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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
第三種霊障士資格試験
43/88

ヒーローの隣

ふたりの間に、ぬるい風が吹きすさぶ。

砂嵐が巻き起こり、ふたりを包み込む。

「ひとつ、訊いてもいいか?」

少年独特の高みをやや帯びているものの、脅しているみたいに低くうなるような声で、いちは尋ねた。

睨みあい、牽制しあい探りあい。

大勢の観客がいることなど、ましてやこれが単なる試験であることなど。

一覇のほうは、ほとんど忘れていた。

「構いませんよ。誕生日ですかね?サービスで血液型もお教えしますよ」

などど、保泉はあくまで軽い態度で済ませようと、肩をすくませる。

一覇は眉を思いきり歪めて、そんな冗談になどみじんも付き合う気がないと暗に示した。

むしろ保泉のその余裕ぶった態度に、わずかながら腹を立てているくらいだ。

「……なんでアンタみたいなヒトが、試験官役なんて引き受けたんだ?」

この男は実力や立場はもちろん、そもそも人格がこの場にそぐわない。

どれも異常者のレベルで抜きん出ているこの男が、いったいどんな目的でこの場にいるのか。

保泉の主人の《最上の巫女》、こうづきたか……テレビの中で見せる、たおやかな笑顔に隠された、その真なる目的は。

保泉は眉を寄せる一覇とは逆に、ひどく穏やかに笑って見せた。

「うーん……近頃教会に、迷える子羊(笑)がいらっしゃらなくて、えらく暇だったんですよね」

「(笑)を付けるような神父さんには、なにも悩み相談したくないよ‼︎」

四季がエセだのクソだのと、さんざん口汚く罵る理由がよくわかった。

六条保泉という神父は、この場においては間違いなくクソ神父だ。

たとえばここで悩み相談をしたとして、真面目なお答えは到底望めそうにない。「神のお告げ」とかこいつからきいたとしても、絶対その神はロクデナシだ。

面白そうにからからと笑う保泉の笑顔に、全力で鉄球をぶち込んでやりたい衝動にかられるが、とりあえず我慢する。

「まぁちょこっとバラしちゃいますけど、主人の絶対命令で、仕方なく?でも————」

黒と紅色の双眸が、真っ直ぐに一覇を見ている。

紅色の左目は義眼のはずなのに、なぜかはっきりと視線というものを感じた。

「君に個人的な興味があった、のが本音かな?」

妖しい笑み。

歳の割には美しいつるりとした顔面が、妙な妖艶さを醸し出している。

この男の底知れない恐ろしさ。

たぶん『主人の命令』というものだって、自分の興味の範疇だから従っているというだけのこと。

「それって、どういう……」

先ほどとはまったく違う理由で眉を寄せ、小首を傾げる一覇に、保泉も思わず微笑んだ。

————子供だ。彼はまるきり子供。こんなにも強く、貴方の面影を残していながら。

あの頃の『あの人』しか知らないワタシは、なんだか複雑な気分ですよ。

「さてね。……果たして君は、どこまでホンモノなのかな?さぁ」

がらりと一変したその雰囲気に、空気に、一覇は圧倒され、思わず怯んだ。

たじろく脚は、無意識に震えている。武器を構えるその余裕すら、たったこれだけで奪われた。

その瞬間。

「ここからがワタシの本番ですよ」

声がした方角とは逆、背後になにかの存在を感じた。正面にいたはずの保泉は、いない。

一覇が振り向く間もなく、背中に鋭い激痛が疾る。

「っっ……!」

斬られたわけではない。拳による打撃だ。

ただの、体重もかけていない軽い打撃。

————なのにどうして……こんなに重い⁉︎

接触した背骨を中心に、痺れるような感覚が手足の指先まで伝わった。不愉快な感覚に歯ぎしりし、唇を歪める。

しかしその間も三秒となく、次の一撃が一覇の身体を襲う。

