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第1話

まだ書き始めたばかりなので、内容が、がらっと変わる可能性があります。

 貧弱能力者と狐狸魍魎

 

 ---逃亡---

 月も無く、墨を溶かしたかの様な暗闇の森を、一人の美しい少女が走っている。

 森には道は無く、緩やかな斜面に木が生い茂り、下生えには、木々の隙間を埋める様に、熊笹が生い茂っている。

 足元が悪い中、この暗闇で不思議な事に、少女は(つまず)く事無く走っている。

 何かに怯える様に、顔を強張らせて、何かから逃れる様に、後ろを振向きながら。

 人ならば十五・六歳に見える少女は白く長い髪の毛を振り乱し、白装束の裾が乱れる事も気にかけず、ただ只管(ただひたすら)、走っている。 

 気品を漂わせる端整な顔立ちに、山吹色の瞳。白く透き通る様な肌。

 その美しさは、人間の物とは違う妖艶さを醸し出していた。

 少女の胸には、一尺余りの細長い布袋が、しっかりと抱かれていた。

 周囲を警戒しながら走っていた少女が、突然、何かの気配に気付き横へ飛び退くと、元いた地面に光の矢が三本突き刺さった。

 少女は着地し、大きな木を背にして身構えた。

 ざわざわとした、暗闇に大勢の気配を感じながら、少女は周囲に目を配る。

(ようよ)と、見つけたわ」暗闇から大きな男が現れた。

 しかし、その男は人間では無い。二メートルは越える体躯を包む僧衣の下には、盛り上がる筋肉の四肢。そして顔には目が一つしかなかった。

 一つ目の大入道は、少女の前まで来ると、

「逃げ切れるとでも思っておるのか」と、少女を睨み付けて言った。

 少女が大入道を睨み返す。

 大入道の背後には、大勢の化物が控えている。その姿は、どれも醜く(おぞ)ましかった。

「よくも、我らが御曹司の命……刑部(ぎょうぶ)様に代わって成敗してくれる」

 大入道が錫杖を大きく頭上で振り回してから、少女に向かって身構える。

 少女は怯える様に身を縮めながら、懐剣を両手で強く胸に抱きしめ、

「我では無い……」と、消え入る様な小さな声で呟いた。

「なぁにぃ……」

「我では無い!時貞様を殺したのは我では無い!」

 睨み付ける大入道に向って少女が叫ぶと、

「黙れ!大台の女狐が!では、御曹司が塵と成って消える時、何故傍に居た!何をしておった!」大入道が、辺りに響き渡る大声で怒鳴り返した。

「我が時貞様を見付けた時は、既に虫の息じゃった!」

 少女が大入道の腹を揺さ振る大声にも怯まず言い返すと、

「その様な戯言、信じろと申すか!第一、貴様の手に持つ御刀(おんかたな)、我ら一族の宝と知ってか!貴様はそれを奪うが為、御曹司を手に掛けたのであろう!」錫杖を前に突き出し、再び大入道が怒鳴る。

「愚かな、落ち着いて考えてみよ。伊予の國、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)様の嫡孫、伊予西条ノ介、時貞(ときさだ)様とも有ろう方が、如何に、大峰の主、笹百合御前(ささゆりごぜん)の末娘である我と言えど、容易く手に掛けられると思おうて居るのか」

「何ぬかす!女狐が!笹百合御前が末娘、大台の(あおい)。伊勢の天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおおみかみ)が宮、皇大神宮に我が一族の宝、風斬かざきりの刀を清めに参る所を、我らが御曹司を(たぶら)かし、御刀を掠めんと、闇討ちしたは明白!」

「違う!」長い髪を振り乱し、葵が叫ぶと、

「ならば!」と、叫び、大入道は錫杖を引き、

「其の身、潔白と言い張るならば、其の御刀、先ずは我へと渡せ……話はそれから聞く」葵を睨みながら、大入道が手を差し出す。

 葵は、差し出された手を見詰め、躊躇い戸惑っている。そして、再び胸に強く抱き締め、包み隠す様に身を縮めた。

「ふん……それが何よりの証拠……」

 その瞬間、少女の体は眩しい光に包まれた。

 その光の眩しさに、大入道達は一瞬怯み顔を背け、再び少女の方を見ると、其処には一匹の馬ほどの大きさの白狐が口に懐剣の入った刀袋を咥え立っていた。

「おのれ……未だ、力が残っておったか」大入道は、警戒してその場を飛び退き下がったが、同時に、十数匹の化物達が白狐に向って飛び掛った。

「待て!」大入道が止めるのも聞かず、化物達は白狐に襲いかかった。

 次の瞬間、白狐の全身から、青白い凄まじい勢いの炎が舞い上がり、飛び掛った化物達を一瞬で焼き尽くした。

「うぬ……」炎を上げる白狐を警戒して、大入道は身構え、錫杖を前に突き出した。

 白狐は大入道を睨み付け、身を低く構えたかと思うと、高く空へと舞い上がった。

「くそ、()がしはせぬぞ。追え!」大入道の号令に、一斉に化物達が飛び上がった。

 青白く輝く白狐を追って、五十匹近い化物が群れを成し、追いかける。

 追ってくる化物を気にしながら白狐は、目に涙を浮かべ、

「時貞様……何卒(なにとぞ)、御加護を……」と、呟いた。


 ---新学期---

 時は四月。新しい年度の始まりである。

 誰もが、気分を一新し、期待に胸を膨らませる時期である。

 此処、斑鳩大学付属高校にも春は訪れ、新入生達を迎えた。

 稲葉龍士(いなばりゅうじ)も新しい環境に、少しの不安と共に、夢を抱いて心踊らせていた。

 龍士は、身長百六十五センチ、体重五十五キロと普通の体型で、可も無く、不可も無くの容姿と言った所か。成績は、とりあえずは中学校の定期考査では、平均点以上は何とか確保していて、上の下、もしくは、中の上と言った辺りである。

 この付属高校は、大学が付いていると言う事と、比較的設備が充実しているという事で、進学校とまでは行かないが、そこそこ偏差値が高い。

 龍士の中学三年当初の成績では、かなり努力しないと、射程圏内にも入らないと言う状況であったが、苔の一念、ある事がきっかけで、龍士は必死に勉強して付属高校を受験し、見事に(か、どうかは知らないが)合格した。

