第一部
この物語は、フィクションです。登場する人物・建物等は、実際する人物・建物等とは、何も関係ありません。
〜破壊の使者〜
まだ太陽が近かった時代。海は透き通り、空は紅の色を残していた。
「『人』も絶滅が近いのぉ」
「まぁ、『人間』を作ったのが失敗だったな。神が許すはずがない」
「あやつらは、欲から作られた存在。神になど成れはしないというのに…」
「『人』とて、神にはなれないぞ」
「確かに。だが、神の領域より来た『人』は、神に近い力を授かっておる」
「我々が消えたら、地上は『人間』に荒らされるのか」
「かもしれんな。だが『人間』が、神に近付けば、必ず『終末の時』がやってくる。我々の様にな」
「高度な技術を持つ『人』と知能の低い『猿』の間の存在は、そんな事には気が付かずに繰り返すのだろうな」
「『人』は、時間を飲み込んで時代を築き上げたが、『人間』は、時間に飲み込まれて時代を築き上げるであろう」
「哀しいものだな」
「これも定めじゃ。神に逆らって『人間』を創り出した『人』は、永遠の奈落に。そして『人間』には、永遠の弾劾を」
「永遠の弾劾か…」
「どうした?人間に未練でもあるのかのぉ?」
「いや。時の女王と契りを交わした愚かな人間を思い出してな…」
「そんな輩もおったかのぉ。今頃、地格界の最深部で、永遠の懺悔をしておるのであろうな」
「どうだかな。『神の書』には『地より来たる。欲望に満ち足りぬ者は、時を忘れて全知全能の神の安息の地を汚すであろう。終末の時の始まりである。』とある」
「大方、人間の行く末であろう。『人』と『人間』の違いは、そこじゃ。我らは、己を高め誇示する事で神に近付いたが、『人間』は違う。欲を望む事を高め、神に近付 こうとしている。そして、地上を空を海を…汚し続けておる。かつての恐竜時代の繰り返しじゃ」
「恐竜時代?また、随分と古い話だな」
「そうか…お前達は知るはずもないのぉ。封印された神の歴史だからのぉ。だが、もうじき消えるお前達には話しても良かろう」
「是非、聞きたい物だな」
「かつて、地上に君臨した恐竜達は、神を恐れぬ超生命体を創り上げた。神により禁じられた手法――異種族交配じゃ」
「異種族交配?つまり、他の遺伝子同士の子供が出来たって事か?」
「そうじゃ。今で言う伝説とされている者共は、異種族交配によって生まれた奴等じゃ。恐竜は、本能で神に戦いを挑んでいたのじゃ。そして、戦闘兵を創る名目で異種族交配を行った。だが、異種族交配によって生まれた者には、恐竜にはない高度な頭脳があった。基より、恐竜の良いとこ取りの奴等に、恐竜が叶うはずも無いわ」
「恐竜絶滅は、異種族交配による子孫に因るものなのか?」
「そうじゃ。その力は、ドラゴンと呼ばれる恐竜を筆頭に、地上と空にいる生物全てを三日で絶滅させる程であったと言う」
「三日…」
「恐竜が、神を目指したなら、奴等は、神をも恐れぬ地上を我が物にする為だけの殺戮集団じゃ」
「しかし、今の時代にはいないぞ」
「まぁ、聞け。地上と空を制圧した奴等は、次は海を取りに行った。その時、来たのじゃ」
「…」
「神より遣われし『破壊の使者』が…!」
「破壊の…使者…」
「その者は、大きな翼を持ち、黄金の剣と盾をドラゴン達に見せ付ける様に向け、頭には、神の使いたる印『光の冠』を掲げていた」
「人と同じなのか…!?」
「うむ。詰まる所の我々の祖先『人』の降臨じゃ。その数は、たったの七人。しかし、三日で地上と空を制圧した奴等を、一日かからずに制圧…いや、封印した」
「一日で…しかし、封印という事は――」
「生きておる。南極の氷の奥深くにな」
「な、南極…」
「奴等は、神の使いには殺せん。何故なら、物質には触れる事が出来んからのぉ」
「それで、永久氷海に封印をしたのか」
「だが、それだけでは終わらん。そもそも『破壊の使者』が、何故、地上に降臨したのか。わかるか?」
「異端の恐竜を封印する為じゃないのか?」
「それもあるが、ついでじゃ。『破壊の天使』の目的は、地上の浄化じゃ」
「地上の浄化…?」
「彼等は、空・海・大地・風・時・太陽を、それぞれが支配をした。何が起きたか?」
「生物の支配…か?」
「そうじゃ。自分達の意に反する者は、全て封印された」
「そんな事を神が許すのか!」
「…。これが『創世記』の始まりじゃ。知恵を持つ生命は根絶やしにされた。最初に、空から滝の様な雨。次に大地を切り裂く地震。全てを吹き飛ばす暴風。そして、飛ばされた者も生き残った者も洗い流す津波。残ったのは、下等生物だけ。地球はリセットされたのじゃ。そして、四人の使者が、地上に舞い降りた」
「どういう事だ?」
「神に背を向け『人』となったのじゃ。最後の時を刻む為に」
「!?」
「時を止めれば、全ての宇宙は広がりを止め、無に帰す。時を支配した者と太陽を支配した者は知っていたのであろう」
「まさか…伝説の『時の女王』?」
「ほっほっほっ。『時の女王』は、地上の時間だけを早めた。生物は早くに死に絶えて行く。その結果、進化は後退し荒廃して行った。」
「地上に降りた他の者も死んだのか?」
「焦るでない。…神に背を向けて『人』となった彼等に、神の使いの『使者』には勝てん。地上に降りた者達も死んで行くはずだった。しかし――」
「…」
「創ってしまったのさ。『人間』を」
「『人間』…」
「最初は、『人』同士の交配だったが、時の速さの前では、生まれては死んで行くだけの存在だった。彼等が、どう思ったかは知る由もないが、神の名の元に背徳までした彼等からして見れば、時の女王の行為は許せんかったのかもしれん。比較的生命力の長かった猿との異種族交配をしたのじゃ」
「何て事を…」
「猿の遺伝子が強すぎたのか、人の力の三割程しか使えない人間だったが、生命力だけは長かった。一応、成功したという事じゃ。そして、四人の使者は死んだ」
「太陽を支配した者はどうした?」
「ええ所に目を付けたのぉ。太陽を支配した者は、地上を哀れんで、雲を作り適度な雨を降らせ、緑を作った。そして、夜を創り地上に休息の時を作った。しかし、夜とは、神の目が曇る時だと知った悪魔が地上に這い上がるきっかけを作ってしまったのじゃ」
「悪魔まで…」
「さて、怒りに満ちたのは『時の女王』じゃ。彼女は、太陽の支配者にも牙を剥いた。地球の時間軸を狂わせたのだ。これによって、地球の気候は激変をする事になる。せっかく芽生えた命は、壊滅に近い状態となった。『人』は、死んで、尚、嘆いたという。そして、地球は、太陽から近くなったり遠くなったりする軌道に乗る事になる」
「なるほどな。だが、あと一人『破壊の天使』がいるはずだろ?」
「気が付いたか。恐竜から始まった一連の事象を、傍観していた者――その者こそが『全知全能の神』だったのじゃ!!」
「なっ…!?」
「神は悲しみに満ち溢れていたという。何故なら、それぞれが神の名の下に動いた結果が、身内同士の争いになってしまったからじゃ」
「神にも予測出来ない事態だったという事か」
「神は結果を与えるのではない。きっかけを与えて下さるのじゃ。目の前に存在する無数の点の一つを選べる権利――これこそが、皆に平等に与えられた『自由』なのじゃ」
「自由…」
「話が反れてしまったのぉ。『神』は、背徳した彼等の亡骸を天に向けて放り投げた。すると、彼等の体は、光を放ち、空・海・大地・風の守り神になったという」
「ん?背を向けたのに許されるのか?」
「翼を持たぬ天使じゃ。神の領域にいながら神になれぬ者達」
「神格…か」
「うむ。そして、神は言った。地上に生きる者達よ。彼らを崇めよ。そうすれば、地上の釣り合いは保たれ、永遠の楽園を目指せるであろう。と」
「永遠の楽園とは…」
「そして、更に神は言った。今、残る四人の猿人よ。お前らは、神の『希望』人の『知恵』悪魔の『絶望』を併せ持つ存在となった。地上を楽園にするか空虚にするかは、お前達に託そう。『人間』と名乗るがよい―とな。『人間』の始まりじゃ。」
「待てよ?そいつらが人間ならば、俺達は、何なんだ?『人』が絶滅しているんじゃないか?」
「絶滅などしておらん。神格とは『人』じゃ。地上に降りる事も出来れば、神の領域に近付く事も出来る。彼等は、人間に高度な技術・知恵を授け、時には、神の言葉の代行も務めておる。かつての超古代文明に君臨した彼等が『人』であり『破壊の使者』じゃ」
「!あの伝説の文明は、存在したのか!?」
「もちろんじゃ。しかしながら、神の言葉を守れんかった人間は、裁かれたのじゃ」
「誰にだ?神は託したんであろう?」
「神格じゃ。それぞれの神格は、仲間ではない。海が覇権を取ろうとすれば、大地が黙っておらん…という様にな」
「そんな…それじゃ、超古代文明が消えたのは、自然災害でも神の意思でもなく、同じ神格だというのか?」
「そのまさかじゃ。均衡を破れば、他が許さん。まぁ、当たり前の事じゃな。そうこうしている内に、人間が神格に挑む様になっていく」
「地上だけを見れば、神格は、最も神に近かったのではないのか?」
「人間の一番の能力は、進化出来るという事を忘れたかの?」
「なるほどな。人の知恵も持つ人間なら、力がなくとも神で無ければ、勝てる確率が上がるという事か」
「そういう事じゃ。そして、地上で神と勘違いをしてしまった神格は、自らが作った人間に因って滅ぶのじゃ」
「…」
「『人』の最後の王、クフ王よ。今、まさに『人』の時代は終わる。しかし…『人間』の時代も同じ様に終わるであろう。我々は、眼を見開いて見届けようぞ」
「そうだな。『人』も『人間』も『神』にはなれぬ。これより…人間は、争い血を流し、永遠の弾劾を歩み続け…終末を迎えるであろう」
「良き永き眠りを…」
「…地上が我々に還る日まで…」
〜炎の術者〜
「リト…人間の心に善悪がある限り、天使と悪魔の戦いは終わらないんだよ」
司祭は、そう言い残して奥の間へと消えて行った。
司祭が入って行った部屋から聞こえる最後の説教…
ドアの隙間から閃光にも似た光が一瞬漏れた。
「…!司祭様っ!」
リトは司祭が入って行った部屋へと駆け出す。しかし、リトの兄のヤーヴェに引き止められた。
「離して!司祭様を助けなくちゃ!」
「お前には無理だ。それに、司祭様はもう…」
ヤーヴェはうつむきながら、言葉を濁した。自分を掴む腕が震えているのがわかると、彼女は床に身を預けた。
「リト…法王様に報告しなくちゃ…」
ヤーヴェは、リトに手を差し伸べた。
「私達はどうなるの?」
「……」
ヤーヴェは、遠くを見つめながら呟く。
「滅び…」
リトは、ヤーヴェの見る方角へゆっくりと振り向いた。
ギィィィ―― …
不意にドアが鈍いきしみ音と共にゆっくり開き始めた。我に返ってドアの方を向く二人。ドアはゆっくりと開いている。が
「司祭様…?」
リトは問いかける。しかし、返事はない。
「リト、逃げろ…逃げるんだ…」
ヤーヴェは開くドアから視線を逸らさずに、押し殺した様な声でリトに訴えかける。リトは、ドアとヤーヴェを交互に見ながらも現状を理解出来なかった。
(中から出て来るのは何?)
