恋い
夕飯モグモグしてきました、螢名です。
亡霊×少年少女第七話をお楽しみください(*゜▽゜)ノ
亡霊×少年少女 第七話『恋い』
誰かに寄りかかるのはもうやめた。その人がいなくなったとき、淋しくて仕方ないから。体が引きちぎれそうになるほど、苦しくなるから。
でも……
気になるの。あなたの好きな人のこと。あなたは、誰を好きなの?
あなたの大切な人は、誰?
私の好きな人は、誰?
二〇〇八年七月三日、午後二時過ぎ。神奈川県横浜市保土ケ谷区、矢倉本邸。
一ノ瀬アルカの話を訊いた三島椋汰の提案で、矢倉家までとんぼ返りした河本一覇、結城海、東京二、忍野桐子、椋汰、そして矢倉四季の六人。
決め手となったのはアルカの話ではない。失踪した四季の従者、二本松璃衣を拉致したとみられる人物から四季の携帯電話に連絡があったのだ。その口ぶりから、彼女の昔の主だったことが伺えた。そこで璃衣を拾ったという四季の曽祖父、矢倉時繁に話を訊きに行こうということになったのだ。
屋敷の門まで来た六人。
「もう一度訊けるのかな……?」
と、いつになく弱気な京二。
「大丈夫よ。きっとうまくいくわ」
と、これまたいつになくポジティブな桐子。
「いこう、みんな」
驚くことに、今回はなにかと椋汰が引っ張っていっている。いつもは一覇の影に隠れている彼が、だ。きっとそれだけ真剣に、璃衣のことを想っているのだろう。椋汰の勢いにつられて、六人揃って矢倉家の敷地に足を踏み入れる。
一時間前と同じように使用人たちの止める声を無視して廊下を進み、時繁の執務室に着いた。四季が先頭について、障子越しに声をかける。
「度々申し訳ありませんおじいさま、四季です。緊急でお話したいことがあります」
「入れ」
このことを予期していたのかのように、時繁の返事は早く、また咎める様子もなかった。六人は顔を合わせて、それから四季が勢いよく障子を開ける。時繁は先ほどとは違い、きっちりこちらに顔を向けている。厳格そうなその鋭い瞳は四季と同じ黄金色に輝き、灰色の長い髪は全て後ろに束ねられている。
「今度はなにを訊きに来た、四季」
その声にはうんざりした様子もなく、それにほっとした四季はやや強気に攻めた。
「おじいさまが璃衣を拾ったのは、いつの話ですか?」
時繁はその質問を見越していたのか、すぐに答えた。
「三十四年前の話だ」
四季以外の後ろにいる五人は、顔を見合わせる。やはり、璃衣は……。
そこで四季は核心を突いた質問を重ねる。
「おじいさま、璃衣の正体はいったい……」
すると時繁は何でもないことかのように、一覇たちが知りたかった答えを出した。
「璃衣は、元アベルのアンデッドだ」
元、アベル……?
「それってどういう……」
「三十四年前、中区にあった旧矢倉家はアベルの襲撃を受けた。当時、第二種霊障士がより集められて作られた部隊によって、その襲撃班は全滅した。璃衣は、そのときの生き残りだ」
『裏切り者』とはそういうことか、と四季は姉の卯月との会話を思い出して納得した。元々アベルにいた彼女は、こちら側からしてみたらいい話だとはとは思えない。
あの、と椋汰がこわごわと挙手する。時繁は視線で促した。
「二本松さんの元のご主人様っていうのは……」
「全滅した襲撃班の中にいた」
「しかし先程、その元主を名乗る女から連絡がありました、おじいさま」
時繁は眉をぴくりと動かすだけで、鍛え上げられた腕を組んだままだった。四季は話を続ける。
「おじいさま、おじいさまはご存知のはずです。その元主の女、その女の正体。教えていただけませんか、おじいさま」
このときばかりは、時繁も身を固くした。
「……知ってどうする」
「二本松さんを助けます!」
これは椋汰だった。椋汰は立ち上がり、時繁に近づいて頭を下げる。
「お願いします。二本松さんはおれにとって……おれたちにとって、大切な人なんです!なにがなんでも、助けたいんです」
椋汰に合わせて、他の五人もその場で頭を下げる。六人の気持ちは同じだ。璃衣を救いたい。この半年ばかりの付き合いだけど、彼女は大事な友達だから。
しばらく沈黙が続いた。やがて時繁の小さな吐息が漏れる。そして
「璃衣の主の名は七海沙頼。五十年前に滅亡した皇槻家の分家だ。日向の、貴様なら訊いたことがあるだろう」
一覇は頭を上げて、少し記憶の波に揉まれた。
七海家……確か、あの存在すらひた隠しにして忘れようとした、おぞましい資料の中に出てきた名前だ。彼らも人造鬼研究に参加していた。
しかし問題の五十年前、その実験で生み出された娘に一族を皆殺しにされた。それから娘は姿を消したという。おそらくその娘が、沙頼なのかもしれない。
時繁は話を続けた。
「我々の慎重な捜査の結果、奴らのアジトも判明した」
ぱさ、と乾いた音を立てて、時繁の手から数枚の紙束が椋汰の前に落とされた。椋汰はそれを拾って、目を通す。
「しかし、一般人にどうこうできるものではない。第三種でも危険を伴う」
それでも、六人の意思は固かった。
「ありがとうございます!いくぞ」
四季の合図で、五人は執務室を飛び出した。
その六対の足音を聴きながら、時繁は机に向かった。机の上を見つめる。一枚の写真が、飾り気のない写真立てに飾られていた。長い黒髪を一つに束ねた厳格そうな女性。その隣には、同じく長い黒髪を垂らした少女。
「……本当に、四季はお前にそっくりになったな、遥佳」
「これって中華街よね!?まさかこんな街中に堂々とアジトを構えるなんて……」
時繁に渡された資料を回し読みしていた。桐子の順番になって、走りながら読んでいた。
「アベルってそんなに小規模なのかな?街中でもバレないほど」