 夏休み返上、正月返上で、集中ゼミや、模試の梯子を必死にこなした理由とは、女子の比率が高いという事と、女子の制服が可愛いと言うことであった。

 なんとも、下らない理由だと、一瞥するのは簡単だが、考えてもみて欲しい。

 思春期の高校生活で、可愛い彼女が出来るかどうかで、正に、天国と地獄の差を味わう事になる事を……そんな、大げさな……

 その為に龍士は、高確率のステージを選んだ。

 五年前までは、お嬢様学校で知られた女子校の名残からか、此処は男女比率一対三と、つまりクラスの四分の三は女子だと言う、選択肢の広さが魅力だ。

 何も、ハーレムなんて下らない幻想は抱いてはいないが、きっと自分の好みに合った子がいると確信している……相手の好みは考慮せずに。

 そして、此処の女子の制服が可愛いとは、あくまでも個人の感想であり、全ての皆様が実感出来るとは限りません、と言う奴だが……

 詳しく説明すると、紺の襟無しイートンはダブルタイプで金ボタン。胸に校章のワッペンと後ろにはベルトに飾りボタン。広めのプリーツが入った紺のスカートは、膝下五センチ。特徴的なのは、中に着るブラウスが、少し小さめのセーラーカラー。ネクタイは臙脂、紺、鶯色と、学年によって変わる幅広蝶結びのリボンタイ。因みに、龍士達の学年は臙脂色で、この色を三年間付ける事になる。

 合服は、ブラウスに、紺のベスト。

 夏服は、白で前開きの半袖セーラー服に、スカートは、広めのプリーツのが入った薄いグレーの生地に、濃いグレーの細かいクロスのチェック。ネクタイは夏冬兼用である。

 男子は……面倒なので普通のブレザー……男に興味は無い。

 さて、入学式も済み、授業初日、龍士は努力の甲斐があった事を実感した。

 ざくっと見回して、圧倒的な女子の量は、壮観なものである。

 しかも、制服効果も相まって、可愛い子が多い!……中には、マニア向けの子も居るが……

 その中でも、龍士の席から、桂馬が進む位置に座っている子が飛び抜けていた。

 ストレートの黒髪を、ボブカットに切りそろえた色白の美少女だ。

 恐らく競争率は高いだろうが(ハードルも高いだろうが)第一目標に設定しても問題無しと結論付けた。とは言うものの、恋愛新兵の龍士にとって、攻略するのに、どの方面から切り崩して行けば良いのか、どの様に攻め込めば良いのか、まったく想像が付かなかった。

 とりあえず、情報収集と言う事で、橘明日香(たちばなあすか)と言う名前だけは解明した。

 そうこうしている内に、無駄に二週間が過ぎた。

 何処かのクラブに入る訳でも無い、帰宅部の龍士にとって、時間が無い訳ではなかったが、

時の流れるままにと身を任す本人は、きっかけ等作ろうともせずに、何時かチャンスは巡って来るだろうと、他力本願一色で染まっていた。

 何の取り得も無い龍士に取って、きっかけを作るのは難しいと思っている。

 クラブに入らない理由も、絵心無し、音感無し、文才無し、体力、根性無しと興味も無し。

 家に帰っても、質より量で売り出しているアイドルグループのポスターが張ってある部屋で、パソコンでエロサイトを見たり、ネトゲーを無料の範囲で楽しんでいる。

 本棚の九十%はコミックで、五%がライトノベル、四%がアイドルの写真集、そして一%が夏休み等で読書感想文の宿題の為に買った、退屈なだけの小説と言った所だ。

 当然、ベットの下には、参考書等を表に並べて偽装した、H本が三十冊ほど格納された衣装ケースもある。……母は知っているぞ。

 近頃は、エロ動画が主流ではあるが、やはり肝心な時は(何時だよ)H本に頼ってしまう。

 こんな普通の(そうか?)龍士だったが、一つだけ普通とは違う所があった。

 本人は、特にそれを自慢する訳でもなく、卑下する訳でもなく、体のほくろ程度にか思っていない。

 確かに、便利な時もあるのだが……本人は、それに頼る積りも無い。

 話は戻って、中学までは休みだったはずの土曜日に、登校しなければならないと言う、ゆとり教育の弊害にうんざりしながら、龍士は鞄から、一時間目の数一の教科書とノートを取り出していた。

