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第7話

 葵達から五十m程離れた川沿いの林の中から、龍士達は木陰に身を隠しながら葵の様子を見ていた。

 龍士達は逃げる為に林へと向ったが、誰が言うでもなく皆が林の中で留まり、ただ無言で葵の方を心配そうに見ていた。

 葵に襲い掛かろうとする化物の行動に、はらはらしながら見ていた時、何やら化物達の様子がおかしい事に龍士が気付いた。

「あれ……どうしたんだろう……」

「えっ?」

 龍士の呟きに、隣で葵を見ていた明日香が気付き、龍士の方を見る。

「……なんか、化物同士もめているみたいだけど……」

「……そう言えば……」

「……そうね……確かに変ね……」

 翔子も龍士の言葉を聞いて、化物達の不自然な様子に気付いた。

 龍士達は、葵を取り囲む化物達の様子を不思議そうに眺めていた。

 一方、葵達の方は、多門次達が自分に逆らった事に憲正が怒りを露に、多門寺と源一坊を睨み付けていた。

「貴様等は分かっておらぬ……その刀がどれだけ我等に必要なのかを……」

 怒りに震え、押し殺した声で憲正が言うと、

「必要……何の事にござりまするか」多門次が、何の事か分からずに問い返す。

「その刀は、力じゃ……」

「力?」

「そうじゃ……その刀は我等の力と成るのじゃ……」

 憲正の言葉に、多門寺と源一坊が何の事かと顔を見合す。

 信綱も憲正の言葉が分からず眉を顰める。

「松山のお家騒動のおり、我等が人に追いやられたのは、その刀の高大なる神通によってじゃ。そうでなければ、我等が人に遅れを取るものか」

「この刀に……」葵は懐剣を改めて眺めた。

「そうじゃ。その刀……男刀と女刀を合わせ持てば、冥界へ行き魔界の扉さえ開く事が出来るのじゃ」

「何と……魔界の扉を……」

 憲正の言葉に葵達が、目を見開き驚いている。

「……まさか……魔界の扉を開いて、何とするお積りか……よもや……」

 憲正の後ろから、信綱が恐る恐る尋ねると、

「そうよ!魔物達を我等の力とするのよ!」と、憲正が信綱に振向き、不気味な笑みを浮かべる。

「なっ、なんと……」

「馬鹿な……」

 葵達は憲正の言葉を聞いて、続く言葉が無かった。

「我等を追いやったその刀……それが如何に高大な力を持ち、我等の力と成る物か解らぬのか……愚か者どもが」

「……お、愚かなのはどちらじゃ!」

「何……」葵の叫びに憲正が葵を睨み付ける。

「魔物達じゃと!お主はその意味が判っておるのか!第一、その様な事をして何とする積りじゃ!」

「くくくくくく……何と、だと……」叫ぶ葵を憲正は、不気味に笑って見ている。

「解り切った事を……我等がその力を得れば、何も恐れる事など無くなる……お前達、大峰の者も、豊後の者達も、安芸の者達もじゃ……そして、目障りな年寄り達もな……」

「何だと!年寄りとは誰の事じゃ!貴様!何を考えておる!」憲正の話を聞いて、信綱が激怒して問い直す。

「ふっ、知れた事よ……何時までも目障りな年寄りに、出張られては迷惑じゃと言っておる」

「……貴様……」

「我等は……時康殿と我はこの力を得て、我等の世を作る」

「己は……言っている意味が判っておるのか……それこそ謀反ぞ!」

 堪りかねた信綱が憲正に駆け寄る。

「黙れ!何が謀反か!……時康殿は、我等一族の将来を思ってなさろうとしておるのじゃ。それが判らぬか、愚か者め。高大な力を得て、我等一族が何にも恐れる事の無き世を作ろうとしておるのじゃぞ!それが、謀反か!戯けめ!時康殿のお気持ちも判らず、ほざくな!」

「ぐっ……」憲正の迫力に、信綱は言葉を詰まらせる。

「それが、愚かだと言っておるのじゃ」

「なにぃ……」憲正は、懐剣を握り締める葵を睨み付ける。

 葵は涙を浮かべ、憲正を見据えながら、

「お主等が高大な力を得たとしても、いずれ、誰かが更に高大な力を得るであろう……虚しい事じゃ。力が力を呼び、戦が戦を呼ぶ……何時まで続ける積りじゃ……」と、唇を震わせながら訴え、憲正に近付く。

