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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
亡霊×少年少女
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はじまりの音

分割しております。

————二〇〇六年十二月二十四日、世間はクリスマスイブでおおいに盛り上がっている。

時刻は午後十六時を少し回ったところで、今にも雪が降りそうな底冷えのする曇り空だ。

その雲のすき間から一番星が遠くの空で瞬いて、日没を知らせている。灰色と藍色のまだらな空で冷たい銀色の月は下弦、まるでひとびとを見守っているように浮かんでいる。

少年は分厚い眼鏡を外して、空をあおいだ。

レンズ越しにはくっきり美しく映る銀色の月とその下に咲くきらびやかなネオンサインは、ひどい近眼で乱視を持つ少年には『無数の光の玉』に見える。

それとは別に、ひとびとから溢れる色とりどりの光がある。

しゃぼん玉のようにゆらゆら揺れる光たちは、視えている(いち)()に、しきりに話しかけてくるように色を変え揺らめいている。感情に応じて、その光たちは青や黄色、赤などに七変化する。

最初のうちは法則性が見えなかったが、いつしか「こいつはいま楽しそうだ」とか、「ちょっと不機嫌?」などとなんとなく理解できるようになっていった。

————あの日と同じ……だ。そしていつもの光景だ。

憧憬なのか感傷なのかわからない曖昧な想いを抱いて、眼鏡をしっかり掛け直してから硬いコンクリートを踏みしめた。視えているたくさんの声にならない声はまあ無視して、知らないふりをする。

だいたいからして、一覇がこいつらに干渉することが間違いなのだ。

人間には人間の世界がある。それを彼らも少しは理解するべきである。

ここは神奈川県横浜市の中心地である、日本でも海外でも有名な繁華街、横浜中華街だ。

観光にはいささか遅い時間だが、ほとんどいつも通りに多くの人々で賑わっている。

今は夕食前ということもあり、空腹を魅惑するいい匂いがあちこちから漂っていて、特に食べ盛りの成長期にはとても刺激的だ。

そのせせこましくて誰かがチューイングガムを吐き捨てた黒い跡がいくつも残る小汚いコンクリートの路地を、小さな少年はひとり人ごみを縫うように歩いていた。

(こう)(もと)一覇は、今年の十月で十四歳になった。

身長は同年代の男子と比べると小さめで、体重は明らかに軽いと思えるほど痩せている。

猫背で野暮ったい眼鏡をかけているのでやや内気な印象を受けるが、日本人にはいない綺麗な金髪碧眼が妙に主張していて、彼の存在を浮かせている。ブリーチやカラーコンタクトレンズなどではなく天然だ。

両親は黒髪黒目のごく一般的な日本人なのだが、どうしてか双子の弟共々そういう風に生まれた。

幼い頃はなんとなく自慢できて嬉しかったが、思春期を迎えた頃からすごく目立つので嫌いになった。教師には変な目で見られるし、上級生にはわけもわからず「生意気だ」とか言われる。

喧嘩やイジメなんてしょっちゅうで、ボコボコにされた顔で帰宅するなんてザラだ。

中学へ入学の機に黒染めしようとしたが、どちらにしろ碧眼が残る。

髪の色は変えられても、目の色は簡単に変えられない。中二になってもう諦めたし、この悩みはだんだん慣れてきた。

部活動は陸上部に所属しているが、今日から冬休みに入る為に休みだった。

自宅は横浜駅から電車で揺られて二十分ほどの旭区にある。市立中学校の生徒だが、ここはもちろん学区ではない。

では何故中学生がこんなところまで来たのか。特にこれといった理由はない。

ただなんとなく、一人で遠く————といっても子供の“遠く”には限りがあるが————まで行ってみたかっただけだ。

自分を呼ぶ声なんて聴こえない、誰もなにもいない世界へ……なんて馬鹿なこともこっそり思った。

もちろん無理なことだとは、承知している。帰宅せず家族に心配をかける勇気もないから、所持金のうちで行って帰ってこれる場所を選んだ結果、偶然この中華街になっただけだ。

近頃の学校では先生もクラスメイトも高校受験を見据えてピリピリしており、学業成績には甘い義母に育てられている一覇とても、こればかりは他人事とは思えない。

要領のいい一覇はわざわざ勉強の時間を作らずとも高成績をキープしているが、気が抜けないのは事実だ。

周りがみんな学習塾に通っているからと、自分も義母に頼もうかと思って無料体験を受講したこともあるが、自他ともに認める気難しい性格なので集団の中でなにかをすることは苦手だった。

まぁ自習でも今は充分通じているので、三年生に進級してからでも遅くはないだろうと、現状維持を決めた。

毎日勉強に部活に家事にと忙しくしているのだから、たまには一人で遠くまで外出するのもいいものだと思ってのんびりしていたが、ふと腕時計を見てじわりと焦りが生まれた。

今日は家で決められた炊事当番だから、もう帰らないといけない。

基本的に甘くて緩い義母だが、約束事を疎かにすることは絶対に許さないのだ。

寒さで小さい身体をより一層縮めて、長めの白いマフラーを翻して足を早める。そして————脚が止まった。

剥がれかけた上に貼り付けられた出会い系サイトの汚らしい広告が貼られた電柱に、少女がうつむいて背を預けていた。

黒くて長い髪に、猫を思わせる赤いつり目。冬休みなのに服は学校の制服だ。

全国でも有名な学校で、一覇ももちろん知っている。

私立久(ひさ)()学園。

その一部の施設は国立という、国内でも最大級の学園都市だ。

コンビニや大きな書店、ショッピングモールにイベントホールも揃っていて、地元民なら一度は立ち寄ったことがある。中華街、ランドマークタワー、山下公園と並んで、横浜市の有名な観光名所のひとつだ。

