表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第二部

〜時の女王〜




「海軍は間に合わなかったか」

ゼビーは椅子に座り込む。

「ゼビー大統領。クレス将軍より連絡が入っています」

「クレスか…」

ゼビーは、受話器を取る。

「大統領。南の宮殿はダメでした」

「そうか。こっちも空軍が壊滅した。原因は雨だ」

「空の崩壊…」

「まだある。鳥の大量死が始まった。インフルエンザという事だが、気にならないか?」

「気流の流れが変わったという事ですか?」

「そうだ。東から西へ被害が拡がっている。そして、鳥は、北へ逃げている様だ」

「北…ですか?」

「恐らく『永久氷海』だ。そして――ウィルスの発生地だ」

「何て事だ…対策は何かありますか?」

「ない。空軍を失った今、残念ながら鳥に追い付ける術がない」

「…私が行きます。何が出来るか分かりませんが」

「…クレス、任せたぞ。私は、これより起きるであろう地震に備える」

「了解しました」

そこで電話は切れた。ゼビーは、すぐに立ち上がり部屋を出る。


「ドルシェ。北へ向かうぞ」

「北…ですか?」

ドルシェは、拳銃の手入れを止める。

「鳥の大群が永久氷海に向かっている。それを食い止める」

クレスは、銃機を装備しながら言う。

「どうやって食い止めるんですの?」

「…分からん。ただ、罪の無い命が消えて行くのを見過ごす訳にはいかん」

「…了解しましたわ」

ドルシェは、目を閉じる。

「さぁ行くぞ」

二人は、足早に小型ジェット機に乗り込んだ。


ゼビーは、指令室にいる。

「いいか。失敗は許されない。速やかに核をバミューダ基地に移動する。陸と海を使って三時間以内だ。一基たりとも残さずに移動するんだ。とりかかれっ!」

「三時間!?大統領!核を積み込むだけで、三時間以上かかります!無理です!」

大統領の側近が騒ぐ。

「いいか。よく聞け。この現格層を揺るがす大地震が来たら、ここにある核はどうなるかわかるか?」

ゼビーは、側近の胸ぐらを掴んで静かな声で言う。側近は、目を大きくして動きが止まる。

「理解出来たか?この国には、二億を越す人間と、それ以上の数の生き物が住んでる。簡単に見殺す訳にはいかんのだ」

追い討ちを掛けるゼビーの眼差しの先には、核で破壊されて行く街並みが映っていた。

「分かりました…やれるだけの事はやります」

側近は、ゼビーをなだめる様に言う。

「頼んだぞ」

側近から手を離したゼビーは、目の前の机を思いっきり叩く。

「全市民にシェルターへの移動を発令!」

「了解しました!」

指令室の騒然は、更に気を慌ただしくさせる雰囲気を作りあげていた。そんな時に一本の電話が、ゼビーの元へ届いた。

「法王のモーリスです。事態は、把握しております。直ぐに神格界へのコンタクトを試みます」

「神格界へのコンタクトは、司祭が揃わないと無理なのではないのか?」

「この神殿には、司祭クラスならゴロゴロいます」

「そうか!法王、頼んだぞ!」

ゼビーには、希望が見えていた。神格界は、言わば地球の均衡を守る為に存在している領域である。空と大地の均衡が破れれば、風と海が黙っているはずがない。

「神の御慈悲があってくれ…!」

ゼビーの拳に力が籠る。


「本当に鳥がいませんのね」

機内の窓から外を眺めながら、ドルシェは呟く。

「もう直、会えるさ」

クレスは、操縦幹を握りながらセリフを吐く。

「作戦は?」

ドルシェは、向きを戻しながらクレスに問う。

「ドルシェ。幾千の鳥が空を飛んでいて、向きを変えさせるには、お前ならどうする?私は二つしか思い付かない」

「そうですわね…全ての鳥が進行方向を変える様に音で脅すか――壁でも作って通れない様にするか…」

ドルシェは、考えながら呟く。

「恐らく、鳥達は、四方に何kmにも及ぶ範囲に拡がっているだろう。更に、身の危険を感じて気が立っている事も考慮すると音や光の効果は薄いな」

「将軍の考えは?」

クレスは、ドルシェをじっと見る。

「一つ目は、煙幕による壁。二つ目は、鳥を威嚇攻撃して我々が囮になり誘導する」

「戦闘機一機対数万の鳥ってのもシャレていますわ」

クレスは、不適の笑みを溢す。

「よし。まずは煙幕作戦。ダメなら誘導作戦だ」

「あら?鳥ですわ。予想以上の拡がりですわね」

外を見るドルシェ。クレスは、機体を上昇させる。

「こりゃ凄いな…ソルジャー聞こえるか?」

「聞こえていますよ。ちなみに衛星からの計測で、幅は五キロ。はっきり黒い影が映っています。数は推定不能です」

「五キロか。よし…鳥の一キロ手前から、赤煙幕を放出する」

「了解しましたわ。それにしても、何故、永久氷海を目指しているのかしら?」

「恐らく、帰巣本能だ。伝説では、あの氷の中に奴らの遠い先祖が眠っているらしいからな。ドルシェ。覚えておくんだ。あの永久氷海だけは溶かしたら不味い。あの氷の中には、多種多様の未知のウィルスが眠っている。これは伝説なんかではなく事実だ」

「未知のウィルス…それじゃ、この鳥達は、人間の仕業のしっぺ返しを喰らってしまったのですわね」

「そういう事だ。何の罪もない生物が死ぬのを見過ごせん。必ず、方向を変えるぞ」

「了解。成功させてみせますわ」

二人は、一点を目指す鳥を見下ろしながら固く誓った。


「神を崇める司祭達よ!時が闇を刻む前に…何としても、神格界に!」

モーリスは、祭壇の上で十数人の弟子に訴えかける。

「しかし、我々は神格界への儀式をしりませんが…」

一人が言う。

「それに我々の法力では、神格界に辿り着く前に――」

「迷うでない。神格界へは、私が行く。お前達は、法力を最大限、この円陣に注いでくれ。そして、道を開いていてくれ」

「モーリス法王自ら神格界に飛込むと言うのですか!?危険です!万が一何かあったら――」

「シャラ―――――――プッ!」

モーリスの叫び声が、部屋に響く。

「良く聞け、我の弟子達よ。今、地上…いや、地球は病んでいる。全ての始まりが…原因が何かは理解出来ん。しかし、屈託の無い子供の笑顔を思い出してみろ。寄り添う夫婦を思い出してみろ。大自然で生きる動物を思い出してみろ。一体、誰が破滅を望む?誰も望んでおらん。弟子達よ…忘れるでない。我々は、地球という舞台で、知らない間に手を取り合って生きているのだ。だから、私は私のやるべき事をする」

モーリスは、円陣の中へと入る。

「モーリス法王…!あなたは、最高の師匠であり、最高の司祭であります!」

弟子達は、涙を流しながらモーリスを見つめる。

「行くぞ。神格界へ!」

モーリスは両手を広げて聖文を唱える。弟子達も祈りを捧げる。モーリスが立つ円陣が光り出す。

「良いか!何があっても、何が起きても祈りを止めてはならぬ!地球を救える唯一の手段なれば、誰にも出来ぬ事をお前達は成し遂げるのだ!」

円陣の光が更に強くなりモーリスの姿が霞んでいく。

「ぬぅぅぅ…」

モーリスの顔が歪む。一層、強くなる弟子達の祈り。

「もうすぐ…もうすぐで…ぐはっ!」

モーリスは、吐血をする。

「モーリス法王!」

弟子の祈りが乱れ始める。

「いかん!祈りを続けるのだ!」

(やはり、四賢者の法力でなければ、円陣が耐えられんのか!)

