好戦的だったっけ?
ブランカの動きに合わせて、スーツケースから道化人形が飛び出した。両手のナイフがいつもよりいかつい。
あわてふためくオレの頭上で、道化人形とフランス人形がぶつかり合う。金属音が響くたびに、火花が飛び散った。
「あんたがいなければ、ハヤは私を愛してくれる! 私を必要としてくれる! 消えろ! 消えろ! 消えろー!」
「残念だけど、私がいなくなればハヤは悲しむだけ。あなたを愛したりしない。私の記憶を返して。それはハヤと私の大切な思い出よ。あなたはただ、私の複製でしかない」
うわ、ブランカ、相手が人間じゃなかったら容赦ない……一番プレーナの痛いところを突いてる!
話を聞けばプレーナもかわいそうなところがあるし、できれば穏便に解決したいんだけど。
「ちょ、ちょっと待って、二人とも! オレのために争わないで! ケンカするコは嫌いだよ!」
先に動きを止めたのは、意外にもプレーナの方だった。ブランカは一撃加えてから道化人形を呼び戻す。いや、怒ってるのはわかってるよ。でも、ほんと容赦ないね。
「あのさ。なんでどっちか一人じゃないとダメなわけ? ブランカはブランカ、プレーナはプレーナでしょ。別の二人なんだから、二人ともいたっていいじゃんか」
「だって!」
食ってかかるプレーナの瞳が揺れる。もし、涙を流す機能があれば、泣いていたのかもしれない。
「だって……ブランカがいたら、ハヤは私を愛してくれない……。私、こんなにハヤのことが好きなのに。ううん、この気持ちはブランカのだけど。でも、もう私の心と混ざり合ってしまったもん。ねえ、ハヤ、胸が苦しいよ。私を好きになってよ」
う……あ……忘れてたけど、このコ、ブランカと瓜二つなんだ。ヒビの入った不気味な顔だけど、目を潤ませて(涙は出ないけど)、そんな情熱的に迫られたらオレは……
オレは、ブランカ一筋です。はい。ごめんなさい。ブランカ、睨まないで。