「!、姫様!」

 憲正に近付く葵に気付き、多門寺と源一坊が止めようとするが、葵は肩で二人の手を振り払い、憲正へと向う。

「血を流し、命を奪い合い、何処まで行けば気が済むのじゃ……滅びる事を望むのか……」

「……我等が滅びぬ為にする事じゃ」

 涙を流しながら近付く葵に憲正が刀を向ける。

 それを見て、源一坊と多門次が、慌てて葵の前に出て、憲正に向けて錫杖を構える。

「……魔物を使うなどと、それがどれほど愚かな事か判らぬのか……天に逆らい、封じられた魔物ぞ……」静かに話していた葵が、

「その様な者どもを放てば、お主等も滅ぶぞ!」行き成り、髪の毛を振り乱し怒鳴る。

「黙れ!」憲正は、葵へと怒鳴り返し刀を振り下ろすと、

「姫様!」源一坊と多門次が同時に錫杖を突き出し、憲正の刀を受け止めた。

「我等は、この世を支配する力を得るのじゃ」

 刀の先にいる葵を睨みながら憲正が言うと、

「その様な事!愚かな!この世を地獄にする積りか!考えても見よ!人はその刀を何故二つに分けた!それが解らぬか!」目の前の切っ先に臆せず、葵は憲正を睨み付け叫んだ。

「ふっ、解りたいとも思わぬわ。所詮、人如きには刀の真の力なぞ解らぬわ……」

「我も解りませぬな……」

「……何……」

 信綱の言葉に憲正が振向くと、信綱は背後に兵を従え、憲正を睨み付けていた。

「貴様……」

 睨み付ける憲正を無視して、信綱は葵の方を向いて、

「姫様……先程の話、我も信じられる様な気がします」

「信綱殿……」信綱の言葉に、多門次が笑顔を向ける。

「若の……時貞様のお気持ち、何とのう納得出来た気がします……」

「信綱……」笑顔で話す信綱に、葵も笑顔で答える。

「若が望まれた事の良し悪しを、意見する立場にはござらぬが……」

 信綱は、少し困った顔で葵にそう言って、

「この者が謀反人である事は、はっきりと言えます……」と、憲正を睨み付けた。

「貴様……」睨み付ける信綱と、その背後に居る百ほどの兵達を、憲正は眉間に深いしわを作って睨み付ける。

「先程の話。聞いたからには捨て置けませぬ」睨み付ける憲正に臆せず、目線をさらさないまま信綱は、

「者ども!この謀反人を取り押さえよ!」と、刀を抜き放ち、兵達に命令した。

「憲正様……お刀を納めて下され……そして、大人しく……」

「笑わせるな!」憲正の口上が終わらない内に憲正は刀を大きく水平に振り払い、衝撃波を放った。

 放たれた、三日月形の衝撃波が信綱に向う。

 信綱は瞬時に、背中に大きな羽を広げ、刀を前に構え障壁を張る。

「ぎゃぁぁぁ!」信綱の側に居た十匹ほどの化物が、衝撃波の直撃を喰らい、体を引き裂かれ血飛沫を上げる。

「くっ……」障壁で衝撃波を、なんとか防いだ信綱が眉を顰める。

 直撃を食らった化物が塵となって消えると、

「我に手向かうとは片腹痛いわ!ははははは!」と、憲正が信綱を見て、笑いながら叫ぶ。

「されど、我等三人が相手では、そう、易々と勝てはしますまい……」

 背後から声に憲正が首だけを向けて見ると、錫杖を構える多門次と源一坊がいた。

 信綱は鷹の化物の姿に変化し、

「正義は我にあり!」と、大声で叫び刀を振り上げ兵達を鼓舞する。

「正義は我にあり!皆の者、怯むな!」

 憲正の凄まじい衝撃波を見て、怖気付いている兵達に向けて更に叫ぶ。

「正義は我にあり!」

「お、おお……」一部の兵がおずおずと刀を振り上げ声を上げる。

「正義は我にあり!」多門次と源一坊も錫杖を振り上げ叫ぶ。

「おお!」半数の兵隊がその声に答える。

「正義は我にあり!」

「おお!おお!おお!」そして全ての兵が声を上げると、

「よし……」と、兵を見渡し信綱が頷き、刀を憲正へと突き出す。

「おお!おお!おお!」信綱の合図で兵達は、声を上げながら憲正への包囲を縮める。

「くっ……」信綱達の鼓舞に答えて刀や槍を振り上げ近付く兵達を、憲正は眉を顰めて見回す。

「舐めおって……」歯軋りしながら憲正が呟き、

「やかましい!」と、叫ぶと、五匹の化物の首が飛んだ。

 首から血飛沫を上げる化物を見て、声を上げていた兵達が一瞬で黙った。

「我に逆らって、命があると思うな……」

 そう言って、兵達を睨み付ける憲正の背中から、大きな腕が伸び血が滴り落ちていた。

 その腕は、昆虫の様な硬そうな外皮で覆われ、棘の様な剛毛が生えていて、先端は鋭い爪となっていた。

「己……」憲正の姿を見て、信綱達は身構え、

「あくまでも手向かう気か、謀反人め……」憲正に刀を向ける。

 憲正は不気味な笑いを浮かべながら、

「我等の大儀に邪魔な者は……消えてもらう……」と、呟くように言った。

 次の瞬間、憲正の背中が大きく瘤の様に盛り上がると、更にもう一本の手が伸びた。

「くそ……」憲正の変わる姿を見て、多門次達が後ろへと下がる。

「さがれ!」信綱も飛び退き、刀を振り回し兵達に叫ぶ。

「姫様!お逃げくだされ!」

「えっ?」

 錫杖を構えながら、多門次と源一坊が葵の腕を引っ張り、引き摺る様に下がらせる。

 訳の分からないまま、二人に腕を引っ張られ下がる葵の目の前で憲正の体が膨れ上がる

 憲正から離れ、身構える多門次達の前で、憲正はその巨大な姿を現した。

 その姿は、二十mほどある蜘蛛の胴体に、牛の頭。

 太い胴から生えている八本の足の先端は、黒く光る鋭い爪が生えていた。

 金色に鈍く光る鋭い目を大きく見開き、真っ赤な口の中には長い舌と、鋭い牙が見える。 

 憲正は、怒りを露に顔を歪め、荒い息と共に口から大量の唾液を垂らしながら、葵を睨み付けている。

