2-5
朝目が覚めて、少しの間ぼんやりと天井を見上げる。
自分の家のものとは違うそれに、ほんの少し息を呑む。
ゆっくりと身体を起こし、隣のベッドに紫掛かった長い茶髪が、まるで蛇の様にうねっているのを見つける。
主はどうやら熟睡しているらしい。
うつ伏せで寝ているが、苦しくはないのだろうか。
その向こうには黄金に近い茶髪がちらりと見える。
派手に動いたようで顔に布団が懸かっている。
二人して息苦しそうな体勢に、思わず笑みを浮かべる。
反対側のベッドを見ても、テントの中を見回してみても、目的の人は居ない。
のそのそとベッドから這い出て、歩きながら着替える。
装備欄から選ぶと、自動で着替えられるのが楽で助かる。
身なりを整えてから、歩調を戻し、テントの幕を押し上げて。
予想もしていなかった光景に目を丸くした。
目を覚ましたファイは、両親が起きてテントから出ているのに気付き、幼馴染みで兄であるスティグマが、未だ爆睡しているのを見つけると。
「朝よスティー!はい起きる!Wake-up early!Wake-up,now,now,now!!」
わっさわっさ揺らしながら叫ぶ、容赦なく揺らす。
「起きてる、起きてるから…揺らすなー…」
か細い掠れ声に気付き、腰に手を当てて目を吊り上げる。
「早く起きなさいってば。街に行くって行ったでしょ?」
「あー、そうだっけ」
引き返すような形になるが、再び森を突き抜ける予定である。
目的地は森を抜けた草原にある大きな街である。
半径1?級の街は、この時代にしては大きい部類になる。
最も、大光暦400年代にはその規模の街はいくつも存在したのだが。
「お前大丈夫か?途中までは街道走るっつってたけど…走るの苦手だろ、特に山道」
「あーうん。でも、現実よりはマシみたい。スキル使ったら結構大丈夫な気がする」
服を着替え、髪の毛を整える。
「スキル様様ね」
「だなぁ」
そう言い合いながら、テントの幕を押し上げて。
予想もしていなかった光景に目を丸くした。
「なんじゃこりゃ!!」
「わー…どうしたの、これ」
そこにあるのは何かの死骸の山。
そして、相変わらず無表情な父と、困ったような顔をした母。
「結界の周りをぐるぐる回っていた見たいなの。ディガンマが朝始末したそうよ」
うっとりとディガンマを見上げるラムダの隣で、おそらく何か考えているのであろうディガンマは悠々と立っている。
「おい、ファイ。こんなモンスターいたか?」
「んー…私の記憶にはないかな。お父さんは?」
「ない」
ファイは、モンスターの死骸に近づき、それをまじまじと見る。
虎のような模様の赤と黒の毛並みに、鋭いキバ。
太い爪にがっちりとした体型。
「これ、ティグリスみたい」
「おそらく、ティグリスが進化したものだろう。火魔法を使っていた」
「魔法を、モンスターが?」
嫌そうな顔で聞き返すスティグマに、ラムダは苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、モンスターも変わってきてるのね。今まで、魔法を使うモンスターはドラゴンと龍だけだったもの」
「め、めんどくせぇぇー…」
頭を抱えたスティグマを押し退け、ファイは膝をついて死骸を観察する。
ティグリスの他にも、羽の生えているものや、鱗で覆われているものなど、様々で、どれもが微かに見覚えがある。
「アイテム化しないのね」
ファイの問にディガンマが無言で頷く。
倒されたモンスターは幾つかのアイテムに代わる。
その事をプレイヤーはアイテム化と呼ぶ。
これらのモンスターがアイテム化をしないのを見ると、その設定が適応されないのだろう。
「自分で解体しろってことかしら」
ラムダが首をかしげ、
「俺は無理だからな」
「私も無理」
スティグマとファイが首を振る。
先ずやり方も知らない。
況してや、ファイは魚を捌いたこともない。
「あ、そうよ。お父さんにアイテム化のスキルを作って貰えば良いんじゃない」
「まあ、そうだな」
父娘の会話に、母は首をかしげ、息子はああと声を上げる。
「なるほどな、臨界者か」
「え?………ああ!そういうことね」
「さ、お父さん、やっちゃって!」
三人の期待する眼差しを受けて、やれやれと首を降った。