この状況下で好奇心があるはずも無いのだが、体が動かない。まるで、ドアの向こうより出てくる存在からの金縛りにでもあったかの様に。
「逃げろ!リト!!」
その呪縛を解いたのはヤーヴェの叫び声だった。と同時に、二人は身を翻して走り始めていた。
走りながら後ろを振り向くヤーヴェの視界に入ったのは、『目』が黒く潰された司祭の顔半分だった。生きていないであろう肌の色は赤黒く焼け焦げていた。
(逃げ切れるのか!?)
ヤーヴェは、自分達に向かって来る司祭の気配に焦りを覚えた。
(神よ…!我等にお力をお貸し下さい…!!)
リトは現実に起きている出来事にパニックになりながらも信仰を進める。
普段、歩き慣れている廊下は決して長くない。しかし、今走っている廊下は長く感じた。まるで、迷宮の回廊に迷い込んだ様に…
ヤーヴェは、不意に立ち止まった。それに気が付いて止まるリト。
「リト。先に行くんだ。」
「え…?」
リトはヤーヴェの言葉の意味を理解出来なかった。
「司祭様は、亡くなられたはず。しかし…生きている」
「どういう事?」
「わからない。それを調べる。だから、リトは先に法皇様の所へ行くんだ」
「嫌っ!私は、お兄様と一緒に行きます!」
リトは、泣きそうな顔でヤーヴェに訴えかけた。
「リト…よく聞くんだ。これは、人類存続の危機かもしれない。はっきりとは言えないが、あってはならない事が、現実に起きようとしているかもしれないのだ。人類が消えれば、俺もお前も居ても居ない様なものになるだろう。だから、今は、法皇様に事態を伝えに行って欲しい。俺は必ず追い着く」
ヤーヴェは、リトの両肩に手を添えて、小さな子供を慰める様に、優しい口調で話し掛けた。リトは、大きな選択を迫られ苦悶の表情を浮かべている。
「さぁ…行くんだ。俺には『術』がある。いざとなれば、封印を解く。だから心配するな」
ヤーヴェは、手のひらを開いてリトに見せる。すると、一瞬、炎の様な物がヤーヴェの手のひらの上で踊った。
「…うん…」
リトはそれを見て渋々頷く。
「お兄様に神の御加護があります様に。そして…死なないで下さい!」
ヤーヴェは、軽く頷く。リトは、その返事を見て身を翻して、出口へと走り出した。
リトを見届けるかの様に見つめるヤーヴェ。しかし、束の間の兄弟の時間は引き裂かれた。
何かを擦る様な不気味な音。耳で聞いているというよりも、心に直接、響いてくる音――
ヤーヴェは、その音を確かめる様に辺りを見渡す。そして、目を閉じる。暫くして何かを悟った様に目を開くと、自分達が走ってきた通路をゆっくりと歩きながら引き返す。ヤーヴェの手の平には、小さな炎が燃えていた。
「司祭…いや、カインよ!お前の望みの『リト』は消えた!もう、この神聖な場所に用は無いはず!早々に立ち去るのだ!」
見えない相手に叫ぶヤーヴェ。勿論、返事は無い。聞こえるのは、不気味な擦る音だけだった。
周りに細心の注意をしながら、自分達が最初に居た場所――司祭を最後に見た場所まで戻ってきた。
(…おかしい。確かに何かが追って来る気配を感じたはずなのに…誰もいない?)
辺りを見渡すが、人の姿は見えない。動く物すら無い。
(ドアが閉まっている…?確か開いていたはずなのに…?)
ヤーヴェは、司祭が出てきたドアが何事も無かったかの様に閉じている事に疑問を感じた。そして、天井に向けて声を張り上げる。
「かつて、この神聖なる神殿において、法王様より最高の称号を貰いし4人の賢者の一人『カイン』よ!このヤーヴェを恐怖に陥れようとしても無駄だという事は承知のはず!その禍々しい姿を我の前に見せよ!」
ヤーヴェは目を閉じて、炎を携えた手をドアの方へとかざす。炎は段々大きくなっていき、最後は、ヤーヴェと同じ位の大きさになる。
ドアが軋み音と共にゆっくりと開き始めた。
「神を愚弄する者よ!闇に帰るのだ!」
ヤーヴェが目を見開くと同時に、炎はドアへと向かって発射された。
どごぉぉぉぉ―――――ん!!!!
轟音と爆風。炎を解き放ったヤーヴェが吹き飛んで壁に激突する程だった。
〜お調子者〜
リトは法王のいる神殿へと走っていた。神殿は『4賢者』の管轄する四つの宮殿の真ん中に位置する。リトがいた宮殿は、東の方角にあたり『天空の理』を象徴している。
その他の宮殿は『大地の理』『風の理』『海の理』を象徴し、中心の神殿は『時の理』を象徴している。
「ちょっと、そこのかわいいシスターさん?」
走っているリトの横にピッタリ付いて走ってくる男は軽い口調でリトに話し掛けてきた。
「…」
兄の生死に係わる非常事態に、リトは相手にする余裕も振り向く気も全くなかった。
「ちょっと、ちょっと!シカトしないでよ!東の宮殿から来たんでしょ?」
リトは立ち止まる。信仰から程遠い感じの男は、薄汚れた革ジャンにジーンズというラフな格好をしている。
「すみません。私、急いでいるので…」
リトは、そう言って走り出す。
「終わりかよ!?急いでいるのは、司祭様に何かあったんだろ?」
男は、リトの背中に真実を投げつけてきた。動きが止まるリト。そして、ゆっくりともう一度、男の方へ振り向く。
「あなた…見ていたの?」
リトは、訝しげに男を見つめる。男は、ゆっくり首を横に振る。
「当たりのようだな。だが、見ていた訳ではない。推測さ。東の宮殿で大きな爆発があったという情報が入ってきた」
その言葉を聞いた瞬間に、リトの鼓動は一気に高まった。ヤーヴェの優しい顔が脳裏を横切る。
「お兄様…!」
宮殿の方へと走り出すリト。しかし、それを制するかの様に男が行き先を塞いだ。
「どいて下さい!兄が…兄が…」
リトは、男を睨む。しかし、怒りよりも兄を慕う気持ちが抑えきれずに涙が溢れてきた。
「俺は『任務遂行中』は、それ以外の事には関与しない主義なんだが…酒と女の涙には弱いんだよな…」
男は頭を掻きながら、在り来たりの言葉を放ち、空を見上げる。
「何が言いたいのですか?」
リトは、男のわからない話に苛立ちを覚えた。まるで全てを知っているかの様な男の態度に釈然とせず、涙で濡れた顔で睨み付けた。
「シスター、君は君の使命を全うするんだ。東の宮殿…君の兄ちゃんは俺が見に行ってこよう。だから…」
男の表情が険しくなる。予想外の言葉にリトは戸惑いながらも、男の口から出てくる次の言葉を待って息を呑む。
「後で上司に一緒に謝ってくれ」
リトは呆れ返った。そして、一瞬でも男の言葉を真面目に受け止めた自分が恥ずかしかった。
(こんな素性のわからない男の話を聞くべきじゃなかった!時間の無駄だった!)
