紺碧の空に映る業
分割&改稿中!!
ゆっくり読み進めてください!
「アルバイトは未経験?」
狭くてごちゃごちゃした事務所で、一覇はパイプ椅子に礼儀正しく座っていた。
やや形式ばった質問を 投げかける四十代後半のふくよかな女性店長に、一覇はハキハキと答えた。
「いえ、中学の頃に新聞配達のアルバイトをしてました」
「その髪は……?」
「天然です!」
入学式のあと、一覇は横浜駅前までアルバイトの面接に来ていた。
ファミリーレストランのキッチン募集を求人広告で見て、応募したのだ。
十八歳で卒園して自立しなくてはいけはい施設の子供ではなく、河本一家の「子」として引き取られた一覇。
だからタイムリミットなど無きに等しく、焦る必要はないのだが、自分の支出はなるべく自分で賄いたい。
中学の頃は単に、自分はいつか「日向」に戻るのだと思って働いていたが、今は違う。
確かにある事情から戻りたいと思うが、どうせ高校生の自分程度の稼ぎでは自立など到底無理だ。
黒髪をショートにした妙齢の女性店長が、一覇の用意した履歴書を見て深く頷いた。
「明日から来れるかしら?」
「はい!よろしくお願いします!」
採用。
明日からは、勉強と二足のわらじだ。頑張るぞーっ!なんて、ややらしくなく息巻いてみる。
帰り道、一覇はスキップ気味な足取りで賑々しい路地を歩いていた。
高校生で時給八百五十円からとは、高待遇なところだと改めて思っていた。
時給から、学校の時間割を照らし合わせて、月々の稼ぎを計算していた。
八百五十円かける五時間×週四日、プラス休日は九百円かける七時間かける二日で……月に八万円か。ふむ、なかなかいいじゃないか。
取らぬ狸の皮算用、と浮かび上がったが、一覇の脳は高速で計算している。
それから月々いくら貯金に回そうか、考えをふくらませていると。
どん。
人とぶつかった。今日はいつもこんな感じだな、と自省する。
「すいません……考えごとを……」
「すまない、僕も考えごとを……」
「「あ」」
四季だった。
しかし、時刻は夜の六時を過ぎている。今日は入学式だけで、授業というものはまだない。
学校から直接面接に行っていた一覇が制服姿なのはまだしも、四季はなぜ制服のままなのだろうか。学生鞄も手に提げている。
しかも、
「ちっ」
舌打ち。
あからさまに嫌がられている。
いったいオレがなにをしたというんだ、と一覇は自覚の薄い心の叫びを上げつつ、努めて明るい笑顔で話しかけた。
「奇遇だな、四季。オレはバイトの面接だったんだけど……四季はなにしてたんだ?」
「貴様に関係ないだろう」
ですよねー。
だが、なんとなく引き下がらなかった。ここで負けたら、一生負ける気がする。
くだらない意地だと、もうひとりの自分が笑っているが、今日の一覇の口はよく回る。
「お坊っちゃんがこんな夜に繁華街なんて危ないぞー?最近物騒なんだしさ」
しかし四季もここにきて冷静さを取り戻したのか、襟首を緩めて素っ気なく答えた。
「鍛え方が違うから関係ない」
不審者なんて見つけたらぶっ殺す、とでも言いたげな鋭い眼光。えらく物騒である。
――――なんだか……刺々しいなぁ。昔はもっとこう、ほんわかーして可愛かったはずなのだけれど、この幼なじみ様は。
なにか他にいじる材料はないかと意地悪く考えていた一覇に、四季が初めて質問をした。
「校則を読んでないのか?」
「はい?」
いきなり校則の話題になり、一覇はちんぷんかんぷんだ。
四季も自分の言葉が足りなかったのだと気づき、あとから付け足した。
「校則でアルバイトは禁止のはずだ、うちの学校は」
「…………バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
一覇の額に、脂汗がじっとり浮かんだ。
――――知らなかった。校則でそんなのあるの!?
高校は問答無用でアルバイトしていいものだと、勝手に思いこんでいた。
だってバイトはだいたい高校生からじゃん?
好きにやっていいってことだろ?じゃんじゃん稼げってことだろ?
なのになんで禁止にすんの!?明日から入るって決まっちゃったし!!どーすんの!?
渦巻く内心で慌てていたら、四季がくしゃっと、困ったように笑った。
「相変わらずだな、一覇は……いまひとつ抜けてるというか」
昔みたいに、微笑んだ。
声もなんだか穏やかで、昼間とは全然違う。温かくて、優しい。
予想外な自分の顔の緩みに気づいたのか、四季は我に返って眉根をきつく寄せた。
「話は終わりか?ならぼ……俺はもう帰」
「ストップ、ストップ!終わりじゃないよ!いろいろ積もる話があるって!マック行かない?シェイクおごるよ!」
必死になって、四季の制服のブレザーを掴み、懇願した。
もしかして……とよぎったのだ。
素っ気なくて冷たい空気は、なにか理由があって無理しているのだろうか。
本当は、一覇が知っている優しい四季が、まだいるんじゃないか。そんな気がした。
彼がここまで仮面をかぶる理由を知りたい。
三年半の溝を、少しでもいいから埋めたい。
昔と同じように、仲のいい幼なじみになれたら……。
「…………」
一覇の碧い瞳に、自分が映っているのがわかった。
怖いくらいに澄んだ、その瞳。逃れるのは、もはや無理。
彼の真剣な眼差しを、四季は真っ直ぐに受け止めることにした。
一覇が調子こくのは、実は四季にだけです。




