#17 帰るつもりなんて全然ないよ!
一ヶ月も世話になった女将さんに別れを告げて、乗り合い馬車の駅に向かう途中で旅に必要なものを買い込んだ。
「オーミから王都までまる一日かかるわ。途中の山小屋で休憩するの。多めに水と食料を持っていた方が安心ね」
言われた通りに水とパンと缶詰を買ってリュックに詰めた。遠足みたい。
「そのカバン、便利ね。それだけの荷物を持っていて、両手が使えるんですもの」
ブランカは物珍しそうにリュックを見つめた。
「ねえ、ハヤは不思議な服を着ているわね。どこの国から来たの?」
「ん……じつは、別の世界から来たんだ。そこでは、こういう服は普通なんだよ」
「別の……世界……?」
あれ? 何か引っかかった? いつもみたいに瞬きするんじゃなくて、目を開いたままじっと考え込んでる。ねえ、思い出して。
「どうかした?」
「あ、いえ。なんでもないわ」
ダメか。まあ、焦らない、焦らない。思い出してくれたらラッキーって感じ。
王都に向かう馬車はこの前のよりずっと豪華で、客席はいろんなひとたちで賑わっている。その中でも勇者の末裔っていう男と、大魔法使いの弟子っていう女の子が目立ってて、他の乗客たちからちやほやされていた。
おかげでオレとブランカは、一番後ろの席でひっそりと二人だけの空間を作ることができた。勇者の末裔、ナイスだ。魔物が出たらよろしく頼んだ。
「ねえ、ブランカを作ったひとって、どんなひと?」
「創造主は、とても研究熱心だったわ。私を……心を持つ人形を開発していたの」
まだあまり表情がないのに、どこか悲しげで。でも懐かしそうで。オレはちょっと緊張しながら続きを聞いた。
「研究に没頭していたせいで、奥様が具合を悪くしていることに気付かなかったのね。亡くなってから急いで私を完成させて……本当は、創造主と奥様の娘になるはずだったのに」
「……」
思っていたよりも深刻な話で、オレは何も言えなくなってしまった。じゃあ、創造主が着せてくれたその服って……。
「創造主は私にたくさんのことを教えてくれたわ。人間らしい振る舞い方、人間の世界での暮らし方……でも創造主は最期に、自由に生きなさいと言ってくれたの」
だから、人間の心を学ぶために世界中を旅するのだと不器用に笑った。
「そっかー。ねえ、創造主のこと、好きだった?」
「……好き、という感情がまだよくわからないのだけど、きっと大切だったと思うの」
悲しいとか、さみしいとかって感情もないんだろうね。たしかに、そんなのを覚えていったら『心』がいっぱいになって壊れちゃうね。せつないなあ。
「今度は、ハヤの話を聞かせて。別の世界というのはどんな所? ハヤはそこへ帰るために旅してるの?」
「まさか。帰るつもりなんて全然ないよ」
だって、君に会えたからね。
「どんな所……うーん、科学はすごく進んでるけど、魔法はないね。この世界よりもなんだか忙しくて、仕事ばかりしてたな」
「ハヤは何の仕事をしていたの?」
「洋服屋だよ。お客さんに似合う服を選んであげる仕事」
また、ブランカの動きが止まった。もしかして、完全に抜き取られたわけじゃなくて、どこかに断片が残ってる? だったらうれしいな。




