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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
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31/88

君の声が、確かに響いたんだ

「一覇っ!!店にいる人を全員避難させろ!」

一覇に誘導を任せて、四季は腰に巻いた専用のホルスターから、先ほどの銀の板――――(れい)(しょう)()()()(ばん)を素早く取り出した。

「――――『(あら)()せ、“(おぼろ)”』」

滑らかに音声起動シークエンス……魔法の言葉を口にした、その瞬間。

霊障武具基盤が握られた四季の右手から青い光が迸り、ぎゅうっと収束したと思ったらそこには銀板はない。

代わりに、淡く青い光を(まと)った美しい刃紋の小太刀があった。

ぎらりと不敵に光る獲物の先――――四季の目の前には、鎌で人を刺して醜く愉悦している赤黒い人型の、おぞましい化け物……悪魔がいた。

全体的に痩せこけているが、身長はおよそ二メートル。腕がやけに長く、皮膚は焼けただれたみたいに赤とピンク、黒の(まだら)

毛細血管が青く浮き出ていて、ところどころに血が滲んでいる。たぶん被害者のものが多く混じっているが、悪魔側の出血もあるようだ。

服の類は身につけていなく、胸にも股間にも性器が見当たらない。顔つきは男ともとれるし、女といわれれば納得する。

なにせ毛という毛がなくて、目玉はあるものの、黒目という部分がない。だから性別も感情も読みづらい。

鼻が削げ落ちて穴が縦に開いているせいか、呼吸がしづらそうだ。耳も同じく削げ落ちていて、穴だけが残されている。

かろうじて形になっている口から、黄色い乱杭歯が見える。そこから漏れる息は、とてもジメジメしているように一覇は感じた。

手足の爪が鋭くて黒いところは、マンガや映画でよくイメージする悪魔らしい。

錆びついた鎌はこびり付いた血で切れ味が落ちているらしく、遺体と化した人体は完全に切り離されたわけではない。

首と胴体がかろうじて繋がっていて、血と肉がボタボタとたれている合間に「うう……痛い……」といった、わずかな呻き声が聴こえた。

被害者はまだ、生きている。だが……。

――――もう長くない。

一覇のその判断が間違っていない証拠に、離れかけの首と胴を無造作に握られた被害者は、この数秒後に息絶えた。

力が抜けた亡骸は、あちこちの穴から血を流して、だらんとゴム人形みたいに項垂れる。

悪魔の次の挙動を見逃さないように気を張りながらも、一覇は心の中で手を合わせた。

その(かん)にも四季は一心に、悪魔を観察している。おそらく、霊子を視ているのだろう。

「昨日の奴、か……?」

霊子の固有性質を見抜いての判断か。

しかし固有性質だけで(くだん)の《(ほこら)の悪鬼》かどうかは、いまいち判断しかねる。

四季が対処を決めあぐねている間に、悪魔は飽きたように手のうちの亡骸を放り投げ、次なる標的として四季を選んだようだ。

不自然に大きな足でリノリウムの床を踏みしめ、一歩一歩じりじり近づいてくる。

だが。

「しゅ、しゅ……しゅ……?」

まるでなにか、深い疑問を浮かべたよう。

意味があるのかないのかわからない声を漏らし、首をとんでもない角度まで傾けている。

しばし迷いがあったのか、しかしそう()を開けずに、長い腕で鎌を無鉄砲に振り下ろした。

縦に振られた大ぶりの鎌を、四季は刀剣にしては小さめで細い小太刀で、うまくいなしている。

「一覇……っ通報しろ!僕では無理だ、長くもたないっ!!」

明らかに、四季の声は苦境に立たされている色だ。

悪魔はその細身の身体からは想像がつかない、とんでもない剛力らしい。

霊子でできた小太刀――――“(おぼろ)”の刀身が徐々に削られているようで、構成している『()』の青い霊子がそこらに散っている。

刀身が削れるたびに周囲の霊子を吸収して修復に充てているが、悪魔は反則級に速さも備えている。修復より破壊が上回って、小太刀はいまにも枝になりそうだ。

四季と悪魔の固有性質が同じというのも災厄で、四季に『()』の霊子が集まったそばから悪魔が吸収して強化していく。

一覇は四季の指示に従って、店の電話を使って四を四つダイヤルする。一年前にようやく普及して浸透しつつある、霊障庁の()()ホットラインダイヤルだ。

繋がるまでのたった数秒間が、なん十分、なん時間にも感じられるほどもどかしい。