海が当然ともいうべき疑問を口にした。確かに、これまで表沙汰にされなかったことが不思議だった。
やがて星川駅に着いて、電車を待つ。電車を待っているあいだ、意見交換が始まった。
「いや、オレのじいさんが作った組織で、詳しくはわからないけど、そんなに小規模なものじゃないはずだ。ヒト一人……いや、もっと作っている組織だからな」
海の疑問に、一覇が答えた。
「だとしたら、これは七海沙頼の独断……ってことになるんじゃないかな?」
一覇の答えを聴いてから、海は自分の考えを口にした。海は七海沙頼の考えや行動を考えた。もし、璃衣を拉致したことが組織的な行動だとしたら、そのメリットに対してデメリットが多すぎる。仮に人質にとったとしても、彼女は矢倉家の一従者に過ぎないのだから、捨て置かれる可能性だってある。これまで隠れていたというのに、ことを大きくしては意味がない。
「そうかもな。それに璃衣個人の能力を買っているんだとしても、正直大した脅威じゃない。だって第三種だ。そうだろ、四季」
京二が冷静に、璃衣の能力分析を始めた。
京二の言う通り、璃衣の戦闘能力は大したものではない。四季の知る限り、第三種霊障士の中でも平均的な能力だ。特殊能力もない。その霊障武具の形状から、体術がわずかばかり平均を上回るくらいだ。
到着した電車に乗り、座るのももどかしく六人はがらがらに空いた車内で立っていた。
「璃衣がオレたち側にとって、なにか大きな損益を与える材料を持ってる可能性、てのは?」
一覇が細いおとがいに手を当てて、四季に問いかける。しかし、四季はそれをすぐに否定した。
「璃衣はおじいさまに雇われていたが、俺が生まれてからずっと、俺についていた。俺が生まれる前のことはわからないが、アベルに有益な情報を持ち込めるほど、深部には行けないはずだ」
「みんな、これ以上考えても仕方ないよ。今は二本松さんのところに急ごう」
「お、言ったな、椋汰のくせに!」
京二が茶化して椋汰の横っ腹をつつく。
「でも珍しいよね、椋汰がこんなに積極的になるの。そんなに璃衣が好き?」
海の言葉に、椋汰は今更感満載の照れを見せる。
「そ、そんなんじゃないよ!おれは……」
「「「「好きなんだろ」」」」
「バレバレなのよ、三島くんは」
男子がにやにやして椋汰を見て、桐子はしょうがない弟を見るように腕を組む。椋汰は顔を真っ赤にさせて、それから表情を正して、
「うん……好きなんだ」
と微笑んだ。その顔は穏やかでいて、意志の強さを感じさせるものだった。
それから黙って乗っていたが、電車がやけに遅く感じた。
終点の横浜駅で降りて、みなとみらい線で元町中華街駅まで行く。そこから時繁に与えられた手書きの地図を頼りに、人垣を出来るだけ急いで走った。そして中華街南門から二百メートル離れた、寂れた飯店に着いた。営業しているのか閉店しているのかわからない。おそらく閉店しているのであろう人気がない。十メートルの距離から様子を伺って、
「行くぞ」
四季の声を合図に、物陰から飛び出したその途端。
「ちょーっと待てよ、ガキども」
その声の方向、一覇たちから見て後方に振り返ると、そこにはやけに背の高い男がいた。オレンジに染められた短髪に、ピアスだらけの顔と耳。派手な黒のパーカーとTシャツにカーゴパンツ。そして右手には、白銀のガントレットが巻かれていた。白い光を纏っていることから、それが男の霊障武具だとわかる。
「そこの、金髪のチビ」
男は一覇を指さした。金髪は椋汰と二人いるが、身長を考えると椋汰ではなく一覇のことだろう。それにピンときた一覇が憤慨する。
「チビじゃねぇ!オレは平均的だ!!」
「威勢のいいチビだな。まぁいいや、れっちが用あるのはお前だけだから、他は散りな」
「貴様、アベルか?」
四季が問いかけると、男はぴゅう、と口笛を吹いた。
「よく調べたな、おチビちゃん」
「僕はチビではない!!」
すると四季以外の五人から
「「「「「チビだよ」」」」」
「こんなときばっかりチームワーク良すぎだろう、ちくしょう!!」
男はその様子を見て笑いながら、
「仲いいなぁお前ら」
「〜〜〜〜っ!!!!」
四季が飛び出して斬りつけようとするのを押さえながら、海が男に訊いた。
「一覇を置いていって、僕たちがあそこに入っても、あなたは追いかけないんですか?」
男は笑顔でさらっと答えた。
「うん、れっちの任務はあっこの死守じゃないし。それに中にはお前らが相手にならないほどのバケモンがいるし」
どうぞ、と男は手を出す。やけにあっさり通すので、六人は不安に思った。だが
「行けよ」
一覇の手から、ライムグリーンとオレンジの光の奔流が溢れる。と、次の瞬間、左手にハンドガンのベレッタM9が、右手に曲刀が握られていた。
「四季、みんなを守れよ」
ハンドガンと曲刀を構えて格好つける一覇に、四季は答え代わりに背中を叩いた。それに倣って、次々に一覇の背中を叩く面々。
「おやおや、守られるだけの僕じゃないよ」
「私だって、やるときはやるわよ!」
「おれたち一般人なりに頑張りまーす。な、椋汰」
「二本松さんは絶対に取り戻すから!」
四人はそれぞれ口にして、四季の後を追って暗い飯店のあるビルディングへと入っていった。それを見守りながら、男が言った。
「れっちに勝つ自信でもあんの?全員行かしちゃって。それともただのカッコつけ?」
「はんっ、てめぇ程度、オレひとりでもお釣りがくるわ!」
すると男はゆったり構えて、笑った。
「自信過剰だねぇ。あの女と同じニオイがするよ」
「誰のこと言ってんだ……よっ」
ドンッ。