モーリスの腕が弾け飛ぶ。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

弟子達は涙が止まらないが、それでも祈りを続ける。最大限の祈りを。そして、一人また一人と息絶えて行く。

「弟子達よ!頑張るんだぁ!」

弟子達は互いに励まし合う。モーリスを包む光が揺らぎ始める。法力が足りない様だ。

「お前達の力はこんな物ではない!私の事など考えず、全ての神経を祈りに捧げるのだぁ!」

モーリスは、すぐに激を飛ばす。その体は、右腕が消え、肌は火傷の様にただれ始めている。

「偉大なるモーリス法王の弟子達よ。よく頑張ったな。手を貸すぞ」

弟子達の間をすり抜けながら前へ出る男。

「あなたは…!コルライ教皇!」

「全ての事象は聞いている。法王は好かんが、地球を想う気持ちは同じだからな。さぁ、一気に行くぞ!」

モーリスと目が合うコルライ。

「まさか、異端と言われるお前に助けられるとはな…」

モーリスは、激しい苦痛に耐えながらコルライを見る。

「私も同感だ。だが、弟子達を見れば、お前が間違えた事をしていない事だけは理解出来る。行ってこい!神格界へ!」

コルライの体から無数の光が飛び交う。

「す…凄い…!」

弟子達は、その凄まじさに驚嘆する。

「まだ始まったばかりだぞ?さぁ祈りを続けるのだ!」

コルライは、弟子達を後押しする。


『そこまでだ――』


誰もが心で聞いた声。

「ぬぅ…?」

コルライが周りを見る。弟子達が全員倒れている。コルライは、それでも祈りを続ける。


『神格界へは行かせる訳にはいかぬ――』


「誰だか知らんが、今これを止める訳にはいかぬ!」

コルライは叫ぶ。

「んぶっ!」

一瞬の出来事だった。コルライの体は、壁に激突する。しかし、祈りは止まらない。コルライの光は、より一層強く光る。

「何が来ようとも退かぬ!」

コルライは、起き上がり円陣の前へと向かう。

「コルライ…!時の女王だっ!逃げろっ!」

モーリスは、叫ぶ。しかし、モーリスの声は届かない。


『無駄だ…エデンを汚した罪を償う日が来たのだ――』


「成程な。封印された『神の歴史』に記された『時の女王』だな。だが、退く訳にはいかぬのだ!」

コルライの光は、一気に爆発する様に膨張する。


『ならば、消えろ――』


倒れるコルライ。

「コルライ!何故、時の女王が…!」

モーリスを包んでいた円陣の光が消えて行く。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

モーリスは、ひざまつく。そして、周りを見渡す。動く気配すらない弟子。そして、倒れても微かな光を放つコルライ。よろめきながらモーリスは歩き出す。

「神は我々を見放したのか…?神は罪のない人間の命まで奪うのか…?」


『我は時を支配する者…エデンを汚した罪を償う日が来たのだ…』


モーリスの体を光の矢の様な物が貫く。声を出す事も出来ないまま倒れる。その目からは、涙が溢れ落ちていた。




〜偽りの偽りの本物〜




「さぁ、これが現実です」

ハインズが指を鳴らすと周りの景色がガラスが割れる様に崩れ落ちる。

「どんな手品だよ」

マーズは、それを眺める。

「あ…あ…」

リトは、崩れた後に出現した景色に言葉を詰まらせる。地獄――崩れ落ちた建物。下敷になった母親の前で泣き叫ぶ子供。血まみれで歩く者。息絶えた者…そして、漆黒の曇と降り注ぐ雨

「どういう事だ…?」

マーズも状況が理解出来ずに立ち尽くす。

「これが現実です。空と大地が崩れた今、制御の効かない破壊が始まったのです」

リトの目から涙が溢れる。

「何故…何故…」

「リトちゃん。しっかりするんだ」

マーズは、リトの両肩に手をかけて揺さぶり抱き締める。

「ハインズとか言ったな。本当に現実なのか?」

「……そうだ」

マーズは、携帯を取り出す。画面は正常の様だ。

(くそ…)

マーズは、電話をかける。

「マーズかぁ?お前ら何処に隠れてるんだぁ?いい加減に頭きたぞぉ!?」

「!?…成程な…ハインズ。そろそろ本当の現実に帰らせてくんねぇかぁ?」

リトは、マーズを見る。

「何を訳の分からぬ事を言っている?これが現実だ」

「あ、そう。じゃ、自力で帰るぜ?」

マーズの手から光の矢が飛びハインズに向かう。

「はっ!」

ハインズは、ジャンプをしてかわす。しかし、次の矢がハインズに襲いかかる。間一髪避けるハインズ。そして、背中から弓矢を素早く取り出し、一気に反撃をする。飛んでくる矢を手で掴むマーズ。

「精霊使いか?」

ハインズは着地してマーズを睨む。

「精霊?どう見ても、そんな高貴な人間には見えないだろぉが」

マーズは不適な笑みを見せる。次の瞬間、ハインズの前から二人が消えた。

「なっ!?」

さすがに驚きを隠せないハインズ。

「逃げられたか…」


「いやぁ〜流石に危なかったなぁ」

「今度は本当の世界なの?」

リトは、辺りを見回す。

「あぁ。あの野郎、空間の上に空間を作っていたのさ」

マーズは、汗を拭いながら言う。

「何者だったのかしら?」

「さぁな。とりあえず、悪趣味な性格ってのはわかった」

「最初から嘘を付いていたって事?」

「いや、あれは現実だ。ただし――未来のな」

「どういう事?」

「あそこにいた奴等は、リトちゃんに会う前に出会った町の連中だったからな」

「え?」

「まぁ、宮殿が破壊されたという事を考えれば、予測不可能な事態でもないって事さ」

「そ、そんな…それじゃ、あれが未来だと言うの?」

リトの体が震える。

「まだ、わからねぇさ。未来なんて出来事一つで変わるんだからよ」

リトはマーズを見つめる。

「マーズって、時々、司祭様みたい…」

「あん?俺が??」

「みぃーっけた!」

突然、太い声がする。

「ダガース!」

リトの目の前には、声の主のダガースがいた。

「い…犬!?」

「正解♪こいつがダガースさ」

マーズは、親指を犬の方へ向ける。

「ハッハッハッ!びっくりしたかい?そう!俺がダガース!皆は、喋る犬って呼ぶぜ!」

「まんまじゃねぇか…」

得意気に喋る犬――ダガースに白い視線を送るマーズ。

「…可愛い!凄い声だったから、もっと怖い人だと思ってた!」

「おい…誉められてるのか?けなされてるのか?」

「気にするな。両方だ。」

マーズは、そっぽを向きながら答える。

「私はリトです。宜しくダガース…さん?」

「ダガースでいいよ」

(とりあえず、元気になって良かったかな?)

マーズは、ダガースになついてるリトを見ながら微笑む。

(なつくのが逆だろ…(-.-;))

「よしっ!出発するかぁ?」

マーズは、背伸びをする。

「そうだね。今は、考えるよりも出来る事をしなくちゃ!だよね!」

リトに笑顔が帰ってくる。それを見て、笑顔を返すマーズ。

「何か俺が入れねぇ空気じゃね?」

ダガースは、二人を交互に見ながら呟く。

「お?空気読めるのか、お前?成長したなぁ」

「てめぇ…」

ダガースが、マーズに噛み付こうとした瞬間――

「よく逃げきれたな」

聞き覚えのある声がしてくる。

「またかよ…(萎)」

マーズは、後ろ頭を掻きながら振り向く。そこには、先程のハインズが立っていた。

「一体、何なんですか!?」

リトは、ハインズを睨み付ける。

「リト様。先程は失礼致しました。真実を見せる事で、リト様の心の強さと兵隊の技量を見させて頂きました」

ハインズは、膝まついて詫びる。

「おめぇ、何処までが本心なんだ?」

「マーズ。お前には、先程の映像が、偽物に見えたか?」

「あん?偽物と言えば偽物だが、本物と言えば本物…」

「リト様、申し上げます。今ある現在から導かれる未来が、あれです。しかし、何か一つ事象が起きれば、未来は変わるはずです」

「…」

「あ〜。更に言っておくと、背徳者の話は大嘘だろ?」

マーズの突然の言葉に、動揺が隠せないハインズ。

「くっ…そこまで知っていたか…リト様!お願い致します…時の…時の女王を止めて下さい!」

「え?」

リトは、時の女王という言葉を聞いて、驚きの表情を見せる。

「…やっぱりな。背徳者の存在は、俺の部隊がキャッチしていたが、そんな大反れたモンじゃなかったからな」

「おい、マーズ。話に着いていけない俺はどうしたら良いんだ?」

「骨でも食ってろ」

「ほぉぉぉぉ?」


ガブッ!


