彼女の選択、ハッピーバースディ
わんばんこ!螢名です。
亡霊×少年少女第九話、どうぞですぅ~(k゜∀゜)ノ♪
亡霊×少年少女 第九話『彼女の選択』『ハッピーバースディ』
『彼女の選択』
二〇〇八年九月二十九日、台風一過の快晴。
もうすぐ十月になるというのにもかかわらず、ものすごく暑い。神奈川県横浜市立二俣川第二中学校に通う三年生の河本宝は、そんな暑さにも負けずに部活動に励んでいた。もう三年生は受験を控えた引退の時期だが、宝はOGとしてちょいちょい顔を出している。推薦入試で夏休み中にパスした宝は、みんなが焦っているなか大好きな柔道に励んでいる。
「一本!!」
「ありがとうございました!!」
「河本先輩つよーい」
「そんなことないよ、まだまだ!」
「またまたー、全国大会五連覇の最強美少女がなに言ってんですか」
「う、うぅ……」
柔道は好きだが、その肩書きは好きじゃない。可愛くないからだ。どうせなら可愛い肩書きが欲しかった。
「それはそうと、どうなんですか?先輩とは」
「な、なにもないよー!」
その《先輩》は現在高校一年生で、有名私立の久木学園に通っている。一緒に住んではいるものの、彼は忙しくてなかなか話せなくなった。特に夏休みに入ってからは。
「でもいいじゃないですか、宝先輩も久木学園の推薦決まったし」
「あ、あはは……うん」
そう、宝は彼らに内緒で、久木学園のとある科を受験した。内緒なのは驚かせたいからと、受験したって言ったら心配症な義兄が絶対に怒って反対するからだ。その学科の名は……
《霊子科学科霊障士専攻》。
「ただいまー」
「おかえり、宝ちゃん」
母の明日香がエプロン姿で出迎えてくれた。
「おかえり、宝姉」
「おかえりー!!」
「「「「「「「りー!!」」」」」」」
施設の子供たち……宝にとっては妹や弟のような存在の彼らも、当たり前のように出迎えてくれる。
「あはは、ただいま」
笑顔で受けて、『自分の部屋』へと向かう。河本家は別の場所にあり、宝の部屋も義兄の部屋もそこにあるが、兄妹揃ってこの児童養護施設『ひなぎく園』の建物内に住むことを望み、両親も了承してくれている。
荷物を置いて、宝はキッチンに向かった。
「お母さん、なにか手伝うことは?」
「あら、いいわよ宝ちゃん。お母さんがやるから。それに……宝ちゃんがやると危ないもの」
「わ、わたしだってもうちょっとで十五歳だもん!できるよ!」
「ただいまー」
「ただいまっ!」
「いち兄とりょう兄が帰ってきたー!」
「おかえりーっ」
「ほら、宝ちゃん。一覇くんと椋汰くんを迎えてあげて」
「うぅ……はーい」
宝はぱたぱたと足音を立てて、廊下を走り去ると広い玄関ホールに向かった。そこには、二人の男の子が黒を基調にした夏の制服を着て、靴を脱いでいた。
天然の長めな金髪に青い瞳が印象的な、顔立ちの整った少年は、河本一覇。宝の義兄だ。勉強もできて顔もいい、学校一の人気者だ。
そして金に染めた短髪に童顔の、背が高くて筋肉質な男の子は三島椋汰。宝の幼なじみ。で、好きな人。ちょっとおっちょこちょいな面もあるが、優しくて特に後輩に人気のある人望厚い少年だ。中学を卒業した今でも、後輩の話題の種だ。
こんな二人と一緒に住んでいることで、羨ましがられたり憎まれたりすることがある。それが当たり前の中で、宝は過ごしてきた。
「おかえり、一覇、りょうちゃん!」
「ただいま、宝」
「ただいまー!」
宝は、二人を本当の兄のように慕っている反面、どこかドキドキしている。特に一覇は、およそ二年前までは宝よりも小さくて可愛かったのに、今や立派な男である。最近特に、兄が違う男の子に見えてドキドキしている。
————だめ。一覇は兄で、わたしは妹。それにわたしは、りょうちゃんのことが好きなんだから。
「宝、顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「ひゃうっ」
一覇の額が宝の額に触れて、一覇の吐息が顔にかかる。
「なんだよ、ヘンな声出して……うーん、熱はないみたいだな。受験生なんだから、気をつけろよ」
そう言って、一覇は自分の部屋に入っていった。
これは年相応の、兄という一番身近な異性に対する反応なのだろうか。心の奥で、違うと叫んでいる自分に戸惑う。じゃあなんなの?この気持ちは、いったいなんなの……?