銃声は一発だが、実際に撃ったのは三発だ。クイックドロウ。
しかし、そこには既に男の姿はない。
「速いけどまだまだだねー、改良の余地ありって感じ?」
背中に衝撃を受けて、一覇は前のめりに転んだ。受け身をとるタイミングがなかった。散乱したゴミ袋がクッションになって、なんとか起き上がったが、一覇は背中に激痛を覚えて耐えきれずに倒れ込む。
「骨折れたかな?ごめんねー。今度は一発で逝かせてあげるから。てか丈夫ね、チビくん」
一覇は背中を庇いながら、血混じりの唾を吐き捨てる。
「うるせぇ、ド派手野郎。そのピアス全部引きちぎってやんよ」
「うは、怖いこと言うねぇ。カワイイ顔して。あの女以上に楽しめそうだわ」
ドンッ。
一覇は再びクイックドロウをかました。またしてもそれらはかわされて、虚しく地面を穿つ。今度は正確性を重きに置いて、一発早撃ちした。すると火花が散った。ガントレットで受け止められたのだ。にこりと笑う男。
「……武器、使わないのかよ?」
「いやいや、お前と違って超近距離型なのよ」
見ればわかる。ガントレットはそもそも防具だし、使い方としてはおそらく殴る、それだけだろう。だが、さっきから防戦一方なのは、なにかおかしい。なにを狙っているのだろうか。一覇はカマをかけてみることにした。
「おい、さっきから『あの女』『あの女』ってうるさいけど、なんなの?好きな女の話?」
すると男はぽかんとした後、くくっと本気で可笑しそうに笑った。
「違うよ……殺した女」
「殺した……女……?」
男の姿は消えて、そうかと思ったら一覇は地面に倒れていた。男のガントレットに首を掴まれている。
「く……っ」
「なぁ、その女、どうやって死んだと思う?」
男は楽しそうに、ぺらぺらと話し始めた。
「このれっちから情報を得ようとしたんだぜ……笑えるよな。オマケに弟の誕生日だから、なんつって」
「誕生日……?」
「そ。そーいや一人はあの日向一覇だったな」
ザシュッ。
一覇は男の首を斬りつける。しかし浅かった。首から薄く血が滲み、すうっと流れる。男はにやにや笑うのをやめない。一覇は震える声で男に問いかけた。
「その……女の名前は……」
「間宮百々子」
その途端、一覇は全身の血がざわつく感じがした。体が熱くなり、強ばる。男も一覇の変化に気づいたようで、にやにやとした顔をいっそう歪めさせる。
「あぁ、そーいやお前が日向一覇なんだっけ?殺しちゃダメって言われて興味失せてたから忘れてた」
ドンッドンッドンッ。
男の胸に銃弾が穿たれる。しかし、男は困った顔をするだけで、苦しんだり倒れる様子はない。ただ残念そうにTシャツを見て、
「あーあ、これブランドモノだぜ?もう着れないじゃん」
「もも姉を殺したのは……お前か……っ!!」
一覇は感情が高ぶるのを感じた。
「一覇、大丈夫かな?」
問題の飯店があるビルディングに入ったところで、京二が小声で言った。信じてはいるが、やはり心配だ。すると四季が小声で答えた。
「今は自分の心配をしろ、馬鹿者」
「そうよぉ、自分の心配した方がいいんじゃなぁい?可愛い可愛い坊ちゃんたち」
コツ、とホールに足音が響いた。コツコツ、コツ。
エナメルの高いヒールを履いた、背の高い女。黒いミニドレスを着て、右手にS&W M19を、左手にフィラデルフィアデリンジャーを握っている。オレンジの光を纏っているので、霊障武具だとわかる。女は銃を構える様子もなく、ゆったりと歩きながら微笑んだ。
「あら驚き、矢倉家のご当主様がいるじゃない。新しいお人形として欲しいわぁ」
「行け」
四季が椋汰たち四人に促した。自分は右手に霊障武具基盤を握り、具現させる。小太刀の《朧》。朧を握り締めて、四季は構える。
「矢倉くん……あの女やばいわ。一人じゃとても……」
桐子の言わんとしていることはわかる。あの女、相当の手だれだ。回転テーブルと椅子が多く並ぶ店内を考えると、小太刀とはいえ刀の四季と銃の女、どちらが戦闘に有利かは歴然としている。
「お、おれも残るよ!」
「いや、三島はみんなと一緒に行け。邪魔だ」
「え、でも……」
「行くよ、椋汰。四季、死ぬんじゃないよ」
椋汰の腕をとって、海は先に進む。それに釣られて、京二も、未だ心配そうに見つめる桐子も先に進んだ。後に残された四季と女は、それぞれに武器を構えた。
「うふふ、ラッキー。ご当主様自ら残ってくれるなんて、死体をより分ける手間が省けたわぁ」
「ふん、死体になるのは貴様だ」
「うーん、その態度も可愛いわねぇ。よし決めた、お姉さんのドレイにしてあげる」
「抜かせ」
四季は女の懐に入り、腹を切った。女の体は崩れる。四季は小太刀に降りかかった血を振り払い、女の体を見る。
「大したことないな」
小太刀を右手に持ったまま、みんなの後を追おうとする。だが
ドンッ。
「ブリオッシュより甘いわねぇ」
「な、に……」
胸を撃たれた。四季の胸から血が溢れる。小太刀を杖代わりにして、四季はどうにか倒れずにいる。しかし、胸が苦しい。女が近付いてきた。
女は四季の体を蹴り倒し、四季の様子を伺う。
「うふふ、残念。ドレイには出来ないわね。でもお人形には出来るから、よしとしますか」
そう言って、女は銃をドレスの下のホルスターに仕舞う。そして四季の顔に手を伸ばして、頬に触れる。
ザンッ。
女の右手首が、朧によって斬り落とされた。
「なっ……なにをするのよ!?このわたしに……!!」
女は斬り落とされた手首を拾って、すぐにくっ付ける。すると軽い蒸発したような音とともに、女の右手首がくっついた。
「あーもう、この手袋お気に入りだったのにぃ……」
カシャンカシャン!