「いってぇぇぇぇぇ!何しやがる!このドラ声犬!(怒)」

「のけ者にした貴様が悪い」

ダガースは、そっぽを向きながら言う。

「焼いて食ってやる!」

「おう!かかってきな!スケコマシ!」

「スケコマシだとぉ!?許せん!」


「うっっっっっるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっっっっ!!!!!!」


声の主の方を向く一人と一匹。

「リトちゃん…目が怖い…(O_O;;)」

「この犬は…?」

ハインズの興味が、ダガースに向けられる。

「気づいちまったか…フッ…俺は、ダガースだ」

「犬が気取ってんじゃねぇ」

「マーズ?」

リトの拳が見える。

「失っ礼しましたぁ!」

「ダガース!?君は…獣人なのか?」

「獣人!?なんだそりゃ?俺は、昔から喋れる犬だぜ?」

「そのオーラは間違いない。そして、ダガースという名前…転生に失敗したんだな」

「おい。こいつ大丈夫なのか?」

「さぁ?ここまでの点数付けると、かなり危ないヤツだな」

「やはり、神は見捨てていない!リト様!戦いましょう!」

「あの…何一つ疑問が解決していないのですが…」

リトは申し訳けなさそうに言う。

「確かに」

マーズは、大きく頷く。


『ひゅ〜〜〜〜〜〜……』


三人と一匹の間を、木枯らしが吹き抜けた。




〜ドルシェの作戦〜




「準備は良いか?ドルシェ」

「OKですわ」

ドルシェは、大きなバズーカを掲げて、後部ドアの前に立つ。

「ハッチを開けるぞ」

クレスは、コクピットのボタンを押す。すると、ドルシェの前のドアが開く。

「さぁ、鳥さん。煙幕を避けて、方向を変えてちょうだいね」

ドルシェは、トリガーを引く。巨大な銃口から、赤い煙幕がモクモクと沸き立つ。

「距離は、五キロ以上だと思え」

「大丈夫ですわ。きっちり、六キロ計算していますのよ」

赤い煙幕は、ジェット機の後に壁の様に広がっていく。遠くに黒い物体が見える。鳥の大群のようだ。

「ドルシェ。もう一横断する余裕があるか?」

「大丈夫そうですわ。結構、沢山積んであるのですね、この煙幕」

「この国は、無駄買いが好きだからな」

「あら?鳥が助かれば、無駄じゃなくなりましてよ?」

「どっちでもいいさ。もう一横断に入るぞ」

機体は、旋回をする。

「…?将軍。どうやら、横断させて貰えないみたいですわ」

「ん?何だ?あの生物は?」

「俗に言う『ユニコーン』に私は見えますわ」

二人が乗るジェット機の前方に浮かんでいる物体は、羽の生えた馬であり、額には大きな角がそそり立っている。

「おいおい。怪物の次は、伝説か?」

「伝説の馬に会えるなんて、素敵ですわ」

どうやら、ドルシェは、恐怖とかの感情は持ち合わせていないらしい。

「しかし、一匹で飛行機と勝負しようってのか?」

「将軍は知らないのですか?『ユニコーン』の角は、どんなに硬い物質でも貫き砕いて、高速に近い巡航速度を保てるのですよ?」

ドルシェは、目を輝かせてレクチャーする。

「成る程。つまり、運搬用の小型ジェット機では、歯が立たんという事だな」

「そういう事ですわ」

嬉しそうなドルシェを見て、首を振るクレス。気を取り直して前を向く。

「!?ユニコーンが消えたぞ!」

クレスは、見える限りの視界を確認する。

「機体の真下に着きましたわ」

ドルシェは、人差し指を下に指す。

「ドルシェ…ぐわっ!」

機体が大きく揺れる。

「何とかならないのか!このままじゃ墜落必至だぞ!」

クレスは、懸命に操縦桿を操作しながら叫ぶ。

「やってみますわ。下に向かえに来て下さいね」

ドルシェは、開いたドアから身を投げ出す。飛び出したドルシェの視界に、機体に角を刺そうとしているユニコーンが映る。そして、ユニコーンもドルシェに気が付く。

「ユニコーンさん。私達は、遊んでる暇は余りないのですわ」

ドルシェは、すばやく魔弾銃を構える。そして、一気にトリガーを引く。命中するはずの銃弾を、すばやく避ける。

「まぁ、早い動きです事」

ドルシェは、続け様に撃つ。尽く避けきるユニコーン。ついに、ユニコーンがドルシェに反撃に出る。一気に落下していくドルシェの下に入り込む。

「串刺しで死ぬのは、綺麗じゃないわ」

一気に首を振り上げるユニコーンの角を掴むドルシェ。そのまま、ユニコーンの背中に乗り上げる。

「さぁ、ユニコーンさん?角を吹き飛ばされたい?それとも、私を乗せてたい?」

ドルシェは、魔弾銃をユニコーンの後頭部辺りに突きつけて選択させる。

「ガルッ…」

ユニコーンは、払い落とそうとするが、全く落ちる気配がないドルシェ。

「言うの忘れましたけど、こう見えて、毎日『ロデ○ボーイ』で鍛えているのよ?女性は見えない部分には、気を使うものですわ」

「ガ…ル…?」

「良い子ねぇ。さぁ、時間を無駄にした分、ちゃんと働いてもらうわよ?」

「ガル〜(涙)」

ドルシェの横にクレスの飛行機が到着する。

「大丈夫か!ドルシェ!」

「見ての通りですわ。ユニコーンさんも是非、協力したいみたいですわ」

笑顔で答えるドルシェ。

「わからんヤツだ」

軽く鼻を鳴らして、ユニコーンを見るクレス。

「どう見ても、服従だな」

ユニコーンの悲しげな顔を見て呟くクレスであったが、気を取り直して前を向く。

「将軍。私に良い考えがありますわ。防弾ネットを使って、鳥さんの進行方向を変えられるかもしれませんわ」

「防弾ネット…か?長さが全く足りないぞ?」

「フフ…ユニコーンさんがいるから大丈夫ですわ」

ドルシェはユニコーンの頭を撫でる。

「ガル…(汗)」

「…わかった。俺はどうする?」

「ガル〜っ(涙)」

「将軍は、煙幕をばらまきまくって、永久氷海を鳥さんの視界から消して頂ければOKですわ」

「…なるほどな。振り落とされるなよ、ドルシェ!」

クレスは、そう言い残して機体から防弾ネットをドルシェの元に落として行く。そして、煙幕をばらまきながら、旋回しまくる。

「さぁ、ユニコーンさん?出番よ?」

ドルシェは、防弾ネットを広げる。

「ガル〜」

ユニコーンは、煙幕の下で四角形に高速で動き始める。

「見事な計算だな」

上空から見ているクレスには、巨大な防弾ネットが広がっている様に見えていた。

「ユニコーンさん!素敵だわ!もっと頑張るのよ!」

「ガルルルぅ〜」

ドルシェは、高速に近いスピードを楽しんでいる。そして、防弾ネットは、もはや残像とは思えない程に巨大化していた。

「来たか!」

煙幕をばらまき終わったクレスが、鳥に注視する。鳥の先頭集団が煙幕の前に到達する。そして、下に網があるのを見つけて慌てて上昇して行く。後続の鳥達も釣られて上昇する。

