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5.いでよ、門番!

「にしてもさ、すごい偶然だよね」

「ん、なにが?」

「さっきもちょっと言ったけど、月が出なくなって数日経つの。ほら、悪魔とか、さっきの狼人間さんとかは、月の力を自分の力に変えるから……いえば食事をしてるもんなんだよね。月光を浴びるのって」

「ふーん、植物が光合成してるようなもんか」

「そうそう!」

 ズズとコーヒーを一口。うん、苦上手い!

「で、数日浴びなかったらやっぱり元気なくなってきちゃうじゃない? 私たちも食事しなきゃ元気なくなる、あれと一緒! だから魔力増強剤を渡して、体力を回復してもらうの」

「ふーん、鉄分とか補うサプリメントみたいなもんか」

「そうそう! トモって頭いいね! すぐわかってくれる」

「まあキャメルの説明が分かりやすいからな」

「そう~?」

 へへ~と頭をかくが「でね」とキャメルは話を戻す。同時についたため息が、彼女のピンクの髪を僅かに揺らした。

「みんな素直に〝ください”って言えば、ついでにお金をくれれば遠慮なくあげるのに」

「こっそり盗んでいくのか!?」

「ううん、むしろ、」

 とキャメルが言いかけた、その時だった。


 ドーンッ!!


 大きな岩を三階からドコドコ落としたような轟音と、俺の短い髪でさえなびくような激しい突風が吹き荒れる。「ぎゃお!?」と理解不能な雄たけびを上げる俺とは反対に「ほら、こうやってね」と落ち着いているキャメル。その視線は、音がした方に向いている。

「おい、キャメル! これ! なに!!?」

「これが困ってること。素直に〝ください”って言ってくれればいいのに、ちなみに、盗むにしてもこっそり持っていけばいいのに……この辺に住む人って変にみんなプライド高いからさ、誰かに何かを頼むのがいやみたいで脅しをかけて奪っていくの」

「え!?」


 それただの強盗じゃん!!


「じゃ、じゃあ捕まえなきゃ! 店の利益になんねーだろ!」

「でももう慣れちゃって、半分諦めかけてる。説得しても聞いてくれないし」

 伏し目がちに笑うキャメルだが、俺がいいたいのはそういうことじゃない。

「じゃなくて!

 ここにいる薬も、患者のことを考えてお前が用意したもんだ!

 キャメル棚から作ったもんだって、お前が遠い地でとってきた材料でわざわざ作ったもんだ!

 それを横取りされちゃ、

 お前の努力が報われねーだろーが!!」

「トモ……」

「待ってろ!!」

 まだ砂埃がたつ中、黒い人影が見える。

 この気配は一人じゃない、数人だ。

「どれが魔力増強剤なんだ?」

「黒い瓶に入ってたとか聞きました、あ、これじゃないすか?」

「おお! 確かにこの瓶に触れると力が戻ってくる! これに違いない!!」

 ちっ! こいつら!

「そもそも店主(キャメル)と会話する気なんてねーじゃねーか!」

 和気あいあいとしているところ悪いが、それはキャメルのだ。

 どうしてもほしいのなら、キャメルに頭下げるんだな!

「おい、そこの!!」

 と言って俺は後悔した。勇み足だったが、足先はすぐに後ろを向く。イタイイタイ! 行動と意志が反しすぎてるグインってなってる!

 けれど怖気づくのも無理はないのだ。

 なぜなら、俺の目の前にいる人物たち――

 黒いマント、口から除く立派な牙、死んでいるのではないかと疑う程の血色の悪さ。

 もしかしなくてもこいつら、

「きゅ、吸血鬼?」

「なんだ貴様、うまくなさそうだが血を飲み干して皮だけにしてやろうか?」

「ひい!! 当たってた!!?」

 狼人間に吸血鬼って、本当になんでもありな世界だなここは!!

 キャメルに匹敵するぐらいおかしい水色の髪が、吸血鬼のてっぺんでフヨフヨと踊る。マントも、まだ突風の余韻でヒラリと翻る。ああ神様、俺が女子なら「一度は吸われたい」なんて思ってみたかもしれませんが、あいにく俺は男なので申し訳ないのですがこの状況を辞退させていただきたくーー

「こいつ、さっきから動きませんがまさか死んでます?」

「お前、耳垢でもつまってるのか? うるさい心音が嫌なくらい響いてくるだろうに。

 ん?

 そうか、その心臓から食せばいいのか! その後ゆっくり血を飲むとしよう。この魔力増強剤と合わせて飲むぞ。そうしたら、このあたり一帯のボスになれるかもしれない」

「ドラキュラで下っ端なの!?」

 まだボスと違うんかい!

 すげー強そうだったのにお前よりまだ上がいるんかい!!

 やっぱ異世界ってはんぱねーところだわ! 俺もうさっさと死んで意識ブラックアウトさせた方が楽かもしれない! ホラホラ吸血鬼も近寄ってきてるし涎も垂れてるし!!