「!へぇ、自分で銃弾を抜いたの。見かけによらずタフなのねぇ。でもその傷口じゃあ、もたないんじゃない?」
四季はネクタイを傷口に当てて、着ていたYシャツで縛る。シャツがじわりと血に染まる。確かに、女の言う通りもたないかもしれない……四季が普通の人間だったなら。
傷口が埋まる感覚がする。いつ感じても、気味の悪いものだ。しかし今回は、これに助けられた。
「忘れていないか……僕があの矢倉家の人間だということを」
ものの数秒で、傷口は完治した。四季は小太刀を振りかざし、女の腹に突き刺した。しかし、女は余裕の笑みを浮かべる。
「ふふ、あなたも忘れてないかしらぁ?私も普通の人間じゃないわよ」
「知っている。だからできるだけ情報を吐いてもらおうと思ってな。こうして拷問をしようとしている」
だが女は高笑いをした。
「こんなの、拷問に入らないわよ!単なるお馬鹿?お馬鹿なの?」
「安心しろ、すぐにそんな口きけなくしてやる」
四季は女の脚に手を伸ばし、女のドレスをめくる。
「ふふふ、可愛い顔をして、あなたも男の子ってわけね。いいわよ、なにをしても」
「そうか、それならお望み通りにしてやろう」
四季は女のドレスの下に潜ませた、リボルバー式の銃を取り出す。そして心臓に照準して、トリガーを引く。
ドォン。
「かはっ……ふん、その程度……いくらでも」
ドンドンッ。
「ぐっ……この程度なの?」
「いつまでそんな大口叩いていられるんだ?」
ドンドンドンッ。
「くっ……あっ……や……め……」
ドンドンドンッドンッ。
四季は容赦なく、女の胸に銃弾を与える。女のドレスにどんどんと穴があく。その度に女は苦痛に顔を歪める。もし、女の体が四季と同じ構造ならば、この銃弾を受ける度に女の命は減っていく。
女は体をくゆらせ、唇を歪める。怯えているのだ。自分の命が減っていく感覚を受けて。
ドンドンドンッ。
「わかったッなんでも言うこときくからッ!だから……やめてくださいッ」
「…………」
四季は無言で小太刀を女の腹から抜き、再び女の胸に突き刺した。
「ひッ」
「なら教えてもらおうか……」
「海っ、放せよ!四季のとこに戻らないと……」
店の奥の階段を上っている椋汰、海、京二、桐子。椋汰は海に手を引かれ、強引に走らされていた。海の手を振り解き、椋汰は階段を降りようとする。海はあえて物理的にではなく、言葉で止めようとした。
「椋汰が行ってなにになるの?」
「……っ」
椋汰はなにも答えない。本当はわかっている、自分が行ったところで、四季の助けどころか足手まといにしかならないことを。今ここにいることを許されただけでも、ありがたいことなのだ。
「行こう。椋汰の言う通り、璃衣が待ってるよ」
「なっ……おれ、そんなこと言ってないっ!」
「あれ、違ったっけ?まぁいいや、璃衣が待ってるよ」
そこで椋汰はなにも言わず、ただ床を眺めていた。そして、ずっと不安に思っていたことを口にする。
「迷惑……じゃなかったかな?助けるなんて」
「「椋汰……」」
「三島くん……」
三人は、その椋汰の言葉に、なにも否定することができなかった。
みんながこうして助けに来たことは、璃衣にとっては迷惑でしかないことかもしれない。璃衣は望んで、ここに来たのかもしれない。
「確かに……お節介かもね、僕たち。でもさ、そのお節介に救われることも、無きにしもあらずだよ」
海は椋汰に手を差し延べる。今度は無理矢理引っ張らない。椋汰の意志で来てもらう。椋汰は……
なにも言わず、階段を上りだした。
ビルディングの最上階に、璃衣と沙頼はいた。沙頼は昼間、部下に買いに行かせた服を漁り、璃衣に当てていた。
「ふふ、やっぱり璃衣はなにを着ても似合うわ。これなんてぴったりじゃない?ねぇ着てみて」
璃衣は上の空で、沙頼の話をまったく訊いていなかった。
————皆さん、どうされているのでしょう。若は……三島くんは……。
「璃衣?どうかした?」
「あ、ごめん……なに……?」
もう、と沙頼は璃衣の頭を撫でた。
「大丈夫よ、璃衣。もう、誰にも邪魔させないから……」
頭を撫でられる間、璃衣はやはり椋汰や四季たちのことばかり考えていた。あんな別れ方をして、みんなは自分をどう思っているかを。きっと嫌われた。呆れられただろう。時繁様にも呆れられただろうな。
————三島くんにも……。
あれ、どうして自分はこんなにも、あの少年のことばかり考えるのだろう。どうして椋汰の元に帰りたい、と思っているのだろう。どうしてあのとき、彼を突っぱねたことを後悔しているのだろう。どうして
「璃衣……本当にどうしたの……?」
————こんなに悲しいのだろう。
涙が止まらない。次々と溢れてくる。
「もも姉を殺したのは……お前か……っ!!」
男はしばしぽかんとして、それから笑った。
「だったらどうする?殺すか?」
一覇は右手の曲刀を振りかぶって、男の首を撥ねようと思った。だけど、出来ない。手が震える。
「もしかして、人を殺したことないの?」
男に言い当てられて、憤慨する一覇。
「当たり前だろ!オレはそんな殺伐とした生活はしてない!」
男は大笑いしてから、一覇を珍しいものを見るような目で見る。
「れっちにとってはフツウなんだけどなー。とんだ甘ちゃんに育ったんだな」
男はしげしげと一覇を見つめ、それから一覇の銃身を左手で握った。そしてそれを自分の額に当てる。
「撃ってみな」
男の意外な一言に、一覇は驚かざるを得なかった。このまま一覇がトリガーを引けば、頭を吹き飛ばされた男は死ぬ。アンデッドは頭をやられれば即死だ。だが
「……出来ない」
「なんで?お前はれっちを殺す権利がある。今引き金を引けば、お前はれっちを殺せる。仇を打てるんだぞ」
「いやだ」
一覇は男の茶色い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「殺しは、いやだ」
「なんで……」
「同じことをしたら、もも姉を思うこの気持ちまで、汚れる気がするから……だから、オレは殺さない」