「そういえば宝、お前受験はどうなんだ?」
夕飯の時間、一覇はまるで父親のように宝に訊いた。ハンバーグを含んだ口が自然と吹き出す。
「な、なんで……?」
一覇はキッチンから台布巾をとってきて、宝の周囲を拭く。
「いや……そろそろ決まってないとヤバイんじゃないかなーって。ほ、ほら、兄として心配してるんだよ!」
実は母には、父にも一覇にも秘密にしておいてくれと頼んでいた。父の八尋も兄も霊障士なので、現場の苦労は知っている。そしてその苦労は、家族には味わって欲しくないと思う親心、兄心なのだ。
しかしそこまで言われてしまうと、もう話さざるを得ないと感じる。母と顔を見合わせて、話すと決める。
「じ、実はね一覇……もう、決まってるの。推薦で」
「推薦!?すごいな……どこなんだ?まさか翠嵐?」
「ち、違うの!その……久木……」
「へぇ久木。運動科?」
「……霊子科……」
「霊子工学専攻か?そんなわけないよな。お前不器用だし思いっきり文系だし」
「うん……その、霊障士専攻なの……っ!」
ぴたり、と一覇の箸を持つ手が止まった。恐る恐る一覇を見ると、彼はトマトを見つめたまま動かない。
「い、一覇……?」
しーんと静まり返る食卓。その沈黙に耐えきれなくなり、宝は声をあげた。
「お、お兄ちゃん……?」
「お兄ちゃんって呼ぶな!!」
トマトが潰れる音がする。いつからだろうか、一覇は『お兄ちゃん』と呼ばせてくれなくなった。『お兄ちゃん』と呼ぶ度に怒られてきた。
一覇は我に返って咳払いをすると、目を逸らしたまま言った。
「と、とにかく。霊障士専攻はだめだ。今からでも間に合う、普通科か運動科を受験しなさい」
「どうしてだめなの!?危ないから?やらせたくないから?」
「……そうだ。霊障士は危ない。死ぬかもしれないんだ」
「一覇だってやってるじゃない!それに……りょうちゃんだって転科したんだし」
「……お前、椋汰が目的だろ」
一覇に言い当てられて、顔がかぁっと熱くなる。その通りだったからだ。
夏休み前まで、霊障士専攻受験の話は来ていたがさして興味はなかった。久木学園を受けるつもりではいたが、当然のように普通科の推薦入試枠に収まろうとしていた。だが、椋汰が霊障士専攻に転科すると聴いて、ここで自分の能力を発揮しないでどうする、と心の奥の自分が叫んだ。椋汰と一緒の学校に通って、近くで椋汰のことを感じていたい。そのためなら、なんだってする。
「そんな浮ついた気持ちで、霊障士なんかできない。今のうちにやめろ」
一覇の言うことはもっともだ。そんな軽い気持ちでなっちゃいけない。命を扱う仕事なんだ。相応の覚悟を持たないといけない。
「……わかった……普通科にする」
「わかればいいよ。明日香さんもいい?」
「お母さんは宝ちゃんの望むとおりでいいわ。宝ちゃんが納得して進める道でいいのよ」
「勉強は見てやる。オレが言い出したことだからな、責任持つよ」
そう言って、一覇は食事を再開した。味噌汁を飲む兄を、宝はただ見ていることすらもできなかった。
「……ごちそうさま」
「宝ちゃん……!」
母の声が聴こえたが、振り返る余裕もない。部屋に閉じこもり、一人で泣いた。
みんながお風呂に入り終わった頃、宝は一人でこっそり入って、髪も乾かさずに寝た。翌日、天然パーマがひどかった。
十月一日。
「お兄ちゃん、勉強教えて欲しいなぁ」
「…………」
一覇の部屋に突撃して、嫌がらせ半分で勉強道具を持ってきた。もう知らない、こんなお兄ちゃん。テスト期間とか言ってたけど、気にしない。わざと。
「……どれ?」
あれ、素直に教えてくれるの?おかしい、いつもなら「こっちだって勉強中だよ!」とか言って追い出すはずだけど……。一覇の机に広がっているのは確かに教科書とノートなので、テスト勉強していたと思われる。まぁこの出来のいい兄のことだから、勉強しなくても簡単に一位をとってくる。いいや、どんどん邪魔してやれ。
「え、と……こことここ」
「問一はこっちの公式を使うんだよ」
「あ、なるほどー。こっちは?」
「えーと……教科書貸してみ。……あった。これ、この公式を使う」
「へぇ、全然わかんなかった!すごいねいち……お兄ちゃん」
なにを素直に教えてもらっているのだ、嫌がらせをするのだろう。思い出して付け足したが、一覇は
「机持ってこい、オレも宿題するから」
「うん……」
全然効いてない。いつもならこの間みたいに怒りだすはずなのだけど……。
————おかしいな……怒らせる予定だったんだけど。
どうして一覇は、今日に限って大人しいのだろうか。納戸で机を探しつつ考えるが、理由が見当たらない。机を見つけて運ぼうとするが、なかなか重くて運び出せない。力には自信がある方だったのだけど。
「それ出すの?」
「りょ、りょうちゃん!」
アイスと携帯ゲーム機を持って、椋汰が納戸に顔を出してきた。椋汰は手に持っているものを廊下の隅に置いて、机に手を伸ばす。それを慌てて宝が止めた。
「い、いいよ!一覇にやらせるから!」
「え?でも一覇今、キッチンで夜食作ってたよ?」
「いいの!一覇が言い出したことなんだから、やらせるの!一覇ーっ」
キッチンに向かうと、母しかいなかった。
「あら、一覇くんならホットケーキとココア作ってお部屋に行ったわよ」
「……ホットケーキ……」
————あぁそうか……
「宝ちゃんの大好物よね、ホットケーキ」
————一覇はちゃんとした理由があって、わたしのことを心配して、止めてくれたんだよね。わたしの気持ちもわかってくれてるから、だからわたしが怒ってるときも、怒られてたんだよね。なのに……わたしはわたしの気持ちばかりだった。
宝は慌てて一覇の部屋に向かった。部屋のドアを開けると、ふんわりとホットケーキとココアの香りとともに、一覇がぶっきらぼうな顔をして出迎えた。
「おう、机は椋汰が持ってきてくれたよ。夜食作ったからとっとと始め」
「一覇!!わたし……わたしね……」
一覇はなにも言わず、ただ黙って聴いている。今なら冷静に、話ができるかもしれない……自分の気持ちを話して、一覇に理解してもらおう。そう思った矢先だった。一覇の携帯電話がバイブレーションを鳴らす。
「ちょっとごめん」