リトは、東の宮殿へと走り始めた。
「おいおい、君の行く方向は逆だろう?」
リトは聞こえないフリをして走る。リトは、自分の唯一の肉親の安否は、どんな事よりも優先すべきだと言い聞かせていた。法王の下へは、ヤーヴェと二人で行けば良い。そうすれば、こんな男も関係ない、と。男はリトの後ろ姿を見つめている。
「しょうがねぇなぁ…」
呟いた瞬間に男は消えた。そして、走っているリトの目の前に突然、姿を現せた。リトは、言葉も出ずに立ち止まる。目を大きく見開いて、辺りを見回す。勿論、男は同一人物だ。
「そんなに驚くなよ。『術者』がいるなら、俺みたいなのが居ても不思議じゃないだろ?」
男は、肩を竦めながら軽い口調で言った。リトは動揺の色を隠せないらしく、こめかみに手を当てる。
「何故『術者』の存在を知っているのですか?存在を知る者は、殆どいないはずなのに…」
「殆どいないだけで、全くいない訳じゃない――だろ?」
得意気な男は、軽くウィンクをして見せる。
「…あなたは、何者なの?」
リトは、男に詰め寄る。
「これは失礼。俺の名前はマーズ。ちなみに君達『神の使い』が嫌う『人造人間』だ」
人造人間という言葉を聞いて、リトの顔が強張る。しかし、次の瞬間、
「人間が知り得る、ありとあらゆる知識・情報を持っているという事ですね…」
「それだけじゃ無いけどね」
マーズは人差し指を横に振る。リトは、寂しげな表情へと変わった。マーズは表情の変化を見逃さなかった。
「拒絶するかと思ったけど、同情してくれるのかい?」
リトは、マーズをじっと見つめながら言う。
「あなたは、罪深き人間の子…哀れむは罪を犯した人間であり、あなたではありません」
リトは、そう言い残して走り始める。
「あれ?また話終わりなの?」
大きな溜め息を吐くマーズ。
「どうやら、『任務』の遂行は先延ばしになりそうだな…クレス将軍すまんっ!」
マーズは、リトの向かう東の宮殿を目指して消えた。
〜予兆〜
「ソルジャー。マーズから連絡は来たか?」
「いえ。追跡センサーを信じるならば、東の宮殿を目指している様ですが…」
ソルジャーは、目の前のコンピューターを見ながら返事をする。
「東?時の神殿に向かっていないのか?」
「はい…マーズさんは、気まぐれですからね…」
「また女が絡んだな…」
「クレス将軍に同情します」
「同情するなら、あいつを何とかしてくれ」
クレスは、頭を抱えながら言った。
「ん?クレス将軍。監視衛星からメッセージが来ました」
ソルジャーは、将軍に席を空ける。クレスは、パスワードを打ち込んで画面に注視する。
「どうやら、只の女絡みではないみたいだな…」
「と、言いますと?」
「ソルジャー、すぐに特殊部隊の出撃準備に入ってくれ。私は、大統領に会ってくる」
「了解。マーズはどうしますか?」
「あいつなら、心配はいらない。問題なしでやらせておけ」
クレスは、そう言い残して、足早に歩いて行った。
「こりゃ、相当な緊急事態かな…」
クレスの後ろ姿を見送りながらソルジャーは呟いた。そして、見事なブラインドタッチでパソコンと睨めっこを始めた。
「大統領、失礼します」
「クレスか。お前がこんな所にくるのは珍しいな。」
「監視衛星より、東の宮殿が爆発したとの事です」
「お前がここに来ると、必ず、嫌な知らせだな」
「東の宮殿は『天空の理』つまり、空の異変が起きるという事です」
「…他の宮殿は?」
「今の所、報告は何もありません」
大統領は、徐に受話器を取る。
「私だ。すぐに、空軍全団に緊急配備を要請しろ。それと、海軍に連絡をして各地の空軍施設に向かわせるんだ。…そうだ。非常事態宣言で構わん!とにかく緊急だ!」
受話器を荒々しく置く。
「行政は堅いのが好かんな。クレス、『神格層』と連絡取れるか?」
「4人の司祭が揃わなくては、『神格層』にコンタクトはとれません」
「カインが死んだという事か?」
「恐らく――」
「成る程。隔離された現格層という事か」
「マーズが東の宮殿の辺りにいる様です。私の推測に過ぎませんが、カインの弟子の兄妹といる可能性が高いです」
「それはラッキーかも知れんな。連絡は取れるのか?」
「今は無理ですが、マーズなら状況を正確に読めます。後、特殊部隊に現地入りさせます」
「分かった、許可しよう。クレス、君も現地に飛んでくれ」
「そのつもりです。失礼します」
クレスは、一礼をして部屋を出て行く。ほぼ同時に、電話のベルが鳴り響く。
「どうした?」
大統領は、受話器の向こうの声を聞いて、目を閉じて首を横に振った。
「遅かったか…」
それは、空軍壊滅状態の知らせだった…
「早く残った機体を中に入れろ!」
目の前に広がる光景は、今まで見た事のない光景だった。雷鳴が響き、稲妻が地上に降り注ぐ。雨は足場を水で流す。戦闘機、貨物機、ヘリコプター…飛び立つ事なく、爆発・水没して行く。兵士達の悲鳴は、轟音に掻き消される。誰も予期せぬ事態に、戦慄する。『最強・最速』と言われる、第一空軍も例外では無かった。
「何なんだ…この天候の変化は…?」
管制塔の指揮官は、窓に張り付いて凝視する。
「指揮官!全機、発進不能です!ここも危険です!すぐに撤退を!」
「各地の部隊も同じ状況の報告が入りました!天候に空軍が狙われているとしか思えません!」
「終わった…終わりだ…撤退?退路も絶たれ、手段も無い状態で撤退が出来るのか?無駄だ!」
「指揮官…?」
管制室の全ての兵士が、指揮官に目が行く。
「いいか…よく聞くんだ。我々は、籠の中の鳥だ。ははは…!何もかも終わりだ!空を制する部隊が、空に負けたのだ!ははは――!!!」
〜穴〜
「随分、派手に吹っ飛んでるなぁ」
マーズは、瓦礫の山を見渡しながら呟く。
「ここから、兄ちゃんを探すのは厳しいな…」
リトは、細い腕で、一生懸命に瓦礫を退けている。
「お兄様…どうか無事でいて下さい…!」
マーズは、その姿を見て
「シスター。ちょっと下がって」
「…?」
リトの横をすり抜けて前へ出る。そして、膝間付いて、地面に右手を沿えて目を閉じる。
「一体、何をしてるの?」
リトは男の奇怪な行動に眉をひそめる。
「もっと離れた方が良いぜ?」
マーズは、振り向く事なくリトに忠告する。その声は先程までの軽いトーンではない低い声だった。リトは、その違いに気付き後ずさる。
(何で、勝手に付いて来た、こんなヤツの言いなりになってるんだろ…)
リトは、思わず後退してしまった自分に苛立ちを覚える。マーズは―――お構い無しで同じポーズをしたまま動かない。
しばらく、時間が止まった様に全く二人は動かないでいた。
「ちょっといい加減にして下さい!」
リトは我慢しきれずに歩み寄ろうとする。
(やっぱり関わるんじゃなかった。お兄様の安否の方が優先よ…!)
「きたぜ…」
不意にマーズが呟く。リトの動きが止まる。次の瞬間―――
地響きと共に辺りでパチパチと音がする。
「何これ…」
リトは辺りを見回すが、地面の大きな揺れに耐えきれずにしゃがみ込んでしまった。
「ハァァァー…」
マーズは腹の底から絞り出した声をあげる。すると、マーズの周りに、時折、閃光が見える。膨大な量の静電気だった。リトは、茫然とマーズを見つめる。
「いっけぇ―――っ!!!!!」
目を見開き、瓦礫と化した宮殿を睨みつける。すると、マーズの周りに帯電していた電気が、一気に瓦礫を目指して地面を擦りながら向かう。
次の瞬間、リトは非現実の世界を瞳に焼き付ける事になった。
瓦礫達が宙に浮き始めたのだ。瓦礫は更に空中で粉々になり、風に浚われて行く。
「凄い…」
リトは、無意識で呟いていた。そして、震える体。驚きと同時にマーズという人造人間への恐ろしさも感じていた。
十秒程で瓦礫は全て消え去った。
マーズは立ち上がり、一息吐きながらリトの方を向く。
「ふぅ〜。シスター終わったぜ。捜索さいか…ん?どした?」
見つめる先には、動く事も声を出す事も忘れて、自分を見つめるリトがいる。
「なるほど…こういうのは見た事がなかったか」
マーズはシスターの方へと歩きだす。
「地面に帯電した電気を使って瓦礫を除去しただけだぜ?そんなに驚く事でも無いと思ったが…」
リトは未だに動けない。ヤーヴェの術とは明らかに違う力だった。
「人造人間は、そんな事まで出来るんですか?」
「あん?まぁ、ありとあらゆる化学現象を自発的に誘発させる事は可能らしいが、何処まで何が出来るのかは俺も知らねぇなぁ」
マーズは肩を竦めてみせる。
「一体、あなたみたいな人を何人造ったの?」
「説教かよ…生憎、俺は同じ輩にあった事がねぇからわからん話だな」
「そうですか…お気を悪くしてすみませんでした」
リトは、しょんぼりとうな垂れる。
「いや、別に悪い事したわけじゃないし…いいんじゃねぇか?」
「はい、すみません」
「とりあえず…兄ちゃん捜ししねぇ?」
マーズは、気まずい雰囲気に耐えきれなくなって本題を切り出す。
「そうですよね。お兄様を探さなくちゃ…」
リトは、我に返る様に慌てて宮殿跡地に向かう。マーズは、溜め息一つ吐いて、リトの後ろを追う。
「……」
「ん?どした?発見したか?」
突然、止まるリトにマーズが問い掛ける。
「ここって宮殿があった所ですよね…?」
リトは、マーズの方をゆっくり振り向く。
「ん?あぁ、瓦礫が嘘付いていなければな。違和感があるのか?」
「あの…違和感というか…」
リトは、ゆっくりと向きを宮殿の方に戻す。
「あ……あれ!?俺は瓦礫しか退けてないぜ!?兄ちゃんは瓦礫じゃないだろ!?」
二人の目の前には、宮殿の跡地。そこにあったであろう土の変色だけを残す、宮殿跡地…
「……」
どうやら、リトは信用していないらしい。
「予定では、瓦礫が消えて、秘密の地下室でも発見してぇ――みたいな…?…ダメ??」
目が泳ぎ、焦りがバレバレのマーズ。しかし、その言葉を聞いて、リトの顔が変わる。
「あ…地下室!あります!いえ、正確にはあるはずです!司祭様に聞いた事があります!」
リトは、興奮気味の声で喋る。
(お兄様なら、きっと、地下室に隠れて爆発を凌いだはずよ!)
「マジで?アドリブだったのに…(汗)でも、こんな広い土地から、どうやって隠し地下室を捜すんだ?」
「マーズさんでしたっけ?手伝って下さい!私に良い考えがあるんです!」
リトは、マーズの手を引っ張る。
「おいおい。随分と積極的になったなぁ。『でしたっけ?』は余計だけど…でも、悪かねぇな♪」
マーズは、リトに翻弄されながらも笑みが溢れる。どうやら、女性に手を握られたのが、余程嬉しいらしい。
「ここに立ってて下さい」
リトが導いた場所は、宮殿跡地内の一ヶ所だった。
「え?立ってるだけ?」
「はい。立ってるだけで充分です」
「何か、トゲがない??」
「そんな事ありません。マーズさんじゃなくちゃ出来ない事ですから」
(俺って…あんまり、頼りにされてないのか?)
マーズは、頬を指で掻きながら、ジレンマに困惑する。
マーズを立たせてから一時間程が経つ。リトは、マーズと空を見ながら色んな場所に立っては敷地内を移動していた。。
「お〜い、シスター?俺はヒマだぞぉ〜」
立ってるだけに耐えきれなくなったマーズが、リトに申し出る。
「もう少し我慢して下さい、マーズさん。あと、遅れましたけど、私はリトと申します。。」
リトは、自己紹介をしながら、空とマーズを見る事を繰り返している。
「へぇ、リトちゃんか。かぁいぃ名前じゃん。リトちゃんは、何処の生まれなの?俺の睨みだと、ヨーロッパと東洋のハーフなんだけど」
「何処かは知らないんです。物心付いた時には、シスターとして、この協会にいましたから」
(しまったぁ!ヘビーな話を持ち出しちまったか!?)