 其処へ、待てば海路の日和あり、なのか、橘明日香が話しかけて来た。

「稲葉……君だったよね」

「えっ?」突然、声をかけられ龍士は、驚き顔を上げた。

 明日香は微笑みながら龍士を見ている。龍士には、天使が微笑んでいるように見えた。

 橘明日香は、身長は百六十cm、その細身の体型の体重はピーー(本人の希望により)だ。

 ボブカットに切り揃えた美しい黒髪には、天使の輪が輝いている。

 整った顔立ちの大きな目は、何処と無く幼さを感じさせる。

「そうだけど」目の前に、第一目標のターゲットが居る事に、龍士は少し戸惑っている。

「今日、午後から……授業終わってから、時間あるかな?話があるんだけど」

 明日香は微笑みながら、小首をかしげ、手を後ろに組み、可愛らしい仕草で聞いて来た。

「えっ!」可愛い明日香の仕草に、ドキッとしながら、龍士は、ギャルゲーさながらの展開に、淡い期待を抱いていた。

 戸惑いながら黙っている龍士の態度を見て、明日香が、

「どうかな?だめ?」と、今度は少し表情を曇らせ、甘える様に聞いて来た。

「あっ、いや、俺、クラブ入ってないし、暇だし、用事ないし……」

 中学の時に、女子の友達が居なかった訳ではないのだが、日頃から女子との会話が少ない上に、攻撃目標の明日香が、奇襲を架けて来た事に、龍士は少し冷静さを失っている。

「良かった。じゃ、二時に……ほら、校舎の裏に花壇があるでしょ」と、明日香が窓の外を指差すのを見て、龍士も釣られて窓の外を見る。

「そこで、待っててね」そう言って明日香は、とびっきりの笑顔を振り撒くと、

「うん、良いよ」龍士も笑顔で答えた。

 手を振って明日香が自分の席へと戻って行くのを見送って、龍士は過大な期待に胸を熱くしていた。

 本来なら、何の用か聞くものだが、天使の笑顔に完全にのぼせ、冷静な判断が出来ない。

 龍士には、この日の授業は一切耳に入らなかった。

 明日香の目的は何なのか分からないが、もしかして、告白?何て、浅き夢を見ていた。

 更に、考えれば考えるほど、妄想は広がり、四時間目が終わる頃には、プロポーズの言葉はどうしよう等と、とんでもない異次元にまでワープしていた。

 授業も終わり、ホームルームも上の空。

 起立、礼の号令がスタートとなり、龍士は明日香の元に駆け寄った。

「あ、あの、橘さん……」龍士は、花壇でと言われたのに、フライング気味に声を掛けると、

「あ、ごめんなさい、先に行っててくれる?私、寄る所があるから」と、明日香は笑顔で手を振って、教室を出て行った。

 残された龍士は、しまったと思った。

 花壇で待っててと言われたのに、

「そうだよな、トイレとかあるよな……」と、焦った自分の印象を悪くしたのではないかと心配になって来た。

 龍士は、焦った自分を恥ずかしく思い、花壇へと向う途中、冷静に成らなくてはと自分を戒めていた。

 龍士が花壇まで来ると、先客が居た。ネクタイの色から龍士と同じ一年生のようだ。

 龍士はその先客を見て、かなり気分が悪かった。

 これから、この場所で明日香と愛の語らい(と、決め付けている)をするのに邪魔になると言う事ではなく、先客の姿にである。

 身長は百七十五cmを越える長身に、肩幅の広いがっしりとした体格。

 そして、決してイケ面とまでは行かないが、精悍な顔立ちで、どれも龍士には無いものだ。

 龍士は、その先客に怒りにも似た嫉妬を覚え、ふてくされる様に、先客が立っている花壇の反対側で、明日香を待っていた。

 すると、もう一人、髪の毛が長い女子がやって来た。

 龍士は、近付いて来たその子を見て、視線が凝固した。

 腰まである綺麗なストレートの黒髪、透き通る様な白い肌、気品を漂わせた端整な顔立ち。

 まるで、美しい日本人形を思わせる美少女だった。

 明日香も美少女だったが、またタイプの違う美少女だ。

 明日香は、大きな目が印象的で、何処と無く幼さが残っている。

 確認した訳では無いが、体型から貧乳である事は容易に想像出来た。

 だが、この少女は、紅をさしてもいないのに、赤い唇が印象的な、大人の雰囲気を醸し出している。身長は百七十cmぐらいで、スリムな体型が、更に長身を印象付けていた。

 その上、Bカップは確実な、はっきりとした膨らみは、明日香とは一線を画していた。

 龍士は、この美少女率の高さとハイグレードに、この学校を選んだ事が間違いでは無かったと確信し、その美少女に見とれていると、明日香が小走りでやって来るのが見えた。

「お待たせ!」と、明日香は笑顔で、元気に声をかけて来た。

 そして、やって来たのは明日香だけではなく、もう一人の少女がいた。

 その少女は、身長は百五十cmに切れるぐらいの小柄な子で、丸顔に長い髪の毛を両サイドで三つ網にして垂らしている。

 縁無しの眼鏡の奥には、こぼれそうな大きな目が印象的だ。

 龍士が見た限りでは、両翼の美少女達からは、かなり見劣りはするものの、可愛いと言う言葉は、十分に適用されると思っていた。ただし、肌は病的に白く、首筋や手首に膝下等、僅かに見える体は、がりがりのやせ過ぎの様に見えた。

「さて、これで揃ったわね」と、明日香が皆を見渡しながら満足そうに言った。

「えっ、揃ったって……」龍士は少し驚き、俺だけじゃねぇのかよと、明日香の誘いの意図を確かめもせず、勝手に勘違いして妄想を膨らませていたくせに、身勝手な怒りが沸いて来た。

「何の用なんだよ……」龍士は、自分への愛の告白では無いと分ると、掌を返した様に、不機嫌な顔になり、明日香を睨んだ。

「うふっ、分らない?」例によって明日香は天使の笑顔を浮かべて、小首を傾げ可愛らしくポーズを決めている。

「分らないから、聞いてんだろ」明日香の笑顔が、自分だけに向けられている物じゃ無いと知ると、その可愛らしさは逆に、龍士の神経を逆撫でた。

 龍士の不機嫌そうな態度の理由が分らず、明日香は少し戸惑い、

「どうかしたの?」と、訝しげに訊ねた。

 自分の態度が理不尽である事は分っていたが、

「べっ、別に……」どうしても割り切れない気持ちの龍士は、更に不機嫌そうに横を向いた。

 そんな龍士を無視するかのように、

「まぁ、良いわ……」と、明日香がみんなの方へと振向くと、

『良いのかよ!もっと構ってくれよ!』と、龍士の心が叫けんだ……あまえんな。

「あのね、私達、仲間なのよ」と、笑顔で話す明日香を、男は眉をしかめる様に睨み、美少女は、横目で睨んでいる。

「身に覚えがあるようね……」睨み付ける二人を、予想通りである事を確信し、明日香は薄笑みを浮かべた目で睨み返す。

 しかし龍士は、突然〝仲間〟だと言われても何の心当たりも無く、何の事だ?と、明日香を見た。

「身に覚えがあっても、自分からは言い出したくはなさそうね……良いわ」何やら意味ありげな言葉を残して、明日香は花壇の傍へと向った。

 明日香は皆が注目する中、レンガを五段ほど積んで囲まれた、花壇の脇に立ち、両手を左右に広げ、力を込める様に眉間にしわを寄せている。

「うぅぅ」明日香が小さな唸り声を上げたかと思うと、花壇の中に並べてある直径十cmぐらいの石が一つ揺れだした。

 そして、明日香は両手を下ろし、ゆっくりと振り向いて、

「これが、私の力……」と、薄笑みを浮かべて言った瞬間、花壇に並べてあった直径十cmぐらいの石が五つ、ゆっくりと浮かび上がり、明日香の肩の高さぐらいで止まった。

 周りの皆は、驚いた表情を浮かべ、黙って見ている。

「ふう……」と、明日香は肩を落とし力を抜くと、浮かんでいた石が一斉に花壇へと落ちた。

念動力(サイコキネシス)……」男が呟くように言うと、

「そう、これが私の能力よ」明日香は笑顔を浮かべ自慢げに言った。

「凄いや……」龍士は目の前で始めて見る、所謂(いわゆる)、超能力に感動している。

「ねっ、凄いでしょ!」龍士の驚きの言葉を聞いて、得意げに両手を腰に当てて、明日香は龍士に向って言った。

「そうね、五十cm以内なら、二十kg程度の物を動かす事が出来るのよ」

「五十cm?じゃ、それ以上は?」得意げに説明する明日香に、龍士が訝しげな目で尋ねた。

「それ以上って?」龍士の言葉が良く理解出来ず、きょとんとした顔で明日香が聞き返した。

「つまり、一m先とか、二m先とか……」龍士が具体的に問い直すと、

「あ、無理無理。私は五十cm以内の物だけなの」明日香は、掌をひらひらさせて、あっさりと否定した。

「……それって……〝手〟で持った方が早くね?」と、当然の感想を、龍士は明日香にぶつけた。

「なっ、何言ってんのよ!手を使わないって所が凄いと思わないの!」自分のアイデンティティーを否定する様な龍士の感想に、明日香は激しく抗議した。

「いや、そりゃ……凄いと思うけど……」絶対に手で持った方が早いなと、龍士は思ったが、明日香の剣幕に、明日香に嫌われたくないと言う抑止力が働き、それ以上逆らわなかった。