そう断って、一覇は電話に出る。
「はい河本……はい、はい。わかりました、すぐ現場に向かいます」
一覇は携帯電話を折りたたむと、黒い革製のホルスターに入った霊障武具基盤二つを持って立ち上がる。
「ごめん宝。オレ、仕事が入ったから行かなきゃ」
「仕事って、霊障士の……?」
「うん。この周辺に鬼魔が出たって話だから、外に出ないようにな。なにかあったらオレに連絡して」
「わ……わたしも行っていい!?」
施設のみんなに事情を説明して、宝は一覇と外に出た。一覇はてっきり反対するかと思ったが、案外すんなりと宝を受け入れてくれた。しかし、一覇は周囲を警戒していて話しかけてくれない。
一覇が宝がついて行くのを許可した理由を考えた。きっと、現場の厳しさと危険性を実感させて、釘を刺そうって魂胆だ。きっとそうに違いない。そりゃあ宝だって現場の厳しさを知ろうと思って申し出たことだ。だからって、簡単には引きたくない。一覇の口から、正当な理由を訊きたい。
「あの……一覇」
「言っておくけど。オレだってお前を守りきる自信はない。最低限、自分の身は自分で守れよ。いいな?」
「な、なによ……それくらいわかってますーっ」
意地を張って訊けなかった。まぁ仕方ない、終わったら訊こう。そう胸に決めて、宝は周囲に神経を集中させた。
日も短くなり、同時に少し寒くなった。今は午後十一時。人々は寝静まり、街は静かだ。なんだか……
————怖い……。
ふいに一覇の服の袖を掴み、心細さを解消しようとする。服を掴まれて少し驚いた様子の一覇だが、すぐに視線を外す。周囲の索敵を再開した。
「うーん、この辺にはいないみたいだな……」
十分くらい経って、一覇は移動を提案した。宝が賛成して、二人はゆっくりと移動する。商店街の方まで来たところで、一覇は止まり、霊障武具基盤を構えた。
「具現せ、《月代》!!」
音声コマンドで一覇の左手に収まった霊障武具基盤がライムグリーンに輝き、やがてハンドガンの形になる。一覇はその銃を暗がりに向かって撃つ。
ドンドンッ。
すると素早く動く小さな影があった。月明かりに照らされた、その影の正体は……
「ふんふんっ」
「う、うさぎ……!?」
薄いピンク色の体毛で、赤い瞳の兎だった。兎はふんふんにおいを嗅ぎながら狙いを定めて、一覇たちに襲いかかる。一覇はそれに照準を当てて、撃とうとする。しかし。
『こわい……』
「えっ!?」
「どうしたんだ、宝!?」
声が聴こえた。なにかの、声。それはひどく怯えていて、幼い声だった。
兎は一覇に向かってくる。
「くそっ……」
『こわいよ……っ』
また聴こえた。もしかしてこれは……
————うさぎの声!?
「待って一覇!!撃たないであげて!!」
「は!?お、おい宝……」
宝は兎の鬼魔に近づき、その震える小さな体をそっと支えた。
「もう……大丈夫だよ」
『!?』
「あの声は、やっぱりあなただったの……?」
『ぼくの声……聴こえるの……?』
宝は頷いて、兎の頭をそっと撫でた。温かい。兎を抱いて、気がついた。この兎は、足に怪我をしている。
「おい宝……どういうことだよ?」
「このうさぎさんは、人間に追われて怪我して、怖くて暴れてただけだよ」
兎の代わりに説明して、宝はポケットからハンカチを取り出す。傷口をハンカチで少し圧迫して、血液を止める。
「手当てしてあげたいけど……鬼魔って普通に手当てできるの?」
「え、えーと……待てよ、今、専門家に訊いてみるから……」
そう言って一覇は携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた。しばらく待つと、一覇が答えた。
「低級の鬼魔は専門の道具でしか手当てできないって。今から行くって伝えたけど、お前は」
「行くっ!!!」
時刻は夜十一時三十分過ぎ。一覇と一緒に電車に乗り、横浜駅まで行く。そこから曲がりくねった道を徒歩五分……《霊障武具専門•とぐろ》という小さく怪しげな店に着いた。
一覇はためらいなくドアを引く。もももも……という謎の音を響かせて、ドアが開いた。
「アルカさん、一覇です」
店に入って、一覇はアルカという人物を呼んだ。するとぎし、という椅子の音が響いてなにかピンクの物体が一覇の胸元に飛び込んだ。
「一覇坊やぁぁぁぁぁぁ会いたかったぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
ピンク色の髪に緑の瞳をたたえたTシャツ短パンの女性は、一覇の胸に顔をこすりつけて泣いている。
「何ヶ月放置プレイするんだよぅ一覇坊やはぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「人聞きの悪いこと言わないでください!今日は妹も一緒なんです!」
「ほうほうわたしの義妹ね」
「誰の義妹だ!!」
「はじめまして。ここの店主の一ノ瀬アルカ、二十五歳だよ」
「は、はじめまして!一覇の妹の河本宝ですっ」
アルカに差し出された手を、宝は握った。アルカはそっと握り返して、にこりと微笑む。それからアルカは宝の胸元に抱かれた兎を見て
「その子がそう?」
「あぁ、アルカさん。頼む」
「イエッサー旦那」
宝から兎を預かって、用意していた台に載せる。宝のハンカチを外して、傷口を仔細に見てアルカは言った。
「うーん、キミ、使い魔だね?残念だけど、このままじゃ回復しないよ」
「どういうことだよ!?」
「使い魔はね、主人の霊子で生きてるのよ。この子には主人がいない。主人がいなけりゃ、傷を回復させる霊子が得られない。誰かがこの子の主人になる必要があるの」
その言葉を訊いて、宝はいてもたってもいられなくなった。椅子から立ち上がり、叫んでいた。
「わたしが……わたしがなります!!だから、この子を助けてください!!」
アルカはしばらく黙り、やがて一覇に問いかける。
「宝ちゃんは霊障士?霊障士じゃないと、使い魔の携行は認められないよ」
そう言われて、宝はさっきまでの『この子を助けなくちゃ!!』という勢いをなくした。
「わたしは……」
————霊障士になれません。
「いや、宝は来年久木の霊障士専攻に入学するんだ」
————え?一覇、今なんて?
