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亡霊×少年少女  作者: 雨霧パレット
亡霊×少年少女
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オレたちがもう一度出会うために。

ご覧いただき、ありがとうございます。何か心に残るエピソードがあれば、幸いです。



2017年1月6日に大幅改稿しました。

亡霊ポルターガイスト×少年少女

第一話『亡霊×少年少女』


キンモクセイの芳香が、つんと鼻をくすぐった。

懐かしさと一緒に、もの悲しさを運んでくる不思議な匂いだ。

『さようなら』と、『ありがとう』。

そしてなにより————<愛している>。

伝えたかった言葉が溢れて、零れて。それはやがて温かい真珠のような涙に変化した。

光を奪われた月の國は、刻一刻と崩壊を進めていく。

水晶のように輝いていたあの巨大な城も、月光虫で仄かに照らされた妖しい街並みも、天鵞絨の空を見渡せる草原も、広大な砂漠も……あのたった一本のキンモクセイも。

オレたちの周囲を除いた、見覚えのあるものすべて、なにもかもを呑み込んでいく瓦礫と瓦礫。

天鵞絨の空に浮かぶ小さなブラックホールのような【黒】の一点が、その瓦礫を片付けて「無かったこと」にする。

太陽も、月も、星もみな。

収縮し、ゼリーみたいに簡単に消えていく。

終わる世界と、これから始まる新たな歴史のために。

オレが選んだこの道は、果たして本当に正しいものなのか。迷い、葛藤がぐちゃぐちゃに撹拌され、既存の言葉にはできようもない感情となる。

始まるはずの新しい歴史を見届けることは、しかし残念ながら叶わない。

そう思うとやはり、物悲しい気持ちが湧き上がる。

右手に柔らかく温かいなにかが触れた。見遣ると優しい微笑みを湛えた少女が、すぐ隣で寄り添ってくれている。

彼女の栗色の髪が風に揺れて、終焉の景色に優しい色彩を与えていた。同じ色の穏やかな瞳には、オレの情けない顔が映っている。

愛しい少女のその手を強めに握り返すと同時に、いまなお自分のなかで息づくもうひとりの少女の存在を、はっきりと強く感じた。

もう姿を見ることは叶わないが、彼女の太陽みたいな笑顔が脳裏に焼き付いている。

純粋な黒の長い髪、猫みたいな紅色の強い瞳、ぜんぶ、ぜんぶ。

ひとりじゃないことを、こんなにも心強く思えるのは初めてのことかもしれない。

ここにはいないはずの仲間たちも、オレのなかではとうに亡くなっている両親も。離れていてもきっと、こころは繋がっているんだと信じられる。

それはたぶん、いまここにいる彼女たちのお陰なんだと思うんだ。

ぜんぶがすべて、うまく回って、廻って。

オレたちのもとに繋がった。

これが運命というものなのかわからないけど、大切なものを教えてくれた。

この場所は間違いなく、『愛しきせかい』だ。

『彼女』と出会ったことで、オレははじめて生きる意味を与えられた気がした。

《彼女》と触れ合ったことで、オレはかけがえのない家族を見つけられた。

そんな大切な『彼女』を、オレは死なせてしまった。

大切にしたい《彼女》の手を、自ら放してしまった。

だからオレは、彼女たちが生きた意味をここに刻むためにこの手を伸ばし————そして歩きだす。

想いを強さに変えて、明日に一歩ずつ踏み出すんだ。あの日、君がくれた言葉を胸に抱いて。

どんなに傷つき、折れて、泥だらけになり、汚れてしまっても。

たとえこの脚が折れて砕けてしまっても、道が見えなくなっても這いずり回るのだ。

傷つかないものはない、その傷を背負って生きるのだ。

自分が生きる価値を、他人に預けてはいけない。

誰にも譲らない、誰にも汚させない。ましてや神様になんて不確かなものになんか預けない。

運命にだって、この脚で立ち向かう。

ひととして当然の《愛》を求めて、オレは進むんだ。

オレはオレというたったひとりのひととして、人生を決める権利があるのだから。

崩壊が進んだもうひとつの故郷は、もうほんの僅かに大地を残すのみ。

すぐ隣にいてくれる、愛した少女たちへ向ける最後の言葉を、ようやっと口にした。

「君たちはオレにとって、道標だったんだ————」

空に浮かんだ輝く月のように、優しく寄り添ってくれた少女たち。

《愛》をくれた君たちのために、オレはこの道を選んだ。

後悔はないよ。


————もう一度、彼女たちと出会うために。


これは、魂が幾度もめぐるとこしえのお話。

悠久なる神々なんかいない、天国もないせかいのお話。

少年少女のながいながい、【生命アカシックレコード】を刻んだ物語。



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