菜奈の欠片
相鉄線の二俣川駅を出発して、おおよそ三十分くらいかけて終点の横浜駅まで来た。
そこからしばらく歩いてようやく、目的の中華街に着く。それから雑踏のなかをまたしばらく歩いて、若干入り組んだとある路地までやってきた。
「ここが、お前がいた場所だったな」
「うん……」
ここが一覇と菜奈が出会った場所だ。一見してなんの変哲もない路地である。
周囲を見回して、一覇は手近の店の入口に入った。
そこはこの中華街でもわりと有名な、パンダの雑貨が所狭しと置いてある小さな土産物屋だった。
「いらっしゃいませ」
今は客入りが悪いのか、暇を持て余した大人しそうな女性の店員が穏やかな声で、客として一覇を出迎える。
「すいません、少しお話をききたいことがありまして……」
「はい、なんでしょうか」
一覇は用意していた言葉を、店員にかける。店員はとくに疑問に思わず、聞き入れてくれた。
「この辺で一ヶ月半前に、鬼魔関係で事件がありませんでしたか?」
一ヶ月半前、菜奈はこの場所で死んだ。
鬼魔関係だと踏んだのは、菜奈が第四種霊障士、霊障士の見習いだということだ。もちろん、ただの人間に殺された可能性だってある。
だが、ここ最近は鬼魔による事件の方が多い。
何秒もかからないうちに、店員は思い至ったようで話してくれた。
しかし、それは一覇の予想とは大きく違ったものだった。
「第四種霊障士による、父親殺害事件……?」
彼女は思い出しながら答えているのか、ときどき言葉を澱ませた。
「えぇ。久木の女子生徒が、霊障武具を使って実の父親を殺したらしいんです。えぇと、でも、その女の子はすぐあとに自殺したって……結構ニュースになってましたよ」
そういえば、一時期そんな話を耳にしたこともあった。一覇にもおぼろげだが覚えがある。
それは確かに、よく思い返せばおおよそ一ヶ月半前の話だ。
ひとしきり感じのいい女性店員に話をきいて、店をあとにした。
「穏やかな話じゃないね」
菜奈の言葉に、一覇は重々しく首肯する。
「あぁ……って自分のことだろ。そんな他人事みたいに……」
「だって現実味がないんだもーん。お父さんを殺した、なんてさ」
菜奈は吹けもしない口笛を吹いて、両手を頭に当ててすたすたと歩く。
ふと、一覇は気になることがあった。
「なぁ菜奈。お前、生きていた頃の記憶はどれだけあるんだ?」
確か、母親が霊障士で、仕事中に死んだことはすでにきいた。自分が死ぬ直前の出来事をいくつか覚えていれば、なにか見落としていた手がかりがあったかもしれない。
しかし菜奈は、うーんと腕を組んで首をひねる。考えをめぐらせながら指折り数え始めた。
「わたしは神山菜奈、十七歳。お母さんは霊障士で、お父さんは横浜銀行の銀行員。お母さんはわたしが七歳の頃に亡くなったから、それからずっとお父さんと二人暮らし。私立久木学園の外部生で、霊子科学科霊障士専攻の二年生。……って感じかな?」
「死ぬ直前はなにをしてたんだ?」
しかし菜奈は両手を外国人のオーバーアクションのように挙げて、へらっと笑う。
「さぁ?そこまでは思い出せないわ」
「……そっか」
手がかりが少なすぎて、どんな名探偵でも解けないだろう。少なくともただの中学生には無謀だ。
などと諦めそうになるが、とりあえずさっきの女性店員が言っていた事件を出来うる限り調べてみようと決めた。
「一覇ー?一覇さん」
菜奈に肩をつつかれて、一覇ははっと思考の底から抜け出した。
「なんだよ」
「もう六時だけど、大丈夫?」
「あっ……」
一瞬、彼女がなにを言っているのかわからなかったが、すぐに思い至って腕時計を確認した。
時刻はとうに、午後六時を過ぎている。
クリスマスパーティーは七時からで、ここから家までおおよそ一時間はかかる。
遅刻すると義母も義妹もうるさいし、せっかくのご馳走は全部残らず子供たちの胃の中に入ってしまう。
走らなくては間に合わない。一覇は横浜駅まで全速力で走って、ちょうど来た電車に飛び乗って帰る。
運よくパーティーはぎりぎりで間に合い、子供たちが騒ぐなかでフルコースのご馳走にありつけた。