「成功か!?」

鳥の大群は、瞬く間に上昇して行った。そして、西の方へと進路を変えて飛んでゆく。

「成功ですわ!ユニコーンさん見てごらんなさい!」

「ガル〜」

鳥の大群は、どんどん小さくなってゆく。

「ドルシェの体さばきと根性は、エイシス譲りなのか…?」

ユニコーンの上で喜んでいるドルシェを見ながら、エイシスを思い出すクレスであった。

「ん?」

クレスは、遠くに目を凝らして見る。

「ドルシェ。私の見間違いじゃなければ、あれは鳥か?」

クレスが見る方向をドルシェも見る。

「よく考えてみれば、世界中の鳥さんが、あれで終わりの訳ありませんわ」

「困ったもんだ。煙幕は使い切ったぞ」

クレスは、薄くなった煙幕を見ながら言う。

「困りましたわ。防弾ネットもボロボロですわ」

ドルシェは、あちこち切れかけている防弾ネットをクレスに見せる。

「万事休すか――」

落胆の色を隠せないクレス。

「まだですわ。」

ドルシェはクレスを否定する。

「ユニコーンさん?もう一仕事だけ頼まれてくださる?」

「ガルルル…」

「私を鳥さん達の群れの中心の真上に連れて行って」

ユニコーンの頭を撫でるドルシェ。ユニコーンは、一瞬にして鳥の大群の上部に到着する。

「本当に早いわねぇ」

ドルシェは、感心する。

「クレス将軍。今度こそ迎えに来てくださいね」

ドルシェは、無線でクレスに言う。

「ドルシェ!何をするんだ!」

ドルシェは聞こえないフリをする。

「ユニコーンさん。約束ですわ。ここでお別れですのよ」

ドルシェは、もう一度、ユニコーンの頭を撫でてから、一気にジャンプする。鳥の群れに消えるドルシェ。次の瞬間――

「ガル?」

鳥が一斉に上昇を始めた。たまらず回避するユニコーン。そして、落下して行く物体を見つける。ドルシェだ。

「ドルシェ…待ってるんだぞ…!」

クレスは、落下して行くドルシェの下を目指す。しかし、落下速度の方が早く、追い付ける気配すらない。

「ポンコツ!もっと早くならんのか!」

クレスの苛立ちは、ジェット機に向けられるが、速度は変わらない。

「ダメだ!間に合わん!ドルシェ!霊を呼べ!」

無線からの応答はない。

「ユニコーン!ドルシェを助けてくれっ!」

声が聞こえるはずもないのは、理解しているが、上空で見つめるユニコーンに懇願するクレス。その時―――


『バサッ』


ドルシェの体から何かが飛び出す。

「――!!あいつめ…」

すぐに飛び出た物体が、パラシュートだと分かりニヤリと笑うクレス。

「将軍?何を焦っていらっしゃるのかしら?」

無線にドルシェの声が入ってくる。

「全く…」

クレスは、溜め息を付きながらも急降下して行く。ユニコーンは、パラシュートが開くのを確認すると姿を消した。

「ユニコーンさん。心配して下さったのね。ありがとうですわ!」

ドルシェは、消えたユニコーンに礼を言う。

「あいつはパラシュートがある事を分かっていたのか?」

「ユニコーンさんは頭が良いから、気付いていたんですわ」

「分からない奴らだな…」

「あら、将軍?『ら』って、どういう事ですの?」

ドルシェの声が怒り口調になる。

「気にするな。それより、機体を真下に持って行く。着地出来るな?」

「もちろんですわ」

ジェット機は、ドルシェの真下に入る。そして、ドルシェは機体の屋根に着地して、手際良くパラシュートを回収する。


「楽しかったですわ」

「一体、何を呼び寄せたんだ?」

「鳥さんの祖先ですわ」

「始祖鳥か?」

ドルシェは、ニッコリ笑う。

「よく見つけたな」

「ここは、伝説の動物が眠る場所ですわ」

「そういう事か。ユニコーンにも随分好かれてたな」

「あら?動物は愛情を注げば、なついてくれるものですわ」

ドルシェは、マジマジと言う。

「成程な。お前には恐怖心が無いのか?」

「恐怖心?…抱いてしまったら、華麗に散れませんわ」

「そう来たか…まぁいい。とりあえず、着陸するぞ」

機体は、分厚い氷の上を目指す。




〜反乱〜




「市民の非難は順調か?」

「それが、問題が起きました」

ゼビーは、動きが止まる。

「何だ?」

「収容のキャパが越えていて、三割程しかシェルターに入れません」

「どういう事だ!?」

ゼビーは、報告書を奪い取って食い付く。

「封鎖とは、どういう事だ?」

「カルバン将軍に因るものかと思われます。」

「カルバン将軍?何故、奴がシェルター封鎖をしている?」

「調査中ですが…クーデターかもしれません」

「この非常時に…私が直接会って確かめる。場所は?」

「危険です!」

「危険?この地上に安全な場所があるのか?大統領命令だ。カリバンの居場所を教えろ」

「…出来ません。大統領を守るのも我々の使命です」

護衛官の瞳に迷いはない。

「そうか。悪かった。引き続き市民の安全を最優先にしてくれ」

ゼビーは、指令室を出て行く。

「大統領!どちらへ行かれるのですか!」

「執務室に戻るだけだ」

護衛官は、敬礼をする。

(カルバン…この後に及んで大統領の座を狙うのか…?)


「カルバン将軍。七割のシェルターに軍事配備終わりました。しかし、三割が作戦失敗でございます。市民の抵抗が発生した箇所がありまして…」

「行動が遅かったな。七割か…とりあえずは、次の作戦に移れるな。ご苦労であった」

兵士に労いの言葉をかけるカルバンは、徐に拳銃を取り出して兵士を撃つ。

「し…将…軍…?」

「完璧に任務をこなせない部下は必要ない」

兵士は、床に倒れる。

「片付けろ」

カルバンは、側近に命令をする。側近は、手際良く死体を片付ける。

「大統領にアポを取れ。私の声を聞きたがっている頃だろうからな」

カルバンは、不適な笑みを浮かべる。




〜真実〜




「じゃぁ、一万年の封印の盟約が終わって出て来た『時の女王』が、全てを仕組んだって事なの?」

「物凄い短縮だな…」

「そうです。東と南の司祭を葬ったのも、時の女王の刺客です。」

「でも、どう見ても『神』の仲間って感じじゃなかったぜ?」

「推測に過ぎないが…悪魔と盟約を交したのかもしれん――」

ハインズは、悔やみきれない表情をしながら、拳を握る。

「神と悪魔のコラボとは、正に終末だな」

皮肉を込めたマーズのセリフにハインズの目付きが変わる。

「マーズ。言葉に気を付けろ。時の女王は、神の遣いであって神ではない。神と悪魔が盟約を交わす事など、絶対に有り得ない」

「話が難し過ぎて、付いていけねぇぞ?」

「犬は、大人しく聞いてろ」

「マーズてめぇ!」

「お?ペットが飼い主に逆らうのか?」

「誰がお前のペットだぁ!?」


『ゴツン!』


「全く。口開けば、すぐ喧嘩なんだから(怒)」

「リトちゃん…どんどん狂暴になってる…」

「ハインズさん。時の女王の事は、だいたい分かりました。貴方は、何故、それを私達に?」

「人と人間の話は、知っていますか?」

リトは、ハインズの言葉を聞いて、ちらっとマーズを見る。

「えぇ。多少は、知っています」

「では、人と人間の違いはわかりますか?」

首を横に振るリト。

「教えましょう…人と人間の一番の大きな違い…血にあります」

「血…?」

「…やっぱり…」

マーズは、頭を掻く。

「そうです。人間は、『人』と『猿』の交配に寄って産まれた存在です」

「え―――――――っ!?」

声を上げてジタバタするダガース。リトも目を大きくする。ハインズは、それを見ても、話を続ける。

「『時の女王』は、降臨した『人』を滅ぼす為に地球の時間だけを早めたのです。それによって、我々の生命は、極端に短くなってしまいました。人間の一生が80年なら、人は、一ヶ月も生きられません」

「一ヶ月!?あっと言う間に終わっちまうぜ?」

うつ向くハインズ。

「その通りだ。女王は、我々に報復の隙を与えずに滅ぼす作戦だったのであろう。そこで、人は生命力が長かった猿との交配に踏み切った。そうする事で、時の女王に対抗する為の戦力を作ろうとしたのだ。しかし、生命力は延びたが、能力が三分の一程になってしまい、結局、時の女王の敵ではなかった」

「そんな…それじゃ、私達が崇めた神は、人かも知れないって事ですか…?」

「人間にとって、神とは絶対者です。動物の本能は、強い者には服従します。人と人間では、知恵も力も歴然とした差があった事でしょう。それを考えれば、『人』を『神』と思う事に迷いは無かったのではないでしょうか。そして、それが『人』と『人間』が、本来、歩むべき道を踏み外してしまう原因だったのでしょう」

「私達が信仰した神が人間の祖先…信じられない…」

「リトちゃん。リトちゃんが信じる神が実在して、人間だったとしても、リトちゃんの心にいる神は、違うんじゃねぇか?」

ダガースは、リトを見つめながら言う。

「ダガース…」

「ダガースの言う通りだ。リトちゃんの神は、リトちゃんの心を強くする為にいるんだ。実在したってしなくたって、リトちゃんが、しっかり神を描いていれば関係ねぇさ」

「…そうだよね。私が信じる神は、私の心にいるんだよね」

リトは、胸元に手を沿えて、洋服をギュッと握る。それは、自分の信じる神を再確認している様に見えた。

「やはり、リト様は強い心をお持ちでしたね。太陽の神が選んだだけの事はあります。」

「太陽の神?」

「また神話かよ?」

「…」

ダガースは、ウンザリ感を露にする。

「太陽の神は、時の女王と同じように、地上に降りなかった『神の遣い』の一人だ」

(こいつは、何で俺には、タメ口なんだ…?)