割と忙しいのか、七コール目でようやっと繋がったので、一覇は出来るだけ早口でまくしたてて置かれている状況をすべて伝える。

焦っていて支離滅裂だったせいで、オペレーターは質問と確認を繰り返した。

その間に花田は客と従業員全員を避難させ終わり、あとに残ったのは一覇と四季だけになった。

「四季っ、あとはお前だけだ!!逃げろ!」

オペレーターは、十分前後で霊障士の分隊が現場に到着する、と言っていた。

こちらの手勢に矢倉家十四代目がいる、と伝えたときになぜか不思議そうな声を漏らしていた。だが一覇が第四種であるときいた途端、無理せず離脱しろと勧めた。

従いたいのは山々だが、逃げようとタイミングを計る四季を、悪魔が逃がさない。

悪魔の猛烈な斬撃のラッシュは、回を重ねるごとに重みと鋭さ、速さと正確さのすべてが増している。

四季もいなしが効かなくなってきたと判断し、仕方なく応戦する。

だがその攻撃は、掠りはしても小さなダメージにすら至らない。

それどころかだんだんパターンを読まれて、逆に四季の斬撃がいなされている。

霊子の吸収もきっちり忘れないので、“(おぼろ)”は美しい刀身が見る影もない。

四季の腕や脚にわずかずつ切り傷が増えていき、出血と痛みが集中力と体力を奪っていく。

悪魔はこれを予期していたのか。

四季の(しん)(ちゅう)に焦りが生まれ、判断が鈍る。判断が鈍るとミスが増え、傷も増える。それがさらに焦燥を生む。

まるで霊子以外のなにかを吸収して、学習し、成長しているようだ。

人間の心理と行動を予想して、そこを的確に突いていく。

四季が徐々に逃げ場のない壁際へ追い込まれているのは、誰が見ても明白だった。

――――せめて、オレが戦力になれば……っ!!

一覇は(おのれ)の無力にふたたび歯噛みして、しかしいつも右ポケットに入っているものの存在をふと思い出す。

ポケットを探ると、すぐに一覇の体温を受けた生ぬるい金属の感触があった。

取り出して、わずかな可能性を祈るように、汚れた(にび)(いろ)のボディを見つめる。

これを起動できたのは、たった一度きり。

しかも本来ならありえないことだ。

システム上、これは彼女専用の武器であり、何者であっても彼女以外が扱うことは認められない。

それがひっくり返ることなんて、運がよくて一時的なバグ。二度目は……ありえない。

――――でも。

指の腹で、傷だらけのボディを撫でる。一所懸命に磨いたので、デザインスリットと無数にある傷の溝に入りこんだ汚れ以外は取れている。

どくんどくんと、心臓が跳ね上がる。

戦うことへの不安?

傷つくことへの、恐怖?

いろんな感情が綯い交ぜになって、自分でもよくわからない。

たぶんまだ、覚悟が足りなかったんだ。

菜奈のことを守ってやれなかったのに、一丁前に死線をくぐり抜けた気分でいた。馬鹿みたいだ。

だからきっと、こいつはいままで無視していた。

だけど。

「…………」

いまなら、応えてくれる気がした。

ただの勝手な希望かもしれない。

ただこの期に及んで菜奈との繋がりを求めて、自分と思い出の特別視をしたいだけなのかも。

ヒロイックなんて虚しいし、さもしいだけ。オレはただ、菜奈といたあの日々を忘れたくない。

思い出なんかにしない。菜奈の悩み、悔やみ、つらさ……笑顔。

(かみ)(やま)()()が確かにいたのだと――――彼女が命を投げうって救ってくれた命を、いまどうやって繋ぐと?

あの日、菜奈は()()っていた。

自分が消えるとわかっているはずなのに、とても穏やかで美しく。

『「傷つくこと、傷つけられることを恐れないで。それがきっと、君の力になる」』

誰かが基盤を握る手に、温かい手を重ねてくれたみたいに。

「大丈夫だよ」って誰かがささやいているみたいに。

温かく、満たされた想いが溢れた。

さっきまでの不安や恐怖なんて、波にさらわれた貝殻みたいにどこかに消えていった。

傷つくことで誰かを守れるのなら、いくらでも傷つこう。

この手で守れるものは、もう零さない。

守らないことで泣くくらいなら、守ろうと足掻いてもがいて、傷ついて泣くよ。

止まっていた脚が、地面を駆けだす。

あぁ。ほんとうのスタートラインに、ようやく立ったんだと、いまわかった。

あのときの感覚を、思い出して。

研ぎ澄ませろ、(おのれ)の覚悟を。

渦巻く邪魔な感情すべてを、切り払え。

「『(あら)()せ、“かぐや”』……っ!!」


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