男は考えられなかった。気持ちが汚れる?そんなことを考えながら、人を殺したことはない。ただ好きだから、命令だから、それだけで簡単に人の命を奪ってきた。これまでも、そしてこれからも、隼人は人を殺し続けるだろう。
「はは……バッカじゃねーの?楽しいから人を殺す、憎いから人を殺す。人間の本質は、いつだって原始的な感情だよ」
そう、隼人はいつもそうしてきた。そうしないと生きていけない世界に、足を踏み入れたのだ。だが、今目の前にいる少年は違う。この少年は、殺しとは無縁の世界で生きてきたのだ。
甘い、と思う。そんな温い考えでは、この世界を生きていけないと、確かに思う。でも、とても理想的だとも思った。隼人だって、好きでこの世界に足を踏み入れたわけじゃない。
隼人の兄は霊障士だった。あの有名な東雲基を追いかけて、この世界に入った。基と同じ班に配属されたときの兄の笑顔は、とても輝いていた。だが、兄はある日を境におかしくなった。毎日のように夜中に家を抜け出して、血まみれになって帰ってくる。
『隼人……兄ちゃん、変になっちゃったんだ』
兄は泣いていた。そしてある日、兄は基に殺された。
返ってきた遺体はずたずたになり、誰だかわからないほどになっていた。
「わかるか?お前にれっちの気持ちが。アイツが憎い。憎い。殺してやりたい。アイツを兄ちゃんと同じ目に遭わせたい。この手で、殺したい」
それから数年後、隼人はアベルに誘われた。隼人はその差し伸べられた手を握り、基を殺した。
「気持ちよかった。兄ちゃんを殺したアイツを、この手でずたずたに殺せて。本当に……気持ちよかった」
「でも、それは本当の感情じゃない。そうだろ?」
一覇はただ、真っ直ぐに青年の瞳を見続ける。そして、思いつくままに言葉を紡いだ。
「本当はなにがあったのか、お兄さんはなんで殺されたのか、知りたかっただけだろ」
「なにをバカなことを……」
「お兄さんを想うあまりに、見失っただけだろ。本当に必要なこと……お兄さんの名誉、誇り」
隼人は一覇の首を絞める手を強めた。
「違う……っれっちは……違う!!」
「認め……たく、ないんだろ……?自分がこれまでしてきたことを、お兄さんのせいに……する気がして……」
「違うっっ!!れっちはそんなこと……っ」
隼人の手の力が強くなった。気を失いそうになりながら、一覇は必死に話し続けた。
「いいや……アンタはそれを指摘してもらうことを望んでいた。ほら、その証拠に」
一覇は青年の目から出ている涙を拭う。
「こんなにも喜んでる」
隼人は一覇の首から手を離して、涙を必死に拭う。どうしてこんなにも、涙が出るのだろう。どうしてこんなにも悲しいのだろう。どうしてこんなにも、少年の言葉にほっとするのだろう。
それはきっと、少年の言っていることが当たっているからだ。
兄の仇討ちなんか、望んでいなかった。ただどうしてあの時、兄の本当の苦しみに気づいてあげられなかったのか、それだけが後悔だった。
後悔しても遅いってわかっている。でも、それでも兄のためにできることを、必死になって探していた。
「わかってたよ……本当はこんなことしても、意味なんてないって……でも、もう遅」
「遅いことなんてない。これから死んでいった人たちのためにできることを、考えればいい」
少年の伸ばした手を、惹かれるように取ろうとする。やり直せるのかな?できるのかな、兄ちゃん……。
ドスッ。
少年が声もなく叫んでいる。自分の胸を見ると、太くて黒い鉄の棒が刺さっていた。隼人は吐血する。
「やぁ、日向くん。遅くなりましたね」
それは隼人も知っている声だった。振り向くと、想像していた通りの姿。黒のカソックにロザリオ、白髪頭に黒と赤のオッドアイ。
「て……め……ほ……ずみ……っ」
なぜこの男がここにいるのだろう。この男は、確か「本部」にいたはずでは……。
第一種霊障士の六条保泉は、にこにこした表情を崩さず、鉄の十字架————霊障武具《黒耀》を隼人の胸から抜く。そして今度は黒耀を容赦なく、隼人の頭に突き刺した。隼人は絶命した。
「すみませんね、いろいろと忙しいもので」
保泉は隼人の頭から黒耀を抜いて、血を振り払った。地面にふした隼人の頭から、血がじわっと溢れる。一覇はそれをただ、眺めていた。なにが起こったのか、未だに脳が追いついていないのだ。隼人の手に触れると、まだ温かい。さっきまで生きていた。生きて、喋って、泣いていた。
それからことに気づいた。隼人は死んだのだ。
「……して……」
「はい?」
「どうして殺した!!!」
一覇は保泉の胸ぐらを掴み、叫んだ。涙を流して、味方であるはずのこの男を、敵であるはずの男のために糾弾していた。保泉はただ冷静に答えた。
「別に、『敵だから』殺しただけですけど」
「殺していいなんてことはない!敵だって、理由があって、考えが違っているから、『敵』になるんだ!!」
「……甘いですね」
「なんっ……っつ!!」
保泉に手首を思い切り握られて、激痛が走る。
「殺さなきゃ殺される。その考えの違いというものが裏切りを生み、殺戮が殺戮を呼ぶ。あなたも学んだ方がいい。大事な人を守りたいなら」
そう言って、保泉は一覇の手首を離した。
「さて、四季様たちの元に向かわないといけませんね。急ぎましょう」
保泉はゆったりとビルディングまで進んだ。一覇も隼人の遺体にベストをかけて、後を追う。
「ほう、沙頼という女はネクロマンサーなのか。それで、貴様らは沙頼の人形……もといアンデッド」
四季は黒いミニドレスを着た敵の女————片瀬仁美の腹の上に跨り、話を聞き出していた。
アンデッド……正式名称『レヴァナント』。彼らはネクロマンサーを主とし、頭をやられれば死ぬ死体人形だ。
「そうよ……私たちは沙頼様に生かされた、沙頼様のお人形なのよ」
「なるほどな……で、璃衣もその人形のひとり、というわけか」
