#18 まったく、オレとブランカのデートを邪魔しないでよね!
日が暮れる前に山頂についた馬車は、山小屋と呼ぶには立派な建物の前に停まった。乗客たちは荷物を降ろしてぞろぞろと建物に入る。
一階は大広間で、二階には仮眠室がいくつか。小さい子供のいる家族や老人に仮眠室を使ってもらい、その他はテーブルと椅子を確保して朝まで自由に過ごした。
オレとブランカも部屋の隅に席を取り、ブランカが道化人形を手入れするのを、缶詰をつまみながらぼんやり眺めた。
広間の真ん中では例の勇者の末裔と大魔法使いの弟子が、光の剣や魔法書の写しを自慢している。まだやってたのか。オレ達が全く興味を示さないのが不服なのか、勇者の末裔がオレに話しかけてきた。うっとうしいな。
「ごめん、オレ達、新婚旅行中だからほっといてくれる?」
まったく、オレとブランカのデートを邪魔しないでよね。でも、オレのテキトーな嘘を信じた勇者の末裔はそれはめでたいと騒ぎ出して、結局その場に居合わせた全員でオレ達を祝福する流れになってしまった。いるんだよね、人類みな兄弟、クラス全員お友達ってまとめたがるリーダー。本当に迷惑。
「ごめん、ブランカ。なんか大事になっちゃった」
「嘘をつくからよ」
そう言いながら、ブランカは楽しそうに笑った。
勇者の末裔の司会で歌や手品や小噺を披露して、みんな盛り上がってる。誰かが酒を持っていたのかな、なんだか会社の忘年会みたいなノリになってきたぞ。
お礼にとブランカは道化人形のダンスを見せて、さらにみんなを楽しませた。
……え? オレ? オレも何かやれって?
そんなこと急に言われても困る! とくに特技も何もない、ただのアパレル店員だぞ。
「ねえ、ハヤ。あなたの世界ではどんな歌が歌われていたの? 聞かせてほしいわ」
ブランカ……とても迷惑な助け舟をありがとう……。うわ、勇者の末裔も大魔法使いの弟子も、他の客たちも、目をキラキラさせてるよ。別世界のことにはツッコミなしかよ。
ここでシラけさせるのも癪だから、意を決して前に出た。どうせみんな知らない曲だし、音がはずれたってわかんないよね。あ、なんかギターみたいな楽器あるじゃん、ちょっと貸してよ。試しに弾いてみたら、ほとんどギターと同じだった。
約束のない めぐり逢いの中で
出逢い 生まれ 知る
幸せの意味……
ぽろーん、と最後の一音が消えて、少しの静寂、そして割れるような拍手喝采……! え? え? そんなに良かった?
「すごいね、兄さん! 感動したよ!」
「ああ、なんて胸にしみるメロディ」
「声がいいわ。すてきな声……」
もっと聞かせろと言われて調子に乗ったオレは、好きな曲を片っ端から歌っていった。うん、この世界に来てよかった。こんなに褒められたことはないもん。
ふと気が付くと、ブランカがいない。オレはあわてて外に出た。
満天の星が降り出しそう。ブランカは静かに星空を見上げている。銀髪がほのかに輝いて、追いかけてきたのを忘れて見惚れた。
「……ハヤ? みんなのところにいなくていいの?」
「いいの。ブランカが聞いてくれないなら、歌う意味ないし」
照れることも、喜ぶことも知らないブランカは、ただぱちぱちと瞬きをくり返して、何かを伝えようと言葉を探しているようだった。
「きれいな星。ずっとこうして、一緒に見ていたい」
風の声さえ、特別なものになる……なんて、オレ、ちょっと詩人? へへ、照れくさいけど手をつないでみた。オレの温度、わかるかな。