「とんでもないとこにきたとんでもないとこにきたとんでも……!!

 死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 ああもう絶対ダメだ。

 俺、皮になるんだ。

 そうなったらキャメルに薬の材料にされそうだ……いいのが手に入ったー!とか言って小躍りする姿が目に浮かぶ……。

 しかしこの数秒後、事態は一転する。

「おい、下等生物ども」

 キャメルのこの一言によって――


「おい下等生物ども。その人をなんだと思って食おうとしてる?

 そもそも――ここをどこだと思い侵入し、それをなんだと思い盗もうとしている?

 今なら聞いてあげないこともないけど、今日はこれから長いんだ短めに頼むよ」

「……キャ、キャメル?」

「ねぇトモ。そう思わない?」

「その通りでございますともキャメル様!」

 据わった目、後ろから伸びてプラプラしてる二本の尻尾、吸血鬼に負けないくらいの牙を伸ばす口、溢れ出る殺気のオーラ――

 猫が逆立ったら、きっとこんな感じなんだろうなという淡い期待や想像は速やかに砕いていただきたい。だって目の前にいるのはキャメルでも、猫でも、動物でもない。

「さ、五秒あげるわ。それを置いて逃げるか、私の実験材料になるか――選びな下等生物」

 バケモンを殺すバケモノ。

 今のキャメルはそういったタグイのものだ。

「ひ!?」

 もちろん、一発は怯んだが一発で逃げるドラキュラではない。変にプライドが高いというのも、悲しいがどうやら事実のようだ。

「面白い、ならばお前から吸ってやろう」

 おいおい、よだれに交じって冷汗が流れているのが見えてるぞドラキュラ……。

「ほーう、この私に逆らうというの? じゃあ私もとっておきのものをあげようかしら」

 カチャと音がしたかと思えば、キャメルの指の間すべてに注射器がはまっていた。

「悪魔の魂とドラゴンの体液と血液を半々にしたものと人魚の涙とそれから――

 まあいいわ。

 どれを刺したって一発で死ぬんだから」

 ニッとほほ笑む笑みは俺に万能薬を渡してくれた時とはあまりにもかけ離れていて、キャメルか?キャメルなのか?と何度も確認してしまうほどだ。けれどやっぱり彼女は彼女でしかなく、

「あ、よく見ればその牙……修道院さんたちが悪魔退治にぜひって言ってた薬の材料にぴったり……!」

 と頬を紅潮させてうっとりしていた。やっぱり俺が死んでも薬の材料にされるのは間違いなさそうだ。

 するとようやく負けを認めたのか「ひいいいい!」と言いながら逃げ去っていくドラキュラたち。一方のキャメルはというと「これだからね~」といつもの調子に戻っていた。注射もどこへ仕舞ったのか、一本も見られない。

「お、お前、いつもああなのか?」

「うん、あんな感じ。でもなんとか盗難は免れてるんだ~」

「だろーね!!」

 あんなけ強ければね!!

「お前、強いなら最初からそう言えよ! 俺が出ていかなくてもよかったじゃん!」

「いやいやこれも一種の見極めだから~」

「は?」

「ほら、トモがいてくれたら心強いって言ったじゃん!

 こういうどうにもならない時に、っというか私がちょっと忙しくて手が離せない間に、ああいった奴らを見栄と建前で追い返してくれる――いわば薬局の門番がほしかったの!

 けど小心者だったらそもそも立ち向かっていかないじゃない? 意味ないじゃない?

 だから、その、ごめん!


 試しちゃった★」


「試しちゃったって……」

 あれがいつもの俺だと思われても困るんですけど!!

 今回は異世界に来たばかりでちょっとがんばっちゃっただけなんだって!

 いつもの俺はこんなんじゃないんだって!!

「でもやっぱりトモはすごいよ!

 私、ますます惚れ込んじゃった!」

「は!? 惚れ!?」

「これからよろしくね、門番さん!

 私と一緒にたくさんの患者を救っていこうね!」

「な、え、ちょ!」

「さ、じゃあ家直すよ~薬は守れても家ばかり守りきれないからね~」

 トントンと日曜大工さながらに家を戻していくキャメルに、俺は何も言えない。

 しかし思うことはただ一つ。

 俺、こんな可愛い子に試されたの?

「あの~キャメルさん、俺ってすごいいいように扱われてない?

 もしくはそう扱う予定じゃない?」

「そんなことないよ~」

 かわいい笑顔に隠された本心。それは大工をしながら要所要所にあらわれるのだが、もう割愛しておこう。

「ほら、次の患者さん来るから急いで!」

「お前の弛緩剤のせいでまだ生まれたっての小鹿なんだよ!!」

 そのあと俺たちは、ドラキュラたちの腹いせの的にされたと泣くスライムたちの応急手当に追われることになる――ことをまだ知らないのだった。

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