「そうなんだ。…すまん。変な事を聞いちまって」
マーズは、頭を掻きながら謝る。
「あら、別に気にしていませんよ?お兄様もいましたし…シスターとして、沢山の人と触れ会う事も出来ましたし。マーズさんって、意外と気を使ってくれるんですね」
「俺が??」
マーズは驚きの表情をする。
「はい。私、ちょっと安心しちゃいました」
「信用されてねぇなぁ」
「冗談ですよ。」
「冗談は、安心or不安?」
「両方です」
リトはからかう様な仕草でマーズに笑顔を向ける。眩しい笑顔。マーズは、本当に眩しい笑顔という物を体験するのは初めてだった。その映像に吸い込まれる。
「マーズさん、どうしました?」
動きが止まったマーズに気が付く。マーズは、心の中の何かが、高鳴り抑えきれない。彼は、必死に平常心を捜す。
「マーズさん?」
二度目の呼び掛けにやっと我に返る。
「あ、いや…その、リトちゃんが『冗談』なんて言うから、ショックだったのさ(焦)」
言葉が浮かばず、心を見透かされない様に下手なフォローをする。
「マーズさんが悪いんですよ…だって、第一印象が悪かったですから…」
リトは、マーズの最初の言動を思い出しながら、呟く。
「俺の第一印象って、どんなんだったの?」
「…言っていいんですか?」
「ずばり言ってくれ」
「怒ったり、落ち込んだりしませんか?」
「もちろん。男に二言は無いんだぜ?」
「じゃ…不埒者…軟派な人…遊び好き…後は…」
「リトちゃん、もういいや。俺、落ち込みそう」
マーズは、ガックリ肩を落とす。
「やっぱり落ち込みますか?」
「…」
(やべぇ。俺、マジで好きになっちまいそうだぜ…)
めまぐるしく変わるリトの表情と感情の一つ一つに、新鮮な想いをはせる。
「ごめんなさい!でも、マーズさんは優しいかったし、初対面の私を元気にさせようとしてくれたり…あと、お兄様とは違う温かさみたいな…きゃっ!」
先程まで離れていたマーズが、リトの目の前にいる。瞬間移動だ。
「いきなりビックリするじゃないですか!」
マーズは、涼しい顔をしている。
「俺、今まで女に誉められた事無いんだぜ。…優しい?下心さ。紳士?女の笑顔を見る為さ。」
「それは本心ですか?」
「…あぁ。」
しばし、マーズの目を、じっと見つめるリト。そして、目を反らして言う。
「私、言いましたよね?沢山の人と触れて来たって。その中には、哀しい事ですが、心無い人達もいました。だから、わかるんです。そういう人達は、違う瞳と雰囲気を持っているんです。」
「…」
「最初に会った時は、あなたが言う様な気持ちもあったのかも知れません。でも、断言出来ます。」
リトは、真っ直ぐな視線でマーズを見つめる。
「今のあなたには、そんな気持ちはありません。私には、孤独に身を置く事を選んだ哀しい人に見えます。」
リトの視線に、自分の気持ちが見透かされている錯覚を覚えるマーズ。
「……買い被り過ぎだ」
「え?」
マーズは、ポケットに手を突っ込み、踵を返す。
「俺は自分の身を守るので精一杯だ。人の面倒見れる程、余裕なんかありゃしねぇよ。それが俺の全てさ」
精一杯の虚勢を張る。
「つまり、私は、あなたにとって、お荷物で迷惑って事ですか?」
「…」
「言いたい事は理解出来ました。今日は、私に付き合って頂いて、あり――」
「ただ、兄ちゃん捜しは、俺の仕事の領分でもある。だから、最後まで付き合わせて貰うぜ」
リトの言葉を遮る。
「マーズさん…」
マーズの後ろ姿は、何処か寂しく、それでいて逞しく見えるリトであった。
「マーズさんは、やっぱり優しい方ですね」
「!?…リトちゃん、人良すぎじゃね?」
「あら。お互い様だと思いますけど?」
ニッコリ微笑むリト。その笑顔にマーズは、完全に持っていかれた。
「一本取られたかな…?リトちゃん、俺、マジで好きになっちまいそうだぜ?」
リトの顔に緊張が走る。意味を理解して顔が紅くなっているのが分かった。
「と、突然何ですか!?」
「深い意味は無いさ。俺なりの愛の告白」
「…(汗)」
「まぁ、シスターと人造人間じゃ釣り合いが取れねぇから、いちファンだと思ってくれ」
マーズは、リトが困る反応を見てフォローを入れる。
「あの…私は、マーズさんの事、嫌いじゃないですよ」
「微妙な返事だなぁ。でも、あんがと」
マーズの目に映るリトの笑顔は、全てを忘れさせてくれそうな慈愛に満ちた笑顔に見えた。
(俺ってば、完全に堕とされたな…)
「初めてなんです。お兄様意外に私に、こうやって接してくれた人が…」
「こうやってって?」
「私に言い寄って来る人達は、物でしか自分の気持ちを表現出来ない人ばかりでしたから。マーズさんみたいに、ちょっと捻くれているけど、ストレートに行動された事が無いんです」
「それって誉めてるの?」
「いえ、誉めてません。」
「あら…(落)」
「シスターは、恋愛ご法度みたいな所がありますが、シスターだって恋愛をしたいって思っています。そういう意味で、マーズさんも一人の男性として見れるかも知れませんし…」
「それって、恋愛対象内って事か!?」
マーズの顔が一気に溢れんばかりの笑顔に変わる。
「え!?例えばですよ!?マーズさんがいきなり変な事を言うから、考えただけで…!」
リトの動揺が手振りに現れる。
「例えばかよ!俺ってば、ショック↓」
地面に座り込むマーズを見て、思わず吹き出すリト。そのリトを見て、マーズも笑いだす。どの位、笑っていなかっただろう。二人は、久々に心から笑う事に生きてる事を実感していた。…二人の時間。マーズは、心地好い時間に、ずっと身を任せたいと思っていた。そして、リトも――
二人の間を木枯らしが吹き抜ける。身震いをするリトを見て、マーズは、自分の革ジャンを脱ぐ。
「あ。私は、寒くないから平気ですよ」
自分に羽織を貸してくれるのを気遣って言った時には、マーズは、目の前から消えていた。
「あ…」
後ろから温もりのある革ジャンが、優しく、フワッと掛けられる。
「風邪引かせる訳にはいかねぇからな」
「本心or下心?」
「半分づつだな」
「ありがと。マーズさんは、寒くないのですか?」
「寒いに決まってる。」
「フフ…マーズさんらしいですね。」
「否定しないという事は、OKって事かな?」
マーズは、リトに被せた革ジャンの中に滑り込む。と同時に、リトは革ジャンからスルリと抜けた。
「あり?」
マーズの予定では、二人が一つの革ジャンで体を温めあう図が浮かんでいただけに、予想外の展開に呆然として、そっぽを向いているリトを見つめる。
「隠し部屋探さなくちゃ…それに…初対面の人と…出来ません…」
リトの顔は、紅く染まっている様に見える。それは、夕日のせいでは無いと思いたいマーズであった。
「…そうだったな。部屋探しするか。だけど――」
マーズは、立ち上がり、革ジャンをリトの肩に掛ける。
「マーズ…さん」
「男は、女に一度出したモンを返されるとショックなんだぜ?」
マーズは軽くウィンクをする。
「まぁ、ちょっとサイズがあっていないが、寒さ凌ぎにはなるだろ」
そう言いながら、背伸びをするマーズ。
「マーズ、ありがと。」
リトは、革ジャンに微かに残る温もりに心の鼓動が踊り出していた。
「今、マーズって言った!?」
「え…はい。ダメでしたか?」
「いやっ!それがいい!さん付けだと、よそよそしくて耐えらんなかったんだよなぁ」
「アハハ…」
まるで子供の様に話すマーズに、リトは笑いを堪えられなかった。
「俄然、やる気が出たぜ!?もう隠し部屋は見付かった様なもんさっ!」
マーズは、両腕を横に伸ばす。どうやら、また自然現象の力を使うようだ。
「リトちゃん、俺の後ろに来て、しっかり捕まっているんだぞ」
リトは、マーズの言葉に従う。
「今度は何をするの?」
二人の周りに風が沸き起こる。
「竜巻を作る」
「竜巻!?」
マーズは、ニヤリと笑う。伸ばした腕を頭上に持っていき、両手のひらを合わせる。すると、風は、勢いを増しながら上昇して行く。そして、砂を巻き上げて形を現した。
「飛んじゃいそうだよぉ!」
リトは必死にマーズにしがみつく。
「俺に捕まっていれば大丈夫だ。」
風の轟音と風圧で目を開ける事も出来ない。マーズの力は凄いが、毎回これでは身がもたない、という思いを口にする事も出来なかった。
――竜巻は、程無くして止む。
「大丈夫か?」
まだ、しがみついて目を閉じてるリトに、マーズが話掛ける。
「終わったの?」
「あぁ、終わったぜ。さぁ、目を開けて」
「何…?これ…」
リトは、恐る恐る目を開く。
目の前には、十メートル四方位の巨大な『穴』が出現していた。
言葉が見付からないリト。
「聞いた話だか――古代人は、特殊な力を持ってして、『人間』を統治した『五体の人』だったと聞く。だが、知恵を付けた『人間』が、『人』を葬る為に、五つの冥界に通じる『穴』を作って『五体の人』を幽閉したらしい。」
マーズは、穴に近付きながら話す。
「五つって…もしかして、神殿と宮殿…?」
「可能性はあるな。東の宮殿の司祭が地下があると言っていたのは、この事かもな」
マーズは、穴の奥を指差す。リトの表情が青ざめていく。
「そんな…たった五人の人間を葬る為に、こんな事を…」
「違うぜ?」
マーズは、ゆっくりと首を横に振る。
「え?」
「五人の人間じゃなく『五体の人』だ。人間と人は別だ。人間は、人になる為の過程であり、人間の完全体が『人』だ」
「人間の完全体…確かに経典にも似たような存在があったけど…マーズは、そんなに詳しい話を何処で聞いたの?」
「何処だったけなぁ。誰かに聞いた様な気がするんだがな」
マーズは、腕を組みながら考える。
「…」
「リト…ちゃん?」
リトが震えているのをマーズは、見逃さなかった。
「ねぇ…」
「他の宮殿が心配か?」
マーズが先に制する。リトは、マーズを見ながら頷く。
「今の所、他で何かあったという情報は入ってきてない。推測だが、クレス将軍の部隊がそれぞれの宮殿に出向いているはずだから心配は無いと思うが」
「クレス将軍…?マーズは、兵士なの?」
「まぁ、そんなモンかな。とりあえず、中に入ってみっか。リトちゃんは、此処で待っててくれ」
「危ないよ!それに…私一人だと…」
リトは、余程、心細いらしい。革ジャンを持つ両手に力が入る。
「大丈夫さ。すぐに戻るし、ヤバくなったら逃げるしな」
マーズは、不安なリトを元気付ける様に、お得意のウィンクと笑顔を見せて、穴の中に入って行った――ドスッ!!!
「何だこりゃ!」
「マーズ!?」
マーズの叫び声を聞いて、穴へ駆け寄るリト。視界にうっすら映るのは、穴の中でうつ伏せになっているマーズであった。
「マーズ?…何やってるの?」
「ぺっ、ぺっ…くそ…漆黒の闇の先は行き止まりかよ…ってか、浅過ぎだろっ!」
リトは、力が抜けて座り込む。
「とりあえず、上がってきたら?」
「そうするわ…」
マーズが何とか立ち上がると、首から上は、地面から飛び出ていた。
「ホントに浅いね…」
笑いを必死に堪えながら、リトはマーズに同感を示す。
「くそっ。結局、迷信は迷信かよ」
マーズは、やりきれない怒りを伝説に向ける。そして、身軽にジャンプして穴を出る。
「でも、この穴は何だろ?」
リトは、穴を覗き込みながら呟く。
「どうせ、建築の何かだろ?それよりも、隠し地下室なんか無いって事だぜ?」
泥を落としながら、マーズは言う。
「でも、この穴、変じゃない?」
リトの横に来て、マーズも覗き込む。
「ホントだ」
穴の表面に、うっすらと黒い幕が張っている。その黒い幕が土の色と重なって漆黒を作りあげている様だ。
「これって、やっぱり地下室に繋がるんじゃないかな」
リトは、穴から目を背けずに話す。
「それっぽいな」
マーズも同感の様である。
「よしっ。ここは一丁、気合いで見てみるか。」
マーズは、立ち上がる。
「また入るの?」
「まさか。とりあえず、暗闇と言えば、光だろ?リトちゃん、念の為、離れてて」
リトは、穴から離れる。マーズは、空を見上げて太陽の位置を確認する。そして、左の掌を太陽に向けて、右の掌を穴に向ける。すると、右手が光出す。
「マーズって、ホントに何でも出来そうだね」
横で見てるリトが感心している。
「便利だろ?暗い部屋で二人きりになった時に便――アブねっ!」
マーズに向けて石を飛ばすリト。
「当たったら痛いだろ!?」
「くだらない下心を話すのが悪いのっ」
リトは、ツンと横を向く。
「冗談も言えねぇ…(涙)…ん?」
マーズの変化に気が付き、リトが近寄り穴を覗く。
「マーズ。やっぱりこの穴、変だよ」
マーズの表情が変わる。穴を見ると闇は光を受け入れる事なく闇を築きあげている。
(光の意味が無いのか?)