 牛鬼の姿に戻った憲正を、多門次達が身構え睨み返す。

「うおぉぉぉぉ」牛鬼が雄叫びを上げると、

「己!一番槍じゃ!」と、叫びながら源一坊が、錫杖を振り翳し、牛鬼に向けて飛び掛った。

 牛鬼は源一坊の錫杖を、前足の爪で受け止めると、源一坊を弾き飛ばした。

「くそっ!」弾き飛ばされた源一坊を見て、多門次と信綱が羽を広げて宙へと舞うと、一直線に牛鬼の前後から、急降下の攻撃を仕掛ける。

 牛鬼はそれを、前と後ろの足で受け止め、二人を薙ぎ払う。

 落下する二人は、姿勢が制御出来ずに地面へと叩き付けられる。

「くそっ……」

「おのれ……」

 地面へと激突した二人は、体の痛みに顔を歪めながらも身を跳ね起し、憲正に構える。

 目の前に倒れる二人を見て、葵は懐剣を口に咥え白狐の姿へと変化する。

「なりませぬ!姫様お逃げくだされ!」白狐に変化した葵の姿を見て、源一坊が叫ぶ。

「されど!」

 それに気付いた多門次が飛び上がり、牛鬼に構えながら葵の前へと着地する。

 それを見て、源一坊も錫杖を構えながら葵の前に出る。

「なにとぞ、殿のご遺言、お果たし下され……」

「此処は、我等が時を稼ぎまする」

「お前達……」

 二人に葵が声を掛けると、二人は微笑みながら葵へと振向いた。

「左右に分かれよ!左右から、後ろ足を叩け!」

 兵達に信綱が命令すると、兵達は憲正の左右後ろに別れ、得物を構える。

「我等は、前から行くぞ!」

「おお!」

「承知!」

 信綱の号令に、二人は錫杖を構え、葵の前から飛び上がった。

「どう足掻こうと、勝てるとでも思っておるのか!」

 牛鬼が叫び、体を起こし、前足を振り上げる。

 多門次達は、反射的に身を翻し、憲正との間合いを取る。

 後ろ足で立ち上がった牛気の背後から、兵達が突撃し牛鬼の後ろ足を狙う。

 兵達の動きを見て、多門次達も同時に牛鬼へと急降下攻撃を仕掛けるが、牛鬼は多門次達の攻撃を八本の足で受け返す。

 そして、暴れる牛鬼の巨大な足は、兵達を薙ぎ払う。

「どおぉりゃあぁぁ!」源一坊が衝撃波を放つ。

 と、同時に多門次が、つむじ風と共に鎌鼬と呼ばれる真空切りを放つ。

 牛鬼は、それらを硬い外皮で覆われた足で難無く弾き飛ばす。

 それを見る間も無く源一坊と多門次は、素早く位置を移動し再び攻撃を放つ。

 多門次達と兵達は、強大な力の牛鬼に対して、群がり仕掛けては退く、波状攻撃で対抗している。

 暫く多門次達の戦いを見ていた葵は、

「すまぬ……」と、頭を下げて呟くと、身を翻し飛び上がった。

 それを見た牛鬼は、

「逃すか!」と、叫びながら大きく飛び上がった。

「何!」

 不意に、巨大な牛鬼が軽々と飛び上がったのを見て、多門次達が驚く。

 牛鬼は空中で、口を大きく開けると、霧の様な物を吐き出し、

「はぁ!」次の瞬間、気合と共に白い帯が勢い良く口から伸びた。 

 帯は逃げる葵を空中で巻き付け、葵は地面に叩き付けられる。

「ぐっ……」

 落ちた痛みに顔を顰める葵の体には、無数の糸が巻き付いていた。

「逃すか……」

 着地した牛鬼がゆっくりと葵に近付く。

「くそっ!」

 慌てて多門次達が牛鬼に近付き牽制し、葵に近づけさせまいと、再び波状攻撃を仕掛ける。

---◇---

「なっ、何だよ……あの化物……」

 葵達の前で巨大化した牛鬼を見て呟く龍士の声は震えていた。

 他の皆も、自分達の常識から遥かに掛け離れた化物に声が出ない。

「あっ……」

「えっ?」

 隣の木の陰から見ている明日香の声に龍士が気付き、

「どうかしたの?」と、明日香の方を見て尋ねた。

「うん、さっきから気に成ってたんだけど、あの他の化物達、葵さんを守ろうとしてない?」

「えっ?」

 明日香に言われ、改めて化物達の様子を見てみると、確かにその様に見える。

「ねぇ、亜美ちゃん。何か解る?」

 後ろの木陰で邦博と一緒に居る亜美に振り返って、明日香が尋ねると、亜美は軽く頷いて葵達の方を目を細め見詰めた。

 そして暫くして、

「あ、あの……はっきり分からないけど、あの大きな化物と、周りの化物達の気持ちは全然違う色に見える」

「違う色?」

「うん」

 亜美の横で邦博が訪ねと、亜美は大きく頷いた。

「違う色って……違う気持ちって事?」

 亜美の隣の木から翔子が尋ねると、

「たぶん、そうだと思う」と、亜美が自信無げに答えた。

「それじゃぁ……」と、明日香が言い掛けた時、

「あっ!」葵を見ていた龍士が声を上げると、

「あっ、葵さん!」振向いた明日香が、白い帯の様な物に巻かれて倒れている葵を見て声を上げ、行き成り木陰から飛び出した明日香を、龍士が後ろから抱き止め、

「馬鹿!何をする積りだよ!」と、叫んだ。

「放してよ!葵さん、助けなきゃ!」

「助けるって、どうするんだよ!俺達に何が出来るんだよ!」

 走り出そうとする明日香を、必死で抱え龍士が叫ぶ。

「だけど!」

 そう叫んで、龍士に振向き睨む明日香の目には涙が溢れていた。

「橘……」

 明日香の顔を見て驚いた龍士の手が緩む。

 龍士から離れ、向き直った明日香が、

「だけど、友達なのよ!友達に成りましょうって言ったのよ!」龍士に食って掛かると、

「だからって、あのでかい化物相手に、俺達に何が出来るんだよ!」龍士も負けじと、明日香の胸倉を掴んで叫ぶ。

「あっ……」龍士の迫力に押され、明日香が黙る。

 現実を叩き付けられ、明日香は力が抜けたみたいに地面にへたり込んだ。

「橘の気持ちは分かるけど……」

 地面に座り込んだ明日香の肩に手を置いて、龍士が声を掛けると、