しかも相当気に入られているのだろう。仁美の言動から、沙頼という女の性格は理解した。しかし、なぜそこまで璃衣を気に入っているのかまではわからない。璃衣を置いて姿をくらました理由も。
「ね、ねぇ……約束通り話したんだから、さっさとどいて……」
「まだだ」
四季は女の胸に突き刺した小太刀を、ぐりぐりと捻る。
「痛い痛い!」
「レヴァナントの体は、つまり鬼と同じ仕組みなのか?」
四季の体は、鬼の血を引いているので鬼とほとんど変わらない仕組みで生きている。傷の治りは早いし、霊障武具を持てるほどの霊子を持つ。ときには鬼のように血に狂う者さえいるほどだ。
そして圧倒的な治癒能力は、その魂霊子によってまかなわれる。魂霊子は霊子ほど増減しない。つまり減れば増えることはない。なくなれば死ぬ。本当の意味で、命を削っているのだ。四季はなるべくその力頼らないようにしているが、先程のような非常事態には使わざるを得ない。
仁美は四季の問いに答えた。
「鬼とは違うわ……レヴァナントは魂霊子を持たないのよ」
「いや、しかし魂を呼び戻すことがネクロマンシーだろう?なら」
「レヴァナントは魂霊子と霊子という概念を持たないの。霊子イコール魂霊子、ということよ」
仁美の言いたいことはわかった。レヴァナントは文字通り、魂に繋がれて生きているということか。
「ね、ねぇ、もういいでしょ?放してちょうだ……」
「あ、四季」
「一覇!」
そこに一覇がやってきた。保泉を引き連れて。四季は保泉の顔を見たとたん、あからさまにムッとした。
「なぜクソ神父がここに……」
「四季は……なにしてんの?」
女の腹に乗り、小太刀を女の胸に突き刺してぐりぐり。
「日向くん、四季様は一足先に大人の階段を……」
「違うからな!?そういうプレイではないからな!?」
誤解を解こうとあわあわしている四季とは裏腹に、保泉は冷静に仁美を殺そうと手を動かしていた。
「ちょっとアンタ……なんで」
「今はこちら側なので、容赦なくやらせていただきます」
黒耀を具現し、ぴたりと仁美の額に切っ先を当てる。それを一覇が止める。
「ちょっと待て、アンタ、この女も殺すのか?」
保泉を力いっぱい睨みつける。その迫力に気圧されることはなく、保泉は平然と答えた。
「えぇ、敵はみんな殺します。言ったでしょう?」
「だめだ」
「一覇……」
四季がいたわしげに一覇を見る。
「敵だから殺す、分かり合えないから殺す。そんなの間違ってる。それじゃあこの世界は殺人者だらけだ。分かり合えない部分にも、必ず理解できるところがある」
保泉は一覇の理想論を、鼻で笑った。
「これだから温室育ちは……」
「温室育ち結構。オレはオレの考えを、時間がかかっても形にする。これがはじまり、最初の一歩だ」
一覇は仁美の胸から小太刀の《朧》を抜いて、仁美に手を貸した。一覇の手をとって立ち上がる仁美。
「お、お礼なんて言わないわよ……」
「いーよ、礼を言われたいからしたことじゃない」
仁美は顔を赤くして、一覇の手を握り締める。それから思い出したように、一覇たちに問いかける。
「あ、アンタたち、あの女を追ってきたんでしょう?あの女は沙頼様と一緒に、最上階にいるわよ」
「そ、サンキュー。行こうぜ、四季」
「待ちなさいよ!」
仁美は一覇たちを引き止める。しかし、引き止めてどうしようとか、なにも考えていなかった。なにか言葉を探して、それからしどろもどろに言った。
「わ、わたしもついていくわよ……」
「え……?」
その言葉に素直に驚く一覇。なにかを感知して、警戒モードオンにする四季、ことの成り行きをただ見つめる保泉。仁美は体をもじもじさせて、恥ずかしそうに言った。
「ほ、ほら、最上階には沙頼様の他にもレヴァナントがいるんだし、わ、わたしがいれば役に立つ……んじゃない……?」
最後は蚊の鳴くような声まで窄まり、ようやっと聞き取れるほどだった。一覇はでも……と言いよどむ。
「そんなボロボロの女を連れてけないよ」
一覇は仁美の胸と腹の傷跡を指した。傷自体はもう治りかけだが、服がずたずたに裂けて白い肌が見える。
「大丈夫よぉ。もう治ってるわ」
一覇に腹を見せる仁美。四季は一覇の目に指を突っ込んだ。
「いてぇっ!!な、なにすんだ四季!?」
「まぁこの女が大丈夫だと言ってるんだ、急ごう」
四季の行動が意味不明で理不尽なので、ついていけない一覇。そんな一覇を置いて、四季と保泉、仁美は店の奥にある階段に向かった。
最上階までたどり着いた椋汰、海、京二、桐子。扉の前で立ちすくむ。扉の取っ手に手を掛けるのは、右手に霊障武具基盤を構える海だった。
「『具現せ、《燦歌》』」
海の右手からオレンジの光が迸り、日本刀が姿を現した。
「『具現せ、《獅童》』」
次に桐子が音声コマンドを唱えた。ブルーの光から生まれた武器は、狙撃銃。英国のリー・エンフィールドmkⅢをモデルにした霊子銃だ。本来はボルトアクションであるため、中~近距離戦闘には向かないが、この銃は弾を霊子で賄えるので、ボルトを引かずにトリガーを引ける。
「いい、二人とも。基本的に僕と桐子から離れないで。人質にされたら、僕らはなにも出来なくなる」
陰陽師としてだが、この場で一番戦い慣れている海が指示を送る。特に椋汰と京二、この二人は武器も持たない一般人だ。霊障士である海と桐子が守らなくてはいけない。
「桐子は出入口から援護のディフェンス、僕は特攻、いいね」
「でも結城くん、あなた特攻っていったって」
「僕は本来、刀を使った陰陽術が得意だから大丈夫」
海は制服のポケットから、数枚の式符を取り出す。海は高等部に入学する前まで、実家で陰陽師として活躍していた。その腕は十三歳でプロとして通用するほどだった。
「みんなを守り切る自信はないけど、善処はする。せめて椋汰を璃衣のところまで送り届けるよ」
椋汰はそれを聴いて顔を熱くして、頭を掻いた。京二は茶化すように笑う。桐子も微笑んで
「そうね」
とmkⅢ《獅童》を構える。
「みんな、ありがとう」