彼女はそこの高等部、しかももっとも有名な霊子科学科霊障士専攻のゴシック調の可愛らしい制服を着ていた。

霊子科学。それはこの世界のあまねくすべての物質における、基本的な構造の神秘を研究、分析する総合科学分野だ。

二十世紀後半頃までにわかっていること————この世界には、大きく分けて二種類の物質しか存在しない。

素粒子が「(げん)()」で出来ている、我々人間も含めた地球上でもっとも一般的な存在の“(げん)()(たい)”。

そして、素粒子のパターンがきわめて不可思議かつもっとも美しい「(れい)()」で出来ている————“(れい)()(たい)”。ときに『エクトプラズム』とも呼称されている。

これらふたつの物質は、きわめて一方通行な干渉で成り立っている。

原子体から微弱に発せられる霊子を頼りにしている霊子体は、原子体の存在なしには生きていけない。

それは原子体は百パーセント原子で出来ているわけではなく、微量ながら霊子が組み込まれているということを意味する。

詳しくはいまだに解明されていないが、原子体の『魂』なる部分がそうなのではないかと霊子科学者のあいだでは熱い議論が繰り返されている。

それから忘れてはならないのは、一部の霊子体は日本語名で「()()」と呼ばれて、原子体・霊子体に関わらずすべての生物に悪影響を与えるとして恐れられているという現実だ。

彼ら鬼魔は原子体を喰らって生きる。人間が家畜を食うことと、それは等しい。

しかしそのグレーゾーンは「幽霊」だ。

幽霊は特定の原子体にとり憑くことで、その原子体から霊子を根こそぎ奪ってしまう。幽霊自身の意志に関わらず、必ずそうなってしまうのだ。

ところで原子体と霊子体の関係は一方通行だと前述したが、実は一部の原子体も霊子体に干渉出来る能力を有することが、もう二〇〇〇年も昔からわかっている。

科学的に解明されたのは日本ではつい二〇〇年ほど前だが、それは俗に「霊能力」と呼ばれるものだった。

そのおかげで、彼ら霊能力者の存在と価値は大きく変わった。霊能力者は「胡散臭い」ものから、立派な科学者という地位と市民権を得た。

だが路傍の石というわけではなく、その希少価値は二十一世紀を迎えてもまだまだ高い。

一覇はその霊能力を持っているために、霊子体をほとんど制約なく視たり触れたりすることが出来る。

さきほどから一覇の目に映る、きらきら光る無数のしゃぼん玉。あれらはほとんどすべて霊子である。

そしていま目の前にいる少女が、幽霊であることも当然のように理解している。

彼女はひどく寒い冬まっただ中なのに、防寒具の類はなしの制服一着で平気な顔をしているのだ。そしてそれを、周囲の人々はわからない。みえていないから。

この手の存在は、一覇にとって害悪でしかない。霊子体の赤い瞳は、否応にも“あの日”のことを思い出す。

だから一覇は、少女に気づかれないようにこそこそと迂回しようとした。こちらが気づいていると知ったら、きっと少女は何かしら反応をするだろう。それはもっとも避けたい事態だった。

誰にも気づかれない、気にされない、亡霊のような生活。それこそ一覇が渇望するものだった。

もう絶対に、誰とも関わらない。オレは一人で生きていくんだ。

だが少女はおもむろに首を上げて、()(ろん)げな瞳を一覇にフォーカスする。

少女の赤い瞳は、一覇の青い瞳と交錯する。

なにかがかちりと動き出す————そんな音が響いた。

「君は、わたしのことがみえるの──……?」

鈴の音を思わせる透き通った声が、一覇の耳朶を激しく打つ。

少女はすっと立ち上がり、一覇にゆっくり近づいた。

一覇よりわずかに背の高い少女は、青白く冷たい手で一覇の頬に触れる。

「君は……もしかして(れい)(しょう)()?」

一覇はやや自嘲気味に鼻で笑って、素っ気なく答えた。

「……まさか。オレはただの霊子体嫌いな中学生だよ。……もう帰るから、そこを退け」

一覇は少女の手を、とりつくしまもなくしっしと冷たくはねのける。しかし少女は一覇の手を握り、希望を抱いた真剣な面もちで言った。

「よし、君に決めた。ねぇわたしのお願い、きいてくれる……?」

「やだ」

「がーん!!」

いかにもわざとらしく口にする少女に不審な目を向けて、一覇は再び少女の手を振り払い、そのまま横浜駅に向かって真っ直ぐ歩を進める。

しかし彼女はなおも諦め悪く、一覇の前に立ちはだかる。

「まってまってまってストップ!!お願い、わたしの頼みをきいて!わたしは、わたしの記憶を取り戻したいの……!」

「きおく……?」

少女は気を取り直して、いたく真剣な瞳で頷く。

なにかがかちりと動き出す————そんな音が、響いた。


まだまだ続きますよ!

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