「せっ、せっかく、友達になれたのに……友達に成れたのに……何も、何も、出来ないなんて……」と、明日香は手を顔に当てて、しゃくり上げる様に泣き出した。

 その様子を、邦博と翔子は不思議そうに見ていたが、龍士と亜美には明日香の気持ちが痛いほど分かった。

 中学の時、友達と呼べる者がいなかった明日香。

 亜美と出会って二人で頑張った明日香。

 そんな明日香が、友達という者に強く拘る事を龍士は理解出来た。

 龍士は考えた。

 自分だって葵に助けられた。

 だから、何とか葵を助けたい。

 此処で何もしなければ、自分は一生後悔を背負う事になるかもしれない。

 そして、明日香の気持ちに答えたい。

 龍士は必死で考えた。

 そして、

「なんとか、したいよな……」と、邦博へ向かって言った。

「えっ?」急に言われた邦博は、何の事かと一瞬思ったが、

「……ああ、そうだな、何とかしたいな」と、言って木の影から出て、龍士に近付いた。

「このまま逃げたら、一生後悔するな」

 邦博の言葉を聞いて、

「そうね、もう後悔なんてしたくない……あの子達の時みたいに……」そう言って龍士に近付く翔子の後を亜美も着いて来た。

「皆……」

 真剣な顔で、明日香の周りに集まった皆を見て、龍士が微笑む。

「で、でも……どうしたら良いの……」

 明日香が泣き止み、龍士に尋ねると、

「何か良い方法があるのか?あんなでかい化物だぞ」と、邦博も尋ねた。

「自信は無いんだけど……」

 自信無げに頭をかきながら龍士がしゃがむと、皆は龍士の前に集まり、説明を聞こうとしゃがみ込んだ。

「もしかして、こんな事出来ないかなって、思い付いたんだよ……」

 皆は真剣な顔で話し出した龍士の説明を、頷きながら真剣な顔で聞いた。

---◇---

「くくく、逃がすか……」

 口から伸びた糸の束を牙で咥え、牛鬼が葵へと近付く。

「くそっ!」

 多門次と源一坊が、何度も何度も錫杖を振り下ろし、葵に巻き付いている糸の束を切ろうとするが、弾力のある糸は僅かしか切れない。

「たあぁ!」

 源一坊が糸に衝撃波を放ったが、糸は大きく振るえるだけで、あまりダメージを受けていない。

 多門次も鎌鼬を放つが、釜鼬は糸の表面を滑るように通り過ぎてしまう。

 糸は意思が有る様に、葵に巻き付き、ぎりぎりと葵の体を締め上げている。

「ぐっ……」

 葵は、体を強烈な力で締め付けられ骨が軋み、息が出来ない。

「うううぬぅ……ぐふっ!」

 葵は狐火で糸を焼き切ろうとするが、痛みで意識が集中出来ずに、狐火は断続的に小さな炎を上げては消える。

「姫様!」

 多門次は葵を見て、葵が危機的な状況である事に焦る。

「くそっ!」

 糸が容易く切れない事を知ると、源一坊は再び身を躍らせ、牛鬼へと飛び掛る。

「くっ……姫様、今しばらくご辛抱を!」

 そう言って多門次も牛鬼へと飛びかかった。

 葵へと近付く牛鬼に源一坊が衝撃波を放ち、それを牛鬼が前足で弾き飛ばした所へ多門次が一直線に特攻する。

 僅かに出来た隙に、多門次が目にも留まらぬ速さで振り回した牛鬼の前足へと飛びかかり、「たあぁぁ!」と、気合と共に、錫杖を牛鬼の前足の第二関節へと突き立てた。

「ぐうおっ」牛鬼が痛みに顔を歪める。

 が、次の瞬間、牛鬼は足を大きく振り回し、多門次を振り払う。

「関節じゃ!関節を狙え!」

 多門次の攻撃を見て、信綱が兵達に命令する。

 しかし、そう簡単には関節を狙えず、牛鬼の動きを止められない。

 糸に締め付けられている葵は、次第に意識が遠退き、白目を向いて口から泡を吹きながら痙攣しだした。

 多門次達の攻撃を払い除けながら、牛鬼が次第に葵に近着き、

「しねえぇぇ!」と、叫びながら葵に向けて前足を大きく振り上げた。

 と、その時、ばしゅうぅぅ!と、爆発音と共に葵へと伸びている糸の束が煙を上げる。

 煙が流れると、糸の束が三分の一程削れる様に切れていた。

「何!」

 牛鬼は何が起きたのかと、足を振り上げたまま驚いた顔で辺りを見渡す。

「なんだ、何が起きたのじゃ……」

 多門次達は、切れている糸を不思議そうな顔で見詰めている。

「はっ、は、やた、やった!当たった!」

 葵達から五十m程離れた所に、龍士達が居た。

「きゃっほおうぅぅ!」と、明日香が手を振り回して小躍りしている。

「やった!やった!やった!やったあぁぁ!」と、邦彦が手を振り上げる。

「よっしゃぁ!効いてる効いてるうぅ!」と、龍士が拳を握り締めてガッツポーズを決める。

「へっ!なめんなよ!」およそ、美少女の口から出た言葉とは信じられない下品な言葉を吐き捨て、翔子はぺっと、地面に唾を吐いて中指を立てた右手を牛鬼に向けて振り上げる。

 龍士達は、隠れていた林の側で、自分達の成果を異常なくらいのハイテンションで喜んでいる。

 小躍りしていた明日香が、くるりと体を回し、左手を腰に当て右手を差し出し、

「よしっ!次弾装填急げぇ!」と、指揮官よろしく皆に命令した。

了解らじゃぁ!」

 邦彦が片膝を付いてしゃがみこみ、頭上で両手で輪を作りフィールド張る。

 翔子と龍士は、バットぐらいの太さの木切れを持って邦彦に構える。

 明日香が、同じく木切れを持って邦彦に近付き

「行くわよおぉ……エネルギー充填、初め!」と、声を上げると、三人は同時に邦彦の張ったフィールドを木切れで殴り始めた。

「とりゃあぁ!とりゃあぁ!とりゃっとりゃっとりゃあ!」可愛らしいリズミカルな掛け声と共に、明日香は楽しそうに邦彦の後頭部辺りのフィールドを狙って容赦無く殴り続ける。