「うーんそっか。そういうことなら、わたしも黙っておくけど……」
「だってさ。宝、アルカさんにこいつを使い魔にする方法、教えてもらえ」
一覇は、なんでもなかったかのように振る舞っている。しかし、宝の耳には一覇の言葉が離れない。
「一覇……いま……」
「なんだよ、早くしろよ。こいつ死んじゃうぞ?」
「な、なんでもない!」
宝は駆け寄って、アルカから兎の子を使い魔にする術を習った。
術といっても簡単な儀式だった。ただ使い魔に自分の名前を覚えさせて、名前を与える。そうすることで、使い魔本来の姿が出せる。
「おいで、月夜!」
宝によって『月夜』と名付けられた使い魔の鬼魔は、兎の耳に尻尾を持つ薄ピンクの髪の少年の姿をとった。
「宝!」
月夜と宝は店の外で抱き合う。
「よかったな、宝、月夜」
「一覇のおかげだよ……ありがとう」
「や、オレはなんも……銃撃しちゃったし」
「そうだぞ一覇、月夜に謝れ」
ぴき。
「月夜くーん……ちょっと調子に乗りすぎじゃないかなぁ?お兄さん怒っちゃうぞー……?」
「気安く月夜の名前を呼ぶな!」
ぴきぴき。
「このクソガキ!やっぱ撃ちゃあよかった!!」
「月夜の速さに勝てなかったくせに!それに月夜は二百年生きているんだぞ!一覇のがクソガキだ!」
「クソジジイじゃん!ガキの皮を被ったクソジジイじゃん!」
「もうっ喧嘩しないの!……そ、それより一覇」
「あん?」
宝は手に力を込めて、思い切って尋ねた。
「いいの?わたし……霊障士になっても……」
すると一覇は宝の頭をくしゃっと撫でる。
「ばーか、二度も言わすな」
月の下で照らされた金髪がキラキラと輝き、青い瞳が月の光を優しく受ける。その顔はとても穏やかで、まるでずっと年上の男性のようだった。
どき……。
「いま……」
「なに?」
「う、ううん!なんでもない!それより、帰るの大変だねぇ。終電かな?」
「かもな。ってそれより月夜!電車の中でうさぎの姿になるなよ?厄介だからな」
「月夜に指図するな!」
「むっきゃー!」
「一覇、早くなにかの免許とってよ」
「それは椋汰に言え。アイツは五月生まれなんだから」
「りょうちゃんは部活で忙しいの!一覇ならできるでしょ?」
「まだ十五歳なんですー!まぁ取るけどね」
「え、なに取るの!?原付は乗れないからいやだなぁ……」
「お前が乗るの前提!?……まぁ普通自動二輪取るつもりだから、乗せられるけどね」
「わーい楽しみ!」
「楽しみー!」
「月夜も乗る気かよ!?」
とまぁそんな会話をして、駅まで着いた。定期券のない宝と月夜の分の切符を買って、終電に乗る。しばらく揺られて、二俣川駅で降りて、月夜を真ん中にして三人で手を繋いで歩く。
まるで家族のようだ、と宝も一覇も思った。一覇が父親で、月夜が子どもで、宝が母親。こんな未来も、アリじゃない?とか思っちゃったり。
————わ、わたしにはりょうちゃんという人がいるんだからっ……。
あぁ、でも。
「一覇」
「なに?」
「りょうちゃんって、彼女できたの……?」
「……うん」
「そっか……」
そんな気がしていた。夏休み前、急に霊障士専攻に転科するっていうのに、どこか浮かれている椋汰。今まで欲しがらなかった携帯電話を欲しがり、ほぼ毎日のように誰かと電話をしている。その顔は愛おしそうに微笑んでいた。
ショックだったといえば簡単だが、宝の中ではショック以外のどこかほっとしたような感覚が生まれていた。それは鎖から解き放たれたような気持ち。
————わたしは……
「……コンビニでさ、美味しい生どら焼きが出てたんだよ。買いにいかない?」
一覇の声に、宝は滲んだ涙を振り払い、一歩踏み出した。
「一覇のおごりでね」
————わたしは、兄のことが好きだったのかもしれない。それをずっと、押し隠していたのかもしれない。
それから。
————兄のことを、好きになってもいいのかもしれない。
それからおよそ半年後、宝は一覇のことを本気で意識し始める。
