それは確かに夢だった
分割しております(´゜ω゜`)
その後の話だが、大事をとって港南区の霊子専門病院に一週間の入院を余儀なくされた一覇は、新学期早々に学校を休む羽目になった。
警察からも霊障庁からもいろいろ聴取をされてクタクタになって、機関が聴取のために用意した個室の大きなベッドで横になった。
最初のうちは学校を堂々と休めることにほのかな喜びを覚えていたが、聴取とやらが根掘り葉掘りの面倒事だったので、もう日常生活に戻りたいとクサクサしていた。
「…………」
はたと思い出したように一度起き上がって、見張りの看護師が来ないことを確かめてから、上着のポケットを漁って美しい銀盤を取り出した。
菜奈の霊障武具基盤は、本来であれば事件の証拠品として、あるいは持ち主死亡で警察か霊障庁に回収されるはずだった。
基盤というものは、その危険性から免許証を国から交付された人間にしか与えられないものだ。
だがどんな運命の悪戯なのか、あらゆる人の目をかいくぐり、その存在を知られることなく一覇の手にこうして遺された。
人差し指の腹で、表面についた無数の傷とデザインスリットをなぞる。
あのとき————菜奈と一緒に戦ったとき。
確かに“かぐや”は、一覇の霊子に呼応した。
他人の基盤を使って戦って悪魔を殲滅するなんて芸当は、一覇が知っている限りではどんなに訓練しても不可能だ。
基盤というものは専門の技師が使用者に合わせてネジ一本にいたるまでの素材から選び、組み立てられたあとさらに細かなチューニングを行って初めてものになる。
どんな一線級でも……大げさに例えば第一種霊障士であっても、他人のために合わせて作られた基盤で戦うことはほとんど出来ない。
……のはずなのだが。
ここでなぜか何度も感じた、月が見ているような感覚を思い出した。
優しく、心地のいい、そして無性な懐かしさがこみ上げるあの銀色の月。
病室の広くとられた窓からは、いつものように少しずつ膨らんできた上弦の月が見える。
ゆっくり瞬きをするように、毎日膨らんだり細くなったりする月。銀の輝きが灯りを消された病室を、温かく穏やかに照らしている。
「かぐや姫が……呼んでたのかな?」
————なんて、恥ずかし。
いつになくセンチメンタルな自分が自分らしくなくて、正直に言うと馬鹿みたいだとさえ思う。
白く清潔なベッドに潜り込み、基盤を大事に握りしめて眠りについた。
その夜は不思議な夢をみた。
気がついたら一覇は、常夜の町が一望できる空中庭園にいた。風が心地よく髪と頬を撫でる。空を見ると、不思議なことに幾千万の星はあれど月がない。
庭園は手入れが行き届いていて、四季折々の植物が楽しめるように工夫が凝らされている。
だが、キンモクセイはたった一本しかない。
長い金髪と艶やかな顔立ちをした巫女服の女性が、そのキンモクセイのしたで自分を待っている。そんな気がした。
「————ンド」
誰を呼んでいるの?
「……君は……」
彼女には会ったこともないはずなのに、とても懐かしくて嬉しかった。
彼女は穏やかに微笑んだ。胸には、美しい金細工が施された丸い鏡が抱えられている。
「……待っているぞ」
ぴんと張った上質の琴のような美しい声が、遠くに聴こえる。
眩しい陽光の中で起きたら目尻には涙がたまっていて、看護師が来る前に起きていたことを切に願った。
まだまだ続くよ!!
 