マーズは、光の出ている右手を見る。確かに光は穴を照らしている。しかし、闇は変わらない。
「この幕のせいか」
よく見ると、光は幕で反射している。
「何なの?この幕は」
「さぁ?確実に言える事は、ただの穴じゃないって事だな。」
(嫌な予感がビンビンしてるぜ…)
マーズは、自分の直感で感じていた。この穴が、一連の災いをもたらした事象と関係している事を。
「マーズ、お兄様の事は心配だけど…とりあえず、一度、この場所を離れない?」
どうやら、リトも危険を感じている様だ。
「そうだな。瞬間移動と行きたい所だが…限界越えちまったみたいだ」
「マーズ?」
マーズの右手の光が次第に小さくなっていく。
「俺の力って、体力に比例してっから、使い過ぎるとダメなんだわ」
マーズは、座り込んでしまい動けない。
「何で、そんな大事な事を早く言わないの!?」
リトは、何とかマーズを立たせようとする。
「リトちゃん、とりあえず先に神殿に向かってくれ。俺は、チコッと休んだら瞬間移動で追い付くから」
リトの脳裏に兄・ヤーヴェの最後の言葉と映像がよぎる。
「…いや…絶対に行かない!絶対にいやっ!」
叫びながら、リトはマーズの胸に飛び込む。
「リト…?」
マーズは、突然のリトの取り乱しに息を呑む。リトから返事はなく、震えながらマーズにしがみついている。
(兄ちゃんを思い出したのか…)
マーズは、そんなリトを優しく両手で抱え込む。いや、その位の力しかマーズには残っていなかった。
「わかった。じゃぁ、俺の革ジャンの裏ポケに携帯があるから取ってくれ」
リトの耳元で囁く。一瞬、動きが止まるリト。そして、ゆっくりとマーズの方を見る。
「携帯…?どうするの…?」
リトは、思考回路が止まった様に聞き返す。
「仲間に連絡をするのさ。」
「私だけを連れて行かせるの?」
「いや。俺も一緒に連れて行って貰うぜ。約束だろ?兄ちゃんを探し出すまでは協力するぜ」
マーズは、リトの頭を撫でる。柔らかくしなやかな栗色の髪は、手に心地好い感触を与えた。
「マーズ、ごめんね」
リトは、マーズの胸に埋もれたまま、か細い声で言う。
「謝る事なんかねぇぜ?仲間来たら、自慢になるしな。こんな美人と知り合いなんだってな」
マーズは、ニンマリ微笑む。
「ありがと」
リトは、マーズの方を向く。二人の距離は近い。
「リト…」
マーズが顔を近付ける。二人の唇が重なろうとした時――
「ダメっ!」
リトは、マーズを押し返す。
「えぇ〜…またぁ?」
力が入らないマーズは、そのまま穴に落ちる。
「マーズ!?」
慌てて穴を覗き込むリト。
「リトちゃん…実は小悪魔?」
マーズは、穴に、二度のダイブとリトに転がされてる自分の惨めさに泣きそうだった…
ようやく這上がったマーズは、携帯でクレス将軍に連絡を取った。
「マーズか。」
「マーズです。神殿に向かう途中で東の宮殿での爆発があり、調査するも、原因の特定は出来ませんでした。」
「先程、特殊部隊をそれぞれの宮殿に配置した。今の所、異常は無いようだ。」
「さっすがぁ。俺が見込んだ男だけの事はあるな」
「お前が言うセリフじゃないだろ。それよりも一緒にいる女は、カインの弟子か?」
「女ってよくわかりましたね(汗)」
「お前が任務から反れると必ず、女絡みだからな」
「恐れ入ります。ちなみにカインの弟子というよりも、カインの所のシスターです」
「なるほどな。弟子の方は?」
「捜索中でしたが、予期せぬ事態が発生した為、連絡しました」
マーズは、穴を覗く。相変わらず、漆黒の闇が映る。
「予期せぬ事態?」
「穴です。光を反射する穴です。東の宮殿の跡地から出現してきました」
「…すぐに、その場所から離れろ。今、そっちにダガースを向かわせているが、あと十分はかかる」
クレスの声が興奮を帯ている。
「了解。」
マーズは、携帯を切る。
「さぁて、仲間も来てる様だし行くか?」
非常事態を悟られない様に明るい声で言う。フラフラしながらも重い体を無理矢理立たせる。
「マーズ、大丈夫なの?」
その姿を見て、リトが心配そうに手を貸す。
「少し休めたからな。さ、行こう」
マーズは、歩き出した。リトは、マーズが倒れない様に、しっかり体を押さえている。
「何処に向かうの?」
「とりあえず、神殿を目指す。恐らく、神殿の方向に向かえば、一本道だから仲間が発見してくれるんじゃねぇかな?」
マーズは、後ろの穴を気にしながら歩く。クレスが急に退却を命令する事など一度もなかった。いや、クレスに退却の文字は無いと思っていただけに、それをさせる『穴』とは何だったのか?疑問を残したマーズは、歯がゆさを感じていた。
〜仮想世界〜
東の宮殿を去って、歩く町並みは、いつもと変わらなかった。
「あんな大きな爆発があったのに、何で、皆、普通なのかしら…?」
リトは、不思議そうに呟く。
「関係ねぇ――って事は、ねぇもんな」
マーズも同感のようだ。さすがに、宮殿が潰れて消えたら、気が付く者がいてもおかしくはない。むしろ、気が付かないはずがない。しかし、人々は日常の生活をしている。マーズは、一人一人を注視するが、変わった所は無かった。
「リトちゃん怒らないでね」
「何で?」
突然のマーズのセリフに意味を理解していないリト。
「そこのカワイイおねぇさん♪一緒に楽しい大人の遊びしなぁい?」
マーズは、横を通り過ぎそうな女性にナンパを仕掛ける。リトは呆然と見ているが――
ドン!
思いきりマーズを突き飛ばす。マーズは、前へ弾かれる。
「怒るなって言ったのに…よしっ…すんませぇ〜ん♪」
マーズは転ぶのを利用して、前から来る女性に抱きつく作戦らしい。
「マーズの馬鹿っ!(怒)」
リトから、罵声が出る。
「あれ…?????」
マーズが女性に触れる事はなかった。何故ならすり抜けたからだ。そして、地面とキスをする。
「マ……ズ?」
「いてて…ど、どうなってるんだぁ…!?」
リトは、すかさず、過ぎて行った女性を追い掛ける。
「すいません」
肩を触ろうとしたが――すり抜けた。
「やっぱり!」
「マジかよ?」
リトは、他の人にも触れてみる。しかし、ここにいる人間は、全て実物ではなかった。
「どうなってるんだぁ!?」
何が起きているか全くわからずに、リトは動揺する。
「こいつら…生命反応がねぇ」
マーズが真剣な顔で分析する。
「死んでるの?」
「それはわからんけど、いわゆる幽霊ってヤツさ」
「幽霊?」
リトは、周りを見てマーズにしがみつく。
「さっき、散々、すり抜けるのを確認してたのに今更…?(汗)」
「幽霊だって知っていたら、触らなかったもん」
マーズの冷ややかな目に動じる事はない。それよりも近寄って来ない様に、警戒をしている。
「リトちゃん、爆発以前に変な事がなかったか?全ての始まりは、そこの様な気がするぜ」
マーズは、リトに切り出す。兄の事を考えて、避けて来たが、そうも行かなくなったようだ。
「…祭壇がある部屋で全てが始まったの」
リトは、一瞬、躊躇するが、起きた事を話し出す。
「祭壇の神像が全て、縦に切られていたわ」
「切られていた?あれって特殊合金だろ?」
「うん。でも縦に綺麗に切られていたの。何で切ったか分からないけど」
「縦に綺麗に…ねぇ」
マーズは、想像する。
「司祭様が言ったわ。とうとうこの日が来た、と」
「この日?今日は何の日だっけ?」
「経典に因ると『天地明暗』の日らしいけど…」
「天地明暗って、天と地が別れて、空は天に、地は奈落にってヤツか?」
「そう。司祭様が最後に私に言った言葉が、人間に善悪がある限り、天使と悪魔の戦いも終わらない――だったわ。そして、司祭様は、祭壇部屋に入って行き、説教が聞こえて、光がドアの隙間から見えて…」
「よくわかったぜ。サンキューな」
マーズは、リトが辛くなってきたのを悟り、話を終わらせる。
「ちなみに祭壇があった部屋は、さっきの『穴』の所か?」
「違うと思う。マーズが立ってる所が祭壇だったはずよ。太陽と位置確認したから、間違いないと思う。」
「なるほど。あの一時間な…。じゃ、あの『穴』の真上は何処になるんだ?」
「多分…司祭様の部屋の下だと思うの」
「状況が解ってきたぜ。次に狙われる宮殿もな…」
「え?」
「リト、携帯を貸してくれ。早くクレス将軍に伝えないと手遅れになる」
リトは、素早く携帯をマーズに渡す。だんだんマーズの行動に慣れてきた様だ。
「早く出ろ…早く…」
しかし、クレス将軍からのリアクションは無い。
「くそっ!いつもは用が無くても連絡してくる癖に…!」
マーズは、携帯を睨みながら怒る。
「何かあったのかしら?」
その様を見て、リトがクレスを案じる。
「将軍がダメなら、指令室か」
マーズは、諦めてソルジャーのいる指令室に連絡を試みる。電話は、すぐに取られた。
「マーズ。今何処だ?」
ソルジャーの声を聞いて、多少の安堵を覚える。
「俺の居場所、確認出来ないのか?」
「東の宮殿までは追跡していたが、その後からわからない。」
「やっぱり、そうか。恐らく、地上にはいるが、変な空間に紛れたらしい」
「了解。そっち方面を探ってみる。後、空軍が壊滅した。原因は、天変地異と言った所か」
「空軍が!?…ソルジャー、よく聞いてくれ。次に狙われる宮殿は、南の宮殿だ」
「南?大地の象徴がか?」
「あぁ。詳しく話をしている暇は無さそうだから、単刀直入に言う。今回の一連の事象は、全て終末の時と同じだ。まずは空に因る隔離。次は大地に因る隔離。そして、風に因る無駄の排除。最後は、海に因る全ての洗い流し」