椋汰が礼を言い、海の合図で両開きの扉が開かれた。
中は電気がついていなくて、窓から入る人工の光だけが頼りだった。桐子はmkⅢのスコープに右目を当てて、周囲を気にしている。海は式神を召喚しようか迷う。いや、迷っている暇はない……左手に式符を一枚持ち、日本刀に添える。
「火鼠!!」
日本刀から射出された霊子を受けて、火鼠の式神が起動する。火鼠は海の命令を受けて、周囲を炎で照らす。すると前方に、ぼやっと小さな丸いシルエットが浮かんだ。黒いゴシックロリータ調のワンピースを着た金髪の少女と、隣にある椅子に座る、同じようなワンピースを着た璃衣だった。
「あら、随分な小者が残ったのね」
その可愛らしい声は聴き覚えがある。電話の主、七海沙頼だ。沙頼はくすくすと笑って、小さなおとがいに手を添える。
「あなたたち程度だったら、わたし一人で十分だったわね」
「に、二本松さんを返してもらう!」
椋汰が海の後ろから必死に叫んだ。その声に、璃衣が反応した。
「どうして……」
————どうして助けに来たの?私なんかのために……。
すると各々口々に叫ぶ。
「二本松はもうおれたちの中で友達だからな」
「クラスメイトが困っていたら助けるのがクラス委員長よ」
「この馬鹿がきかなくてさ、璃衣を助けるんだって」
みんな、璃衣を……大切な友達を助けたい一心でここまで来た。なにがあっても助け出す、そう決めて。
「返すもなにも、璃衣は元々わたしのものよ」
沙頼が指をパチンと叩くと、海たちの周囲に人が……いや、赤い瞳の鬼魔たちが現れた。鬼魔はそれぞれ、霊障武具を手にしている。海たちは嫌な汗をかきはじめた。
「あれれ……ちょーっとヤバイかな?」
「ちょっとどころじゃないわよ!どうするのよ結城くん!」
「海ぃ、やっぱ逃げない?」
「ににに二本松さんを返せぇ!!!」
ガシャーン!
突然、沙頼と璃衣の背後の窓ガラスが割れて、誰かが侵入してきた。その謎の闖入者は、黒いスーツに身を包んだ背の高い男だった。男の顔は、マスクで覆われて見えない。男は璃衣の姿を見て、彼女の手を自然と引く。
「あ、あなたは……」
璃衣はわけもわからず手を引かれ、男に連れて行かれそうになる。
「ちょっと、わたしからこのタイミングで璃衣を取るなんて、ルール違反じゃないの?日向」
男は話の途中でライムグリーンに輝く恐ろしく巨大な大剣を、沙頼の喉元にピタリと当てて呟いた。
「この鍵はボクらがもらうよ、七海沙頼」
「待てっ!!二本松さんを……」
駆け出した椋汰。男から璃衣を奪い返そうとする。しかし男は何事もなかったかのように、椋汰の胸に大剣を突き刺した。
「あっ……」
容赦なく、大剣は椋汰の命を奪った。そして男は大剣を引き抜き、璃衣を連れて行こうとする。
「「椋汰っ!!!!」」
「三島くん!!!!!」
男に連れて行かれる間際、
「いやっ……三島くん……っ!!!!」
璃衣は叫んだ。
————私を助けるために……どうして彼が殺されなくちゃいけないの!?
「行きなさい!!!」
沙頼は鬼魔たちに、男を襲うように命令する。鬼魔たちは命令通りに男と戦うが、男は一体一体を難なく倒していく。沙頼に残された道は……。
沙頼は椋汰の遺体に駆け寄り、胸元から赤く濡れたナイフを取り出す。それを椋汰の胸に刺す。
「なにをする気……!?」
海の問いに、沙頼は必死な形相で答えた。
「この男をわたしの人形にするのよ!!」
「それって……」
沙頼は日本語ではない言語……おそらくラテン語で、術式を唱えている。口を高速で回して、術式を完成させる。男が鬼魔を全て殺したのと、ほぼ同時だった。椋汰の体はワインレッドの光に包まれる。海たち三人と男はその眩い光に目を潰され、しばらくまぶたを閉じていた。
しばしの沈黙。やがて声が聴こえてきた。
「う……いつつ……」
椋汰の声だ。もぞ、と起き上がる擦過音。
「うわっなにこれ!?」
「椋汰!?」
「どうしたの!?」
三人は目を開けて椋汰を見ると、空に向かって握手していた。京二には見えないが、椋汰は浮遊霊と挨拶していた。
「いやぁ、どーもどーも」
「そんなことしてる場合じゃないわよ三島くん!!」
「あら、こいつ視えない人間だったの?」
沙頼は今更のように尋ねた。
レヴァナントは鬼魔の一種なので、なると霊子体が視えるようになる。
「まぁいいわ。あなた、名前は?」
まだ浮遊霊に挨拶をしている椋汰に、沙頼が尋ねる。すると椋汰はぽかんとして
「三島……椋汰」
と答えた。
「わかった。いい、椋汰。あなたは今からわたしのお人形よ。お人形は主の言う事をきくの。そしてあなたは、あの男を殺す」
あの男、と言って、沙頼は黒いスーツの男を指さした。
「え、殺すのはちょっと……」
「じゃあわたしの璃衣を奪い返しなさい!これは絶対命令よ!」
男を殺すことに躊躇う椋汰を、沙頼は叱咤する。やがて椋汰は拳を合わせて、
「りょーかい、ご主人様!」
と男に向かって歩く。男はぼそりと
「レヴァナントだろうとボクの相手にならない」
と言って大剣を構える。椋汰は拳からオレンジの霊子を出して、勢い良く飛び出した。それを男は大剣で受けて流そうとしたのだが、力は拮抗する。椋汰の拳はコロナのように、男の大剣を熱する。大剣がじわりと溶け始めた頃、男は璃衣から手を離して後ろに飛び、大剣を握り直した。男が先に動いた。その速さはまさに神速、椋汰は避け切れず、右手を斬られる。
「腕を拾いなさい!」
沙頼の声に、椋汰はなんとか斬られた腕を回収した。男はじり、と迫る。片腕になった椋汰はピンチ。万事休す。
するとそこに、部屋の出入口から人が入ってきた。
「璃衣!!」
四季だ。着ていたYシャツを胸に巻いている血まみれの四季が、汗をかいて息を荒げて現れた。四季は小太刀《朧》を振りかざして、男に突進する。男はそれを逃れて、窓のサッシに手をかけた。しかし、なぜか逃げなかった。
「璃衣……っ!無事か!?」
男は後から追いついた一覇に、目を奪われていた。
「に……」
ガキィィン!