首への強い打撃はしかし、到底殺しにかかっているようなものではないと、武器の形状からすぐに理解できた。

保泉が持つ武器は、初めて会ったときに見たものと同じだ。

黒く細い、飾り気のない大きな十字架。

つや消し加工が施されていないので、光が当たると強い白が目立つ。

』性質の鮮やかな青い炎を纏っているそれは、さながら罪人を情け容赦なく裁く、やいばのごとき重圧。

それでいて、まるで『正義』というものは感じられない。

混沌とした黒白、青い炎はそう、悪魔の業火。

先端が針のように鋭くなっていることから、おそらく刺突を目的とした武器だろう。少なくとも斬撃はできそうにない。

保泉の身長以上は大きいというのに、彼の手さばきにまるで重みを感じない。

くるくると器用に手でもてあそび、黒き十字架は青い炎を散らせて白く輝く。

————これが、霊障武具“こく耀よう”……!

いままでの試合では、ほとんど出さなかった。

無論、最初から出した試合などない。必要がなかったのだろう。

まるで軽い運動を、体操でもしているかのように、己の身体ひとつで踊るように相手をいなしていた。

————いまに限って出したということは……。

「あのクソ神父……ようやく本気を出した、ということか?」

観客席で見守っていた四季が、コロシアムの中央を睨んで低くうなる。

四季の脳裏に、先日のかいこうがまざまざと蘇った。

四季と一覇に襲いかかった悪魔を、あのときの保泉は“黒耀”ひとつの、たったひと振りで簡単に拘束して見せた。

あのあふれ出る余裕を隠しもしない薄ら寒い笑みが、どうにも憎たらしい。

『ワタシの武器はお気になさらず。このままにしておけば、強力な拘束具にもなりますからね』

奴の言う通り、“黒耀”には他の霊障武具にはない付随機能がある。

“黒耀”の刀身が一度でも触れた鬼魔を、麻痺させる機能。

ヒトにはまったく効かないが、鬼魔であれば拘束して殺すのは容易だ。そうでなくてもこの機能に加えて彼の戦闘能力があれば、レベル四の鬼魔でさえ傷つけることができる。

だからこそ彼は、〈ほこらの悪鬼〉に完璧に対抗しうる唯一の存在として君臨しているのだ。

最強たるえんは、単純に保泉自身の身体能力だけではないということ。

しかし人間相手では、最強の霊障武具もさしたる物ではない。言ってしまえば、ただの大きな杭だ。だが。

四季の膝に乗っている両の拳に、自然と力がこもった。

不安がよぎる。

言い知れぬ、どう表現して説明すべきか答えあぐねる、そんな不安。

「……一覇!」

古代遺跡を模したコロシアムの中央で戦い、傷ついている幼なじみの姿を見て、四季は唇を噛んだ。思考が交錯する。

助けてあげられたらいいのに。力になれたらいいのに。そばに寄り添って、支えられたらいいのに。

勇気も力もある本物のヒーローだったら、いまこの場で彼を颯爽と救えるはずだ。

同じ場所に立って、共に戦い、傷つきたい。

遠くから背中を見つめるんじゃなくて、預けられたい。

皇槻鷹乃という強大な力に臆せず怯まず、一覇を攫う。

僕が、一覇を、助けるんだ。

そのために強くなろうと、僕は立ち上がった。

幼くて勇敢な彼の背中を追いかけて、僕はこの世界で戦うと決めた。

僕は、僕が憧れたヒーローになるんだって。

————なのに……っ‼︎

僕たちの距離は、こんなにも遠い。

どんなに手を伸ばしても届かない、埋められないこの距離。

どうしたら……どうしたら、埋められる?

どうしたら、たったひとりで立ち向かう一覇に、背中を預けてもらえる?

「くそ……っ!」

押し殺したような悲痛な叫びが、いまだ騒がしいコロシアムに吸い込まれた。

いくら伸ばしても届かない手が、虚空を掻いている。

ヒーローの隣に行くには、いったいどうすればいいのだろうか。





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