ダガースは、ぶっちょう面をする。

「その神と私が何の関係があるのですか?」

リトは、自分に忍び寄る大きな運命に不安を抱く。

「地上には、先達者と呼ばれる人間が定期的に現れます。彼等は、それぞれの支配をしている者達の意思を受け継ぐ者達なのです。そして、リト様の父上・母上は、太陽の神の意思を受け継ぐ者でした。」

「私のお父さんとお母さん…!?」

「はい。お二人は、太陽の神の元で生きておられます。」

「それは本当ですか!!」

「本当です。しかし、地上に降りる力は、もうありません。」

「え…?」

「地上で力を使い過ぎたのです。お二人は、『古代大戦争』による飢えた人間や動物を助ける為に持てる全ての力を使いました。結果、地上に住む生物は、かろうじて生き残れたのです」

「古代大戦争って…リトちゃんの両親って何歳なんだ??」

「先達者には、生命の期限はない。触れた者達が思い続ける限り生命は続く。」

「ふぅ〜ん」

(こいつは、何で俺には、タメ口なんだ…?)

マーズは、ぶっちょう面をする。

「今は会えなくてもいい…お父様とお母様が生きている…生きてるんだ!」

まだ見ぬ両親に想いをはせるリト。

「待てよ…?両親生きていたのは良しとしても…リトちゃんって何歳なんだ!?」

いくら、若く見えても、何万歳は、さすがに勘弁!といった感じで、マーズは真剣に考える。

「失礼ね!私は、二十歳よ!」

「だよな…(^_^;)こいつが、古代の時代の両親なんて言うからさぁ(焦)」

「安心しろ。お二人は、最近まで地上にいて、リト様を産んで太陽の神の下へと還ったのだ」

ハインズは、面倒臭そうに言う。

「お前に言われなくても、わかってらぃ!」

マーズは、ムキになりながら叫ぶ。

「俺…何万歳か計算してた…」

「…」

マーズは、二回程、ダガースの頭を軽く叩く。

「お兄様は…お兄様は生きているのでしょうか?」

「お兄様も生きておられます。」

「お兄様も…!」

リトの顔は、幸せを掴んだ女性の様に輝いた。しかし、ハインズの次の言葉は、容赦なくリトの笑顔を奪った。

「お兄様は、恐らく、時の女王の元へと向かったと思われます」

「え…?」

リトは、唖然とハインズを見つめる。

「おい。どういう事だ?」

マーズが、ハインズの胸ぐらを掴む。

「お兄様は、全てが時の女王の為す事だと、気が付いていたのだろう」

「お前…それを知っていて、行かせたんじゃねぅだろうな?」

「マーズやめて!」

リトの声は届かない。

「ありゃりゃ。久々に見たぜ」

マーズの真剣な顔を見上げるダガース。

「私が?笑わせるな。本来、太陽の神の力を授かる人間を、簡単に死なせる様な事をすると思うか?」

「!?」

マーズは、思わぬ返答に手を緩める。

「お兄様が…神の力を…?」

「リト様が意思を継いだなら、兄のヤーヴェ様は、太陽の力を授かったのです」

「本物の術者かよ」

「率直に言います。リト様は、神格界を動かして下さい。そして、お兄様は、唯一、神格界への扉を開けられる炎の使い手なのです」

「あれ?神格界って司祭達で行けるんじゃないのか?」

ダガースは、疑問を抱く。

「あれは話が出来る程度のコンタクトに過ぎません」

「ふぅ〜ん」

「そして、運命が導くなら、お兄様は、生きておられます!時間がありません。早く神殿を目指して下さい!」

(止めたの誰だよ…)

「お兄様…」

リトは、ヤーヴェの姿を思い浮かべる。

「ハインズっつったっけ?信用出来るだけの確証はあるのか?」

マーズは、ハインズの前で仁王立ちをする。

「残念だが…ない。だが、真実だ」

「マーズ。ハインズさん、多分、嘘付いていないと思うわ。上手く言えないけど…何と無くわかるの」

リトの表情を見つめるマーズ。あの時、マーズの心を見透かした表情だ。

「そっか…よし、じゃあ、神殿に行きますかぁ!」

マーズは、勢いよく腕を回す。

「あいつ…マジで惚れたか?」

ダガースは、マーズの聞き分けの良さに感付いたようだ。そして、ハインズの方を見る。

「ハインズ。お前は『人』なのか?」

「…そうだ。私は『人』だ。この地に降り立った最初の『人』から産まれた存在だ」

「おかしくね?何で何万年も前の奴が生きてんだ?」

「私は物質としては、存在していない。こちらの世界に素で来たら、今の私では、半月持たない。だから、冥界に本体を置いて幽子体だけで移動しているのだ。つまり、エデンで言う所の『幽霊』という奴だ。だから、通常空間では、お前に触れられる事もないが触る事も出来ない」

(こいつは、何で俺にはタメ口なんだ…?)

ダガースは、ぶっちょう面をする。

「証拠を見せよう」

ハインズは、そう言って、ダガースの頭に手を添える。しかし――すり抜ける。

「はぅ!?今、体の中をすり抜けたぞ!?俺、おかしくなったのか!?」

「ふっ…安心しろ。透けてるのは私の方だ」

「良かったぁ〜!((泣))ってか、お前は幽霊か?」

「精神レベルで現実化しているだけだ。人が作りし人は、生き延びる為に冥界へと送られた」

「じゃ、そこに行けば、時の女王に勝てる仲間が、沢山いるって事か?」

「もう居ない。人とて、冥界では、生き残るのは難しい。何百人といた仲間は、二人だけになってしまった」

「冥界に何があるんだ?」

ハインズは、息を呑む。

「冥界とは、魂を天界・獄界に送る事を許された、『オシリス神』の支配する領域だ。神の遣いの変わり身の『人』も裁かれる立場になってしまう。今まで冥界の反乱軍として戦ってきた…今も二人だけで戦っている。…もう何万年も争い続けている」

