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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
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こころがある、それが証。

()()には霊障庁の最高顧問と防衛庁幹部陣、そして首相が認定した、日本独自の脅威レベルがつけられている。

レベル一は特に自ら害を与えることのない、出来ない小さな妖怪もしくは浮遊霊。

神社などの結界が張られた聖域以外そこらじゅうにいるので、特に脅威としてはカウントされない。

レベル二は無作為に喰い散らかす、危険な悪魔や幽霊など。

危険とはいっても、ある程度の善悪はもっているので、現代知識では共存可能だとされている。適切な餌を与えれば、飼育することができる友好的な存在もいる。

一般的に鬼魔と呼称されて親しまれるのは、主にこのレベルだ。

レベル三は殺人を快楽としている、鬼になりかけた――――『悪魔』。

スペックではレベル二とそう大差がない。

だが、力に溺れて感情制御が効かない状態であり、ゆえにもっとも危険視される。

レベル四以上は第二種霊障士以上でないと対応出来ない、知性も能力も高い『()(せつ)』。

彼らが本気になればもはや災害と思える大きな被害を及ぼすほどの力だが、人間ごときを相手にする()(ほう)はあまりいない。彼らはヒトなんかよりも、ずっと気高い存在なのだ。

そもそも平成の世でも生きている個体数が減少傾向にあり、絶滅危惧種となっている。

四季が持ってきた情報によると、今回の事件を起こした鬼魔は推定レベルが三……はっきり言って知恵はないが、それだけに無差別殺人を頻発させかねない。

だが災害指定を避難指示がない『警報』程度で(とど)めておきながら、日本の霊子科学分野で(トップ)の『()()()()』まで引っ張りだした理由。

「《(ほこら)の悪鬼》――――なんだな?」

(いち)()が導きだした答えを、四季はただ無言で肯定する。

いまの季節だから冷房はついていないはずなのに、一覇の肩は言い知れぬ寒さで震えだした。

日本国内には霊障庁が確認、管理しているだけでおよそ数百もの祠がある。

規模の大小はあれど、それらにはみな一様に人びとを困らせた羅刹や悪魔が封じられている。

羅刹や悪魔に悩まされた大昔の人びとは、陰陽師を頼った。

その陰陽師たちは、いまの時代でいえば霊子科学者としての位置についていたわけだが当然、現代よりも知識が古い。

現代人が見たら笑ってしまいそうなほど効果のない、(まじな)いや儀式を(おこな)う術師が過半数だ。

(まれ)に現代人の思考思想に等しい術師もおり、知識が古いながらも【封印】まで漕ぎつけた例がある。

その例として(のこ)っているものが、祠だ。

祠にそうした悪さを働く悪魔や羅刹が封じたものの、人びとは《祠の悪鬼》と呼んで恐れる。その手の民話が溢れかえっているほどだ。

封印した悪魔たちは身動きはとれないが、言葉巧みに人心を操って、付け入るのが得意だ。

かの有名な(しゅ)(てん)(どう)()もまた、民を困らせる羅刹の代表として、(ひさ)()学園の近くにある(こう)(づき)神社に祠が置かれている。

酒呑童子以外にもここ横浜に《祠の悪鬼》が集中しているという環境は、やはりこの地が陰陽術と霊障術発祥の地である要因をまざまざと感じる。

だいぶ話題が逸れたが、要は今回の犯人である《祠の悪鬼》は封印状態であっても強い影響力があるにも関わらず、肝心の封印がなんらかの力が働いて解けてしまった。クソ危険だ。……といったところだ。

だが。

四季はまるで動じているように見えない。それどころか、優雅に新しいコーヒーを注ぎに行って、ボックス席に戻ってきた。

「第二種最強の()()(とし)(のり)大将がいれば、《祠の悪鬼》といえど敵ではない」

コーヒーの穏やかな凪を見つめていたら、四季がぽつりと漏らした。

やがて四季も動揺しているのだと、遅まきながら気づいた。コーヒーが揺れていたのは、カップに彼の手の震えが伝っていたからだ。

戸賀俊典といえば、最古参にして鬼魔夷羅を従える歴代でもっとも有名な将だ。

還暦をすぎても、その剛腕手腕、名声は衰えを知らない。

彼がなぜ『第二種』にあまんじているのかは、人類史で最大の謎である。

「いれば……ってのはなに、いまいないの?」

彼くらいの知名度があれば、訃報くらいメディアで大々的に報道されるはずだ。渋谷で号外すら配られるはず。

だが一覇が知る限りでは、そのような報道はない。

もちろん、なんらかの事情で意図的に隠されてしまうと、しがないいち高校生には知りようがない。

四季が口惜しげに、首を横に振って答えた。

「出張で沖縄だ。しかも(あい)(つら)は、呼び戻す気がない」

横浜の、いや日本の危機だというのに、その頼みの綱を呼ばないどころか事実の隠蔽を図る……汚い大人の事情が見え隠れして、実に胸糞悪い。

一覇はおとがいに手を添えて、思考の海に潜りこむ。

――――おそらく、戸賀俊典に知られるとまずい展開……たとえば件の《祠の悪鬼》を解き放ってしまったのは、軍属の霊障士だったり、か?