「ほほほほほほ!おっほほほほ!」何故か翔子は、高らかに笑い声を上げて、狂気で目を輝かせながら、邦彦の顔面前のフィールドに向けて殴り続ける。

 龍士はそんな二人を見て、

「おまえらなぁ……」と、少し困った顔で苦笑いをしながら遠慮気味に、邦彦の手の辺りに張っているフィールドを殴っている。

 ある意味異常な光景を、

「た、田原本君……」亜美は、一徹から過酷な特訓を受ける飛馬を見守る姉の様に、目に少し涙を浮かべ、木陰からそっと顔だけを出して心配そうに見ていた。

「何じゃ、今のは……何が起きた……」多門次は不思議そうに周りを見回している。

「うっ……おのれらか……」牛鬼が龍士達を見つけ、睨み付けている。

「なに?」多門次が牛鬼の目線を追って龍士達を見つけた。

「邪魔はさせん!」

 牛鬼が叫び声を上げて、前足を振り上げる。

「わ!こっち見た!」へたれの龍士が牛鬼と目線が合って、反射的に身を縮める。

「急いで!発射準備!」明日香も近付く牛鬼を見て焦る。

「了解!」と、翔子が腕まくりする。

「やるぜ!やるぜ!やるぜ!やるぜ!」自分に言い聞かせているのか、邦彦が近付く牛鬼を睨みながら吼える。

 はっきり言って、皆、怖いのだ。

 その恐怖を振り払い自分を振るい立たせる為に、ハイテンションを保とうとしている。

 しかし皆は、微妙な笑顔を浮かべてはいるが、その実、近付いて来た巨大な牛鬼を目の前に歯の根が合わず膝も震え、恐怖に固まっていた。

「てっ、天気晴朗なれど、波高し!」

「えっ?」

「皇国の興廃、この一戦にあり!」

「はぁ?……」

「各員、一層奮励努力せよ!」

「おっ……おお!」

 意味は良く分からなかったが、いや、解らなかった事で、恐怖に固まっていた皆の心が少し緩み、明日香の指令に皆が返事をして配置に着く。

 一番前に邦彦がしゃがみ、両手を差し上げ張ったままのフィールドを二十cmぐらいの円形に縮める。

 その後ろに明日香が、柄を外した日本刀を弓を放つ様なスタイルで構えフィールドを張る。

 明日香の後ろから、龍士が体を密着させて、明日香のフィールドを挟むように両手を差し出す。

「ちょっ、ちょっと、またぁ!さっきから引っ付き過ぎよ!」

 明日香が振向き、龍士を睨み付けると、

「だっ、だって俺、フィールドを体から離して張れないし……」と、両手をにぎにぎしながら、申し訳無さそうに答える。

「もう……しょうがないわね……だからと言って、腰まで引っ付けるな!」

「あっ、ご、ごめん……」

 少し頬を染めて怒鳴る明日香に、龍士が赤面しながら腰をひょいと引いた。

「くくくく……」

 そんな二人のやり取りを、にやけた顔で眺めながら、右サイドで翔子が明日香のフィールドに自分のフィールド重ねる。

「もう……なによ……」翔子の冷やかすような笑いに、明日香は顔を赤く染めて唇を尖らせている。

 そんな龍士達を、多門次が遠目で眺めながら、

「はっ!まさか……」直ぐには信じられなかったが、牛鬼の糸を切ったのは龍士達である事に気付き、

「源一坊!」と、錫杖を振り上げ源一坊に合図を送る。

「何じゃ!」源一坊が多門次に聞き返す。

「牛鬼の足を止めろ!」

「何の事じゃ!」

「良いから早くしろ!」

「おっ、おお!」何の事か理解出来ない源一坊は、戸惑いながら返事をした。

「何の事か分からんが、元より、しておるわ!」

 源一坊が錫杖を振り上げ、

「うおおぉぉぉ!」気合を込めて錫杖を振り下ろす。

 大型の衝撃波が、牛鬼の顔面に向う。

「くそっ」葵を引き摺りながら、龍士達へと向う牛鬼が足を止めて衝撃波を薙ぎ払う。 

「たあぁぁぁ!」

 牛鬼が止まった隙に多門次は牛鬼の後ろ足の第二関節に錫杖を突き立てる。

「どおりゃ!」

 信綱も反対側の足の関節に槍を突き立てる。

「ぐうおぉぉぉ!」牛鬼が龍士達に近付く足を止め、痛みに顔をゆがめる。

 糸が切れ、締め付ける力が緩み呼吸が出来る様になった葵は、

「い、稲葉殿?……橘殿?……」朦朧とする意識の中で、龍士達の姿を見つけた。

 葵が自分達の方を見ている事に気づいた明日香が、

「あ、葵さん!頑張って!」震えながら、葵に向って叫ぶ。

 明日香達から二十m程の距離の、巨大な牛鬼を見上げながら、

「いっ、行くわよ!」と、顔を真っ青にしながら明日香が叫ぶと、

「おっ、おお!」と、皆も真っ青な顔で振るえながら答える。

 龍士は日本刀が浮かぶ明日香のフィールド挟むように差し出した両手をにぎにぎして、磁力を発生させる。

 磁力線が明日香のフィールドに干渉している所に、翔子が静電気を発生させると、明日香のフィールドが、ぶうぅぅんと唸りを上げる。

 すると、フィールド内の日本刀が仄かに赤く光りだす。

 龍士の磁力線と翔子の静電気で、明日香のフィールド内に電磁波が発生し、日本刀を振動させる。

 電磁波とは、磁場と電場の変化が波動を起こす事を言う。

 そして、その高周波の波動は、日本刀の金属分子を振動させ発熱させる。

 赤く光出した目の前の日本刀を見て、

「くっ……あっつうぅ……」と、発熱する日本刀に明日香が顔を顰める。

 放射熱に耐えながら、

「照準、ヨーロソー、距離二十m、ヨーロソー……」と、狙いを慎重に定め、

「電子レンジ砲、発射!」と、叫ぶと、日本刀がすっと邦彦のフィールドに移動する。

 移動した日本刀は、邦彦のフィールドに入った瞬間、光を放ち液状に溶けて直径八cmほどの球形になり、

どん!と、轟音を上げて砲弾の様に打ち出された。

 放たれた液状の金属は、空気の抵抗で小さな粒となって散らばった後、表面張力で無数の散弾となり固まる。

