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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
第三種霊障士資格試験
48/88

昏き邂逅の標べ

「……いらっしゃいませ、メニーズへようこそ!」

ゴールデンウィークも、いよいよ終わりに差し掛かった五月五日の月曜日。

夕飯時の午後七時を過ぎたというのに、売り上げは大丈夫かよって心配するくらいに、客足は乏しかった。

たぶんゴールデンウィークの最終日は家でゆっくりしよう、という人たちが多いのだろうと、先輩アルバイトの花田が持ち場を離れていちを歓談に誘う。

花田のちょっぴりお下品なトークに嫌々付き合っていたら、目の前のこの客が来たのだ。

思わず、うっかり。

お客様に向けてとんでもなく嫌な顔を向けてしまったなと、ようやく接客業歴一ヶ月を迎えた一覇はちょっぴり反省する。

客の男子高校生も、一覇の不遜な態度に苛立ったのだろう。

「さっさと謝って、いつも通りに案内しろ」と言わんばかりに細い顎をしゃくる。

私服の薄いカーディガンに包まれた細めの腕を、胸の前で偉そうに組んでいる出で立ち。似合うといえばそうだが、実に腹がたつ仕草だ。

相手が相手なら、自分の手前勝手な理由もたぶん許されるはずだと、一覇はそう信じて口とへそを大きく曲げた。

せめてもの自己主張だ。

「いますぐ帰れ、迷惑だ」と。

ぜひともお客様に、遠回しでいいのでお伝えしたい。

細やかな心配りも忘れない。

いまどき重い手動のドアを開けて差し上げて、歴年の執事のごとくお上品に丁寧に、右手を外に差し向ける。

「おかえりくださいませ」

「おい、仮にも客に向かってその態度はなんだ?」

しかしついに男子高校生————というか、幼なじみの四季がキレた。

私服姿に違和感を覚えるほど、常に制服の四季だ。

一覇のシフトが入っている月曜と木曜、金曜と土日にいつもいて、だいたい夜の九時ごろまで居座る。

一覇より先にいることもあれば、一覇の(仕事としての)出迎えを受けるときもある。

ときには朝食と昼食と夕食を済ませて帰っていく日があるのだから、いったい家族はどうしているのかと気にしてしまう。

父親と二番目の姉が幼い頃に亡くなっていると、それとなくきいたことがある。

年の離れた一番上の姉が嫁いでいって、姪がいるということも一覇は知っている。

だけど四季の話に母親という人物は一切出てこなくて、一覇もそこだけは尋ねてはいけないのだと、幼心に直感していた。

お金持ちだから料金の踏み倒しなどはあり得ないにしても、家族との時間がないというのは、現代の高校生としては異常だと、一覇は思う。

家族は一緒に食卓を囲むべきだ。

ほんの少しの時間でも、いずれはだんだん少なくなっていくのだから、大事にすべきだ。

「ていうかなんでお前は、オレのシフトのたびに来てんだよ⁉︎把握してるよね⁉︎いったいどこの馬の骨だ、リーク元は!」

怒鳴りつけて問いただすと、四季はなんだか急に弱気になり、背を丸めてより小さくなって答えた。

「べつに漏洩先なんかない!ただちょっと……ここの店長と話をつけて……」

「店長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!!!!!!!!!」

そういえばちょっと前から、いいバッグを持ち始めたなと思っていた。

ふくよかだった身体がエステに通って痩せてきたし、香水もなんだか高い香りがする。煙草もわかばからセブンスターにグレードアップしているし、社割で頼んでいる食事もステーキとライスセットが多い。

デザートに看板商品の全高三十センチはある『ビッグいちご練乳パフェ』を毎回取り入れていて、一覇が配膳するときによだれを垂らさないかヒヤヒヤする。

まさか金を握らされていたとは、思わなんだ。

「いいからさっさと案内しろ。貴様の時給だけ一円にするよう打診するぞ」

と四季が急かすものだから、店長への糾弾をし逃した。

「難民の子供たちよりよっぽど不遇じゃねーか!!!!!!」

一日中……それこそ不眠不休で働いても日給二十四円だなんて、このご時世になんてご無体な話だ。

この世は不条理でできている。

と、誰かが言っていたっけ。

「席はいつもの窓際で、エアコンの風が直接当たらない角にしろ」

ふんぞり返って催促するお客様に、間違えてお冷やをぶっかけないよう、一覇は疼く腕を必死で抑えつけていた。

「っ……ご案内します!」

我慢だ、我慢しろオレ。

そう自分に言い聞かせて、一覇はいつも通りに窓際で一番角のボックス席まで案内した。

使い回しだが消毒したダスターで拭いたテーブルに、お冷やとカトラリーバスケットをやや乱暴に置いていってから、ものの五秒ほど。インターフォンががらがらの店内に鳴り響いた。