「極め付けが、時の巻き戻しでご破算か…」
「正解。後、クレス将軍に連絡が付かないんだが、どうなってる?」
「俺も連絡が取れない」
「最後の連絡は?」
「南の宮殿に行く――だ」
マーズの緊張が高まる。
「さすが、クレス将軍。気付いていたか…それじゃぁ、まずは、この幻想から醒めるのが優先だな。全てはそれからだ。ダガースはどの辺だ?」
「ダガースなら、東の宮殿付近でうろついている。お前らを見付けられないみたいだ」
「マジかよ!?あそこはヤバイ!すぐに撤退させるんだ!」
「マーズ?…分かった。指令を出そう。また、連絡する」
電話口のソルジャーは、冷静ながらも焦りを隠せない口調だった。電話を切ったマーズは、一息吐いて、リトを見る。
「ここは異次元なの?」
横で聞いていたリトは、不安な顔で聞いてきた。
「多分な。電波は届くが居場所がわからないという事は、隔離された空間といった感じかな」
「私達、どうなっちゃうの?」
「…心配するな。必ず脱出出来る。近くにダガースもいるしな」
マーズは、ウィンクをする。
「まずは、ダガースに連絡を取ってみるべ」
マーズは、慣れた指で携帯を操作する。
「マーズかぁ?何処だよ?ソルジャーから撤退を言われるし、お前はいないし。意味がわかんねぇぞぉ?」
ダガースの低くて太い声は電話を近付けるとうるさい。だが、どうやら、ダガースは無事だったらしい。
「相変わらず、品の無い声だな」
「フン!品の無い○○○のお前よりはマシだ」
「ばぁか。俺のは、女性を喜ばせる為に磨き上げた成果さ」
「言ってろ。んで、何処なんだよ?」
「東の宮殿から神殿までの一本道だ」
「俺が通った道じゃん」
「その途中で、異空間に迷ったみたいだ。瞬間移動で出られると思うが、体力が切れた。何とか、そっちから探せねぇか?」
「女に精力出し過ぎたんだろ?まぁ、状況は理解した。今から捜索開始する」
「宜しくなぁ」
マーズは、軽い口調で言って、電話を切る。
「ダガースさんって、元気な人なんだね。ここまで声が聞こえたよ」
「あいつは、元気だけが取り柄だからな。俺は、耳が痛くなるから、いつも電話は離してるんだぜ」
マーズは、携帯を使ってゼスチャーをしてみる。
「ぷっ…マーズって、ホントにどんな状況でもジョークを忘れないよね」
「そりゃ、女をリラックスさせるのは男の役目だろ?」
「私をリラックスさせたいの?」
「?」
マーズは、リトの顔をマジマジと見つめる。妖艶な笑みを浮かべている様にも見えるリトも、マーズをじっと見つめる。
「でも、何もしないよ?」
リトの言葉に、崩れ落ちるマーズ。
「てっきり、良いムードだと思ったのに…迂濶だった…」
「私は、そんなふしだらな女じゃありません」
リトは、ちょっと顔を紅くしながら言う。
「俺は、リトちゃんにフシダラになって貰いたい…」
肩を落として呟く。
(表情でここまで読めない女は、初めてだぜ…)
「ねぇ、それよりも、ダガースさん大丈夫かな」
リトは、ダガースの身を案じる。
「あいつは、クレス将軍の特殊部隊でもトップレベルの兵士だ。大丈夫さ。そんな事より、俺よりもダガースの方が気になるのか!?」
マーズはヤキモチを妬く。ダガースの話が出て来た事が、相当に悔しいらしい。
「マーズって、ホンッとに子供だよねぇ」
シラケ顔のリトが言う。
「幽霊を怖がるリトちゃんに言われたかねぇぞぉ!?」
「幽霊は、大人だって怖いもん!」
「ってか、忘れてない?俺らの周りを見てみ?」
ギクッとなり、背筋が伸びるリト。油が切れたロボットの様に、ぎこちなく周りを見る。何食わぬ顔で行き来する人々。そして、一点で目が止まる。
「ま、ま、マーズ…」
「あん?」
リトのどもり具合にニヤニヤしているマーズ。
(やっぱり俺の方が大人だな)
マーズは、余裕を見せながら、リトが向く方を見る。
「げ…」
その視線の先を見て、マーズの顔色も変わる。
「あ…あれも幽霊なのかな…?」
「幽霊じゃなかったら、嫌だな…いや、幽霊であっても嫌だな…」
二人が見つめる先には、狼の様な顔に人間の胴体。足は四足歩行。手には剣と盾を持っている。つまり、現実にいないであろう生き物が、二人を見ている。
「とりあえず、どうする?リトちゃん?」
「私は逃げたい…それが出来ないなら、眠ってしまいたいわ…」
マーズの後ろに周り込み始めるリト。
「わかり易い方向性を示してくれて、ありがと。お嬢さん、その行動は、頼りにされていると解釈してもいいのかな?」
マーズは、不適な笑みを浮かべながら、リトに質問する。
「動けない人に頼りたくないけど、マーズしかいないんだもん」
リトは、マーズの肩から、こっそりしながら、異生物を伺う。
「やっぱり、とりあえずなのね…(涙)あ―――――――っ!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
奇声を上げるマーズに驚く、リト。
「やぃ!化け物!今日の占いで、俺はラッキーだったんだよ!なのに、ロクな事がねぇ!ちったぁ、同情して消えろっ!」
マーズは、今日1日、トラブルに見舞われたストレスを爆発させる。
(やっぱり、マーズって…いつも、このノリなのね…)
リトは、マーズの後ろから顔を覗き込む。
「………」
異生物は、反応しない。
「あれ…?もしかして、ただの飾りか?」
マーズは、辺りをチラチラ見る。そして、石ころを手に取って、異生物に投げつけてみる。
「マーズ!?」
触らぬ神に祟りなし――リトは、石ころが届く前に目を閉じる。
「どうやら、興味はあるけど、接触はしない感じだぜ?」
マーズの言葉に、恐る恐る目を開ける。異生物は、同じ場所から見ているだけだった。
「何でいるの?」
「さぁ?暇だから、困ってる俺らを見物に来たんじゃないか?」
「何か、よく見ると…私達を見てる感じがしないんだけど…」
「そうか?」
マーズは、目を凝らして見てみる。確かに少し上を向いている様に見える。マーズは、その方向を見てみる。
「時の神殿…?」
マーズ達の遥か後ろには、時の神殿が、そびえたっていた。
「ねぇ!神殿のてっぺんに人がいるわ!」
リトは、指を差して促す。
「ホントだ。しかも、女か?」
はっきりは見えないが、剣らしき武器を持った、髪の長い女性に見える。彼女も、こちらを見ている様に見える二人であった。
「グガァァァァァー!!」
突然、異生物が雄叫びをあげる。焦る二人。
「リト!俺の後ろから動くなよ!」
マーズは、リトをかばう様に後ろに手をまわす。
「くそ…前には化け物で後ろには得体の知れないヤツかよ…!」
異生物は、後ろ足で地面を蹴って砂を巻き上げる。
(来る!)
マーズが思ったと同時位に、異生物は動き出した。
「マジ!?」
一瞬だった。異生物は、三十メートル程の距離を一気に駆け抜けて、マーズ達の前に姿を現した。その目に感情は無い。
(ヤバイ!)
異生物が剣を振り上げる。マーズは、ありったけの集中をする。剣が振り下ろされる。剣は、地面に突き刺さった――
「はぁ…はぁ……アッブねぇ!」
マーズとリトは、現実世界に戻って来た。
「ここは、現実…?」
リトは、何が起きたか理解出来ずにいる様だ。
「あぁ。はぁ…ありったけの…力で脱出…はぁ…出来たみたいだぜ?」
マーズは、途切れ途切れの息遣いで話す。
「マーズ、大丈夫?」
「何とか…はぁ…仮想世界は…懲りたぜ」
「また助けて貰っちゃったね。ありがと」
リトは、マーズの頬にキスをする。
「○△□!?」
不意打ちのキスに動揺するマーズ。リトは、しおらしくモジモジしている。
「くっそぉ!俺とした事が!一瞬過ぎて、何も出来なかったぁ!」
「何もしないでいいから…」
リトは、悔しがるマーズに呟くが、その声は届かなかった…
「リトちゃん、もう一回ダメ?」
マーズは、人指し指を立てて懇願する。
「ダメ」
「お願い」
「嫌よ」
「頬がダメなら、唇でもいいんだけど」
パシィ〜ン!
リトの平手がマーズの唇に飛ぶ。
「終わり!」
「そ…そんなぁ〜…」
マーズは、口を押さえながら、完全にノックダウンしていた。
〜女兵士〜
「ドルシェ。司祭の護衛を頼む」
「了解。クレス将軍、緊急指令が司祭の護衛なんですか?」
迷彩の軍服を身に纏い、栗色のショートカット。長い脚を組んでソファに身を預ける女性。切れ長の目は、銃の照門と照星のピントを合わせながら言う。
「そうだ。今回は、今までのミッションとは訳が違う。武器の確実な手入れをしておけよ」
クレスは、そう言って、部屋を出る。
「将軍が、あんなに緊迫しているのも珍しいわね…」
ドルシェは、クレスの後ろ姿を見送りながら呟く。テーブルの上に置いてあるランチャーを背中に背負う。
「将軍!磁場が揺れ始めました!何かが地下から迫っているようです!」
個室に用意された部屋には、沢山の機械が並んでいる。
「来たか…!磁場の歪みが激しい所が、敵の出現場所だ!攻撃態勢に入れ!」
「了解しました!磁場の歪みが一番激しいのは、祭壇の間と思われます!緊急指令、緊急指令!A班は、直ちに攻撃態勢に入れ!尚、ガスマスク・特殊スーツの着用を怠るな!」
クレスは、外を眺める。
「将軍!私も祭壇の間へと出撃致します!」
兵士は、敬礼をして走り出す。
「ここまでは、順調と見るべきか…ん?…まさか…!」
クレスは、何かを思い、顔色を変えて走り出す。そして、宮殿入り口ドアを勢いよく開け放つ。
(しまった!)