「今も?精神がここに来て、大丈夫なのか?」

「正直に言うと我々は、勝てないであろう。やはり、オシリス神の軍団は、尋常じゃないようだ。奈落は、彼らのテリトリーだから仕方がない」

「そんな簡単に負けるとか言うなよ!?」

「これが事実だ。しかし、我々の親が背徳を冒してまで守ろうとしたエデンだけは守りたい」

「…そうか。お前も大変なんだな。もう一人は、平気なのか?」

「エイシスは、強い。一人でも簡単には負けない」

「エイシス?そんなに強いヤツなのか?」

「あぁ。光の太刀は、一撃で千人を葬る程だ」

「千人かよ!?それでも勝てないのか?」

「勝てないだろうな。それ程にオシリス神の軍団は強い」

「マジかよ…ってか、世の中は広過ぎるぜ…」

ダガースは、空を仰ぐ。

「だが、只では我々は負けない。必ず、オシリス神にも一泡吹かせてやるさ」

「そうか。力になってやれねぇけど頑張れや」

「あぁ」

「あっ!獣人って何だったんだ?」

ダガースは、思い出して慌てて聞く。

「いずれ…わかるさ」

「お〜いアホ犬ぅ!置いて行くぞぉ!」

「ったく…あの馬鹿は、空気が読めねぇヤツだぜ」

ダガースは、鼻息を荒くしながら愚痴る。

「ハインズ。俺は難しい話は、苦手だ。とりあえず、やるべき事は『リトちゃんの護衛』だろ?」

「なかなか賢いな。どっかの護衛とは大違いだな」

「あったりめぇだぃ!俺様は、喋る犬だぜ?」

「ハァーックション!」

マーズは、豪快なくしゃみをする。

「コルぁーっ!さっさと来ねぇか!」

「本当にうるせぇヤツだな」

ダガースは、マーズ達の方へ走り出す。

「あの二人ならリト様を神格界へ導く為の礎になるかもしれんな…」

ハインズは、走って行く二人と一匹の姿を見送って姿を消した。




〜塞がれた未来〜




「とりあえず、何も起きないなぁ」

「平和は、良い事さぁ」

マックスターとハワードは、北の宮殿の庭園で、椅子に腰をかけて、和やかな会話をしていたが、一兵士が突き破る。

「報告します!東の宮殿に続き南の宮殿も崩壊しました!」

「南も!?」

「確か、クレス将軍とドルシェが向かったよな?」

「将軍とドルシェ様は、ご無事だったようですが、他の者は殉職したとの報告がありました!」

二人は、顔を見合わせる。

「マジかよ?あの二人がいて、やられるって…」

「こりゃ、のんびりしてらんねぇな。クレス将軍に連絡は取れるのか?」

「それが、永久氷海に向かってから、消息不明です」

「マックスター」

「オッケー。行くか」

二人は、立ち上がり歩き出す。

「あの…我々は…?」

「即時撤退」

マックスターは、煙草に火を付けながら言う。

「はい?」

「聞こえなかったか?すぐに総員、基地に引き返せ」

ハワードは、兵士を睨む。

「は、はい!了解しました!えっと…お二人は…?」

「俺らは、やる事がある。三分以内に出発しろ」

煙草の煙を吐きながらマックスターは睨む。

「し、しかし…」

「聞こえただろ?三分以内に撤退だ」

兵士の前に歩み寄るハワード。

「は、はい!直ちに準備に入ります!」

兵士は、半べそをかきながら、走り去る。

「全く…素直に言う事利けっての…」

マックスターは、走り去る兵士の後ろ姿を見ながら呟く。

「上官を置いて撤退を素直にされたら、それはそれで悲しいもんがあるぜ?」

ハワードは、マックスターの肩に手をかけて言った。

「確かにそうかもな。まぁいいさ。行くか?」

「そうだな」

二人は、宮殿の中へと消えて行った。


「いよいよ、私の時代だ」

カルバンは、豪華な装飾が施された部屋でワインを口に含む。

「カルバン様!失礼します!」

兵士が慌ただしく入って来る。

「騒々しいな」

カルバンは、兵士を睨み付ける。

「申し訳ございません!ゼビー大統領から無線連絡が入っています」

「ゼビーから?フン…余程、私に会いたいようだな」

カルバンは、無線のヘッドフォンを取る。

「お久しぶりですな、大統領。」

「カルバン、貴様、何の真似だ?」

「真似?私は真似などしていませんが?」

カルバンは、ニヤニヤしながら喋る。

「シェルターを封鎖する事が、何を意味するか理解していないのか?」

ゼビーの口調は、明らかに怒りに満ちていた。

「さすが、大統領。情報が早い。なら、ここからは取引きだ」

カルバンの口調が高圧的な物に変わる。

「取引き?お前と取引きする事などない!」

ゼビーは怯まない。

「ハハハ…残念だが、取引きは強制参加だ。ゼビー君?」

カルバンは、声高々に笑う。

「どういう事だ?」

「シェルターに入れない市民の命は、あと数時間だ。つまり、私は、史上最大の人質を得た様なものだ。ゼビー、大統領を辞任して全権を私に寄越すのだ。そうすれば、シェルターを開放して市民を受け入れてやろうじゃないか」

カルバンの目は、狂気に満ちていた。

「貴様…」

「返事は、いつでも良いぞ?まぁ市民が死滅する前に宜しく頼みますぞ。ハハハ…!」

「カルバン!貴様は、何処まで下道に成り――」

カルバンは、ゼビーの言葉を聞かずに受話器を置く。

「さぁ、人類最後のショータイムの始まりだ」

カルバンは、ワインを注いで口に含む。


「くそっ!カルバンめ!絶対に許さん!」

ゼビーは、マイクを叩きつけて怒りを露にする。

「大統領!問題が発生しました!」

「今度は何だ!?」

ゼビーは、次から次へと湧き出る問題に苛立ちを隠せない。

「核を積んだトラックが行方不明になりました!」

「!?」

ゼビーの顔色が一気に青ざめる。

「どういう事だ…?」

「西の宮殿を越えた辺りで消息を立ちました!」

「西の宮殿…だと!?」

ゼビーの心に不安がよぎる。

「わかった。行方不明のトラックは、私の方で捜索する。君達は、引き続き、核の移動を頼むぞ。何%完了だ?」

ゼビーの声には力がなかった。

「現在、70%完了です!移動の件、了解しました!…大統領…大丈夫でしょうか?」

兵士が気遣う。

「大丈夫だ。それと、トラックのコースを変更してくれ。西の宮殿付近を避けるんだ」

「それだと遠回りになりますが…」

「それでも良い。今は確実に核を移動する事が先決だ」

「了解しました!直ちに変更させます!」

兵士は、勢い良く部屋を出る。それを確認して、一気に崩れ落ちるゼビー。

「何故…こんな事になってしまったのだ…神よ…」

そこに電話のベルが鳴る。

「ゼビーだ。」

「クレスです。そちらの事態は、ソルジャーより確認しております」

「クレスか!無事だったか!今何処だ?」

「現在、鳥の進路変更に成功して、永久氷海の氷の大陸にて、ウィルス調査をしております」

「そうか。何かわかったか?」

「はい。驚いた事に、大陸に大きな穴が開いております。これは、恐らく、マーズより連絡のあった東の宮殿の穴と同じタイプの物かと思われます」

「そこが、ウィルスの発生地点か?」

「いえ、違うようです。ウィルスは、大陸に連なる氷山の噴火から始まったようです」

「噴火?あそこには活火山は存在していないと聞いているが…?」

「死火山が活火山に変わった様です。マグマや煙は出ていませんが、明らかに噴火をしています」

「理解に苦しむ内容だな。仮に噴火だとして、ウィルスを止める術はあるのか?」

「残念ながら無いです。事態は最悪かもしれません。鳥に有害なウィルスの後から、もっと強力なウィルスが発生している可能性が出て来ました」

「な…何だと…?」

受話器を持つゼビーの手が震える。

「ウィルスを調べたら、鳥ウィルス以外に新しいウィルスを発見しました。念の為、ガスマスクをしていたから助かりましたが、鳥ウィルスと同じ成分に加えて、繁殖する機能がある様です。三十秒あたり約十倍の増加を確認しております。恐らく人間に感染します」

クレスの言葉に、ゼビーは愕然とする。

「わかった。拡散は、いつ頃か予測つくか?」

「推測ですが、一時間程の経過と思われます。そちらへの到着時間は、そろそろだと思いますので、ガスマスクの着用を要請致します」

「正に逃げ道無しだな」

「大統領…?」

「いいか、クレス。とにかく地球の裏でも何でもいい。この国から出来るだけ離れろ」

「大統領?どういう事ですか!?」

クレスは、大統領の異変に戸惑う。

「我々は、完全に包囲された。ガスマスクは無い」

「!?」

クレスからの返事は無い。大量にストックされてるはずのガスマスクが無いのは、予想外だったようだ。

「ガスマスクは、カルバンの部隊に掌握されている」

「カルバン?それは初耳ですな…」

「カルバンのクーデターだ。七割のシェルターを制圧されている」

「最大の人質ですか…ヤツめ…許さん…」

クレスの声は、静かな怒りが籠っていた。

「空からウィルス、大地震、カルバンのクーデター…そして、消息を絶った核を積んだトラック…助かる術は無い」

「まだ早いですぞ?私がカルバンの本拠地を叩き、シェルターを開放します」

「そう願いたい所だったが、予知連に因ると大地震まで残り一時間だ。そこからでは間に合わない」

「くっ…おい!?ドルシェ!?」

「?」

受話器の向こうのクレスの声に耳を傾けるゼビー。

「ゼビー大統領。私はクレス将軍の部隊所属のドルシェと申しますわ」

「君がドルシェか。噂は聞いている。どうした?」

「大統領。失礼を承知で申し上げますわ。あなたが生きる事を諦めても、市民は生き残りたいのです。死を選んだ大統領よりもクーデターをしてでも生きる事を選んだカルバン将軍の方が、市民にとっては大統領にふさわしいですわ」