 そして赤く焼けた無数の小さな鉄球が、糸の束に見事に命中し食い込むと、急激に冷やされた鉄球は爆発するように糸の中で炸裂し、

 ばしゅうぅぅ!と、爆発音と共に、葵を縛っている糸の束が、牛鬼と葵の中間ぐらいで煙を上げてぶち切れた。

「やったあぁぁ!」

「よっしゃあぁぁ!」

「はっ、なめんなあぁぁ!」

 ぶち切れた糸の束を見ながら、明日香達が手を振り上げて歓喜の声を上げる。

「おお……」龍士達の技(?)を見て、多門次が感心して声を漏らす。

「くそっ!おのれら!」

 激怒した牛鬼が、龍士達に向おうとした時、

「相手はこっちだ!」と、叫びながら源一坊が牛鬼の前に立ちはだかり、衝撃波を打ち放つ。

 多門次は、龍士達に向って

「姫様を頼む!」と、叫ぶと、高く舞い上がり牛鬼へと鎌鼬を放つ。

「くっ……」多門次達の攻撃に牛鬼は足を止めて前足で防御する。

「葵さん!」倒れている大狐の葵の元に、龍士が真っ先に走り出し、

「あっ!」その後を追って、皆が走り出した。

 倒れている葵の元に辿り着き、龍士は葵の側にしゃがみ込み、

「葵さん!葵さん!」と、朦朧とした虚ろな目をした葵の首筋を揺すっている。

「葵さん!」

 明日香達も駆け寄り、葵に声を掛けると、

「ごほっ」と、葵が短い咳を吐き出し、

「……い、稲葉殿……」龍士に虚ろな目を向ける。

「葵さん!」

 葵が生きている事を確認して、皆の顔に笑顔が浮かぶ。

「は、早く逃げなきゃ」

 直ぐ側で土煙を上げて暴れている牛鬼を見ながら明日香が言うと、

「これ、切らなきゃ……」と、龍士が糸を掴んで引っ張るが、弾力のある糸は、龍士が引っ張ったぐらいでは、一向に切れそうにも無い。

「すまぬ、稲葉殿……また助けられたな……」

 意識がはっきりとして来た葵が、龍士に笑顔を浮かべて礼を言うと、

「そんなことより、早く糸を……」と、龍士は必死で糸を引き千切ろうと、力を入れる。

 皆も糸を切ろうと、糸を力いっぱい引っ張る。

 締め付ける力は無くなったものの、糸は切れそうに無い。

「すまぬ、稲葉殿。少し離れてくれ。糸を焼き切る」

「あっ、うん、解った」

 葵の言葉に頷き、龍士が葵から離れると、皆も龍士に従って離れた。

 葵が意識を集中して、全身を狐火で包むと、巻き付いていた糸が溶ける様に燃え上がった。

 糸が取れると葵は、仄かな光を放ち少女の姿へと戻った。

「葵さん」

 龍士達が、再び葵の側に駆け寄ると、

「稲葉殿……」龍士に笑顔を向けて、

「度々すまぬ……改めて、礼を言う……」と、葵が丁寧に頭を下げた。

「そんな事、良いから、早く逃げなきゃ」

 直ぐ近くの牛鬼を見ながら龍士が葵の手を引っ張ると、

「解った」と、葵が頷いた。

「すまぬ!後は頼む!」

 葵が多門次達に声を掛けると、多門次達は笑顔で頷き、葵に返事をした。

「行くよ!」

「承知!」

 龍士の言葉に葵が頷き、皆はその場を離れ、下流へと向って走り出した。

 下流へ5百mほど下った所で、龍士達は息を切らしながら止まった。

「はあ、はあ、はあ……あ、葵さん……俺達、これ以上、走れないよ……だから、だから葵さん、先に、逃げて……早く……」

 龍士が苦しそうに息を整えながら葵に向って言うと、

「早く、逃げて……」翔子も、苦しそうに葵に向って言った。

 葵は黙って龍士と翔子を眺めている。

 明日香と邦彦が亜美を連れて遅れて追いついた時、

「くっ……」と、葵が行き成り泣き出した。

「葵さん?」

 両手で顔を覆って泣いている葵に明日香が不思議そうに声を掛けると、

「情け無い……情け無い……」と、葵がその場にしゃがみ込む。

「どうしたの……葵さん……」

 泣いている葵が心配になって皆が葵へと近寄る。

「……会ったばかりの……人であるお主等が……命を掛けてまで我を助ける……何の利害も無いお主等が……」

 しゃくり声で話す葵の言葉を龍士は困惑した顔で聞いている。

「人であるお主等とでさえ、心を通わせる事が出来ると言うのに……情け無い……化物同士で五百年もいがみ合うとは……情け無い……」

「葵さん……」泣いている葵の肩を明日香がそっと抱いて声を掛ける。

「そうだね……おかしいよね……そんな事、本当に変だよね……」

 明日香はそう言うと、葵の背中に顔を寄せる……涙を流しながら。

「くだらぬ茶番は、それくらいにしてもらおうか……」

 行き成りの背後からの声に、龍士達は驚き振向いた。

「何奴……」

 近付く気配さえ感じられず、直ぐ側に立つ者を葵は睨み付ける。

「我は、伊予十二神将が一柱、伊予大洲介いよおおすのすけ時康……」

「えっ?……それでは……」

「そうじゃ、伊予隠神刑部の嫡孫にて、伊予西条ノ介、時貞の弟じゃ」

「時貞様の……」

 葵は初めて会った時貞の弟である時康を複雑な心境で見ていた。

「刀を返してもらおうか……」時康は葵を睨み付けながら、静かに両手の爪を伸ばす。

 その様子と時康の殺気を感じ取った葵は、

「稲葉殿、逃げてくれ……」と、龍士を押して立ち上がる。

「あ、でも、葵さん……」

「早く!」

 躊躇う様子の龍士の言葉を遮り、葵は龍士を睨み付けて叫ぶ。

「あ……」葵の迫力に龍士が声を詰まらせる。

 困惑している龍士達を見ながら、

「すまぬ……」と、葵は頭を下げると、

「ゆるりと、別れの挨拶をしたかったがの……」と、寂しい笑顔を浮かべた。

「葵さん……」葵の様子に龍士達の不安が膨らむ。

 戸惑っている龍士達を見て、葵は全身を狐火で包むと、

「早く逃げろ!邪魔じゃ!」龍士達を怒鳴り付ける。

「あっ……」

