1.こんにちは異世界!
「あれ、ここ……」
気が付けば異世界、
なんてのは小説の中だけと思っていた。
現実でそんなことは有り得ないと思っていたし、これからもありうることではないと思っていた。
けど、一面の草原。
澄んだ空気に、青い空、不均等に並んだ美しいグラデーションの雲、ときおり吹く風に交じった花の香り――それらを五感で体感した時、ここは日本ではないと断定出来たばかりではなく、地球でもないと断言出来た。それほどに、目の前に広がる風景は非日常だったんだ。
「確か、俺」
何してたっけ。
そうそう、みんなが二十歳の誕生日パーティしてくれてて、盛り上がって、でも次の日試験だからて、明け方解散したんだった。で、その帰宅途中に、俺は車に轢かれた。
「あー轢く!」
と聞いた声が最後だった。むなしすぎる。
「医田友、二十歳、大学生。
第一の人生を終えて、第二の人生”異世界”を開始しまーす、か。どこの小説だよ」
言いながら、周りを見渡す。
けれど変わったところは何もなく、ただ一面広い草原が広がっているだけだ。さっきはあんなに綺麗に見えた雲も太陽も、今では自分を見下して笑っているように見える。
「どうせ」
変な人生を歩いてきたよ、今までも――
と悲観に暮れるけれど、でも、実際その通りだ。
大学生こそなったけど、それこそ底辺の大学で、名前さえ書けば通るという汚名を掲げている――そういう意味では有名――無名大学。もっと高みを目指せば良かったけど、生まれた時から勉強や嫌いだったからこそ、ろくな勉強もせずにいつも赤点だった。言ってみれば誰かから何かを学ぶということが嫌いだったのかもしれない。
「もっと勉強しときゃ違ったのかもな……う!!」
なんだこれ、気持ち悪い!
なんか、吐きそう!
つーか吐く!!
「あ、そっか酒!!」
勉強は嫌いでも、酒とたばこは二十歳からということだけは知っていた。というか、律儀にそれを守っていた。だからこそ、昨日、二十になった時に酒を解禁し、浴びる様に飲んだんだ。そういや友達が、鯨飲馬食だっつってたな。どういう意味だ、そりゃ?
「っつか、無理、気持ち悪いいイ~……」
顔が真っ青になったのが自分でもよく分かる。あぁそうだよ、二日酔いだよ!
が、後悔してももう遅い。
――もう、だめ……っ!
そう思った時だった。
「これを飲んで」
後ろから伸びてきた手。
その手に持たれているコップ。
透明のようなそれは恐らく水で、
それは今の俺にとってまさしく命の水だった。
「いただき、ますっ」
ゴクンゴクンと、水が俺の体に命を吹き込んでくれているようだ。ひんやりと気持ちいいのもあるが、強烈な気持ち悪さが緩やかに引いていく。
「ありが、」
「ああ、まだ動かないで。そのまま」
「……あぁ、分かった」
男たるもの、こんな格好悪い姿見せてなるものか!と思ったが、声に静止されて素直に応じる。別に有無を言わさない声色てわけでもないんだけど、その優しい言い方が逆なでする気持ちを押さえてくれる。
――なんか、気持ちいい
今の心境を一言で表すと、それに尽きる。
俺は落ち着くまで、その見知らぬ声に背中を預けていたのだった。