男の大剣と、保泉の十字架《黒耀》が交錯する。
「君は……どうしてここにいるのかな?」
保泉の問いに、男は答えない。保泉の黒耀を弾いて、男は割れた窓から飛び出した。
後に残された静寂。それを奪ったのは四季だった。
「璃衣っ!!この馬鹿者!主のそばを離れるとはどういうことだ!?」
「も、申し訳ありません……?」
「なんで疑問形!?っまぁいい、帰るぞ」
璃衣に手を差し延べる。璃衣は彼の手ではなく、胸を見る。四季の胸を包むYシャツは、血にまみれている。彼の傷口はとうに塞がっているだろうが、優等生の彼は普段ならこんな傷は受けない。それほど必死で、焦っていたのだろう。それが嬉しくて、璃衣は四季の手をとった。
「二本松さん……大丈夫?なにもされなかった?」
近寄ってきた椋汰の体を見る。男に大剣で貫かれた体は、四季以上に血まみれだった。
「ごめんなさい」
璃衣は椋汰に向かって、体を折る。
彼を人間ではなくしてしまった原因は、元をたどれば自分だ。取り返しのつかないことになってしまった。
レヴァナントは、死体人形。年をとることも成長することも叶わない。死ぬことだってない。そんな過酷な人生を与えてしまって、申し訳なく思っている。しかし
「二本松さんが謝ることじゃないよ」
椋汰は優しく微笑んだ。
「怒らないの……?」
「怒るけど、理由は違うよ……なんで、誰かに相談したりしなかったの?」
椋汰はそっと、璃衣の細い体に触れた。
「誰かに話してくれてたら、二本松さんのことサポートしたのにって……お、おれじゃイヤだよね!?だ、だから四季とか……ってごめん触って!」
椋汰はぱっと素早く離れる。しかし、璃衣は近づいて、椋汰の頬に触れ、抱きつく。
「ありがとう……」
「へ?」
「来てくれて、ありがとうございます、三島くん」
璃衣は初めて、椋汰に向けて花が咲いたような笑顔を見せた。
「ちょっと、わたしの璃衣から離れ」
がし、と沙頼の小さな肩を掴んで止める一覇。
「はいはい、お前は自重しような」
「二本松さんっっ!!!」
言っている側から飛び出したのは、なんと桐子だった。桐子は璃衣に思い切り抱きつき、わんわん泣いている。
「よかった……よかった!!」
戸惑いつつも、璃衣は彼女を受け入れる。
「ご心配おかけしました……忍野……桐子さん」
「桐子!」
「な、なら、私のことも璃衣と呼んでください」
二人は顔を見合わせて笑う。
二〇〇八年七月六日、午前八時三十分。
私立久木学園高等部霊子科学科霊障士専攻一年F組の教室。担任の久我原卯月が頭を掻きながら、隣に立つ背の高い女性を指す。
「えー突然だが転入生と副担任の紹介だ。まず副担任。片瀬先生」
「副担任の片瀬仁美よん。よろしくねぇ」
「次に転入生。七海から」
卯月はすぐ側に立つ、小柄な長い金髪の女子生徒を指した。
「七海沙頼よ。璃衣の恋人だからよろしくね!」
次に卯月は、大柄な男子生徒を紹介する。
「とある事情で普通科から転科した三島だ」
「み、三島椋汰です!仲良くしてください!」
「と、いうわけだ。仲良くやれよ。以上、解散」
卯月はそう言って、出席簿と紙束を持って次の授業の準備をしに教室を出ていった。
「ねぇ璃衣ー、わたし授業わかんないっ。教えてー!手取り足取り……」
「お、おれも二本松さんに教えて欲しいですっ……!」
すると璃衣が素早く椋汰にデコピンを食らわして、不満そうに声を漏らす。
「璃衣って、呼んでほしいです……椋汰」
それに顔を赤くする椋汰。
————か、かわいい。
「じゃ、じゃあ……璃衣」
「はい」
璃衣は微笑む。それがまた可愛くて仕方ない。
その二人の様子が不満な沙頼は、間に割って入ろうとする。しかしそれを、一覇止められる。
「ちょっと、なんで止めるのよ!?離しなさい!」
「いや、無理。だって椋汰、デレデレだもん」
「はぁ!?だから言ってるんでしょ!」
暴れる沙頼を引きずって、その場からそっと離れる一覇。
椋汰、璃衣、よかったな。
わたしの好きな人は、あなた。
あなたの好きな人は?————わたし。
もう離れない。もう迷わない。
真っ暗闇に包まれたら、あなたの光を目印にするわ。
季節は夏本番。もうすぐ楽しい夏休みだ。
第七話 完
どうも、螢名です!
パソコンからiPadに完全移行しまして、第一弾です。楽!!
第七話は璃衣メインのお話でした。モノローグも乙女チックです。乙女チックなお話は大好きですから、楽しんで書きました!ありがとう璃衣。
璃衣と桐子のやり取りですが、話を書いている途中で思いつきました。当初はそんなに仲良くしないつもりだったのですが、女の子の友情もいいよね!ってことで追加。よかったと思っています。いかがでしたか?
今後もこんな感じでやっていきますので、よろしくお願いします。
それでは第八話でー(⑉°з°)-♡
2015.7.28 螢名