「なによ」明日香は、龍士の煮え切らない言葉が気に食わないのか、上目遣いで睨んでいる。

「いえ、別に……」龍士は明日香の、怒りの視線に耐えられず、目をそらして誤魔化した。

 その態度が、明日香にとっては更に気に食わなかったみたいで、

「だったら、あの石を五個手に持って御覧なさいよ。五個も持ち切れないでしょ」と、花壇の石を指差した。

「確かに、重さは別として……持ちきれなか……」両方の掌を眺めながら、龍士はシュミレートしている。

「それに、お砂糖を零した時とかは?拾える?」

「えっ?砂糖を?……無理だろ」普通、掃除機で吸うだろ。

「じゃ、お水は?」

「無理に決まってるだろ」覆水盆に返らず。

「ほら、御覧なさい。やっぱり凄いでしょ」と、強引に持論を正当化させた。

「そうか?そうなのか?」と、龍士は未だに納得していないが、これ以上突っ込んでも、ページが……いや、時間の無駄だと思い、黙っている事にした。

「あのね、物を動かすには、私の体の周りにフィールドの様な物を張らないといけないの。だから、そのフィールドが張れるのが五十cmなのよ」

 不機嫌そうに睨みながら説明する明日香を見て龍士は、

「フィールドって何でしょうか?」明日香の機嫌を取るように低姿勢に笑顔で質問した。

「よく分らないわ。それが分れば超能力って解明出来るんじゃないの」御説ごもっとも。

「ただ、仮説として、脳波が超能力に関っているとして、脳波によって形成された力場みたいな物じゃないかなと思うの」明日香が腕を組み、考えながら説明したが、

「力場?」龍士にとって、あまりにも抽象的な言葉が、具体的に想像し難い様だ。

「力場……フィールド……なんか表現し難いわね……まぁ、能力の元となる物だと思うの。それは人によって、能力の違いによって、それぞれ違う形で形成されると思うの」

「例えば?」

「私の場合は、動かす対象を包み込む様に形成している見たいね」

「包み込むか……なんか、アニメとか見てると、電波って言うか脳波をびびびって飛ばして、物を動かしているイメージなんだけどな」いまいち、明日香の説明が龍士には、しっくり来ないみたいだ。

「うん、でもね、質量のある物を動かすには、何らかの力を加えないと動かない訳で、一般に言われる脳波とかを飛ばして動かすなんて、物理的にありえないと思わない?」

「えっ?どうして?」

「動力も無いのに、脳波当てても、物が動く訳無いじゃない」

「動力?」

「例えば……車は、ガソリンとエンジンで動くでしょ。つまりエネルギーと動力。二つがあって初めて物が動くの。脳波は恐らくエネルギーと考えられない?だったら、エネルギー単体で物は動かないわよ」

「じゃ、何で今、石が動いたんだ」

 動力とかエネルギーとか言われて、自分の思っている超能力に対するイメージとは掛け離れた説明に、龍士は戸惑っている。

「あくまでも推測の域は出ないけど、脳波なんて誰にでもあるでしょ。だから、脳波をフィールドに変換出来る事そのものが超能力だと思うの。電力と言うエネルギーが磁力と言う力場に変換出来るみたいにね」

「エネルギーを変換する……」龍士は何とか理解しようとがんばった。

「私の場合、フィールドを張ると、対象の物質の質量か、それに働く重力に干渉するのだと思うの」

「じゃ、フィールドに包まれた物全てが動くのか?」

「そうね、それが総重量で二十kg以下ならね」

「さっきの石は?」龍士は花壇の方を見た。

「あれは、対象の石だけにフィールド張ったのよ、それくらいのコントロールは出来るわ」

 明日香が腰に手を置いて得意げに説明し終わると、後ろを振り向き、

「とりあえず、私の自己紹介は終わり。次はこの子ね」と、先程一緒に来た眼鏡の少女の肩に手を置いた。

 少し怯える様に、明日香の後ろにいた少女は、明日香に紹介されて、更に身を縮め怯える様に下を向いた。

山添亜美(やまぞえあみ)ちゃん、三組で、私と同じ此処の中学からの進級組みよ。彼女も凄いわよ。そうね……田原本(たわらもと)君、ポケットの中に何か入れてくれない?亜美ちゃん後ろを向いているから」と言って、明日香は亜美の両肩を持って、後ろを向かせようとした。

「だったら、こっちに、今、何が入っているか、分るか?」と、田原本と呼ばれた男は、上着の右のポケットを指差した。

 明日香は、何時の間にか、又、明日香の後ろに隠れている亜美に振り向いて、

「亜美ちゃん、分る?」と、訊ねると、亜美はぼそぼそっと何か呟いた。

「十円玉が二枚だって」明日香は自信たっぷりに、笑顔で答えた。

「透視能力か?正解だ……」田原本はそう言いながら、ポケットから十円玉を取り出した。

「ちょっと違うけど、ほぼ正解」明日香はおどける様に、人差し指を立てている。

「どう、違うんだ?」田原本は無表情のまま、尋ねた。

「順番に説明するね。つまり、正しくは〝透視も出来る〟なの。ただし透視の能力は厚さ五mmまでの単一素材の物だけね」

「単一素材?」

「そう、今みたいに、制服の生地とか、たとえば、紙とか」

「えっ!じゃぁ……」と、龍士は慌てて、内股気味に股間を両手で押さえた。

 田原本も無表情のまま、同じ様に押さえている。その二人の姿を明日香が見て、

「馬鹿!彼女がそんなもん見るか!」と、顔を真っ赤にして二人を怒鳴りつけた……そんなもんって……あんた……

 亜美も顔を真っ赤にして、後ろを向いて両手で顔を隠している。

「第一、彼女には見えないわよ」明日香がまだ顔を赤くしながら、ぼそっと言った。

「えっ?だって五mmだろ。服ってそんなに厚み無いよ」龍士はまだ股間を押さえている。

「一枚しかだめなの、下着も入れて二枚以上は着ているでしょ」

「一枚……だけ?」

「あのね、透視って、一般的に物がすけて見えると言うイメージがあるけど、彼女の場合は少し違うの。見えるって事は、普通、物体に光が当たって、その反射した光を見ているわけ」