胸ポケットより小さな端末機を取り出す。画面には『Where Me?』の文字。
「くそっ…!」
クレスは、中へと走り出した。
「司祭様、どうかなさいましたか?」
外を眺める司祭に、ドルシェは話掛ける。司祭の部屋でも拳銃の手入れをしている。
「外がいつもと違う気がしまして…気のせいですかな…」
司祭は、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
「ドルシェさん。あなたは、女性でありながら、何故、兵士に志願を?」
ドルシェは、拳銃の手入れを止めて、司祭の方を振り向く。
「たまたま兵士という職業に就いただけですわ」
ドルシェは、澄まし顔で手入れを再開する。
「そうですか。私は、ドルシェさんみたいな方を見ると自我を保つ事が出来ません」
「??」
ドルシェは、司祭の異変に気が付き、拳銃の手入れをやめる。
「人間の根底にある物は、欲望です。人間から欲望を取り除く事は出来ません。何故なら…人間は人の欲望から生まれたからです…」
「司祭様?大丈夫ですか?」
ドルシェは、訝しげに司祭を見る。さっきはあった、司祭の手と足が見えなくなっている。
「…お前は、かつて、地上に君臨した女王に似ている…私を地獄に落とした憎き存在…辱めて我の子を孕ませて、その子供ごと喰らってやるわ…!」
司祭の声が変わり、顔の肉が、溶ける様に落ちていく。しかし、ドルシェは動揺しない。
「エロい化け物が正体だったのですね。」
躊躇する事なく弾丸を撃ち込む。
「あら?やっぱり効かなかったみたいね」
弾丸は、間違いなく司祭の心臓を貫いた。しかし、司祭は、倒れる事もなく、それ処か、全く効いていない。
「無駄だ。我の肉体は不滅なり」
司祭は、ドルシェを睨み、ゆっくりと動き出す。
「確かに、無駄玉を使ってしまいましたわ」
ドルシェは、焦り一つ見せない。そして、素早く左手でホルダーから違う拳銃を取り出す。
「魔物には魔物専用じゃなくちゃ失礼でしたわね」
そのまま左手で頭を狙い撃つ。轟音一発。
「ぐふッ」
鈍い声と共に司祭の顔が吹き飛ぶ。同時に動きが止まった。
「終わり――じゃないですわよね?」
続け様に弾丸を撃ち込む。轟音四発。
弾は、胴体に四発とも命中した。
「魔物って、ホントに粘着気質ですわね。嫌になりますわ」
ドルシェは、右手の拳銃をしまうと、手際良く、背中のランチャーを取り出す。女性とは思えない程の動きと装備だ。そして、顔の無い司祭の変わり果てた姿に向かって狙いを定める。
「これで終わりにしましょう」
ドルシェは、ランチャーの引き金を引く。
司祭の体は、破裂して砕け散る。
「おやすみ。エロ司祭様」
その様を見ても冷静なドルシェ。
「これで、終わりと思う…ブシゃ!」
ドルシェのランチャーが炸裂する。
「言ったはずよ。おやすみって」
「ドルシェ!」
クレスが勢い良く部屋へ入ってくる。
「あら?将軍、どうなさいました?」
「……。司祭は、手遅れだった様だな。ドルシェ、気を付けろ。真打ち登場はこれからだ」
「真打ち?どういう事ですの?」
「我々が着いた時には、この宮殿自体が、既に堕ちていたという事だ」
「そんな事だろうとは思いましたわ。司祭がアレでしたし」
ドルシェは、司祭の聖衣の切端を見つめる。
「将軍!A班壊滅です!」
不意に兵士が走り込んで来る。
「総員、撤退を命令する」
「将軍…!?撤退ですか!?」
兵士は、クレスの撤退の言葉に動揺する。
「撤退だ。直ちに総員、西の空き地に撤収だ」
「了解しました!」
兵士は、走り去る。
「ドルシェ。命がけの任務になるが許せ。これ以上、犠牲は出せん」
「私の命は、とうの昔に将軍に預けましたわ。華やかに優雅に散れれば本望なのですよ?」
ドルシェは、何処までも冷静さを失わない。
「戦場の貴婦人とは、良く言ったものだな」
「『戦場』は余計ですわ」
ドルシェの余裕に、クレスは笑みを溢す。
「さぁ、化け物退治と行くか」
クレスは、走り出す。ドルシェは、後ろを付いて行く。
二人は、祭壇の間に着いた。ドアを一気に蹴り破る。
静けさが空気に乗って耳を刺激する。祭壇の間には、兵士の骸が転がっているだけで、化け物らしき存在はいない。
「何処に出掛けたのかしら?」
ドルシェは、ゆっくり辺りを見回す。
「見えないが、確実にいる。化け物の悪臭が充満している」
「悪臭だけは止めて貰いたいですわ。」
「…!来るぞ!」
クレスの声が部屋に響く。ドルシェは、素早く拳銃を取り出す。二人は、背中合わせになり構える。
「上だ!」
二人は、前に飛込む。二人がいた場所に、黒い物体が落ちてくる。
「フぅー…フぅー…フぅー…」
それは、二メートルはありそうな、真っ黒な『ネズミ』だった。
「まぁ、可愛くない事…」
ドルシェは、嫌そうな顔で化け物を侮蔑する。
「ドルシェ、油断するなよ!」
クレスの激が飛ぶ。『ネズミ』は、クレスを睨み付ける。
(来るか!)
『ネズミ』は、一気にクレスの前へ到達する。
(早い…!)
『どごぉぉぉーん!』
轟音と共に、クレスの頭上にあった『ネズミ』の頭が吹き飛ぶ。
「ネズミは、レディーファーストって言葉を知らないみたいね」
ドルシェは、ランチャーを肩に掲げて、再度、トリガーをひく。
爆音が鳴り、今度は腹に風穴があく。
「ドルシェ。俺が死にそうだぞ?」
『ネズミ』の風穴から、顔を覗かせてクレスが言う。
「あら?将軍なら避けて頂けると思っていましたわ」
ドルシェは、更に撃ち込む。右足が吹き飛ぶ。
(こりゃたまらん!)
クレスは、横に飛び避ける。
そして、ランチャーを取り出して、ドルシェに加勢する。
二人のランチャーの轟音が静まると『ネズミ』は、原型を留める事なく散っていた。
「一匹目は、終わりの様だな」
クレスは、ランチャーを背中にしまいながら言う。
「将軍。二匹目ですわ」
ドルシェは、部屋を確認しながら、訂正する。
「そうだったな。さて、次はどんな化け物だ?」
二人は、均等の距離を保ちながら、周りを見渡す。
「あら。次は『巨大コウモリ』かしら?群れる習性なんて正にって感じですわね?」
ドルシェは、天井を見つめながら言う。
「上だけじゃないみたいだぞ。下にも何匹…いや、何十匹かいるな…恐らく『ネズミ』だ」
床を見るクレスの額からは、汗が滴り落ちる。
「キィ―――――――!」
天井にぶら下がっていた『巨大コウモリ』が、一斉に襲ってくる。
「上は任せるぞ!」
クレスは叫び、床から這い出てくる『ネズミ』にランチャーを発射する。
「ネズミよりは、好きなタイプですわ」
ドルシェは、右肩にランチャー、左手に魔弾銃を構えて、トリガーを引きまくる。次々に倒れ落ちる『ネズミ』と『コウモリ』。二人のトリガー捌きは、尋常ならぬスピードだった。
「うっ!」
しかし、巨大コウモリの猛攻に、とうとうドルシェは、腕を爪で斬られる。
「いったいわねぇ!」
ドルシェは、違うコウモリをランチャーで撃ちまくりながら、傷を追わせたコウモリを、魔弾銃で確実に殺す。どうやら、傷を付けられるとキレるタイプらしい。
一方のクレスは、ネズミが完全に這い出る前に、頭を潰して確実に床下で処理している。
「こりゃ、モグラ叩きだな」
クレスは、真剣にジョークを飛ばす。
「将軍、うらやましいですわ。こちらは、大量の円盤射撃ですわ。私、さすがに頭に来ましたわ」
ドルシェは、そう言って、思いっきりジャンプする。そして、コウモリの大群の中に消えて行く。
「充分、楽しんでいるな」
クレスは、ドルシェを見る事なく射撃に集中する。
『スパ―――ン!!』
何かが弾ける様な音がする。『巨大コウモリ』の大群は、一斉に地面に落ちた。そして、『巨大ネズミ』は、全て消滅した。
「!?」
さすがにクレスは、顔を向ける。
(あいつは、何の霊を呼んだんだ…?)
