#12 だ、抱きしめていいかな!
薄暗い店内に小さなランプがゆらゆら揺れる。テーブル席が二つと、カウンター席が三つしかない。仕方なくカウンター席に座ると、奥から胡散臭い男がひひひと笑いながら出てきた。マジで帰りたい。
「ひさしぶりだね、オ・ネイサン。可愛い子たちを連れてるじゃないか」
「おひさしぶり。そうでしょう? うちの優秀なスタッフなの」
ついさっき、クビになったけどな。
男は注文も聞かないうちに、ジョッキを三つ差し出した。中には……なんだ、これ。色のついたドライアイスみたいなモヤモヤが入ってる。
「魔法酒よ。もともとは修行中の魔法使いが酒の代わりに飲んでたらしいけど。私たち魔物でも楽しめるの」
「オレ、魔法とか使えないし、魔物でもないんだけど」
ジョッキを揺らすと、中のモヤモヤの色が変わる。サイケデリックな模様に酔いそう。
「大丈夫。アロマみたいなものよ。味のある空気というか。空気だから、ブランカちゃんもいけるでしょ?」
オレははっとおっさん……じゃなかった、美人(オ・ネイサンって名前なのか?)の顔を見た。気付かれないように、ブランカの関節とかは隠してたのに。
「ブランカちゃんの中には魔力が流れているわね。魔法酒を飲めば魔力を補給できるし、人間みたいな感覚を体験できるわ」
こいつ、どこまで知ってるんだ。まさかブランカ、こんなあやしげなもの飲まないよ……ね……って飲んでる! なんで! いつも慎重なのに!
「……なんだか……ふわふわする……」
どん、とジョッキを置いたブランカの瞳がとろんとしてる。うわ、一気飲みしたの!
「大丈夫? 気持ち悪くない?」
「ふふ、大丈夫よ。少しぼんやり、するけ……ど……」
やばい、完全に酔っ払ってる。飲み会とかで何度も見てきたけど、このあと豹変するやつだ。どっちだ、げらげら笑いだすのか、やたらと説教しはじめるのか……
ブランカはじっとオレの顔を見つめたかと思うと、そのままオレに倒れかかってきた。
「ちょ、全然、大丈夫じゃないじゃん!」
「……ハヤが、お客さんたちと話している時、なぜか胸のあたりが痛くなったわ。敵に攻撃されて傷ついても、痛みなんて感じないのに……そうね、きっとこれが痛いという感覚ね……」
ふにゃふにゃと力の抜けたブランカは、本物の女の子みたいにずしりと重くて温かかった。どうしたらいいのかわからなくて、呆然とするオレ。ネイサンと胡散臭い男はニヤニヤ笑ってる。
「ねえ、ブランカちゃん、その痛みをなんて言うか知ってる?」
ブランカはめんどくさそうに首を振った。鼻先でさらさらの銀髪が揺れて、なんだか甘い香りがする。だ、抱きしめていいかな?
「嫉妬、よ」
……え?
「よかったわね、ブランカちゃん、人間の心を一つ手に入れたわね。嫉妬するってことは、同時に愛してるってことよ。あら、二つ手に入れたじゃない」
「え、何言って……」
ネイサンは自分のジョッキを飲み干し、胡散臭い男に銀貨を渡して立ち上がった。
「こうでもしないと、正直に言わないでしょ。じゃ、ハヤちゃん、あとはがんばって」
ぽんとオレの肩をたたいて、夢喰いのオ・ネイサンは店を出ていった。気を利かせたつもりか、胡散臭い男も奥に引っ込んだまま出てこない。