「ドルシェ!何を言っているんだ!」

クレスは、ドルシェの言葉を聞いて制止しようとする。

「…」

「私達は、諦めませんわ。まだ、戦いは始まったばかりですもの」

「…ドルシェ。私は大きな過ちを侵す所だったよ。ありがとう」

「生きる事を選んで頂けて何よりですわ」

「あぁ。誰一人死なせない。誓おう。…クレスに代わってくれ」

ゼビーの声に力が戻る。

「大統領。部下の非礼お許し下さい」

「クレスよ。良い部下を持ったな」

「…ありがとうございます。早速ですが、恐らくカルバンは、西の宮殿を制圧したのではないでしょうか?」

「何?」

「カルバンがクーデターを起こすなら、シェルターを制圧出来なかった時の策があったはずです」

「そうか!核を切札にするつもりだったのか!」

「はい。西に向かった部下から連絡が無い事からも説明がつけれます。これより我々は、火山を何とかして、西の宮殿に向かいたいと思います」

「わかった。しかし、火山を何とか出来るのか?」

「策はまだですが、必ず、何かあるはずです。部下が諦めていないのに、諦める訳にはいきませんからな」

「そうだな。頼んだぞクレス。私は核を安全区域に移動してシェルターを一つでも多く開放する」

「了解しました」

「制限時間は、三十分だ」

「任せて下さい」

ここで電話は切れた。

「頼んだぞ…クレス…」

ゼビーは、強い願いを呟いた。




〜北の攻防〜


「さぁ、火山を止めるぞ」

クレスは、不気味な音と振動を発する氷山を見据える。

「作戦は出来ましたかしら?」

「あぁ。だが、ドルシェに頼みがある」

「私に出来る事なら」

「さっきのユニコーンを呼べないか?」

以外なクレスの言葉に、一瞬、間が空く。

「やってみますわ」

ドルシェは、目を閉じて精神統一する。

クレスは辺りの空気が一瞬、暖かくなるのを感じた。

「ガルぅ〜」

ユニコーンがドルシェの横に現れる。

「ユニコーンさん、ごめんなさいね」

ドルシェは、ユニコーンの頭を撫でる。

「ガルるるぅぅ〜♪」

どうやら、ドルシェに撫でられて喜んでいるようだ。

「よし…いいか、ドルシェ。今から氷山の穴を塞ぐ」

クレスは、氷山を指差す。

「氷山の穴を?もしかして、機体を突っ込ませるのですか?」

クレスは、ニヤリと笑う。

「それでは、私が操縦いたしますわ」

ドルシェは、ジェット機に向かう。

「待て。ジェット機には、私が乗る。ドルシェ、お前はカルバンの軍団を制圧してくれ」

「将軍。あなたを死なせる訳には行きませんわ。ジェット機には、私が乗ります」

穴を塞ぐ為にジェット機を正確に追突させるには、ギリギリまで機体を操縦しなくてはいけない。最悪の場合には、脱出しても爆発の威力で吹き飛ぶかもしれない。

「全て計算済みだ。それにユニコーンを操れるのは、お前しかいない。ユニコーンなら西の宮殿まで一瞬で行ける」

「…わかりましたわ。さっさとカルバンの軍を制圧して、迎えに来ますわ」

ドルシェの顔付きが変わる。その顔は、親と離れ離れになるのを必死に堪える子供の様にも見える。

「わかった。さぁ行くんだ。カルバンの特殊部隊には気を付けろよ」

「了解しましたわ。ユニコーンさん、私を西の宮殿まで乗せてちょうだい?」

「ガルっ」

ドルシェは、身軽にユニコーンに跨る。

「将軍!必ず、迎えに来ますわ!」

クレスは、ドルシェの言葉に、親指を立てて返す。

「ユニコーンさん!」

ドルシェの掛け声と同時にユニコーンは飛び消えて行く。

「本当に早いな。…さぁて、行くか」

クレスは、ジェット機に乗り込む。


「おいハワード。これは幻か?夢か?」

「こりゃ、現実っぽいぜ?ほっぺたツネってみるか?」

マックスターとハワードは、目の前に現れた敵の姿を見ても、呑気な会話をしている。目の前の敵――そう、クレスとドルシェを襲った『ネズミ』と『コウモリ』だった。

「ハワード、上と下のどっちが得意だ?」

「どう考えても上だろ」

ハワードは、コウモリを睨む。

「じゃ、俺は下だな」

マックスターは、腰に下げてる剣を抜く。

「さぁ、かかってきな。この斬魔刀で地獄に帰してやるぜ」

マックスターは、大きな両刃の剣を構える。

「いきなり、斬魔刀かよ。それじゃ、俺も最終兵器で勝負しますか」

ハワードは、ガトリング砲を背中から取り出す。

「コウモリもどきっ!魔弾仕様のガトリング砲喰らえ!」

ハワードは、一気にトリガーを引く。無数の銃口から発射される魔弾は、コウモリを次々と破壊して行く。一方、マックスターは、ネズミを叩き割る様に倒して行く。

「マックスター!もしかして、クレス将軍の部隊を壊滅状態にした奴らってコイツらか?」

ハワードは、射撃練習の様にリラックスしながら、マックスターの方を降り向く。

「さぁ?だが、関係あるのは間違いないんじゃないか?」

マックスターは、地面から跳びかかって来るネズミを、見事に斬り落としていく。

「そうだな。しかし、キリがねぇな…」

ハワードは、周りを見て、次々現れる敵に、ウンザリした顔をする。

「あぁ。コイツら…もしかしたら…」

マックスターは、一気に高くジャンプする。そして、斬魔刀を床に叩きつける。

「ギャ―――っ!!」

「ガァ―――っ!!」

ネズミが次々と悲鳴を上げて消えてゆく。

「…なるほどな」

ハワードは、マックスターの行動とネズミの消滅を見て、不適な笑みを浮かべる。そして、ガトリング砲を撃ちながら、空いてる左肩に、バズーカー砲を掲げる。

「バイバイ」

ハワードは、バズーカー砲を発射する。砲弾は、コウモリの壁を突き破って天井に命中して爆発する。すると、コウモリもネズミの様に悲鳴を上げて消え始めた。

「良い感じだな。ツメが甘くないのが俺達なんだなぁ」

「そうなんだなぁ」

ハワードの言葉に呼応する様に笑いながら、マックスターも動き出す。

再びジャンプするマックスター。しかし、今度は先程よりも高く跳ぶ。

「魔弾の次は、魔剣を受けてみな!」

マックスターは、天井に斬魔刀を突き刺す。

「パクりのセリフだが、魔剣の次は、魔弾を受けてみな!」

ハワードもバズーカー砲を床に向けて発射する。ほぼ同時の攻撃によって、天井と床が崩壊する。

「本体のおでましだ」

天井を見つめるマックスター。。

「怪物の繁殖が繰り返しって、よくわかったな」

ハワードは、床を見つめながら言う。そして、崩壊する床に照準を合わせる。

「まぁな。47匹目で化け物の声が一緒だったのさ」

マックスターも斬魔刀を構え直して言う。

「来たぜ」

二人に緊張が走る。天井から落ちてくる巨大な物体。それは、三メートルはありそうな巨大な漆黒のコウモリだった。そして、床からも三メートル程の巨大なネズミが這上がってきた。