「うん……」再び、物理だか化学だかの説明が始まりそうな事に、龍士が身構える。

「布は別として、板や鉄板が光を通す?」

「そりゃ、通さないけど」

「物質は、元素単体の物を除けば、原子がくっ付いて分子を作って、その集合体なのよ」

「彼女は、恐らくその分子の隙間に、さっき言ったみたいに、フィールドを超高周波にして物質を透過させているのだと思うの」

「それが反射して、見えるって事か?」

「うぅぅん、反射じゃ無いと思うの。表面の物質を透過させて、奥にある物質を感じて、脳に映像として結んでいるんじゃないかと思うんだけど……それで、一枚目の物質の、分子の隙間と言うスリットを通過すると周波数が変調する、だから二枚目は通らない。通らないから感じる事が出来る……じゃ、ないかな」明日香が小首をかしげ、考えながら説明している。

「通らないから感じる?」

「うん……そうねぇ……あっ、稲葉君。透明人間って知ってる?」

 明日香が、可愛い顔に笑顔を浮かべて、龍士に尋ねると、

「えっ?会った事は無いけど……」と、ボケた答えを返し、

「あたりまえでしょ!」と、明日香は激怒した。

「どんな者か知ってるかって聞いているの!」

「あっ、ああ……体が透明なんだろ……」言われて見ればボケた答えだったと、龍士は反省しながら、答えなおした。

「そうよ……それで、透明人間って目が見えると思う?」呆れながら、今度はボケるなよと、龍士を睨みながら明日香が再び尋ねた。

「えっ?何?ええと、見えないの?」明日香の質問の意味がよく分らず、龍士は訝しそうに眉を寄せる。

「あのね、物が見える仕組みは、目の眼底に有る網膜に光が当たって見えるの。網膜は当たった可視光線を視覚信号に変えるのよ。透明だと、光は通過してしまうわ。つまり透明人間の目が見えるのはおかしいの」

「なるほど、網膜を光が通過したら見えるはずないか……」

「そう、だから亜美ちゃんも、フィールドが通過した物質は感じられない、つまり見えない。そして、通過しない物が見える。亜美ちゃんのフィールドには、私と同じで限界は有るけど、視力と同じ程度には見えるらしいの」

 それを聞いて、龍士は一瞬にやりと笑い、

「へぇ、じゃ、五十cm以上離れていても見えるんだ……」冷ややかな目で明日香を見た。

「……なによ……」龍士の嫌味っぽい言い方に、明日香は不機嫌そうに睨み付ける。

「あっ、いえ、別に……」睨まれた根性無しの龍士は、思わず目線を逸らした。

 最後までツッパリ通せないなら、最初から喧嘩など売らない事だ。

「あと、材質の違う物が張り合わさった様な複合素材も駄目。物質が変われば分子の結合も変わるから、同一の周波数では透過出来ないの」

「フィールドを通過さす為には、物質毎の特定の周波数があるって事か」

「そう、それと、通過すると周波数が変調するみたいだし……」

「だけど……物と物の間にある空間はどう考えるんだ?真空じゃないんだから、空気と言う物質……じゃないか?少なくとも、空気の分子はあるだろ?細かい埃だって」

「あくまでも密度の問題じゃないかしら?それと空気は分子じゃないわよ。酸素や窒素の原子や分子が集まったもの。あまり突っ込んだ事聞かないでよ。私だって推測の域を出ないんだから。専門家じゃあるまいし」最後に、再び明日香は不機嫌そうに腕を組んで、龍士を睨み付けた。

「うっ、まぁ、そうだけど……」龍士は、明日香の機嫌を損ねる結果となる話題に、聊か、うんざりし始めていた……理系の話は詰まらないし……

「残念な事に、そう言った意味で、亜美ちゃんはそんなに多くの物が透視出来る訳じゃないの」

「何で?}

「良く考えなさい。この世の物の多くは〝塗装〟してあるでしょ。だから無理。それにダンボールみたいにハニカム構造で張り合わせてあるやつとか、ベニヤ板みたいに何層にも張り合わせてある奴も、当然駄目ね」

「じゃ、言って悪いけど……あまり利用価値があるとは……」

 遠慮気味に言った龍士の言葉に、明日香は組んでいた腕を腰に当てて、

「そうね、でもその方が良いんじゃない?見たくない〝物〟だってある訳だし……あんた達とは違って……」と、男子二人を蔑んだ目で眺めた。

 男子二人は、何の事か直ぐに気付き、目を逸らした。

「それより、彼女の本当の能力は、透視を含んだ超感覚なのよ」

 男子二人を睨んでいた明日香は、気分を切り替えたかの様に、笑顔で話し出した。

「超感覚?」

「そうよ。目に見えないものが見える……たとえば……人の心とか」

「テレパシーとか言う奴?」

「どうかな?テレパシーって、イメージとして通信じゃない?」

「そう言えば……そうか……」

「オカルトっぽくなるけど、人のオーラと言うか、生体波みたいな物が見えるの。だから貴方達が超能力者だって事が分かったのよ。そうでしょ稲葉君、田原本君……三輪(みわ)さん」

 明日香は三人の名前を呼びながら、得意げな顔で一人一人を見回した。

 皆の間に、沈黙が続いている。

 三輪と呼ばれた少女と田原本は、厳しい目付きで明日香を睨んでいる。

 元々、気の弱い龍士は、その緊張感に圧倒され、不安げに、きょろきょろと一人一人の顔を伺っている。

 沈黙を破って、

「じゃ、今、私が何を考えているか分かるかしら?」三輪が腕を組んで睨みながら明日香に尋ねた。

 すると明日香は、睨まれている事を、まったく意識しないかの様に、微笑みながら後ろの亜美に振り向いて、

「分る?……」と、尋ねて亜美の口元に耳を寄せた。

 聞かれた亜美が、何やらボソッと一言呟いたのを聞いて、

「退屈そうだって」と、三輪に振り向き明日香が答えた。

 それを聞いた三輪は、表情を変えずに、

「正解……それから?」と、冷たい感じの口調で聞き返した。

 明日香は少し困った様な表情を浮かべ、

「それ以上は無理よ……」と、首を横に振った。

「具体的に考えている事なんて、仮に見えたとしても、言語が違うプログラムみたいで、意味不明だわ」

 残念そうに、そんなの無理と言わんばかりに、手をひらひらさせながら明日香が言うのを聞いて、

「どう言う事?」と、三輪は訝しげに眉を寄せる。

「人それぞれの認識なんて、個々に違うと言うわけ。心と言うか、頭で思い描く事を、つまり思考の方法を誰かに教えてもらった?自然と、身に着いた物でしょ。言葉はルールに則って、統一された物を習得するけど、言葉に至るまでの脳内のシークエンスみたいなものは、個々に習得したもの。同じ人間なんだから、基本は同じだと思うけど、二進法や十六進法みたいにね。でも、その羅列は個々によって違う。だから、大雑把な喜怒哀楽程度の物や、特殊な物。つまり私達みたいな超能力者が持つオーラなら見て取れるみたい」