『ハッピーバースディ』
二〇〇八年十月九日、快晴。
今日は放課後、一覇の誕生日会のケーキを、椋汰と一緒に買いに行くことになっていた。いつも誕生日会なら一覇がケーキを焼いてくれるが、本人に作らせるのは酷だということで、毎年同じ店で母が頼んでいる。
「りょうちゃん今日は部活ないんだね」
「テスト期間だからねー!でも今日は遊ぶぞー!」
「一覇はバイト?」
「いんや、教習所行くって」
「本当にバイクの免許取るんだー」
なんてなんでもない会話をしていても、もう心は痛まない。隣にいるのは、兄のような幼なじみ。今はそう思える。
頼んでいたケーキを引き取って、あれこれ買い物をして帰ると、既に一覇が帰宅していた。
「おかえり一覇!早かったな!」
「今日はパーティだって誰かが騒いでたから、手続きだけして帰ってきたんだよ」
「お、おかえり一覇!」
「おう、ただいま宝。……どした?」
宝はもじもじして、一覇の前に立っていた。後ろに組んだ手の中には、あるものが包まれている。勇気を出して、それを渡す。
「こ、これ!誕生日プレゼント!受け取って!」
宝は小さな化粧箱の入った袋を差し出す。貰ったばかりのお小遣いを使い果たして買ったものだ。
「なんか高そうだな……いいのか?こんなの貰って」
宝はこくこくと頷く。お言葉に甘えて貰うことにして礼を言い、さっそく開けてみた。
「……指輪?」
王冠をモチーフにしたシルバーの指輪だった。
「一覇の部屋にあった雑誌、見て……このページが折ってあったから……」
「これブランド物じゃん。そんなの買ったのかよ、もったいねぇ」
といいつつ嵌めてみる。小指じゃ大きいし、薬指……は恥ずかしいし、中指も人差し指にも大きかったので、消去法で右手の親指につけた。
「似合う?」
「一覇かっこいい!!おれにも貸してー!」
「やだよ、なくしたくないし。宝、ありがとな」
「う、ううん!一覇……」
「なに?」
最高の笑顔で贈る、もう一個のプレゼント。
「ハッピーバースディ!!」
ピンポーン。
インターホンの軽快な音が鳴り、明日香が応対する声が聴こえると、複数人の足音がした。
「お邪魔します」
「うわ、狭い部屋ね……庶民臭いわ」
「邪魔するぞ。ケーキ持ってきた」
「お邪魔しまーす。僕は誕生日プレゼントにジャンプを」
「おっじゃまー!おれは誕生日プレゼントに卑猥なものを」
「よーし京二は帰れ」
璃衣と沙頼、四季、海、京二がそれぞれプレゼントを持って遊びに来てくれた。京二のおふざけはともかく、素直に嬉しいと一覇は感じた。
中学の頃にはなかった喜び。みんながいる、そんな喜びを感じて、十六歳の誕生日は過ぎていった。
あっという間に冬が来て、冬休みを迎えた十二月二十四日。
一覇の焼いたクリスマスケーキと、明日香が作ったご馳走を楽しんで、ホワイトクリスマスを迎えた。
それから、新年……二〇〇九年一月四日。
一覇は買ったばかりの黒とシルバーの四百ccバイクに跨って、保土ヶ谷区にある矢倉邸まで来ていた。
「なにをしに来たんだ、一覇」
「バイク見せつけに来た……ごめんなさいウソです。いや、今からうちに来ない?」
「特に予定はないから構わんが……っと」
四季は投げられた白地に赤の模様が入ったヘルメットを被り、促されるままにバイクの後ろに跨った。
「じゃあ発進するぜー!しっかりお捕まりください、坊ちゃん」
バイクは轟音をたてて閑静な住宅街を発車し、あっと言う間に大通りを抜けた。
「ところで璃衣と沙頼はいいのか!?」
バイクの音でかき消されるので、大声で尋ねた四季。ところが一覇は訳知り顔……というか声で答えた。
「いいのいいの」
わけがわからない。そう言えば璃衣も沙頼も朝から姿がなかった。どこに行ったのだろうか。そうこうしているうちに、二人が乗ったバイクは旭区……児童養護施設『ひなぎく園』に着いた。
一覇に促されるままにひなぎく園の玄関に入り、靴を脱ぐ。一番広い部屋に案内された途端————
パーンパパーン!!!
