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4.お菓子の家

「キャメルってさ、ヘンゼルとグレーテルの話知ってんのか?」

「藪から棒になぁに? もちろん知ってるよ!」

「へぇ~どんな話?」

「えっと、道に迷った子ども二人がお菓子の家に行くと実はそこの魔女の家で、危うく魔女に食べられそうになるって話だったかな?」

「まぁそんな感じ」

「その話がなに?」

「いや、よく似てるなって思ってさ」

「なにが?」

「えっと……」

 俺が目を泳がせるのも無理はない。なぜなら「着いたよ私の薬局兼家!」とキャメルに案内され目にしたのが、これでもかと言わんばかりの子ども向けの可愛らしい家で、それこそ、お菓子の家と言うならここしかない!と誰もが言うくらいには派手なモチーフにしてあったのだ。

「このお菓子……なんだ、ドーナツ?」

「に見えるけど木だだよ! 大体木造だもん」

「この棒付きキャンディーみたいなものは傘?」

「は外に置かないよ!

 それはポスト! キャンディーところに少し穴が開いてるでしょ?」

「あぁ、なるほど……じゃあ実際は食べるわけじゃないんだな?」

「家を食べてどうするの~」

 フフと笑うキャメルだったが、ふと真顔で俺を見て、


「まさか疑ってる?」の一言。


「う!」

 はいそうです、というのもいくばくか心苦しくて「いや」とか「まぁ」とか曖昧な言葉で逃げていく。けれどキャメルはお見通しのようで「トモは私が魔女に見えるんだね」と溜息をついた。

「いやだって、俺まだここの土地に馴染めてないから先入観というか何というか……すまん」

「別にいいよ~旅人に不安はつきものだもんね」

「(旅人?)」

 どうやらキャメルの中で俺こと医田友は旅人のカテゴリーに入っているらしい。

「でも例え魔法使いだとしても、私は子供を食べるような悪い魔法使いじゃないよ!」

「へぇ、どんな魔法使いなんだ?

 何でも猫に変えてしまうとか?」

「それいいねぇ!」

「え!」

 自分を含め、どうやら猫のことは好きらしい。

「けど、違うよ~」

 キャメルは一歩進む。そしてクッキーの形をしたドアノブを引き、俺を中へ促す。

「私が魔法使いだとしたら、それは子供を食べるなんてことはしない。

 むしろ、

 怪我や病気の人を薬で治す、優しくて誰にでも好かれる魔法使いなんだよ!」

 そして足を進め、家の中へ――

「うわ、すっげ……!」

 家の中に入って驚いた。

 一目見ただけで言葉が出なくなった。

 お菓子の家は、家の中もビックリなもので溢れていたのだ。

 まず目に飛び込んでくるのは、鉛筆が十本くらいしか入らなさそうなペンケース並の小さい棚が、部屋の端から端まで、その数ざっと見ただけで千を超える程に多く並んでいる光景。

 中身とて空ではない。色とりどりの錠剤やカプセルやら、子どもが嫌いそうな粉や何に使うか分からないスマホくらいの器具が入っている。

「すっげー量!

 お前、これ全部分かんの?」

「分からなきゃ薬剤師なんて言えないよ!

 でもまだ驚かないで?

 はい、ポチっとな!」

 部屋の電気スイッチの下に、なにやらボタンがある。キャメルがそこを押すと、今までなかった新たな棚が上から姿を現した。

 その棚は金具でガッチリ固定されており、棚が降りてきたからといって床までつくことはなく、キャメルの手が届く中途半端な位置でピタッと止まった。途端、少しだけ鼻をつくような匂いがする。

「ん? なんの臭いだ、これ……あ、なんかうちの親が便秘だからってよく飲んでた漢方の臭い……」

「おお! 中らずと雖も遠からず!!

 これはね、さっき私が採取してた薬草やら、目玉とか、羽とか――貴重品のもの!

 私が独自に薬を作る時は主にこの棚から材料をとって調合するんだよ!」

「調合ったって……」

 上から出てきた棚は最初に見た棚よりも数が少ないけど、それでも優に五百はある。その中から調合するって、一体何通りの薬を作ってるんだ?