 龍士は明日香の説明を一生懸命理解しようと努力したが、自分の概念の中に無い物を説明されても、理解出来るはずも無く、まぁ、単純に感情が見えると言う事で良いかと、諦めた。

「それで、俺達の、そのフィールドだっけ、脳波から変換された力場が見えたのか」

「え?そうじゃないわ」

 邦彦の質問に、少し戸惑い明日香は邦彦の方を見た。

「誤解してると思うけど、普段何も意識していないのに超能力が……つまりフィールドが漏れ出したりはしていないわ」

「どう言う事だ」

「脳波をフィールドに変換するにもエネルギーが必要なのに、普段何気なく超能力が漏れていたら体力が幾らあっても足りないわよ」

「なるほど」

 明日香の当たり前と言えば当たり前の説明に、邦彦はあっさりと納得した。

「亜美ちゃんが見えているのは、たぶん、もっとオカルトっぽい範囲の物だと思うの。だから具体的には分からないわ。そうね、感覚的なものね」

 邦彦にそう言うと、明日香は皆の方へと向き直り、

「これで私達の自己紹介は終わり。じゃ次は退屈している三輪さん、自己紹介してくれない?」と、三輪に近付きながら話し掛けると、

「……そうね、だけど自己紹介する意味が分からないわ。私達を何の目的で集めたの?その理由しだいで判断したいわ」と、明日香を更に厳しい目で睨んで尋ねた。

「あっ、ごめんなさい。そうね、そうよね。私、浮かれちゃって」

 思い付いたかのように、立ち止まり、一瞬、目を丸くしたした明日香は、

「大した事は無いの。お友達になりましょ!って事なの」と、手を大きく頭上に広げ、笑顔を炸裂させた。

 一人、にこにことしている明日香とは対照的に、三輪と田原本は白けた顔で明日香を眺めている。

「……それだけ?」

「それだけ」

 短い会話の後、

「帰る」と、言って三輪は振り向き、その場から立ち去ろうとした。

「あっ!待ってよ、三輪さん!何でよ?」

 三輪の突然の行動に明日香が慌てて後を追い、三輪の後ろから腕を掴んで止めた。

「何で?それこそ聞きたいわ。何故、今日会ったばかりの貴方達と友達に成らなきゃいけないのよ」掴まれた腕を振り払い、煩わしそうに三輪が尋ねた。

「いけなくは無いわよ。だって、だって……仲間だよ……超能力の、仲間だよ」

 三輪の冷たい態度に戸惑いながら、明日香が縋る様に再び三輪の手を掴み、

「ねぇ、皆、正直に言ってよ!」と、振り向き皆を見回した。

「ねえ、寂しくなかった?ねぇ、怖くなかった?辛くなかった?自分の事が、人に知られたらどうしようとか、ばれたらどんな目で見られるだろうかって……ねぇ、正直に言って!」

 明日香の言葉に皆は黙ってしまった。その通だったから。

「ねぇ、三輪さん!どうなのよ!誰にも言えず、周りに怯えて……寂しくなかった?」

 三輪の顔を覗きこむ様に明日香が尋ねると、

「……」三輪は黙ったまま、明日香から目を逸らした。

「何も、毎日べたべたしようって事じゃないの、同じ境遇で、気兼ねなく喋れて、お互いの事が……相談出来て……心許せて……安心出来て……助け合えて……」

「橘……」

 龍士には、今まで生意気なぐらい強気で説明していた明日香が、今は、まるで助けを求める捨てられた子猫の様に弱弱しく見えた。

 龍士は明日香に近寄り、此処は御近付きに成るチャンスだと明日香の肩に手を置いて、

「俺はなる!友達になる!なっ、なっ」と、慰める様に言いながら明日香の顔を覗き込んだ。

「稲葉君……」龍士を見る明日香の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 可愛い顔に涙を浮かべる明日香を見て、龍士の心臓はドキッと高鳴った。

 更に此処は、ポイントの稼ぎ所だと判断した龍士は、普段とは打って変わって真面目な顔で田原本に近付き、

「田原本……だっけ、お前はどうなんだ」と、普段より一オクターブは低い声で渋く決める。

「そっ、そうだな……」雰囲気の豹変した龍士に戸惑いながら、

「そんな単純な理由だったなら、拒否する理由も無いな。いや、むしろ歓迎するよ。橘、俺も同じだったから」田原本は微笑みながら明日香に答えた。

「田原本君……」明日香も微笑みながら田原本を見る。

「変に勘ぐってたよ。誘われた時、何処かでばれてて、脅されるんじゃ無いかって」

 微笑みながら見詰める二人を、面白く無さそうに横目で見ながら、

「三輪……君はどうなんだ?」龍士は、三輪に尋ねた。

「ふっ……そうね、煩わしく無い程度なら……」肩の力が抜けた様に、三輪は微笑みながら答えた。

「あ、ありがとう!ありがとう皆!お友達よね、ねっ、ねっ」

 余程、嬉しかったのか、明日香は、はしゃいで一人一人に両手で握手して回った。

      ---◇---

「それでは、三輪さんどうぞ!」

 五人は誰も居ない食堂に移動して、缶ジュースを飲みながら、六人掛けのテーブルに座っている。

「……どうぞと言われても……私は二組の三輪翔子(みわしょうこ)

