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坂の途中

作者: Gumi
掲載日:2012/10/30


また同じ夢を見た。


何度この光景を見ただろう。

それは少しずつリアルになって、現実との境界を蝕んでいく。

風が頬を撫でる感触も、立ち上る土の匂いも、そして彼女の弾む息遣いも。

全てがとても生々しく、追体験しているようにしか思えなかった。


その夢の中で僕は、高校生に戻っていた。

特に理由はなかったが学校生活は憂鬱で、事実休みがちだった。

一日休むともはやクラスメートの輪に入れない気がして、登校に吐き気を覚えるほどだった。


秋晴れの爽やかな朝だ。

僕は見かねた母親に追い出されるようにして、一週間ぶりの登校途中だった。

うちから学校までは徒歩20分と少し。

決して遠い距離ではないが、ずっとなだらかな上り坂が続く。


昔からの住宅地の中にある上り坂はとても静かで、

脇には銀杏の木が並んでいた。

来月にもなるとそれは葉を落として、金色の絨毯に変わる。

美しいが、とても滑りやすい。


空は高く、昨夜雨が降ったのか木々は湿り、土が匂い立つ。

この坂をのぼって登校する生徒は少ない。

反対側にある最寄の駅を利用する者が多いせいだ。


だから、その日は少し驚いた。

僕の少し前を女子生徒が歩いていくのだ。

この坂を利用する生徒は限られているというのに、後姿を見る限り彼女は新参者だった。


彼女は比較的身長が高く、長い髪を後ろで束ねていた。

紺色の制服に、白い素足が眩しい。

背筋をしゃんと伸ばして坂を上って行く彼女は、自分とはかけ離れた存在に思えた。


――あの子は誰だろう。


そんな素朴な疑問を抱いてみるも、後姿しか見せてくれない。

僕の目に映るのは、揺れる髪と、揺れるスカートの裾。

その隙間から僅かに覗く、艶やかなうなじと太もも。


自分でも馬鹿みたいだと思う。

僕は、顔も見えない彼女に一瞬で恋したのだ。


それは恋ではないと人は言うだろう。

思春期にありがちな、安易な憧れと青臭い性的衝動の化合物だと。

けれど、この下腹からこみ上げてくる熱っぽさを、止まらない鼓動の高鳴りを、

恋と呼ばずに説明などできなかった。


何とかして彼女の顔が見たいと思った。

彼女の声が聞きたいと思った。

できることなら、彼女の肌の感触を、髪の香りを確かめたいと思った。


僕は焦っていた。

何とか坂を上りきる前に、彼女に話しかけなければいけない。

坂を上ったら、僕は学校での僕になる。

無気力で、怠惰で、人間関係に壁を作るような男になってしまう。


今ならまだ、間に合う気がした。

彼女に好感をもたれるような男を演じられる。


やや小走りになりながら、彼女に声が届く位置まで近づく。

彼女は歩くのが速いらしい。

半ば息を切らせながら、僕は思い切って声を振り絞った。


――ねぇ、君。なんていうの。


息切れのせいか緊張のせいか、声が掠れた。

それでも僕の声は届いたらしく、彼女は足を止めた。


そしてゆっくりと振り返る。

彼女の横顔が見えたとき、僕の心臓は避けてしまうかというくらい痛かった。

その痛みも、とてもリアルなのだ。


ところが彼女は横顔を見せたところで、口元をわずかに動かしたかと思うと、

不意にまた前を向いてしまった。

そして僕の存在を無視したかのように歩き出す。

僕は暫し、その場に立ち尽くすしかなかった。


彼女は何と言ったのだろうか。

一度目の夢では分からなかった。

けれど二度三度、十度、二十度と同じ光景を見た今なら分かる。

彼女はこういったのだ。


――この坂を、上ったら。


どうやら僕は、坂の上の僕として彼女と向き合わなくてはならないらしい。


そして今日もまだ、坂の途中。




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