2.はじめまして、キャメル
「少しは落ち着いた?」
「えぇ、まぁ……」
「その感じだと、完璧な二日酔いだねぇ。とりあえず悪魔の酢漬け飲ませといたけど、効いたかな?」
「ラ、え? なにがなに?」
「あぁ~大丈夫! 効いたみたいだね良かった良かった! さすがは万能薬!」
「はぁ」
と、さっきから腑に落ちない返事をしているのは俺こと、医田友だ。そして、先ほど水……らしきものをくれたのは、目の前にいる白衣を着た女子。女性、ではない。女子だ。
「失礼ですが、おいくつで?」
「ん? 二十二だよ!」
「(俺より二つ上!?)」
ピンクの肩まである髪、なんかフワフワした赤色ワンピースの上に来ている白衣……突拍子もない格好と言うか、どういう意味合いで来ているのかは分からないけれど、頭から生やしている物を見れば、この子が人間ではないことが分かる。
「失礼ですが、何人ですか?」
「ん? 猫科ニンゲンだよ!」
「(猫科ニンゲン!!?)」
どっちだよ!!
ということは、もう聞くだけ野暮なのだろう。けど、その子の頭から生えている黒い猫耳を見れば、この子は嘘はついていないかもしれない……というよりも、本当のことを言っている確率の方が高い。
「変なとこに来ちゃったなぁ」
そう呟かざるを得ない。
けれど、地獄耳か、はたまたたんに聞こえただけか、「もしかして暇なの?行くあてない?」とプライベートに土足で踏み込んできた。コソコソ言われるのも嫌だけど、堂々とされすぎるのも結構ツライ。
「知らない間にここに来てた、あと、行くところはない」
「そうなの? じゃあ、一緒に来る?」
コロコロと表情を変え、大きな目を常にキラキラさせて、女の子は聞いてくる。
「ふむ……」
猫科なんていうから怖気づいたけど、この可愛さでこの人懐こさ――悪くない。むしろ、いい!
こんな素直そうで可愛い感じの子は大学にはいなかったし――というかこんな奇抜な髪は誰もいない――こんな底辺の俺に気やすく話しかけてくれる子もいなかった。
「(実はこの子、天使なんじゃないか!?)」
白衣着てるし!
「あの?」
「え、あ! ごめん、ぼーっとしてた。
行ってもいいのか? 俺、その、一応、男だけど」
遠慮がちに言ったが、その子は何も気にしていないと言う風に「見たら分かるよ~」と両手を叩いて面白がった。あ~なんか、変に可愛いなこの子。
「じゃあ、その、ついて行っても、いい?」
「いいよ! まだ調子悪そうだし、私の家でゆっくりして行ってよ~」
ピョンピョンと跳ねる姿が実に可愛らしい。
「元気で非常によろしい」という俺の言葉にも
「おほめに預かり光栄です」と返してくれるし、俺のセカンドライフが、順調すぎるくらい順調に進んでいっている!
「私、ガダルガ・ピュー・ワトソニック・キャメル! ピューでもワトソニンでも、キャメルでも、好きなように呼んで! でもガダルガだけはダメだからね!」
「え!? ちょっと待って今の名前!?」
「うん、あなたにもあるでしょ~?」
「あるけど明らかに文字量が違った!」
「いいから~ほら、名前名前」
「い、医田友!」
「イダテン?」
「違うから!」
可愛い顔してコイツ、わざとか!?
「まぁ、友って呼んでよ。俺は、その……えっと、ごめんなんだっけ? ガダル?」
「キャメル!!!!」
「キャ、キャメル! ちゃんって呼ぶから!」
震えあがる俺に「キャメルでいいよ~」とキャメルちゃん。恐ろしく寒気を覚えたので、大人しくその通りにする。
「で、キャメル……は、どうしてこんな草原にいたんだ?」
「薬草をとりに! この辺は人も動物も少ないから、新種の薬草がたんまりあるんだよ~! 今日だって見て! ほら!」
と、両手で重そうに持っている籠を見せてくれる。見ると確かに、現代ではあまり見ないような草ばかりだ。
「で、この薬草どうするんだ?」
ヒョイと籠を持つとキャメルは「ありがと」とはにかんだ。どこか嬉しそうなその顔に、俺の顔もだらしなく緩む。
「薬局に色んな人が来てね、その人たちに適切な薬をあげたくて。あ、もちろん、薬はもういろいろおいてるんだよ? でも、私にしか出来ない薬を作って、それで皆が元気になってくれたら嬉しいなって、そう思って毎日新しい薬を開発してるの!」
「へ~頑張ってるんだなって、家は薬局経営してるのか?」
「うん! 私が作ったの!」
「キャメルが!?」
「そう私が!」
お、おっかねー! 二十二歳で企業とか、すごいな! 俺みたいにのらりくらい、その日暮らしをしていた奴とは大きな違いだ……。少し肩の身が狭くなって、キャメルから一歩外に動く。さして気にしなかったキャメルは「でも良かったー」と話を続けた。
「良かったって、なにが?」
「ずっと私一人だったから、何かと心細くて……でも今日からはトモがいてくれるんだよね! 嬉しい!」
「え! あ~うん、そう、だな?」
「えへへ~!」
いつまでいられるか分からないけど、と言う言葉は飲み込んで、取りあえず嬉しそうなキャメルを見る。話の中で家族の話題が出ていないと言うことは、キャメルは本当に家で一人で住んでいるようだ。それは本当に寂しことだと思う。
「俺ら男子なんかはせいせいすることばかりだけどな~一人暮らしって。でも、女の子は違うもんな」
「そうだよ~何かと不安なの。だから、心強いの」
ふふとまた嬉しそうに笑うキャメルを一瞥。
白衣の下の、その下のワンピースの下の、その下に隠されている、男の憧れ――
「家に一人、かぁ~」
両方の口角が上がっていったのを、俺を含めすれ違う異世界人皆が気味悪そうに見たのだった。