ドルシェは、霊を自分に憑依させる能力がある。憑依させる事によって、霊の持つ能力を使う事が出来るのだ。しかし、ドルシェの性格的に憑依が我慢出来ないらしく、滅多に使う事がない。
クレスが見る先には、光のオーラを纏い、栗色の長い髪がなびく女性がいた。右手には、細く長い剣を持ち、背中には、両端に鋭い刃の付いた槍を背負っている。切長の瞳は、力強くも優しい愛に満ちた目をしていて、祭壇の間に置いてある神像を見つめている。ドルシェに負けない位、細くしなやかだがグラマラスな体型の女性が、地面に降り立った。その様は『女神降臨』と言っとも過言でない輝きを放っていた。
「まさか、私の受け皿が此処にいるとはな…」
女性は呟く。
「ドルシェじゃないのか?」
ドルシェに似ているがドルシェじゃない。クレスは、訝しげな顔で聞く。いつもなら、精神だけはドルシェのままだが、今回は、存在が消えているようだ。
「ドルシェ?あぁ、受け皿か。大丈夫だ、安心しろ。ちゃんと生きている。私は、エイシス。遥か昔に大陸を生きた者だ。」
「…」
クレスは、驚愕したまま動けない。
「本来なら、物質化した物には触れる事は出来ないのだが、受け皿が居たおかげで、戦える兆しが見えてきた。感謝する」
「戦える?何と戦うんだ?それよりも、お前は、霊じゃないのか?」
「私は霊じゃない。神格界と現格層の間で生きていた。まぁ、この世で言う、転生の準備をしていたのだ」
「転生!?理解し難い話だな」
「とりあえず、あちらさんの相手だ」
エイシスは、神像の方を見る。クレスも吊られて神像を見る。
「なっ…!」
神像は無くなり、そこには、二本の大きな角を持ち、赤い目と鋭い牙を剥き出した怪物がいた。その肉体は、隆々とした筋肉が力をみなぎらせ、太い右手には、人間では持てないであろう大きな斧が構えられていた。怪物は、二人をじっと見ている。
「まだ、いたのかっ!」
クレスは、ランチャーをぶっ放す。怪物は、砲弾を素手で受け止めた。クレスは、怯まずにトリガーを引く。一発、二発、三発…尽く素手で遮られた。
「くそっ!」
クレスは、届かぬ砲弾に苛立つ。クレスを見ている怪物が笑った様に見えた。
「人間の無駄なあがきに興味ない。今欲しいのは…お前の肉だぁ!!!」
怪物は、クレスに一気に詰め寄る。そのスピードは、ネズミとは比較にならない。
「頂きまぁす」
クレスは、動くどころか考える事も出来ない。巨大な斧が降り下ろされる。
『ガキッ!』
斧とクレスの間に細く長い剣が入り込む。エイシスだ。彼女は、剣を間に刺し込みながら、空中で宙返りをする。
「お前に食わせる肉はない」
「ぬぅ…やはり貴様か…奈落の女神…!」
怪物が睨む先には、剣を抜きながら着地するエイシスがいた。
「そう思うなら、私から始末するべきだったな」
「お前は我等と同じ身でありながら、何故に我等の邪魔ばかりをする?」
「…」
「応えよ!奈落の女神――エイシスよ!」
「簡単な事だ。私の遊び場をお前らに荒らされたくないだけだ」
「人間ごときの肉体を支配しただけで、図に載るなぁ!」
怪物は、エイシスに向かって突進する。
「お前じゃ話にならん」
エイシスは、振り向き様に剣を一文字に振るう。怪物の動きが止まる。
「お…おのれぇ…必ず…存在を…ぐはっ!」
クレスの前で左右に割れていく怪物の間から、エイシスの姿が映し出される。
「何て強さだ…」
ランチャーの砲弾を尽く止め、尋常じゃないスピードで簡単に自分を殺そうとした圧倒的な怪物を瞬殺したエイシスに驚嘆する。
「キリがないな」
エイシスの言葉に後ろを振り返ると化け物の大群が祭壇の間を埋め尽す。
「これ程とは…!」
クレスは、ランチャーを構える。
「私に任せろ。」
エイシスがクレスを制する。
「?」
クレスの横を歩きながら前に出る。そして、剣を顔の前で横に突き出す。
「退け!魔に見魅いられた神々よ!」
「神々!?」
エイシスの剣が光り出す。眩しい程の輝きを放つ剣を、一気に振るう。光りの閃光弾が怪物達を喰らう。強烈な地響きと轟音がクレスの五感を奪う。
「現格層に戻ったぞ」
エイシスの声で目を開けるクレス。目の前は、壁が崩れ、外と直通になっている。呆然と見つめるクレス。怪物達は、影もなく消えていた。
「私は、行かねばいけない所がある。ドルシェに代わろう」
「待て!」
クレスは山程の謎を聞こうとしたが、エイシスは、一瞬の閃光と共に消えた。それを見て、呆然とするクレス。
「…将軍?大丈夫ですか?」
クレスは我に返る。
「ドルシェか?」
「見ての通りですわ」
「エイ…憑依させた女はどうした?」
クレスは、周りを見渡すがエイシスの存在は無かった。
「強い気力を感じたから、憑依させたんですけど、記憶がありませんわ。あんなの初めてですわ。でも居心地が良かった様な…」
ドルシェは、全く覚えていないらしい。
「エイシスに似ている…謎だらけだな…」
ドルシェを見るクレス。エイシスとドルシェが、余りに似ているのは偶然か?エイシスとは何者なのか?そして、魔に見いられた神々とは…?クレスは、多くの謎を抱きながら、外に向かう。
「エイシスって誰ですの?」
「…」
クレスは、ドルシェの質問が聞こえない程に思い更ける。
「ドルシェ。他の宮殿が気掛かりだ。行くぞ」
「…はい。ここはどうしますか?」
「我々が着いた時には、既に異空間に紛れていた。司祭も死に何者かの手に落ちていた。つまり、手遅れだったという事だ」
クレスは、拳に力を込める。
「無駄足だったという事ですか?」
「そうとも言い切れないがな…」
自分を助けたエイシスを思い出す。
「将軍?」
遠い目のクレスに気が付くドルシェ。クレスは、何も言わずに歩き出す。ドルシェは、後を付いて行く。不意に止まるクレス。
「やはり…」
クレスの目の前には、撤退した兵士達の骸が転がっていた。
「ひどい…」
ドルシェは、その光景を目にして怒りを覚える。手足が散乱し、食い千切られた体は、骨が痛々しく見えてる。泣き叫ぶ者もいたであろう。恐怖に身を委ねた者もいたであろう。
「今回は、収穫もあった。だが、完全に私のミスだ。許せ…友たちよ…」
ドルシェには、クレスが涙を流している様に見えた。クレスは、拳に力を込める。
「時代とは、多くの犠牲の上に成り立っている――という事なのか…」
「将軍?」
クレスは、兵士の骸を黙って見詰めていた。
〜奈落の女神〜
「ん…ん!?」
マーズの目に、リトの顔が下から見える。
「良く寝れた?」
リトの優しい笑顔が入り込む。
「もしかして…寝てた?」
マーズは、起き上がる。
「ぐっすり寝ていたよ」
「しかも、リトちゃんの膝枕?」
自分の頭があった所を見る。
「あの後、すぐに寝ちゃったからね」
リトは、照れ隠しをする。
「また失敗したぁ〜(泣)ってか、大丈夫だったのか?」
「とりあえずは、何にも無かったよ。ただ、ダガースさんが来てないの」
マーズは、周りを見てみる。
「なぁにをやってんだかぁ…クレス将軍が聞いたら泣くぜぇ」
愚痴を溢しながら、携帯を取り出すマーズ。相変わらずの手際で携帯を押す。電波が届かない。
「おかしいなぁ。またかぁ?」
マーズは、起き上がり一本道を見渡す。
「またって…変な空間の事?」
リトも立ち上がり、マーズに寄り添う。
「可能性は高いな…」
マーズは、携帯をしまい、リトの左肩を抱き寄せ歩き出す。
「マーズ…」
完全に不安な状態に陥るリト。また、あの怪物が出て来たら、生きていられるのだろうか?もう永久に戻れないのかも…不安が手に籠り、マーズのシャツを握る力が強くなる。
「安心しろ。さっきは燃料切れで無様な姿だったが、今度は違うからよ」
リトを抱くマーズの左腕は、しっかり離れない様に引き寄せていた。
「…うん…」
(今は、マーズを信じよう)
リトは、その言葉、行動に身を委ねた。
「ったく。ムードが良くなると現れやがる」
マーズは、右手を前に出す。リトには、何も見えていないらしく、キョロキョロしている。
『ドゴォォォォォン!』
マーズの手から、何かが光ながら飛んで行く。そして、何も無い場所で爆発する。
「なに?」
リトは訳がわからずにしがみつきながら、爆発した方向を見る。
「出て来たぜ」
マーズは、立ち止まる。その先には、あの怪物がいた。
「あ…」
言葉に詰まるリト。
「リトちゃん?俺から離れるなよ?」
マーズは、そう言うとニヤリと笑う。
「やぃ!化け物!さっきの借りは返してやっから来なっ!」
怪物を挑発する。マーズの手には、炎が踊っている。
(お兄様と同じ!?)
リトは、マーズの手の平を見ながら驚いている。目の前に、陰が走る。怪物だ。またもや、恐ろしいスピードで間合いを詰めて来た。
「おせぇよ」
マーズは、一言吐いて右手を怪物に向ける。
「!」
怪物の表情が一瞬変わったのを見逃さなかった。
「遅いんだって(笑)」
炎が怪物に向かって走り出す。
「グゴォォ――――!」
悲鳴にも聞こえる声をあげる。
「まだだぜ?」
続け様に手の平を、一旦、閉じてまた開く。すると、今度は先程の光が飛び出す。今度はリトは、しっかり見ていた。まるで、光の矢のように見えた。矢は、近距離で怪物の喉元に刺さる。
「ストライク♪でも、怒りのマーズ君は、三倍返しが基本だからね♪」
マーズは、おちゃらけながら怪物を睨む。
「ハァァァ――――」
マーズは、気合いを溜める。
「消えろぉ―――――――っ!」
叫びと同時に、怪物の地面から何本もの光が火柱の様にたつ。そして、先端が一気に怪物に襲いかかる。
「グギャ――!!」
地面をえぐる様に潜り混んで行く光の柱に、怪物も連れて行かれる。怪物は、マーズを見ている。
「体力戻れば、敵にもなんねぇな」
怪物と目が合いながら、マーズはサラッと言う。リトは、言葉も出ずに眺めている。光と怪物は、二人の前から完全に消えた。
「な?余裕だろ?」
マーズは、ウィンクをして見せる。
「お兄様と同じ術が使えるの…?」
リトは、今起きた出来事に面食らいながらも聞く。
「ん?火の攻撃か?」
リトは頷く。
「あれは、術っていうよりも、空気中の酸素を燃やして、風に乗せただけ」
マーズは、人指し指を立てながらレクチャーする。
「光は?」
「あれも基本的には一緒で、電気を集約して風に乗せたのさ」
得意気になってくるマーズ。
「むやみに使わないでね」
「あれ?そう来たか」
マーズは、テンションの違いにペースを乱す。
「お兄様も…あんな怪物と戦ってたら…」
リトの表情が暗くなる。
「リトの兄ちゃんは、あんな化け物に殺られる様なヤツか?」
一瞬、動きが止まるが、リトの顔付きが変わる。
「お兄様は負けない!…負けるはずがない!」
その言葉を聞いて、笑顔になるマーズ。
「なら、兄ちゃんは、旅行に行ってる位に思っておくんだな。必ず、リトとの約束は果たしてやっからよ」
得意のウィンク。
「マーズ…」
リトは、マーズをマジマジと見る。
「ちったぁ、好きになってくれたか?」
「全然」
「はぁ〜」
リトの即答に頭を抱えるマーズ。
「ねぇ、まだ異空間にいる気がするんだけど…」
リトは、周りを観察する。
「あら、気が付いた?実は、そうなんだよな。さっきの化け物倒したから、戻れると思ったんだけどなぁ」
マーズは、こめかみ辺りを掻きながら言う。
「随分、呑気なのね…」
リトは、マーズに冷ややかな視線を送る。
「いやぁ〜、せっかくのリトちゃんと二人きりの世界だ――」
「怒るよ?」
リトは、膨れ面をする。
「冗談です…(・_・;)」
「お楽しみの所に悪いな」
背後からの突然の声に、一気に振り向く二人。そこには、黒いマントを羽織った男がいる。
「また…ありきたりの悪党が出て来たぜ」
マーズは、ウンザリしながら言う。
「悪党?生憎だが、俺には善も悪も無い。それと、マーズ…お前にも用は無い。」
「何で俺の名前を知ってるんだ?」
マーズは、男を睨む。
「リト様。貴方を守る兵士が、こいつだけで心細いと思いますが、どうかお許し下さい。」
男は、膝まづいて頭を下げる。
「リト様…って、どういう事ですか?」
「私は、ハインズと申し上げます。この空間を作り出した本人でございます。」
「はぁ!?」
マーズは、すかさず間に入る。
「突然、出て来て何を訳の解らん事を言ってるんだぁ!?」
切れ気味のマーズ。
「マーズ!話を聞いてあげて」
リトが制する。マーズは、リトの言動に不満そうに引き下がる。
「私は、遠き昔に大陸で生きた者です。長きに渡り、神格界と現格層の間に存在していました。一連の事象は、現格層で言う所の『終末の時』にあたります。しかし、本当の『終末の時』では、ありません。神格界を追われた『背徳の者』達の計画です。『背徳の者』達は、『終末の日』を早める事によって、全ての破壊を求めています。空が破壊され、大地も破壊されました。残る二つも間も無く破壊されるでしょう。そうなれば、五大王のうちの四大王が現格層に降り立ち、時を破壊する事になります。」
「ちょ、ちょい待った。これまでの体験で、あんたの話は否定しない。だが、余りに説得力に欠けてねぇか?」
マーズは、不信感を募らせる。
「私も同感です。つじつまは、合っていますが…」
「ならば、現実をお見せしましょう」
ハインズの言葉に、顔を見合わせる二人であった。