#21 困ったように笑うブランカがたまらなく愛しくて!
目が覚めた時にはすでに山小屋を出発していて、乗り合い馬車は昨日よりも静かにゆっくりと走っていた。オレに気を遣ってくれたらしい。
ブランカと大魔法使いの弟子チャンが心配そうにオレの顔を覗き込んでいる。あれから、プレーナの襲撃はなかったのかな。
「ごめん、オレ、げふっ……あ、えっと、ブランカ、説明する、ぐふっ……て、言ったのに」
まだ胃の中に空気の塊が残っていて、しゃべるたびにごぶごぶ出てくる。うう、かっこ悪い。
「私のことはいいから、王都につくまで休んでいて」
ブランカは起き上がろうとするオレの肩をそっと押し、もう一度寝かせて毛布をかけてくれた。その顔が穏やかで、オレははっとする。
「ブランカ……記憶が?」
こくりとうなずく。
「ほんの少しだけ。ハヤ、忘れてごめんなさい……思い出せてよかった」
オレは泣きそうになった。忘れられた時には、また一からやり直せばいいって思ったけど、思い出してくれて、また同じように接してくれて、うれしすぎる。
でも、どうやって?
ブランカはちらりとスーツケースを見た。
「この子に、私の中の魔力を注いでいることは話したかしら?」
聞いた。だから、指示は与えているけど、自由に動いている、と。
「……目覚めた時に、奇妙な既視感があって、記憶と世界の情勢にひどい差異があったの。もしかして記憶が欠落しているのではないかと思って、この子にほんのわずかだけれど私の情報を移しておいたわ。それすら忘れていたのだけど」
なんて冷静な判断だろう。オレがそんな状況だったら、きっと気のせいで済ましていただろうな。
「残っていた情報は……ハヤ、あなたのことだけだったわ」
困ったように笑うブランカがたまらなく愛しくて。せっかくかけてくれた毛布をはね飛ばして、抱きしめてた。
「ねえ、ハヤ。教えてくれる? 私がどうして記憶を失ったのか、昨夜の子が誰なのか……あのすてきな服を誰がくれたのか」
「え?」
ブランカはスーツケースをあけて、道化人形の下から焼け焦げた服を取り出した。オレがプレゼントした服だ。これが泣かずにいられるか!
「王都についたら仕立屋さんにお願いして、もう一度着れるように直してもらおうと思うの」
「……また似合うの選んであげるよ」
「ふふ。ありがとう。でも、これはこれで大切にしたいから」
気を利かせて離れてくれてた大魔法使いの弟子チャンが、温めたミルクを持ってきてくれた。勇者の末裔クンや他の客たちも、そわそわとオレの様子をうかがってる。あ、胃の調子はおかしいけど、元気だから。
ミルクを飲んでひと心地ついて、オレはブランカにプレーナのことを話した。
「プレーナは君の妹だって言ってた。君の設計図を改造して作られたって。君は情報量が多くなりすぎると動けなくなるから、定期的に情報を抜き取るメンテをしているって。だから、味方だと思ったんだけどね」
実際にはブランカの情報を持ち逃げしたうえに、消えてとか言って襲ってくるんだから。何が妹だ。
「……創造主は、私以外にも意志を持つ人形を作っていたのかしら」
こんな時は、感情がない方がいいのにな。敬愛する創造主に隠し子がいたなんて、きっとショックだろう。
でも、それは大きな間違いだった。