クラッカーの大音量と紙くずがお出迎え。
「四季、誕生日おめでとう!!」
璃衣、沙頼、海、京二、桐子、椋汰の声。四季は呆気とられていた。なんで?なんでみんながここにいるんだ?その疑問は一覇が解決してくれた。
「璃衣が提案したんだよ。みんなで祝いたいって」
「サプライズという形でお祝いしたかったんです。大事な、十六歳のお誕生日ですから」
「…………その、えと……ありがと……」
にやぁぁぁぁぁぁぁ、と嫌な笑みを浮かべる椋汰以外の男性陣。
「なにー?聴こえなかったからもう一回ー!」
「四季がお礼を言うなんて、これは日本沈没だねー」
「真っ赤な四季さん激写ーあざます!」
「貴様らまとめて沈没しろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
四季の中で、思い出深い誕生日になったことは間違いない。みんなで一覇が焼いたケーキを食べて、まったりとゲームをしている最中。
「なんだ、ここにいたのか四季」
暖房で暖まりすぎたので、縁側に出て冷やしていた四季のところに、一覇がきた。
「主役がこんなとこでなにしてんの?」
「なんでもいいだろう。休憩だ」
「ゲームはこれからだぜ?ジジくさいな」
「やかましい」
そう言いつつ一覇も縁側に座り、いれてきたミルクティーをふーふーと冷ましながら飲みはじめた。みんなのワイワイする声が聴こえる。その中で、一覇と二人きりなことを意識した。妙に緊張して、そわそわする。気がつくと、一覇までそわそわしていた。
「な、なんだ一覇?そわそわして……」
自分のことを棚に上げて、四季が尋ねると一覇がもごもご言いながら小さな袋を差し出した。
「……なんだ、これ」
「察しが悪いな……誕生日プレゼントだよ」
「別にいいのに」
「安物だからな!期待すんなよ?オレは金持ちじゃないからな!」
「わかってるよ、ありがとう」
すると一覇は目を丸くして四季を見つめた。驚いて一覇に尋ねる。
「なんだよ、そんな顔して」
「いや……四季が素直に礼なんて、こりゃあマジで日本沈没す……ごめんなさいなんでもありません」
構えた霊障武具基盤を解いて、四季は一覇のプレゼントを開けた。
それはシルバーの羽の形をした髪飾りだった。
「いや、本当は髪紐にしようかと思ったんだけど……その、今使ってる髪紐、大事そうにしてるからやめよっかなって……思ったんですがいかがでしょうか?」
「あぁ……この髪紐は、母様にもらったんだ」
赤い上等な紐に、先端に赤いビーズ型の宝石が結ばれた髪紐。四季がいつも使っているものだ。本当は母は《彼女》に贈ったつもりだろうが、それでも母と自分が繋がる唯一の品だから、ずっと大切にしてきた。
四季は髪紐の結び目に羽の髪飾りを付けて、一覇に見せてみる。
「似合うか?」
一覇は照れくさそうに
「似合ってんじゃないの……ですか?」
「なんだその日本語は」
四季がふふっと笑うと、一覇も笑った。
「おーいお二人さん、晩ごはんだってさ」
海に呼ばれて、いつの間にか周囲が真っ暗になっていることの気づいた。
「夕飯まで世話になるわけにはいかないだろう、僕らは帰るぞ」
「用意しちゃったんだから、食べてけよ。もったいないだろ?」
「ま、まぁな……じゃあお言葉に甘えて……」
こんな賑やかな夕飯は、初めてのことだった。四季はいつも家では、豪華だが一人ぼっちで淋しい夕飯をとっている。それが当たり前だったし、最近まで淋しいとすら感じなかった。誰かと一緒のご飯は、こんなにも楽しいんだ……幸せな四季だった。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、四季様」
再び淋しい我が家に帰り、落ち込んだような四季。落ち込んだというより、あの賑わいを知ってしまって比べてしまう、といった感じだ。
自室に向かい、部屋着の着物に着替えて、廊下を進む。
「あ」
「あ……」
その少女は、久木学園中等部の制服を着ていた。四季とよく似た顔立ち。違うのは髪型と、右目の下の泣きほくろ。
「千歳、久しぶりだな」
「う、うん……そうね……」
久我原千歳。卯月の娘……つまり、四季の姪だ。千歳はどこかに逃げ道を探すかのように、辺りをキョロキョロ見回して落ち着かない。
「夕飯食べたか?まだなら用意させるぞ」
「い、いい!」
「そうか……」
しゅんとする叔父を見て、いたたまれなくなった千歳は、えーいままよと言い出した。
「す、少しお腹すいたから食べてあげてもいいけど」
「そ、そうか!待ってろ、ばあやに用意させるからな!おい、ばあや!ご飯用意しろ!二人分、今すぐだ!」
「ちょっ、アンタも食べんの!?」
「ご飯はな、誰かと食べるのが美味しいんだぞ」
花のような笑顔で話す叔父の顔に、ドキッとする千歳。この叔父は、大人びたところがあると思いきや、こうしてふいに子供らしい一面も見せる。
十分後、ほかほかのご飯と煮物を前に、二人並んでいただきます。しばらく黙って食べていると、千歳がそわそわと声をかけ始めた。
「あ、アンタ今日誕生日よね……?」
「む、そうだが?」
「こ、これ!あげてもいいんだけど……」
差し出された袋を受け取り、しげしげと見つめる四季。
