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坂の途中

作者: Gumi


また同じ夢を見た。


何度この光景を見ただろう。

それは少しずつリアルになって、現実との境界を蝕んでいく。

風が頬を撫でる感触も、立ち上る土の匂いも、そして彼女の弾む息遣いも。

全てがとても生々しく、追体験しているようにしか思えなかった。


その夢の中で僕は、高校生に戻っていた。

特に理由はなかったが学校生活は憂鬱で、事実休みがちだった。

一日休むともはやクラスメートの輪に入れない気がして、登校に吐き気を覚えるほどだった。


秋晴れの爽やかな朝だ。

僕は見かねた母親に追い出されるようにして、一週間ぶりの登校途中だった。

うちから学校までは徒歩20分と少し。

決して遠い距離ではないが、ずっとなだらかな上り坂が続く。


昔からの住宅地の中にある上り坂はとても静かで、

脇には銀杏の木が並んでいた。

来月にもなるとそれは葉を落として、金色の絨毯に変わる。

美しいが、とても滑りやすい。


空は高く、昨夜雨が降ったのか木々は湿り、土が匂い立つ。

この坂をのぼって登校する生徒は少ない。

反対側にある最寄の駅を利用する者が多いせいだ。


だから、その日は少し驚いた。

僕の少し前を女子生徒が歩いていくのだ。

この坂を利用する生徒は限られているというのに、後姿を見る限り彼女は新参者だった。


彼女は比較的身長が高く、長い髪を後ろで束ねていた。

紺色の制服に、白い素足が眩しい。

背筋をしゃんと伸ばして坂を上って行く彼女は、自分とはかけ離れた存在に思えた。


――あの子は誰だろう。


そんな素朴な疑問を抱いてみるも、後姿しか見せてくれない。

僕の目に映るのは、揺れる髪と、揺れるスカートの裾。

その隙間から僅かに覗く、艶やかなうなじと太もも。


自分でも馬鹿みたいだと思う。

僕は、顔も見えない彼女に一瞬で恋したのだ。


それは恋ではないと人は言うだろう。

思春期にありがちな、安易な憧れと青臭い性的衝動の化合物だと。

けれど、この下腹からこみ上げてくる熱っぽさを、止まらない鼓動の高鳴りを、

恋と呼ばずに説明などできなかった。


何とかして彼女の顔が見たいと思った。

彼女の声が聞きたいと思った。

できることなら、彼女の肌の感触を、髪の香りを確かめたいと思った。


僕は焦っていた。

何とか坂を上りきる前に、彼女に話しかけなければいけない。

坂を上ったら、僕は学校での僕になる。

無気力で、怠惰で、人間関係に壁を作るような男になってしまう。


今ならまだ、間に合う気がした。

彼女に好感をもたれるような男を演じられる。


やや小走りになりながら、彼女に声が届く位置まで近づく。

彼女は歩くのが速いらしい。

半ば息を切らせながら、僕は思い切って声を振り絞った。


――ねぇ、君。なんていうの。


息切れのせいか緊張のせいか、声が掠れた。

それでも僕の声は届いたらしく、彼女は足を止めた。


そしてゆっくりと振り返る。

彼女の横顔が見えたとき、僕の心臓は避けてしまうかというくらい痛かった。

その痛みも、とてもリアルなのだ。


ところが彼女は横顔を見せたところで、口元をわずかに動かしたかと思うと、

不意にまた前を向いてしまった。

そして僕の存在を無視したかのように歩き出す。

僕は暫し、その場に立ち尽くすしかなかった。


彼女は何と言ったのだろうか。

一度目の夢では分からなかった。

けれど二度三度、十度、二十度と同じ光景を見た今なら分かる。

彼女はこういったのだ。


――この坂を、上ったら。


どうやら僕は、坂の上の僕として彼女と向き合わなくてはならないらしい。


そして今日もまだ、坂の途中。




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