 まだ、はしゃいでいる明日香を、白けた目で見ながら、翔子が短く答えた。

「で?」明日香が隣に座っている翔子に、目を輝かせて迫り尋ねる。

「で?」迫る明日香を、迷惑そうに体を引いて翔子が聞き返す。

「そうよ、どんな力なの?」

「えっ?知っているんじゃないの?その子の能力で……」

 亜美の能力で、全てばれて居ると思っていた翔子が、呆れた様に尋ねると、

「だから、其処までは分からないわよ」明日香は、両掌を肩の高さに上げて、残念そうな顔で首を左右に振っている。

「こいつ……」 何か騙された様な気分で、不服そうに明日香を睨んでいた翔子は、

「はぁ……じゃ、田原本君」溜息を一つ大きく付いて、自分の前に座っている田原本を見た。

「えっ?」呼ばれた田原本が翔子を見る。

 翔子は右手の人差し指を、テーブルに置いている田原本の手に近付けると、

「わちっ!」小さな火花が飛んで、田原本は慌てて手を引っ込めた。

「これが私の力。静電気を起こせるの」

 驚きながら見ている田原本に、少し気味の悪い笑みを浮かべて翔子が言った。

「静電気って、あのパチパチする奴?」手を摩っている田原本の横から龍士が尋ねると、

「そう」翔子が、あっさりと答える。

「こすれば出来る奴?」今度は、訝しげに龍士が尋ねると、

「そう」再び翔子は、無表情のままあっさりと答えた。

「別に超能力でなくても……」龍士は腕を組みながら、首を傾げる。

「何?ご不満?」その龍士の態度が気に食わなかったのか、翔子はぞっとする様な目で龍士を睨み付けた。

「あっ、いや、そう言う訳じゃ……」翔子の眼力に押されて、龍士は翔子から目を逸らした。

 そんな龍士を見て、翔子は悪戯ぽい笑みを浮かべながら、

「……そうね。稲葉君、そのコーラ持ってみて」龍士の飲みかけのコーラに向かって掌を翳した。

「えっ?」言われて、何の事かと思いながら、龍士が不用意にコーラの缶に手を近付けた時、

「わっ!」と、龍士の手に痛みが走り手を反射的に引いて、飛び上がった。

 驚く龍士を無視して、明日香がコーラの缶に顔を近付けて

「なるほど……フィールドで静電気を発生させられるのね」と、呟いた。

「ええ、最大距離は……そうね2m位かな……任意の空間に静電気を発生させられるわ」

 特に自慢する様子でもなく、翔子は自分の掌を眺めながら淡々と説明している。

「これって凄いんじゃ……ほら、電気なんだろ。だったらレールガンとかで、どかんと……」

 龍士が好奇心いっぱいに身を乗り出して翔子に尋ねると、

「何を言っているの……静電気よ。出来る訳無いじゃない」はしゃぐ龍士の言葉を遮り、冷たい目で見ながらね翔子はあっさりと否定した。

「へっ?」

「そもそも、レールガンって、電磁誘導を利用した磁力軌道の事でしょ。レールと弾体との電位差を利用した構造なのに、電気だけではむりよ」

 訳が分らず、目を点にしている龍士に、困ったもんだと言わんばかりに、呆れながら横から明日香が説明した。

「なんで?」

「電気を放電するのと、通電さすのとでは根本から違うの。導通させるレールも無しに、エネルギーだけで仕事が出来る訳無いでしょ」

「えっ、それを超能力で……」

「何も無い空間に?閉鎖された空間でも無ければ、エネルギー自信、どうやって蓄積と言うか、存在させるの?存在させた上でシステムに変化させるなら分かるけど」

「そうね、何も無い空間に静電気は溜められ無いわね。帯電する物が無いとね」

 明らかに、お前は小学生かと馬鹿にした二人の目に、龍士は、まだ始まりもしていない恋愛に絶望した。

「それと、私の能力はあくまでも静電気を発生出来る事であって、静電気を変化させて使える事じゃ無いわ」

「どう言う事?」龍士は、翔子の言った言葉の意味が今ひとつ理解出来ない。

「その子みたいに、能力を応用するのと、違う仕事をするのとでは意味が違うという事」

 翔子は、亜美を顎で指し言うと、

「静電気を発生させるのと、静電気を使うのとでは全然違う仕事でしょ」龍士に向き直り冷たい視線を投げ掛けた。

「そもそも、そんな強力なエネルギーどっから持ってくるの?普段の生活で、一日に食事は千五百kcal位でしょ……」

「あら、橘さん。ダイエットでもしてるの?」

 明日香の話に翔子が割って入ると、

「ぐっ……し、してないわよ……」明日香は、言葉に詰まった。

「駄目よ成長期なのに、二千kcal位取らないと……」

 翔子が、あからさまに明日香の胸を見ながら言うと、

「ほっ、ほっといてくれる!」と、悔しそうに顔を背けた。

「とにかく、二千でも三千でも、その程度しか、食事と言う不効率な方法でエネルギーを摂取していないのに、それ以上の仕事が出来る訳無いじゃない」

 少し膨れっ面で説明する明日香に続いて、

「確かに一気に放出すれば、ほんの一瞬、乗用車程度の仕事になるけど……生命維持の為に殆どが消費されているのよ、余剰のエネルギーなんて殆ど無いわ。外部からエネルギーを効率良く摂取出来るなら別だけど」と、少し困った顔で明日香を見ながら翔子が説明した。

 そして、皆の方に向き直り、

「別に私は、これでどうこうしようとは思ってないわ……使い道も分からないし。そうね、痴漢の撃退程度かしら……」と、少し笑顔で話した。

 続いて明日香が、

「それじゃ、田原本君は?」と、好奇心丸出しで田原本に尋ねた。

「俺は、四組の田原本邦彦(たわらもとくにひこ)。能力はバリアーだ」

「えっ!」アニメっぽい言葉に龍士の目が光る。

「うそっ、凄いじゃない」明日香も目を輝かせている。

「まぁ、凄いと言えば凄いんだけど……」

 邦彦は困った様な顔で頭をかきながら、

「たぶん、バリヤーだと思う……って奴かな……」と、歯切れの悪い説明をした。

「どう言うこと?」

「いや、バリヤーだと自覚出来る出来事が、今までに二回しかなくて……なんて言うのかな、もしかして違う力かも知れないなって……」明日香に尋ねられて、説明しようとしているが、本人にも自分の能力がどう言った物か理解出来ていないみたいだ。

「二回って、どんな事が有ったの?」翔子も好奇心が刺激されたのか、興味深々の目で邦彦に尋ねた。

「うん、最初は小学校三年生の時だった。飛んで来たサッカーボールが目の前で止まって落ちた……」

「止まって?落ちた?弾き返すんじゃ無く?」

「うん」

 自分のイメージしていたバリヤーとは少し違う現象に、思わず尋ねた龍士に、邦彦は静かに頷いた。

「それって……もしかして凄い事かも……」明日香が顎に手を当てて考えながら呟いた。

 皆が明日香を見ている中、

「そりゃ、凄いだろ……バリヤーなんだから……」と、龍士が明日香に言うと、

「ううん……そうじゃなくてね、もしかしたら運動エネルギー……いえ、もしかしてエネルギーその物を中和しているのかも」と、明日香は龍士を見る事も無く、考えながら説明した。

