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6.助けて、勇者!


『勇者あらわる! あの未開のダンジョンへ、いよいよ明日!!』


 という貼り紙を街で見たのは、確か昨日だったか。

 昨夜はスライム軍団の治療でてんやわんやだったから、もうあの記憶がいつの記憶でどの瞬間のものだったかあやふやになってしまっている。

「にしても、雑魚要因のスライムの数、恐るべし……」

 十、二十の数ではなかった! 絆創膏を貼っても貼っても終わらない、まるで工場の流れ作業かのような、あの魔の時間……。

「薬局も楽じゃないんだな」

 キャメルの雰囲気が柔らかかったから、薬局の業務っていっても知れてんだろって高をくくっていたけど――とんでもない。そんな甘い発想は、はなから持つべきではなかった。

 しかし幸いなことに今日の晩は月が拝めるらしい。これで魔力が不足していた怪物たちも大人しくなるだろう。


 けれど、昨日のスライム軍団はやはり強烈だった。

『ヤバイ! あと五枚で絆創膏なくなっちゃうよ!』

『え、今から店に行こうか!?』

『もう閉まっているし間に合わないよ!』

『薬草で作るとかできないのか!?』

『いや、これ、人間の皮だから……作るならまずは人間見つけないと』

 と目を血走らせて俺を見たキャメルの異常さは今でも鮮明に覚えている。例え真夜中の出来事だったとしても、あの恐ろしさは忘れられるものではない。


「まぁ結局、ラスト一枚というところでスライム患者が終わったからよかったけど、補充はしておかないとな」

 というわけで、今日は俺一人で街へおつかいである。

「ここを、右っと」

 昨日来たばかりなのにあやふやな記憶なのが恐ろしいが、キャメルのメモも手伝ってなんとか店にたどり着くことが出来た。

「“ヌーベンハリー”?

 何か宝石店のような綺麗な店構えだけど、本当に絆創膏あるのか?」

 なぞだ。

「男一人で入るのは非常に勇気がいるなぁ。だって外からでも中のキラキラした感じが伝わって来るし、ビー玉みたいなものもシャンデリアも見えるし……帰ろうかな、いやでも、そうしたら俺の皮が剥ぎ取られ兼ねないしなぁ」

 仕方ない。

 背に腹は変えられないのだ、ここは行くしかない。

 意を決してドアノブを握る――――と同時に、足元に鈍い感覚。

「あ、失礼。急いでしまってな、足を踏んでしまった。痛くはなかったか?」

「いえ、お、お気になさらず」

「そうか」

「は、はい」

 いかにも勇者という格好に、ただの門番は何も言うことが出来ず……

「入らないのか?」

「お、お先にどうぞ」

 自分の行くべき道を、簡単に他人に譲ってしまう。


 カラカラーン


「邪魔するぞ、マスターはいるか?」

 スカーフで口は見えないけど、勇者は笑っている様子は見られない。商品を既に注文していたのか、店内を物色する気は微塵もなさそうだ。俺は勇者のマント一ミリでも触れまいようにと、狭い店の壁へへばりつくように足を進める。

 すると二階から音もなく店主が現れた。まるで小人のような背の低さに、俺の警戒心が少し和らぐ。

「おやおや、これはこれはドワーフ様、ついに出発の日ですなぁ」

「あぁ、早めに頼んでおいてよかった。本当の出発は明後日の予定だったのだから」

 店主は壁と一体化した俺に気付かないのか、勇者との会話を始めた。

「それはまた急な変更で。何か差支えでもあったので?」

「それが――ここで話すことではないのかもしれないが、どうやらこの土地の姫がいなくなったらしい。しかも、あのダンジョンへ歩みを進めたのを見た者がいるというのだ」

「それはそれは、王が黙っておりますまい」

「あのダンジョンは女好きの魔物が多いというからな、気が気でない気持ちは痛い程わかる」

「さすが色男ですな」

「茶化すな、俺は本当に王が気の毒だと思うから行くのだ。遊びではない」

「分かっておりますとも。あなたはこの辺の誰よりも誠実な方だ」

 今度は「茶化すな」と言わなかった勇者は、店主の言うことが最もだと思っているのだろう。自分は誠実な男だと――

 まぁ顔の半分はスカーフで見えないから何とも言えないけど、雰囲気はイケメンだし? 聞いてたらやっぱ勇者っぽいし、やっぱりどの世界でもモテる職業につけばモテるよなぁ。

「ん?

