#15 オレはなるべく軽い感じで話しかけた!
オレは椅子に深く腰掛けて、ぼんやりと宙を見つめた。
冷静になれ。
ブランカから大切な情報……たぶん、人間に近付くための知識や経験……を持ち去ったことは許せない。だけど、あのままだと、きっとブランカは壊れていた。
創造主の意志を継いで人間の世界を知り、心を得るために旅してると言ったブランカ。でも、この世界は大きすぎて、人間の心は複雑すぎて、その胸には抱えきれない。
何度、こういうことを繰り返したんだろう。目覚めるたびに『空白』になる心を、また埋めようとして……
リセットされたブランカは、オレを受け入れてくれるかな。また、一緒に旅してくれるかな。
そうだよ。オレは、君がオレを忘れたって、めげたりしないもんね。また好きだって言って、君に人間の心を教えてあげる……それがまた、君を苦しめることになるかもしれないけど。
自分の気持ちが固まったら、少し落ち着いてきた。あ、火傷の薬をもらうの忘れてる。女将さん、まだ起きてるかな。
ちょっと迷って、ブランカのスーツケースを開けた。大切な道化人形の下に片付けられた、大切な古い服を取り出してテーブルの上に置いておく。目覚めた時に知らない服を着ていたら、きっと驚くだろうから。
オレはブランカの部屋を出て、もう一度カウンターのある一階へ降りた。女将さんは心配そうな顔で、丁寧に応急処置してくれた。けっこうひどい火傷だったんだな。
「あの……」
「あ、ごめんね。近くで火事があって、救助を手伝ってたんだ。トラブルとかじゃないよ」
オレのデタラメを信じたかどうか、女将さんはほっとため息をつく。
「妹だってコは?」
「ん、追い返した。オレとブランカについてきたかったみたいだけど、家族が心配するからね」
だったらこんな夜中に一人で帰らせるわけないよね。ちょっと強引だったかな。
まあ、宿屋なんてきっといろんな人間が訪れるだろうし、訳ありだって少なくないはずだ。女将さんは余計な詮索をせずに、スープを温めなおしてくれた。いいひとだな。
スープを飲んで、オレは自分の部屋に戻った。眠るつもりはなかったけど、ずいぶん疲れてたみたい。深い沼に引きずり込まれるように意識が途切れた。
目が覚めたのはすっかり日が登ってからで、廊下や食堂が他の客たちでざわついていた。
「やべ。ブランカは……!」
オレのことを忘れたブランカが、一人で旅に出てしまってたら、もう二度と会えなくなってしまう。あわてて階段を駆け下りて、食堂を見回した。
「あ、女将さん、ブランカは?」
「え? まだ起きてきてないよ。よほど具合が悪いのかね」
オレはほっと胸を撫でおろした。目覚めないブランカのことは心配だけど、とりあえず離ればなれになることはない。さっさとメシを済ませて、様子を見にいこう。
コーヒーでトーストを流し込んでたら、急に他の客たちの視線が一点に集中した。ブランカだ。みんな、ブランカの美少女っぷりにため息をつく。
だけどブランカは、そんなこと気にも留めずにテーブルの間をすり抜けた。濃いグレーのマントを羽織り、スーツケースを抱えている。今すぐにでも出発しそうだ。
「おはよう。ねえ、ちょっと話がしたいんだけど」
オレはなるべく軽い感じで話しかけた。




