目覚めのとき、少女は月の民をみる
分割しております!
まだ改稿するかもです!
菜奈も酒呑童子の伝説は授業で習った。
それどころか、幼い頃は夢中になって難しい漢字で書かれた伝記すら読みふけった。
それは酒呑童子と、腹違いの妹の茨木童子の悲しい物語。
二人は京都のとある山に住んでいて、仲むつまじやかに暮らしていた。
近くの村人とも仲がよく、皆が平和に暮らしていた。
だがある日のこと。酒呑童子は人を喰ったことで、朝廷直属の機関である中務省に追われ、茨木童子とともに京都を離れる。
相模……今の神奈川まで逃れたところで、伝説の陰陽師・安倍藤波に封印された。
その封印された土地が、久木学園内に建立された皇槻家が治める皇槻神社だとされている。
そう、酒呑童子は殺されたのではなく、封印されたのだ。
なぜ殺害ではなく『封印』なのか————その詳細はいまだに解明されていない。
ただ、封印の儀式を行える者は、この世でもごくわずか。
その筆頭が、皇槻神社の第十九代目神主にして予見者、《最上の巫女》の二つ名を欲しいがままにする現代の【陰陽師】皇槻鷹乃その人である。
菜奈もテレビでしか見たことがないが、長く美しい銀髪と穏やかな瞳が印象的な妙齢の女性だ。
会ったこともない女性の顔を思い浮かべて、菜奈は慎重に口を開いた。
「……酒呑童子がいるのはここじゃない、久木学園よ」
もしこの悪魔が酒呑童子を探してうろついているのだとしたら、封印設備の整った久木学園までうまく誘導してしまえばいい。
職員の中には当然、霊障士もいるし、件の《最上の巫女》がいる皇槻神社は学園内にある。
だが。
悪魔はなおも、淋しそうに視線をうろうろさせていた。
「しゅでん……どうじさま……さっきまでいた……どこ……?」
「さっきまでいた……?どういうこと?」
————……あ。
伝説では酒呑童子は、遠く唐から来た金髪碧眼の蛇男の息子で、父の血を色濃く受け継いで美しい金髪碧眼の姿らしい。まるで……
「……一覇のことを、言っているの……?」
「いち……は?」
菜奈の愕然とした小さな呟きに、悪魔はやや鋭く反応した。
うろうろ、うろうろと首をさまよわせている。
「いち……は、どこ……?」
————だめ。
瞬間的に菜奈は角材を真っ直ぐに構え直し、悪魔をひたと睨み付ける。————悪魔と同じ赤い瞳で。
「行かせないわ……っ!!」
一覇はいまきっと、霊障士の助けを呼びに街まで向かっているはず。
悪魔がそんな彼を追っていってしまったら、抑えていたはずの被害者が出かねない。
なんとしても、どんな荒業を使ってでも、こいつはここで食い止めないといけない。
菜奈はちらりと、右手のなかで沈黙したままの銀盤を見つめる。
もう一度強く、今度は深く念じる。
お願い……お願い。
弱いわたしに力を貸して、“かぐや”。
守りたいものを守る力を……あのとき出来なかったことを、約束を果たすための力を……。
————“あのとき”?
「————あ……」
記憶が、置いてきた感情とともによみがえる。
記憶の渦のなかで、菜奈は真珠のような涙をひとつぶ流した。
あのとき。
まだ続くよ!!