「…なぁ。ネズミって一夫多妻なのか?」

「俺もそれ聞きたい所だ。どうやら、コウモリも一夫多妻みたいだ」

巨大なネズミとコウモリは、それぞれの穴から次々に現れて、総勢十匹になった。

ハワードは、超巨大ネズミにガトリング砲とバズーカー砲を同時に撃つ。

「マジかよ!?」

砲弾は命中したが、ネズミを貫通する事も爆発する事もなく、ネズミの体に弾かれて床に転がる。

「魔弾がダメって事は、斬魔刀もダメか?」

マックスターは、コウモリに向かって走り出す。コウモリ達は口を開けて、火の玉をマックスターめがけて飛ばす。

「!!」

マックスターは、ジャンプをして回避した。しかし、マックスターの目の前の視界が黒くなる。

「なっ!?早い!?」

マックスターの目の前には、巨大コウモリの漆黒の腹が見えていた。左からの物凄い衝撃が体中を走る。マックスターは、コウモリの右羽の攻撃をモロに喰らってしまったのだ。

「ぐわっ!」

そして、勢いよく壁に激突する。

「マックスター!」

崩れる壁と共に落ちていくマックスターの方へと走るハワード。しかし、その隙を突かれて、ハワードも背中にネズミからの攻撃を喰らってしまう。

「ゲホっ…しまっ――」

ハワードは、前のめりに倒れ込む。

「アホな位の馬鹿力しやがって…」

何とか起き上がろうとするが、体が言う事をきかない。続け様に背中に重い感覚。ハワードは、ネズミに背中に乗られてしまった。

「や…べぇ…」

上に乗られて身動きが取れないハワード。何とか逃げなくては、と思った矢先に背中が軽くなる。

「ハァ…ハァ…大丈夫か?」

ハワードの頭の先にはマックスターが刀を構え直して立っていた。

「助かったぜ」

マックスターは、ハワードに手を貸して起き上がらせる。

「どうやら…ハァ…魔弾は通用しないが…斬魔刀は効果…ありみたいだな」

ハワードを踏み付けたネズミの腹は切り裂かれている。

「参ったな…刀は…俺の戦闘スタイルに…無いぜ…ハァ…ハァ…しかし…切られてんだから…ハァ…血くらい流せよ」

ネズミの腹は、斬られた傷がパックリ開いているが、血や体液は出ていない。自覚も無い様だ。

「血も涙も無い…ってのは…この事か」

段々、呼吸の乱れがおさまる二人。

「マックスター、何か作戦は無いのか?」

ハワードは、効かないと分かっているガトリング砲を撃ち始める。

「正直言って、今までで一番ヤバイかもな。しかも、怪物に連携プレイをされると更に厳しいな」

「ここは…やっぱり退却か?」

「それが一番かもな。だが、どうやって脱出口を探す?」

二人は周りを見渡すが、綺麗な円陣に囲まれていた。

「一番弱そうな所から攻撃だ」

「ならば、さっき腹斬ったネズミが一番だろ」

「だよな。んで、どいつだっけ?」

マックスターは、一匹づつ確かめる。しかし、腹が裂けたヤツは見付からない。

「まさか…完治したなんて事あるのか…?」

「バケモンの傷の治り具合まではわからん」

二人にジリジリ歩み寄る怪物達。だんだん怪物との距離が近付く。

「ヤバイな。このままだと丸ごと食われるか、良くても骨しか残んねぇぞ」

マックスターは、怪物達との距離が縮まらない様に剣で威嚇する。

「確かにな。だが、一つ良い作戦を考えたぜ」

「どんなんだ?」

上を見ろ、と指を指してゼスチャーをするハワード。

「なるほどな。どうせ殺られるなら、あがいてみるか」

マックスターは、不適な笑みを見せる。

「行くぜ!マックスター!」

ハワードは、天井に向けてバズーカー砲を放つ。天井には大きな穴が開き、崩れ始める。

「今度は俺の番だな」

マックスターは、落ちて来る瓦礫の塊を次々と剣で振り払う。

「結構、量あるな!」

マックスターは、落ちて来る瓦礫をどんどん弾く。

「マックスター!」

ハワードの呼び声で、マックスターは、一気にジャンプする。つられる様にハワードもジャンプする。マックスターは、天井の穴の縁に剣を刺して捕まる。ハワードは、そのマックスターの足に捕まった。

「どうだ!?」

マックスターの呼び掛けにハワードが下を見る。

「大成功みたいだぜ」

下では、コウモリ達が瓦礫の中で上を見ている。そう、マックスターは、ただ瓦礫を振り払っていた訳ではなく、コウモリがすぐに飛べない様に封鎖していたのだ。そして、自分達が天井から逃げ出す時間を一秒でも多く稼いでいたのだ。

「ヨッと。あいつらが頭悪くて良かったな」

マックスターは、下を覗く。コウモリ達は、もがいている。

「馬鹿力だからな。それしか無いって事だった訳だ」

ハワードも無事に天井の穴から這い出す。

「早い所、撤退だ」

「そうだな」

二人は、通路を走り出す。すると目の前に、突然の人影が視界に入る。

「止まりなさい…下等な人間――」

マックスターは、容赦なく目の前の人物を切り裂く。ハワードもガトリング砲を撃ちまくる。そして、そのまま先を進んで行く。

「今のって司祭か?」

「さぁな。だが、司祭は部下が連れて行ったはずだ。それに、これだけドンパチやってて、のんびり歩いて来るのも変だろ」

「確認位しろよ…」

「お前も撃ってただろ?」

「体が反射的に動いたんだよ」

「俺もそれだ」

走る二人の前に壁が見えてくる。

「これも想定内の事か?」

マックスターは、壁の前で止まる。

「もちろん想定外。でも行くだろ?」

ハワードは、バズーカー砲を発射する。壁が崩れる。

「俺に当たるだろ!?」

壁の近くにいたマックスターが抗議のゼスチャーをする。

「俺は当たらねぇ。安心しろ」

適当に流すハワード。納得いかない顔のマックスター。

「飛び降りるしかないみたいだな?」

外を覗くハワードの言葉に、マックスターも外を覗く。

「高さは問題ないが、奴らの動きが気になるな」

マックスターは、ネズミとコウモリを思い出す。

「馬鹿か頭使うか…生死の境界線だな」

「来そうな気もするが…ここに居ても何も始まらない。先に行くぞ」

マックスターは、一気に飛び降りる。

「せっかちなヤツだな」

ハワードも後を追う。


『フゥーフゥー…』


着地した二人の周りに黒い影。

「いつの間に来たか知らんが、どうやら、ただの馬鹿じゃなかったみたいだな」

マックスターは、斬魔刀を構える。

「馬鹿は馬鹿みたいだぞ」

ハワードは、後ろを見る。壁が全て崩れて、祭壇の間までの最短距離の道が出来上がっている。

「…本能か?どちらにしても、また囲まれた」

「どうするかなぁ」

二人は、さすがに顔色が変わる。

一匹のコウモリが襲いかかってくる。

「ハワード!俺が斬ったら、バズーカーを傷に撃ち込んでみてくれ!」

ハワードは、マックスターの言葉に、何も言わずに照準を合わせる。そして、マックスターが、冷静にコウモリの腹を斬り裂き、そこにハワードのバズーカー砲の弾が入り込んでいく。コウモリは、内部から爆発して粉々になる。

「成功じゃん」

ハワードは、ニヤリと笑う。

「次来るぞ!」

マックスターは、動き出すネズミに突進して行く。そして、手際良くダメージを与えて、横に移動する。ほぼ同時に弾が傷口に命中して、コウモリの体内に入っていく。そして、爆発。

「行けそうな気がしてきたぜ」

ハワードは、マックスターが切り込んで行く後を確実に撃ち込んでいく。

「残り二匹だ」

コウモリ二匹は、動かない。いや、二人の攻撃の前に動けない。

「さぁて、さっきの壁に激突させてくれた礼をしないとな」

マックスターは、斬魔刀を振りながら、コウモリの方へと歩きだす。コウモリ達は、後退りをする。

「逃げらんないぜ」

いつの間にかコウモリ達の後ろを取ったハワードが言う。

「これで終わりだ!」

マックスターが、一気に詰め寄る。そして、鮮やかに二匹の腹に傷をつける。ハワードは、コウモリの頭上を飛び越えて着地している。バズーカー砲の轟音が響く。轟音は、怪物の軍団の処理が終わった合図となった。。

「終わりだ」

マックスターは、斬魔刀を腰にかけながやら呟く。

「あぁ。終わりだ。だが、何だったんだ?」

ハワードは、座り込む。予想以上にハードな戦いだったようだ。

「わからん。とりあえず、ソルジャーに連絡してみるか?」

マックスターは、携帯を取り出す。そして、画面を見て気が付く。

「何で電波が届かないんだ?」

携帯を振ってみたりするマックスター。

「壊れてんじゃないか?」

ハワードは、自分の携帯を見る。ハワードの携帯も電波が届いていない。

「どうやら、異空間に迷ってたみたいだな」

ハワードは、周りの景色を見ながら状況を分析する。

「参ったな。どうやったら、解放されるんだ?」

「恐らく、高速の早さでこの空間だけが引き離されて隔離されているはずだ。それ以上の早さなら抜けられる」

「なかなか無茶苦茶な話だな。マーズじゃねぇからな」

マックスターは、鼻を鳴らす。

「もう一つは、この空間を根本から壊す」

マックスターは、にやりと笑みを見せる。

「それの方が近道だな」

「そういう事だ。祭壇へ戻るか」

「化け物が作った近道のおかげで、少しは楽になるな」

二人は、祭壇へと引き返す為に歩き始めた。祭壇への通路は、ヒンヤリと冷たい空気が漂っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