「ってか、自ら調合して、すぐ患者に渡してもいいのか? なんか許可がいるとかいらないとか……の前に、お前の薬って一つでも完成してんのか?」

「え!?」

 少し失礼なこと聞いたかと思ったが、予想に反してキャメルは落ち着いているというか、いや、変に落ち着いているというか?

「まさかお前、まだ薬を完成出来てないんじゃ――」

「ななな、んなことないよー!

 何言ってんの!」

「だよな」

「これからだよ!」

「さらっと本音いいやがった!」

 一つも完成してないのに材料だけこんなに数が膨らんだのかよ!

「でも万能薬なら出来てるよ!」

「万能薬? なんだ出来てるんじゃ、」

「別名、悪魔ラムの酢漬けとも言うけど」

「それって最初俺に飲ませた薬じゃねーか! ってラムってなんだよ!?」

「悪魔! ラム酒っておいしいでしょ? 少しでも苦味がなくなるようにラムって呼んでるの!」

「驚きの悪魔の存在感の無さ!」

「ともあれ、トモが私の薬の患者第一号だよー!」

「俺で試すんじゃねーよ!」

 ってか悪魔って!!

 上から出てきた棚(もうキャメル棚でいいや)は全体的に暗い色してるけど、まさか悪魔の四肢がバラバラになって入ってるとかそんなんじゃないよな!?

「なんか棚から角はみ出してるけど?」

「あれは角じゃない~尻尾!」

「もいでる!?」

「まぁまぁ。

 で、改めまして!

 ここが私の薬局。家でもあるけど、ほとんどここにいるの。寝たりするのも、ここが多いかな」

「開発しながら?」

「えへへ、つい寝ちゃう〜」

 顔を赤らめて頭をかく仕草をするキャメル。そのキャラのせいから耳のせいか、責める気は全く起きない。

「今週までに一つでも新しい薬作りたかったんだけどな」

「……まったく」

 スンスンと泣くような素振りをみせるものだから、これまた責める気が起きない。第一、こいつの親でも上司でもないんだから、そもそも俺が責めることは筋違いなのだけど。

「俺がいる間は、キャメルが寝てたら尻叩いて起こしてやるよ」

 しまった、セクハラ発言かな?

「ほんと!?」

 よかった、心配なかった。

 こいつがバカで良かった。

「ほんとほんと。だからその〜早くキャメル棚戻してくんね? ちょっとにおいにあてられそうだわ」

「キャメル棚? あ〜うん、わかったこれね」

 ポチッとボタンを押すと、ウィーンと静かな音を立ててキャメル棚は天井に戻っていく。よかった、後は綿菓子みたいなカーテンを退けて窓を開けるだけだ。

「はい、トモ」

「いいにおい、コーヒー淹れてくれたのか?」

「うん、初めましてとこれからよろしくの意味を込めて」

「ありがと。じゃ――」

「うん!」


「「乾杯!!」」


 キンとマグカップが触れ合う音は、この小さな薬局の中を小刻みに木霊している。マグを覗くと、水面がこれまた小さく波打っている。

「俺、生きてんだな……」

 そういった物を見て、改めて俺は俺が生きていることを実感する。一度死んだ俺は、こうやってまた命を取り戻している。

「ズズッ……うん、うまい」

 この先何があるか分からないけど、まぁ、こんな第二の人生も悪くない。

「おいしーい! 砂糖砂糖!」

「うげ、まだ入れるのかよ……」

「疲れがとれるもーん」

 俺が何のためにこの世界にきたかは分からないけど、少しの間、キャメルのお世話になろう。ってかそれしかできないし……。

「しばらくお世話になりま、ん?」

「どうしたの?」

「なぁ、これ普通のコーヒーだよな? 人魚のなんちゃらとかは入ってないよな?」

「あ〜ばれた?

 人魚はいれてないけど、トモなんだか緊張してるようだったから、筋肉弛緩剤をチョロっとね! どう、効いた?」

「効いたもなにも!」

 膝に力が入んないんですけど!

「また私の薬成功かも〜トモのおかげだね!」

「一言断りいれてからにしろー!」

 どうやらこのキャメル、見た目に反して一筋縄ではいかないらしい。

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