「このために来てくれたのか?」
「か、勘違いしないでよね!母さんが実家に用事があるっていうからついてきて……こんなのついでなんだからね!」
「ありがとう、千歳。開けてみてみてもいいか?」
「勝手にすれば!?」
ガサガサと開けると、それは長い毛糸のマフラーだった。色はワインレッド。四季はさっそく巻いてみる。
「あったかい……本当にありがとう、千歳」
「ふ、ふんっ!別にあたしが欲しかったから買ったけど、やっぱりいらなくなっただけよ!」
「大事にするよ」
「人の話聴いてた!?」
四季はマフラーを外して丁寧に畳み、すぐそばに置いて食事を再開した。千歳もこれ以上はなにも言うまいと、食事を再開する。
「千歳の今年のプレゼントは、なにがいい?」
「九ヶ月も先じゃない!べ、別になんでもいいわよ……」
「千歳も高校生だからな、奮発するぞ」
「高校じゃなくたって奮発してるでしょ!?去年なんかバーキンって……中学生の持ち物じゃないわよ!」
「流行りじゃなかったのか?すまん……女性ものはやはりわからんな」
「そうじゃなくって!!」
この叔父の世間知らずっぷりはどうにかならないものか……姉弟でも、母とは大違いだ。母は庶民的で、お小遣いは月に五千円以上くれない。携帯電話だって高校生になってから、と言われているくらいだ。千歳の高価な持ち物の全部が、四季から与えられたものだ。要は叔父馬鹿。一歳しか年は変わらないのに。まぁ叔父は幼い頃から歌舞伎俳優として仕事をして、高校生になる直前には霊障士として働き始めたから羽振りがいい。同年代の数千倍以上だろう。そのせいで金銭感覚も麻痺しているが。
「ところでアンタの幼なじみとやらとはどうなの?うまくやってる?」
「べっ別にあいつとはそんな関係じゃ……」
「いいじゃない、あたし、そういう話好きよ」
それから四季の幼なじみの話を訊いて、夕飯を食べて、母と合流して帰った。
千歳は、叔父のことが好きだ。昔から優しくて綺麗で、自分にはないものを持っている。叔父のことが好きだ。でも、恋愛の好きは、あの人が初めてだと思う。
金髪碧眼の名前も知らないお兄ちゃん。それは、千歳が十一歳の夏だった。四季を追って矢倉の屋敷を抜け出した千歳は迷い、とある家の前にたどり着いた。そこには金髪碧眼の男の子がいて、脱水症状の千歳にあれこれ世話を焼いてくれた。もう一度お兄ちゃんに会いたいとは思うが、あの家はとうになくなっていて、彼の名前も知らない。手がかりは無かった。それでも、いつか会えると千歳は信じている。
『期末テスト』
「なんで勉強しないんだよ、お前らはぁ!!」
二〇〇九年三月一日、曇り。高校一年生も残りわずかのところで、期末試験がやってきた。しかし、進級の危機に瀕している人物が二人。椋汰と四季だ。この二人は稀に見る勉強嫌いで、これまで行われた定期テストでは常に赤点……補習常連組だった。一年生最後のテストで赤店を取れば進級は無理だ、と担任の久我原卯月に言われて、慌てて一覇の元に駆け込んだ。しかし……
「一覇、Xってなにを代入すんの!?適当にすればいける!?」
「レ点とはなにをするのだ?」
進級させられる気がしない……。絶対無理、こんなお馬鹿を平均点まで引き上げるなんて、無理だよ。というわけで。
「なんで璃衣を貸し出さなきゃいけないのよ?あんた一人でなんとかしなさいよ!」
「いや、沙頼さんや……オレには荷が重いんだよ、この馬鹿どもを普通の子にするなんて」
「璃衣、お、お願いします!」
「僕が馬鹿だというのか!?」
「馬鹿ですよ、若」
学年上位組の璃衣に助けを求め、一覇は期末試験前日に緊急勉強会を開催したのだった。
「I、My、Me?」
「まんとる!!」
「Mineだ馬鹿……まんとるってなんだ?」
高校一年生の問題以前の話だった。ちなみにマントルは惑星や衛星などの内部構造で、核の外側にある層のことをいう。
「③の傍線部分で、主人公はどういった気持ちになったか」
「他人の気持ちなど知るか」
「知ってくれよ、頼むから……」
なんで高校生になれたんだろう、この人たち……。というか。
「璃衣はなにしてんの!?」
「夏コミ新刊の構想を練ってます……『放課後の個人レッスン』……と」
カキカキ。
「後にしてくれる!?」
そんな感じで、四季の家でお泊まりになった。保土ヶ谷区の閑静な住宅街に、ものすごく大きな和風の門があった。中に入ると、建物までの道が立派な庭園となっており、建物自体がものすごくでかい。ようやく玄関に着いてみると、中では旅館の女将のようなおばあさんがお出迎え。
「おかえりなさいませ、坊ちゃん」
「ばあや、こいつらが今日泊まるから準備しろ」
「まぁ坊ちゃんのご学友ですか!?こんなの初めてで、ばあやは嬉しく思います!」
ぶわっと泣き出すばあや。
「ばあや泣くな!いいから準備しろ!」
滝のように涙を流しながら、ばあやは長い廊下を走っていった。四季の部屋に案内されて、荷物を置いて休む一覇、椋汰、璃衣、沙頼。
「なんというか……広いな」
「うん……おれ、落ち着かない」
広さ二十五畳。最早一人部屋のレベルではない。純和風の部屋なのに、パソコン類がもさっとあるし。総額いくらだろう。
「まぁいい、勉強しよう」
「「えー!?」」