だから彼がいないうちに始末して、もみ消そうという魂胆か。

じゃあ。

そんな自分勝手な理由で、こんな危険な状況を作ったやつらを、まとめて炙りだしてやるには?

思案を巡らせるものの、これといって名案は降りてこない。

この際、誰の責任かは脇に置いて、《祠の悪鬼》を片付ける手立てを話し合った方が先決で有効か。

だとしたら。

「いま横浜まで呼べる陰陽師で、四季と直接の繋がりがあるのは」

四季は即座に答えた。

「〈最上の巫女〉……(こう)(づき)(たか)()、が最上位だ」

「うおっほ、そらサイコーだな」

一覇の声が弾んだ。

霊障士ではなく陰陽師を出した理由は、たったひとつ。

霊障士というものは『(せん)(めつ)』が得意分野であり、【封印】が苦手な戦闘狂だ。

というのも両者は基礎の技術体系が同一でありながら、その実は《科学》と《(まじな)い》という、根本的な不一致がある。

羅刹や悪魔はいまだに解明不可の領域……魂の核があり、そこを破壊しないと殲滅はできない。

だというのに、その肝心な核を破壊する(すべ)はない。――――いまの《科学》では。

だから必然的に現代のルールで《祠の悪鬼》を退治する方法は、陰陽術で【封印】を施すことが絶対条件となっている。

だがあくまで彼らは敵であり、決して味方ではない。わざと【封印】を解いて実験を行い、核の解明に執心する部署が存在するとかしないとか。

その実験のおぞましい噂をきいたとき、一覇は胃の中がひっくり返りそうな気分の悪さを覚えた。

生きたまま腹を裂き、心臓や胃腸を引きずり出して、切り刻む。脳に電極を直接刺して、様々な反応を与えて値を測定する。

いくらヒトと違う存在だからって、そこまでやるのかと疑いたくなる。これこそ悪魔の所業だ。

思い出して、再び拳が自然と固くなる。

たぶん一覇自身は自覚がないが、身体が怒りや悲しみでわずかに震えていた。

「だから、できれば【封印】してやりたい。共存が……いちばん望ましいってわかってるけど」

実験に利用されようとしているのなら、それを阻止してやりたい。助けてやりたい。

鬼魔は憎い。怖い。嫌いだ。みるのだって嫌だ。でも――――

一覇はゆっくり、周囲を見渡した。

赤や青や、黄色や緑。さまざまな色のしゃぼん玉が、ゆらゆら揺れている。

鬼魔が一覇に、語りかける。

子供だろうか。先ほどから「遊んでよ!」とやかましく呼びかける。

お年寄りか。「ちょっと道を尋ねたいんだがね……おや、美男じゃねぇ」。

わずかに感じる彼らのこころが、彼らもまた『生きている』んだと訴える。

オレとなにかが違う。

……それだけで、このこころを踏みにじっても許されるのだろうか。

ひとは皆、なにかが違うのは当たり前じゃないか。

彼らを否定してしまうと、『彼女』との日々を拒否したように感じる。

――――……()()

それだけは……嫌だ。

彼女がみえたことを、彼女と触れ合えたことを、否定したくない。

あの笑顔を、言葉を、この気持ちを。

オレは絶対に、忘れたりしたくない。

人知れず胸に抱える一覇のこの気持ちを知らないはずなのに、四季は深く頷いた。

きっと彼にもなにか、抱えるものがあるのだろう。

「俺も同感だ。だが」

――――この状況が、大人たちが、それを許さない。

この汚れた大人のせかいで素直に生きるには、一覇たち子供はいささか純粋すぎる。

かといって彼ら大人に頼らざるを得ないのが、非常に口惜しく情けなく、仕方のないところだ。

「……とはいえ」

四季はずっと手のひらで温めていたコーヒーカップに、ようやく口をつけた。

唇が充分に潤ったところで、珍しく悪戯っぽい視線を向けて片頬で笑う。らしくなく、なにか悪いことを考えているようだ。

「ただ黙ってことを見守るのは、俺の性分ではない」

「どうするっての?」

一覇もこのときばかりはワクワクを隠しきれず、テーブルに肩を乗り出した。いささか声も弾んでいるのは、もはや言わずもがな。

人民の生命のためだというのに、なんだかとんでもない悪巧みを相談しているみたいである。

四季も調子に乗り始めたのか、やけにもったいぶった言い方をする。

「自己判断で現場入りできない第四種はともかく、第三種……しかも絶対血統家の当主を縛る法律は、いまだかつて日本に存在しない」

――――つまり。

今度こそ、四季も一覇も意地の悪い――――もとい、決意の表情で共に向き合った。

店内はざわついているはずなのに、四季の高らかな宣言がひときわよく響いた。

「この事件。俺たちで、解決しようではないか」


一覇と四季の関係性が見えてきました。(今更感)

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