天井に設置された電子表示のテーブルナンバーを見ると、どうやら早速、四季が注文を決めたらしい。

「ふむ……」

と色とりどりの写真がついた大判のメニュー表を手に、四季がわざとらしく唸っている。

「お決まりですか?」

ふむふむと唸るだけでメニュー表とにらめっこをしている様子を鑑みるに、まだ注文は決まっていないらしい。

————ていうか、決まってからピンポンしろよ。

と、文句のひとつでも言いたいところだが、生憎と休憩から戻ってきた店長が先程から目を光らせているので、お客様用のへりくだった態度で応対する。

やがて四季は「よし」と言ってメニュー表をテーブルに置いたので、一覇は真新しい腰のポシェットからオフホワイトのハンディ機械を取り出し、注文を聞く体制に入った。

「ドリンクバーをひとつ」

右の人差し指を立てて、まるでミスジステーキセットにビッグいちご練乳パフェでも頼もうかという、その威風堂々とした態度。

ドリンクバーひとつで何時間も粘られては、お店側としては採算が取れない。

割に合わない客というのは、神様というよりはただの手間である。

ドリンクバーひとつの客でも、うどんとステーキセットとパフェを頼む客でも、お冷やは配膳せねばならないし、会計も受けなければならない。

同じ手間なら、より多くお金を落としてくれる客の方が、有り難みが増すというものだ。

「ドリンクバーをおひとつですね。……他にご注文は?」

ピピッと慣れた手つきでドリンクバーを一個と打ちこんで、次を促すのだが。

「ない」

という堂々たる四季の答えに、おや、と首をひねる。

「……今日も財布忘れたの?」

いつもなら必ず、最低でもお気に入りのあんみつとチーズハンバーグプレートは注文する大金持ちのボンボンだ。

しかしボンボンであるがゆえに、彼には『普段から財布を持ち歩く』という習慣が身についていない。

ここにはなぜかひとりで来ることにこだわっているが、いつもであればボディガードと侍従を連れて、どんな会計もその侍従に任せていると、侍従長からこっそり聞いている。

だからときたま、財布を車に忘れてくるドジをやらかすので、一覇が立て替えておく必要がある。もちろんあとで、本当にをつけて返してくれるから、よっぽどのことがない限り不安がない。

しかし四季は椅子に置かれた鞄から、自らの黒革の財布を取り出して一覇に見せた。

いったいいくら札が入っているのか、飾り気のない真っ黒な財布は分厚く膨れている。

「いや、財布は持っているし、中には三万二千円とカードが入ってる」

「繰り返しいたします。他にご注文は?」

「繰り返すが、ない」

「帰れ」

店長はとうに奥の事務所へ引っ込んでいた。しばらく喫煙しながら、事務仕事に時間を費やすのだろう。

これ以上の問答は必要ない。

ハンディ機械をポシェットに戻し、テキパキとテーブルの片付けに入る。

メニュー表をラックに立て掛け、出したばかりで口をつけられていないお冷やを取り上げ、消毒殺菌されたダスターで手早く拭く。

カトラリーバスケットも、元の会計カウンター近くに置かれた棚へ。

その間も、四季は必死に一覇の後を追っていく。

「い、いやっ……ていうか僕は一覇を心配して……っ!」

「あーそー。この通り、元気いっぱい一覇マン!なので。じゃ」

客がいないときはいつも、先輩であるキッチン担当の花田青年と無駄話をするのがお決まりだ。

四季の相手が面倒になり、花田がいるキッチンに引っ込もうとする一覇を、しかし彼はいたって真面目な面持ちで引き止めようとしている。

「そうじゃなくて!……その、おばさまが」

どうにも、いまいちタイミングに恵まれていないようだ。

歯切れの悪い四季の声を遮って、店の入口が開いてベルが鳴った。カランカランと小気味よく、お客様の来訪を告げている。

「ちゃんとお金を落としてくれるお客様がいらっしゃったから、お前の相手はまたこんどな」

キッチンに向かう足を急に止めて、皮肉を交えながらお客様の出迎えにいくその背に、四季は必死に呼びかける。

「一覇っ‼︎」

しかし一覇は取りつく島もなく、意気揚々と片開きの扉へ向かった。

「いらっしゃいませ、メニーズにようこそ!」

爽やかな接客スマイルを多分に浮かべ、出来るだけ感じのいい挨拶で出迎える。

「おひとりなんですけど……ご案内してくださる?」

と妙齢の見目麗しい女性が、外見通りに琴をつま弾いたかのごとく上品な声と口調で尋ねてきた。

はて、気のせいだろうか。どこかで見たことのあるような、そんなひとだ。

服装は上品な錦糸を使った、桜柄の着物。

着物自体は一見して地味な色合いだが、えんじ色の帯と金細工の帯紐でアクセントをつけ、なおかつ全体をうまくまとめている。

丁寧に手入れされた銀髪は、まるで竪琴のよう。その髪をまとめているバレッタは、お伽話に出てくる金細工のように華奢だ。

実際の年齢にしてはたぶん若い造作の顔は、熟練の職人によって彫り込まれた人形。

髪と同じ銀の瞳は、吸い込まれそうなほどに深い光を宿している。

とてもじゃないが、わざわざこんな小汚いファミリーレストランに来るような身分には見えない。

そう強く疑念しつつも、しかし一覇は手早くお冷とメニュー表、カトラリーバスケットを用意して手に持った。

「大丈夫ですよ!ただいま空いているお席へ、ご案内いたします」

と定型の文句とともに、慣れたステップで二人掛けのテーブルへ向かおうとした、そのときだった。

「そう……それじゃあ。よろしくお願いします、日向一覇さん」

「⁉︎」

一覇の肩が、驚愕で揺れ弾んだ。

聴き間違いなどではない。

いま確かに、女性は一覇の名を呼んだ。

それも、いまではほんの一部の人しか知らないはずの、『日向』姓を。

「⁉︎……なんで……」

少し離れた席から、椅子が倒れる派手な音とともに、四季の呻く声が聴こえた。

女性はにこりと優しく微笑んで、しかしどこか邪気を含んだ妖しい声色で一覇を誘う。

「少しお相手、願えます?」

まって。

なんだかその笑顔……怖いくらいに妖しく美しく昏く輝き、憎たらしいその顔。

————どこかで、見た気がするんだ。



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