「文句言うなら、これまで勉強しなかった自分に言いな!」
一覇は道すがら買い込んだ参考書(中学生用と高校生用)を取り出して、爽やかな笑みを浮かべる。
「さぁ……楽しい楽しいお勉強しようか?」
ざっと二時間勉強して、中学生の範囲をどうにか詰め込ませた。
「おれ……もう頭パンクする……」
「ふん……貴様ほど馬鹿ではないからな、僕は……もうだめだ……」
「飯食って高速で風呂入ったら、高校の範囲だからな!」
ちなみに璃衣は夏コミの原稿に入った。なんのために呼んだのかまったくわからない。
一流料亭並みの食事をそこそこに、風呂に入って(驚くことに檜の湯船だった)、部屋に戻る。
「ねぇ四季ー、もっとでかい浴衣ないの?」
「やかましいっ!」
椋汰の足元はつんつるてんだった。一覇たちは家に帰らずにそのまま来たので、寝巻きなどは四季のものを借りている。かくいう一覇もお端折りなしで着て少し……いや結構短いのだが、この際文句は言うまい。借りている身なのだ。
とにもかくにも勉強再開。学年最下位組点数を上げるのは、生半可な努力では叶わないが、やれるだけのことはやってやろう。勉強は朝方まで続いた。
そしてあくる三月二日。運命の期末試験の日。
それぞれに健闘し、あとは結果を待つだけになった。
いつもの通りいつものメンバーで、横浜駅前のファストフード店で打ち上げ。
「いやー、頑張った頑張った!」
「まぁ椋汰にしては机に向かってる時間が長かったよね」
「問題はそこからか……」
「若も頑張ってらしたので一覇さん、若に頭なでなでを」
「せんでいい!!」
「璃衣ー!わたしも頑張ったからぁ、頭なでなでしてー」
「普段からの予習復習が大事よね、やっぱり」
「桐子ちゃん真面目すぎだろ」
各々飲み物と、割り勘でポテトとチキンナゲットを買って、わいわい騒ぐ。そこに、海からの提案が。
「ねぇ、マックも飽きたし、カラオケ行かない?」
「いいねー行く行く!」
「わたし、高校生になって初めてだわ」
「璃衣ー、デュエットしよ」
「若はカラオケ初めてですよね」
「噂にはきいていたがな」
「一覇、カバン持ってどこ行くの?」
「ぎくっ……」
カラオケにノリノリのみんなに、一瞬で注目をあびる一覇。冷や汗が止まらない。
「一覇……もしかして行きたくないの?音痴だから」
「河本くんって音痴なの?」
「そいえば一覇が歌ってるとこって見たことないなぁ」
「音痴……ぶふっ」
「音痴だって恥ずかしくないよ、一覇」
「大丈夫ですよ一覇さん、音痴でも若がお嫁にもらってくれます」
「なにを言ってるんだ璃衣!?」
「優しさと哀れみと嘲りが痛い!!!!」
というわけでカラオケに移動した一同。一覇は無理矢理連れていかれた。
「おれいちばーん!」
「洋楽なんて歌えるの?中学英語すらできない椋汰くんが」
「できるもん!おれは一応ハーフだよ?」
「ハーフ関係ねぇだろ……ベッキーだってウエンツくんだって、ハーフだけど英語しゃべれないんだぜ」
「そうだったの!?」
「自分の実力を知ってから選曲しろ馬鹿」
「さすが音痴の一覇くんね。言うことが違うわ」
「馬鹿にしてるだろ、沙頼さん」
「若、ボカロ歌ってください。ミックミクにしてください」
「ミクは音域が高すぎる。KAITOにしろ」
「わたしは津軽海峡冬景色にしようかしらね」
それぞれ思い思いの歌を入れて、カラオケ大会スタート。
グダグダだけど、なんだか楽しい放課後。騒いで、喉を枯らして、馬鹿なことを言って。こんな日常もいいよね。
で、一週間後の三月九日。テストが返却された。
椋汰と四季はなんとか留年を阻止して、一覇は相変わらず学年一位。みんなもいつもの通り成績を収めて、打ち上げしよーって椋汰が騒ぐ。
「悪い、今日はバイトなんだよ」
そう言って、一覇は先に教室を出た。学校から直接バイト先に向かうので、行き帰りは電車になる。バイクなら帰りも楽なんだけどなーとかぼんやり考えていたところで、ドンッと人にぶつかった。
「ご、ごめんなさい!大丈夫?」
相手は中等部の制服を着た女子生徒だった。長い青みがかった黒髪を流行りのプチウルフヘアにして、鋭い瞳は澄んだ金色。右目の下の泣きほくろが、なんというかキュートだった。しかしこの子、身近な誰かに似ているな……。
少女は目を丸くして、一覇のことを見つめる。やがて口を開いた。
「お兄ちゃん……」
「へ……?」
————見つけた、あたしのお兄ちゃん……!
もうすぐ新学年、新しい出会いは、新しい物語の始まり……?
第九話 完
亡霊×少年少女第九話、楽しんでいただけましたか?
なんだか話がまとまらないので、ショートストーリー集にしました。でも続き物というめんどくささ。すいませんでした。
一覇には車もバイクも乗せないつもりだったのに、バイクの免許を取りやがりました。バイクには詳しくないので、車種は割愛。ハーレーではないのは確かです。高いからね!!
新キャラ登場しましたね。毎回出てる気がします。でも今回の新キャラは、かなり重要人物です。そしてお気に入り。単なる四季の女版とも思えるけど。
そんなこんなな第九話でした!今日は十話まで掲載予定なので、あと一話、よろしくお願いします!
2015.7.28 螢名