 勇者ってモテるのか? 帰ったらキャメルに聞くか」

 いけね、絆創膏買うんだった。

 そろそろ二人の会話も頃合いかと思ったその時、勇者が「それと」と何やら不安げに辺りを見渡した。

「絆創膏持っているか? 最近皮膚が弱くなっていてな、よく切れるのだ」

「えぇありますぜ、ってありゃ三箱しかありませんが、足りますかな?」

「あぁ、すべて貰おう」

「ええ!!?」

 勇者が絆創膏って!!

 あんたどんなけ繊細なんだよ!

 舐めときゃ治るくらい言ってほしかったわ!!

「おやお客さん、申し訳ありませんでした、気づかなかったもので」

「い。いや、それはいいんだけど……」

 それっと指をさした絆創膏は、既に勇者の手の中にあった。お金もいつの間にか払ったみたいで「これが何か?」という顔をしている。

「そ、それを……」

 でも言えない!

 これから姫を助けに行くと言う大役を受け賜わっている勇者に、スライムが来るかもしれないから絆創膏を譲ってくれなんて言えない! それにスライムなんて、勇者にとったらただの敵だろ!! 俺まで敵扱いされるわ!!

「えっと、いや……」

 こうなると選択肢は、二つだ。

 何も言わず店を後にするか、

 譲ってもらうか。

「……いや」

 待てよ。

 この勇者は優しそうだから譲ってくれるかもしれない。俺が怪我したんですとか、友達が怪我をとか、親が怪我をとか言えば「そうか、大変だな」と言って譲ってくれるかもしれない。

 けど、それは俺の望む回答でしかない。

 もし反対のことが起きたら?

 譲ってあげるけど、お前の皮よこせよとか、ものすごい金額をもってかれたら? それに、そもそも譲ってもらえなかったり……。

「(喧嘩になったら必ず負けるし――よし、こうなったら!)」

 パンパンとTシャツをはたき、インテリアとして置いてあったマネキンからジャケットとハットを拝借し、姿勢を正す。

「コホン。

 申し遅れました。私、この絆創膏を作っております会社の者でして」

「おお!? ニサ会社の方が直接来られるなど珍しい! いつも良い商品をありがとうございます」

「こちらこそいつもご贔屓にしていただいて、ありがとうございます」

 ニッと笑う俺を、勇者は穴が開くほど見ている。しまった、やっぱりマネキンから色々借りたのはまずかったか?

 けれど、肝心の店主はすっかり騙されたようで「いつもは鳥配達で終わるのに、珍しいこともあるもんですな」と鋭いことを言って来る。

 ここからが、本題だ。

「実は本日は、商品の不備に関してお詫びをするために、一軒一軒回らさせていただいているのです」

「不備、といいますと?」

「今、まさにそちらのお客様がもたれている絆創膏でございます。この度、この商品の一部から人間の血肉が交じっていたとの報告を受けましたので、自主回収を行っている次第でございまして……いやはや、まことに恥ずかしい限りでございます」

「なんと! それは使い物になりませんな、人間の皮だけを使うことで治癒の効力を発揮するのですから」

「その通りでございます。なので、商品を確認させていただけませんでしょうか? ロット番号が同じであれば回収の対象になるので……先ほどのお話を聞けば、あなたは勇者様のご様子。そのような方にこんな役に立たないものを持って行かせるなんてことは我々、慙愧の念に堪えませんので」

「そうですぞドワーフ様! 見てもらってはいかがですかな?」

「番号一覧はここにあります。三十秒もあれば確認できますよ?」

「ならば……頼むとしよう」

「お任せください」

 しれっと何食わぬ様子で商品を受け取る。

 おお! やっぱり俺のほしい絆創膏と一緒だ! これは絶対譲ってもらわないと!

 キャメルのつたない地図が書かれてあるメモと、商品の底にある何の番号か分からない数字を交互に見る。何の意味のない行動だけど適当に「ふんふん」と言って眉を潜めた。

「あちゃーこれは……勇者ドワーフ様」

「どうだ?」

「これは……」


 ニヤ


「回収の対象商品でございます」

 

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