握手を交わしとき
分割しております乁( ˙ ω˙乁)
----霊障士。
それは日本では古く陰陽師と呼ばれた存在だが、明治維新で技術体系と制度を一変させて「霊障術」を使うようになった。現在の日本ではもっとも有名で、子供たちにとって憧れの花形職業である。
彼ら霊障士の長き歴史において、鬼は欠かせない存在だ。
嘘かまことか、霊障士のはじまりは鬼にあったとも伝えられている。
いまでは知る者がいない、遠き彼方の物語。
同日の午後十時。旭区にある児童養護施設「ひなぎく園」。
一応は県営機関なのだが、昨今の子供不足で充分な支援は受けられず、ほとんど個人で経営されていると言っても過言ではない。なので鉄筋コンクリート造の住居スペースはかなり広いが、あちこちぼろぼろだ。
いま一覇が座っている木製の椅子も、この施設を十年前に卒業した青年が使っていたお古だ。年数にしては綺麗に使われているが、やはりあちこち削れて塗装も剥げている。
「……つまりお前は、死んだときの記憶がまったくなくて、成仏しようにも出来ない、と……?」
「うんうん!そうそう!」
非常に面倒くさそうに今まで彼女からきいた身の上話を、一覇が総括した。緑のカーペットが敷かれた床に正座した彼女は、なぜか楽しそうに頷く。
一覇はあのあと急いで家に……このひなぎく園に帰って夕食を作り、施設の食べ盛りの子供たちと争うようにかき込んだ。
手早く食器を片づけてお風呂に入り、二年前にあてがわれてからずっと使っているこの自室に引っ込んで少女の話をきいていた。
濡れた金髪をバスタオルで拭きながら、一覇は正直面倒だと思っていた。
今まで何度も、この手の幽霊に声をかけられてきた。
そしてぞんざいにあしらって、強制退場させてきた。
霊子体なんかと関わりたくない。
怖いのだ。「あの日」を思い出して足が竦み、動けなくなってしまうのが。
そんな今でも、やはり思い出してしまうのだが。
一覇は苦い顔をして、必死にあの記憶を排除しようとする。
「お願いできるかな……?」
少女は正座をして、机の椅子に座る一覇を上目遣いで見た。
ぱっちりとした紅い猫目はビー玉のようにきらきらと輝き、その必死さが十分に伝わる。これまで霊子体とみれば無条件に必死であっちへ行けと振り払ってきた一覇だが、少女の可憐と言える平均を大きく上回った容姿からか、どうにも弱腰になる。
彼女は可愛い。
長い睫毛に縁取られたくっきりとした猫目、形のいい眉、小さめの鼻、ふっくらしたさくらんぼ色の唇、卵形の小顔、艶やかな長い黒髪、細く引き締まった凹凸のある体。すべてが完璧な美少女だった。
男兄弟に男の幼なじみという、母親以外の女性を知らない思春期真っ只中の一覇にとっては、それは破壊力抜群で刺激的な魅力だった。
「いや……でもオレは、霊能力があるだけで、お前と違って戦闘訓練とか受けたことないただの中学生だし」
「大丈夫だよ、君になら出来る!」
「いや、でも……」
彼女の妙な押しの強さにしどろもどろ。断る理由を思わず忘れて、少女の押しに負けそうだった。
だが負けずに一覇は踏ん張った。
「お、オレは両親を霊子体……鬼魔に殺された!!だから、だから霊子体が嫌いだ!鬼魔はオレにとって、関わりたくない存在なの!」
あまりにも必死になって、息が上がって肩を上下させる。顔も紅潮しているのが、自分でもはっきりとわかる。
これだけはっきりと拒絶すれば、彼女も引き下がるだろう。
しかし、少女の答えは一覇の予想に大きく反したものだった。
「わたしも……わたしも、お母さんを鬼魔に殺されたんだ」
「え……」
ぽつりぽつりと明かされる、少女の闇のような過去に、一覇は今度こそ言葉を失った。
「お母さんは霊障士だったの。仕事中、鬼魔に襲われて……だから君の気持ちはわかるよ」
淋しい背中は、とても切なくて小さい。
これがただのカウンセラーだの精神科医だのという仕事で人生相談を受けるような存在であれば、「お前なんかになにがわかる!」と簡単に突っぱねることもできただろう。
別にそういう仕事を否定するわけではないが、本当に経験した者にしかわからないことに簡単な気持ちで同意を示す人種が嫌いなだけだ。
彼女はゆっくりきびすを返して、部屋のドアに手をかける。
「ごめんね、君の事情も知らないで。もうしつこくしないから、安心して……」
ドアを半分ほど開けて、少女は半分泣いているような切なげな、しかしなおも枯れない花のようなひどく美しい笑顔を向ける。
「話をきいてくれてありがとう!じゃあね」
「……ま、待てよ!」
一覇の引き留める声に、少女は振り返った。
「なに……?」
「え、えと……」
伸ばしかけた手が、所在なげに空を切る。
引き留めた理由は一覇自身にもわからない。ただ、彼女の意外にも自分と似た過去を知り、同情したのかもしれない。同情というのもおかしいだろう。
協調?違う。じゃあなにかって問われても、やはり頭に浮かぶ正しい、かつ適当な言葉は浮かばない。
迷って代わりにただ一言、一覇の口からついて出た言葉。
「やっぱ……手伝う、よ」
「…………!」
どうにも気恥ずかしくて、目を合わせて言うことはできなかった。
一覇のその言葉をきいた瞬間、彼女の顔は満開の桜のような笑顔に変わる。
ドアノブから手を離して、思いきり一覇に飛びついた。
「ありがとう!ありがとう少年!!」
「や、やめろよ苦しいって!」
少女の意外にも力強い腕の中から逃れて、一覇は絞められかけた首をさする。
……ポルターガイストに殺されるところだった。
先ほどから疑問ではあったが、なぜ彼女は自分に触れることができるのだろうか。
しかしその疑問符も、一瞬で吹き飛んだ。
「わたしは神山菜奈、享年十七歳。君の名前は?」
彼女は意に介さぬ風な花のごとき凛とした笑顔で、青白く光る細い右手を差し出し、握手を求める。
「日向……あ、いや、違う河本一覇。現在進行形の十四歳」
少女————菜奈の手を握り返して、一覇はちらりと菜奈の宝石みたいな赤い瞳を見つめた。
両親を殺した、恐ろしい怪物と同じ色の瞳を、やはり強く意識してしまう。
菜奈はその視線の意味に気づいてなお、ただ柔らかく微笑んだ。
「よろしくね、一覇」
こうして一覇と菜奈の、短いような長いような一週間が始まった。
少年少女の、はじまりの音がする。
まだまだ続きます
\(^o^)/