 葵に言われて、今の自分達の立場をやっと理解した龍士が、

「解った……行こう、皆……」と、明日香の腕を引っ張る。

「あ、でも……」

「でもじゃ無い!俺達が居たら邪魔なんだよ!」まだ躊躇う明日香に龍士が怒鳴り付ける。

「あ……」怒鳴り付けた龍士の顔を見て、明日香は龍士が泣いている事に気付いた。

「葵さん」

「何じゃ」

 龍士が明日香の腕を掴みながら葵へと声を掛ける。

「またね……」

「……」

 笑顔で別れを告げる龍士を見ながら、

「そうじゃな、何れ、また……会おうぞ」と、葵も笑顔で返した。

 葵の笑顔を見て頷くと、龍士は明日香を引っ張ってその場から駆け出した。

 走り出した龍士を見て、躊躇いがちに邦彦は葵に一礼すると、亜美の腕を引っ張って走り出した。

 翔子は手を前に添えて丁寧に頭を下げ、

「元気でね……ありがとう……」と、言うと、葵の顔を見ずに龍士達を追って走り出した。

 葵は龍士達が走って行く姿を、柔らかな笑顔を浮かべて見て、

「達者でな……」と、呟いた。

 そして、葵は静かに時康に振り返り、

「今更ながら言うのも何じゃが……考え直してはくれぬか……」と、時康に向って言った。

「……何の事じゃ……」

 訝しむ目で葵を睨みながら時康が尋ねると、

「憲正と名乗る者に聞いた。この刀の事を……」と、葵が答える。

「ふっ、今更、後戻りなど出来ぬ」

「……そうか……」

 そう言って葵は静かに項垂れ、

「では、仕方が無いの……」と、呟くと、狐火を大きく燃え上がらせ、

「参る!」と、叫び、時康へと飛び掛った。

「おお!」と、葵と同時に時康も飛び上がる。

 空中で、お互いの伸ばした爪が交差し火花を散らす。

 着地した瞬間、葵が時康に向けて狐火を撃ち放つ。

 それを着地して膝を付いた時康が再び飛び上がり躱。

 飛び上がった時康が、空中から爪を振り下ろし衝撃波を葵へと撃ち放つと、葵は後ろに飛び退き躱し、上空の時康へと飛び上がる。

 再び空中で、二人は爪を幾度なく交わし火花を散らす。

 交わしていた爪を絡ませ、葵が時康の腕を押さえ付け、もう片方の手で至近距離から狐火を放つ、と、その瞬間、時康は身を捻りながら葵を蹴り飛ばし狐火を躱。

 離れた葵へと、時康が衝撃波を放とうとした一瞬の隙に、葵は時康の懐に飛び込み、爪で時康の横腹を切り裂く。

「ぐっ……」

「ちっ、浅いか……」

 通り過ぎた葵を見て、時康が傷の痛みに怯まず、

「おのれ!」身を捻りながら葵の背後に向けて衝撃波を放つと、

「ぎゃぁ!」背中に衝撃波が直撃し、葵は力なく落下し、地面へと激突した。

 横腹を押さえながら、時康が倒れている葵の側に着地し、

「くそ狐めが……」と、言いながら葵の懐を探る。

「うう……」痛みに耐えながら、懐に伸ばす時康の手を掴み、葵は時康を睨み付ける。

「ふん」抵抗する葵の顔を踏み付け、時康は葵から男刀を取り上げた。

「やっと、手に入れたぞ……」

 男刀を眺める時康に手を伸ばし、

「か、返せ……」と、葵が言うと、

「黙れ」と、時康が葵を睨み付け、

「返せだと!」時康は叫びながら、踏み付けていた葵の顔を蹴り飛ばした。

「ぐっ……」蹴られた衝撃で葵は地面で転がる。

「これは、元々は我等の物。それを返せだと……ははははは、片腹痛いわ」

 時康は笑いながら、男刀を抜き葵に近付く。

そして、うつ伏せに倒れている葵の横に立つと、

「死ね……」と、静かに呟き、葵の背中に男刀を付き立てた。

「うっ……」刺された瞬間、体を反らした葵は、直ぐに力が抜けた様に地面に伏した。

 葵の背中から男刀を引き抜き、立ち上がった時康は、自分の懐から女刀を取り出し、口で鞘を咥えて女刀を抜き、

「はははは、手に入れたぞ!力じゃ!力を手に入れたぞ!」と、二本の懐剣を握り締め、両手を高く天に翳した。

 そして、未だに多門次達と戦っている憲正の方を見て、

「憲正も、言うほどでは無いな。あの様な者達に梃子摺るとは……」と、一瞥した。

 そして時康は、二本の懐剣を十字に重ね合わせ、気を込めながら何やら呪文を唱え始めると、二本の懐剣が光りだした。

 暫くすると、二本の懐剣から眩しい光が放たれ、時康の体を包み込む。

 そして、次の瞬間、時康の姿は掻き消すように消えた。

---◇---

 下流へと向って走っている龍士達。

 葵の事が重く心に伸し掛かる。

 しかし、既に電子レンジ砲二発で相当の力を使っていた龍士達には、更に力を使う事は不可能に近かった。

「くそっ……」

 援護する事も出来ない自分を情けなく思いながら、龍士は唇を噛み締めながら走った。

「あっ」龍士の後ろを走る亜美が何かに気付き声を上げる。

「えっ?」その声に隣で走っている邦彦が気付くと、

「だめ!そっちじゃない!」と、亜美が今までに無い大声で叫んだ。

「えっ!」

 翔子と邦彦は亜美の言葉に足を止めたが、龍士と明日香は気付かずに走っていると、二人の姿が大きな岩の横を通り過ぎた瞬間、すっと消えた。

「稲葉!」消えた二人を見て、邦彦が声を上げる。

 龍士達が消えた岩に辿り着き、

「どうなってんだ……」と、邦彦が岩に近付くと、

「だめ、そこで結界が変わってるの」と、亜美が邦彦の腕を引っ張る。

「なんだって……」亜美に言われて邦彦が立ち止まる。

「じゃ、二人はまた何処かに飛ばされたの……」

 翔子の問い掛けに亜美は無言で頷く。

「何処に繋がってるか解るか?」

 邦彦の質問に亜美は困った顔で首を左右に振る。

「くそっ……此処まで来て……」

 邦彦は顔を顰めながら龍士達の消えた空間を睨み付けている。

「どうする……」

