3-1
ミュゲは兄の背中を見つめながら、ひたすら今の状況を呪っていた。
どうしてこんなことになっているのか。
どうしてこんなところにいるのか。
兄が止まったのを同じくして、ミュゲの足も止まる。
ミュゲの薄い金色とは違い、兄の髪は焦げ茶に近い金色をしている。
本来は美しい兄の髪は、汚れてボサボサしている。
ああ、どうして。
何度も何度もその言葉が頭を支配する。
ああ、どうして。
「この辺りだったか?」
下卑た笑みを浮かべる醜男が、後ろを振り返りながら問う。
小男が同じような笑みを浮かべながら頷き、歩みを止めていた馬を歩かせる。
二台の馬車を先導する醜男は、目を凝らしながら先を照すも、道は完全に途切れている。
馬車で通れそうにない。
「どうだ?」
後ろの馬車から50代の男が顔を出す。
豊かな髭を蓄えた男は、醜男が首を振ったのを見て周りの護衛たちに合図する。
「出ろ」
前の馬車のドアを開け、青年を引きずり出した護衛は、青年にすがり付く少女を無理矢理馬車に押し戻す。
醜男がニヤニヤと笑いながら、引きずり出された青年の周りをぐるぐると回る。
さも嬉しいと言わんばかりの表情だ。
「さて、イーリス。ここに見覚えは?」
「………等しく、森」
醜男はその答えが気に入らないとばかりに、舌打ちをして声を荒げる。
「森なのは分かってるっての!この森がお前の産まれたとこかって聞いてんだよ!何のためにここに連れてきたと思ってんだ!お前らの里帰りじゃねーんだよ!」
怒鳴り声を聞いているのかいないのか。
青年は真っ直ぐ前を見たまま、再び口を開く。
「森は森。我らは森を等しく愛す。それが故郷か否かは問題ではない」
「んだと!?」
「落ち着いて親分!殴っちゃ不味い。ヘルデ様にバレるぞ」
小男や護衛が慌てて間に入る。
「おい、ヘルデ様に報告しろ」
護衛の一人が後ろの馬車に近づき、顔を出したヘルデにやり取りを報告する。
それを見ながら、醜男は腹立たしげに青年を睨み付ける。
青年とその妹を捕まえてから5年もの間、二人して黙りを決め込んでいた。
やっと妹を痛め付けて吐かせた、ほんの少しの森の情報を手にここまで連れてくることができた。
邪な考えを持つものは、エルフの森に入れたとしても里にはたどり着けない。
エルフが共にいない限りは。
そう、今までとは違いこの兄妹がいる。
やっと大量のエルフを捕獲することができるのだ。
成功すれば大量の金が手に入る。
「……ククッ」
思わず笑みが漏れる醜男を、エルフの青年は冷たい目で見つめていた。
「もし、たどり着いたとしても……」
男たちは呆然とそれを見ていた。
大きな木を中心とするエルフの里を。
誰一人としていない里を。
「…どういうことだよ」
「これはっ…」
イーリスは目を細め、里を見回す。
覚えがあるような、ないような。
隣のミュゲも同じように思ったのだろう、辺りをキョロキョロ見回している。
「お兄様」
「ああ」
小さな声で短いやり取りをする。
ここにはもう同族はいない。
どこかへいってしまった後だ。
大慌てで里を駆け回る男たちを見ながら、安心したような、悲しいような。
「クソッ折角のチャンスだってのに!」
醜男が怒鳴り散らし、ヘルデが憤怒の表情を浮かべた時。
「何のチャンスなわけ?」
「まさか、親の許可なしに保護下にある子供を拐おうなんて考えてねーよなぁ」
いつのまにか巨木の側に現れた、マントを被った少女と青年に、ヘルデは後退りしながら首を振る。
異様な威圧感に、足が震えている。
明らかに年下な二人組が、命を脅かす恐ろしいものに思えるのだ。
それはヘルデ以外も感じたようで、何人かは気を失ってすらある。
「な、なななな…」
「まーまー落ち着けって。お前さんら、奴隷商人で間違いねーよな?」
へたり込んだ醜男の前に屈んだ青年は、声朗らかに話しかける。
コクコクと頷いた醜男は、ヘルデの後ろに逃げ込む。
ヘルデは半泣きになりながら、懸命に手を振る。
「ま、待ってくれ。わしらは、別に、そんな……なあ、頼む、誰にも言わないでくれ。なあ」
「だから落ち着けって。少し人の話を聞こうぜ」
青年が微笑んだような気がして、ヘルデは少し力を抜く。
が、
グオオオオオオォォォォ
怒号が辺りに響き渡り、意識のあった護衛や小男が気を失う。
エルフの少女はへたりこんでしまい、妹を守るように青年もしゃがみ辺りを警戒する。
ドオオオオォォォォン
地が割れるような音がして、ダクタロンと呼ばれる大型のモンスターが空から落ちてくる。
風のマナを纏う、白地に黒い縦の亀裂の模様と鋭い爪や牙を持つダクタロンは、座り込む者たちをジロジロ見ながら、巨木にもたれ掛かっている少女に近寄る。
「おかえり、ヴィンデ。ちゃんと良い子にしてた?」
少女の唯一見える口元は嬉しそうに弧を描いており、自身の肩の高さにあるダクタロンの顔に頬擦りをする。
「ヴィンデ。そこの人間たちは、まだ食べちゃだめよ。スティーが良いって言ってからね」
少女に言われても、視線は気を失っている餌に向かっている。
ヘルデと醜男はガタガタと震えだす。
当然だろう。
ダクタロンはB級モンスターで、草々お目にかかれるものじゃないのだ。
ましてや、それを使役するなどあり得ない。
「脅すなっての」
とぼやいた青年は、ため息をついた。