 邦彦の横で尋ねる翔子に、

「どうするも、なにも……決まってるだろ……」と、邦彦が亜美の方を向いて答える。

「そうね……」

 翔子が溜息混じりに言うと、三人は顔を見合わせて頷き、龍士達が消えて行った空間へと歩き出した。

「お、おっと」一瞬の目眩と共に、龍士は躓きそうになったのを足を踏ん張って耐えた、

「わあ!」が、其処に明日香が突っ込んで来て、二人は一緒に倒れ込んだ。

「もう!なに急に止まってんのよ!」

 自分の前方不注意は棚に置いて、明日香が龍士の背中の上で罵ると、

「だって……」理不尽とは思いつつも、龍士は反論するのをやめた。

 逆らった所で、その後マシンガンの如く、屁理屈を叩き込まれる事を龍士は学習していた。

「それより、なんか変な感じが……あれ?」

「えっ?」

 背中の明日香越しに後ろを見ると、今まで居たはずの邦彦達が居ない。

「田原本達が居ない……」

「あっ……」

 龍士の視線を追って明日香も振向き、後ろから来ていた皆が居ない事に気付いた。

「どうしたって言うの……」

 明日香が不安そうに呟きながら立ち上がると、

「……あっ!」何かを見つけたのか、急に声を上げた。

「えっ?」怯えるような顔の明日香の視線を追いながら龍士が立ち上がると、

「あっ!」河原に誰か倒れているのが見えた。

「あ、葵さん……」

 明日香が呟くように言うか速いか、龍士はその倒れている者に向かって走り出した。

「葵さん!」近付くに連れて倒れているは葵だとはっきりと解って来た。

「葵さん!葵さん!葵さん!」

 背中から血を流して倒れている葵の脇に座り込み、龍士は葵を揺り動かしながら、叫ぶように声を掛けた。

「葵さん!」後から走って来た明日香も、葵の脇にしゃがみ込む。

「稲葉殿……」生気の無い虚ろな目で、葵が龍士を見た。

「い、今、治すから待ってて、直ぐに治すから、頑張って!」

 血だらけの葵の背中を龍士が摩りだした。

「……すまぬな……迷惑ばかり掛けて……」

「何言ってるの!友達でしょ!当たり前でしょ!」

 涙を流しながら明日香が叫ぶように言うと、

「すまぬ……」と、葵が目を閉じて謝った。

「治れ、治れ、治れ、治れ、治れ、治れよ!くそっ!」

 龍士は必死で葵の傷を摩るが、前回の様には行かず、一向に血が止まる気配が無い。

「稲葉!橘!」後ろから邦彦達が走って来た。

「葵さん!」倒れている葵を見つけて、翔子が明日香の隣にしゃがみ込み、

「しっかりして!」と、葵に叫ぶように言った。

「稲葉君!」必死で傷を摩っている龍士に明日香が声を掛けると、

「……だめだ……治んないよ……くそっ、治らないよ……何でだよ!」龍士が、ぼろぼろと涙を流しながら訴えた。

 能力の限界が来たのか、前回の様には葵の傷が塞がらなかった。

「無理かも知れんな、この傷は……あの刀で刺された時、妖力を随分と奪われたでな……」

「葵さん……」

 虚ろな目で、葵は龍士に微笑みかける。

「ほんに、お主等と会えてよかった……」

「葵さん!」

「時康様……申し訳ございませぬ……不甲斐無くも、ご遺言……果せませなんだ……」

 葵は虚ろな目で遠くを見ている。

 龍士達は、ただ見ている事しか出来ない。

「お側に行けるは、嬉しゅうございますが……」と、呟くように言うと、葵は静かに目を閉じた。

「葵さん!」死と言う物を目の前にして、明日香が青ざめる。

「くそっ!」

 その様子を見て邦彦が上着を脱ぎ捨て、龍士に駆け寄り龍士の後ろにしゃがみ込んだ。

 必死で葵の傷口を摩っている龍士の後ろから、邦彦が円形のフィールドを張って、龍士の手を包み込む。

「ちっ、これが精一杯か……」直径二mも無い子供のビニールプール程度の小さなフィールドに舌打ちをして、

「おい!なにしてんだよ!速くしろ!早く殴れ!」と、邦彦は明日香達に怒鳴った。

「……あっ」

 急に怒鳴られて、何の事か分からず戸惑ったが、翔子は直ぐに気付いて落ちていた木の枝を拾い上げ、

「葵さん!死なないで!」と、叫んで、邦彦の背中の部分のフィールドを殴り始めた。

「あ、葵さん!」明日香も両手で石を拾い上げ、邦彦の背中へと振り下ろす。

 亜美も遠慮がちに、菜箸の様な細い枝を拾い上げ、

「えいっ、えいっ、えいっ」と、目を閉じながら邦彦の背中を殴り始めた。

 能力的に限界が近付いていた龍士へと、邦彦のフィールドを介してエネルギーを送り込む。

「くそっくそっくそっ!」

 自分に流れ込むエネルギーを感じながら龍士は必死で葵の傷を摩っている。

「葵さん!」

「稲葉君!頑張って!」

 明日香達は、目から涙をぼろぼろと流しながら必死で邦彦のフィールドを殴って居る。

 そうしているうちに、何とか葵の血が止まって来た時、

「はぁ、はぁ、はぁ……あ……」龍士は息が上がり、貧血に似た目眩を感じた。

 思わず手で額を押さえた龍士の背中に、

「うっ……」邦彦が、小さく呻いて倒れ込んで来た。

「田原本君!」

 倒れた邦彦に驚き、亜美が叫ぶ。

「あっ……」邦彦に押される様に倒れた龍士も気を失って、葵の脇へ倒れ込んだ。

「稲葉君!田原本君!」

 倒れた二人を見て、明日香達がしゃがみ込んで二人を揺り動かしている。

「稲葉君!田原本君!」

 必死で二人の名前を呼んでいるが、龍士と邦彦は能力の限界を超えたのか、一向に目を覚まさない。

 真っ青な顔で倒れている二人と、目を覚まさないままの葵の側で、明日香達は泣きながら、何度も何度も龍士達の名前を叫んでいた。

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