「中和?」

「うん」

「それが凄い事なのか?」龍士は意味が分からず、不用意に尋ねると、

「あのね、エネルギー保存の法則ってのあるの。与えられたり発生したエネルギーは消滅しないわ」と、小馬鹿にする様な目で明日香が答えた。

「仮に、ボールが飛んで来たエネルギーを吸収して、運動を中和したとして……そのエネルギーは何処に行ったのか……」

 腕を組んで考え込んでいた明日香が、徐に顔を上げて、

「ねぇ、田原本君。ボールが当たった時って、衝撃かなんか無かった?衝撃じゃなくても、光ったとか、大きな音がしたとか……」と、邦彦に尋ねた。

「いや、それが不思議なんだ。結構勢い良く飛んで来たのに、目の前三十cm位で、ピタッて止まって、ぽとって感じで落ちて……周りに居た皆も不思議そうに見ていて……その時、咄嗟に、これは誤魔化さなきゃって感じて、態と手で受け損ねたみたいに手を振って、痛がって……なんとかその場は誤魔化したよ……正直、怖かったよ……自分に何が起きたのか分からずに……」邦彦は自分の手を見詰めながら、しんみりと説明した。

「そうなると、やっぱり不思議よね」と、明日香は再び考え込んだ。

「運動エネルギーが消滅する訳が無いし」

 隣の翔子が、上を向いて考えながら言ったのを聞いて、

「そうね……よし!試して見ましょう!」明日香は、笑顔を浮かべて立ち上がった。

「試すって……外で?」

「そう!どんな現象か、この目で見てみましょうよ!」

 明日香は翔子に尋ねられて、笑顔で皆に提案した。

「良いでしょ?田原本君」

 邦彦は、明日香の可愛い笑顔に少し戸惑いながら、

「あ、ああ、別に構わないけど……何処で?」と、尋ねると、

「弓道場!」明日香が元気いっぱいに答え、

「ちょっとまてぇ!」と、邦彦は激怒した。

「なっ、なによ……」

「何で弓道場なんだよ!何を使う気なんだ!もうちょっとソフトな物を思いつかんのか!」

 邦彦の激怒に戸惑う明日香に、更に邦彦は立ち上がって怒鳴った。

「だって……やるからには限界を……」

「限界を試される俺の身はどうなるんだよ!まだバリヤーだと、はっきりしていないのに!」

 明日香の残念そうな態度に、邦彦は更に激怒した。

「まあぁま、サッカーボールで良いんじゃない?」

 龍士が、険悪な雰囲気に我慢し切れなくなり、二人を宥めに入った。

「ちっ……」明日香が残念そうに、顔を逸らすと、

「聞こえたぞ!」と、邦彦は拳を握り締め怒鳴った。

 何とか邦彦を宥めて、初め集まっていた花壇の所へと皆は移動した。

 皆が待っていると、龍士が体育用具の倉庫から、小汚いサッカーボールを一つ持ってやって来た。

「よし。稲葉君。思いっきりやって!」

 明日香が元気良く、皆から十m位離れて立っている邦彦を指差して言うと、

「加減しろ!」と、邦彦は怒鳴り返した。

「何よ……」 

 不機嫌そうな顔で、ぶつぶつ言っている明日香の横で、龍士は苦笑いを浮かべながらボールを地面に置いた。

「じゃ、行くよ!」龍士が邦彦に手を挙げ合図する。

「おお……くれぐれも加減しろよ!」邦彦が釘を刺した。

「ははは……」龍士は再び苦笑いを浮かべた。

 龍士は少し勢いを付けボールを蹴ると、ボールは少し弧を描いて邦彦に向かった。

 そして、邦彦の胸の辺りで、ふっ、と止まり、其のまま静かに地面へと落ちた。

「あっ……」皆が目を大きく開けて驚いている。

 落ちたボールがバウンドしているなか、皆は邦彦へと走り寄った。

「…………」明日香がしゃがんでボールをじっと見ている。

 そして立ち上がると、

「よし、稲葉君。田原本君を殴って」と、また危ない事を言い出した。

「おい……」もう邦彦は半分諦めている。

「何も、思いっきりやらなくても良いわよ」

「当たり前だ……」邦彦は、すっかり諦めている。

「でも……いいのか?」戸惑いながら龍士が尋ねると、

「まぁ、鍛えてたからな……腹なら少々強く殴っても良いぞ」邦彦は龍士の体格を少し馬鹿にする様な目で見ながら言った。

 その態度に龍士は少しむかついた。

「よし……」龍士は、何か企む様な目で邦彦を見て、

「とおりゃ!」と、情け無い掛け声と共に、邦彦の腹に向かって結構本気で拳を放った。

「いってぇぇぇぇ!」

「……やっぱり……」

 肘を押さえ、苦悶の表情を浮かべる龍士を見ながら、明日香がぼそりと呟いた。

「やっぱりって……やっぱりって何だよ!」明日香の呟きを聞き逃さず、傷む肘を押さえながら龍士が尋ねた。

「殴る拳が止められても、勢いの付いた拳から下は止まらないわ……急に止まった拳の勢いが肘や肩に来るのは当然だわ……やっぱり、私がやらなくてよかった……」

「おい!分かってんなら最初から言え!」

 龍士は、ほっとした笑顔を浮かべる明日香に、力いっぱい抗議すると、

「なによ……思いっきりやらなくて良いわよって言ったでしょ」明日香に、きょとんとした顔で悪びれず、しれっと返され、

「うっ……」龍士は、それ以上言葉が続かなかった。

「それより、稲葉君。拳は?痛くなかった?」

「あっ……ああ……そう言えば拳は全然痛く無いや……」

 明日香に聞かれ、思い出した様に龍士は拳を見た。

「で、どんな感じだった?」

 好奇心丸出しで尋ねる明日香に、

「どんなって……ただ、何の感触も無く、その場で止まった……かな?」思い出しながら龍士が答えた。

「やっぱり……運動エネルギーが吸収されて、中和したんだわ……」明日香は不思議そうな顔で龍士の拳を見た。

「確かに不思議ね……フィールドが壁みたいに変化して、止めているって方が理解しやすいんだけど……」翔子も、龍士の拳を不思議そうに眺めている。

「そうね、それだと単純に弾き返したで済むんだけど……弾き返していない……」

「それと、弾き返すなら、田原本君にも何か衝撃みたいなのが感じられるはずよね」

 二人の会話を聞いて、

「衝撃?」と、龍士が聞き返した。

「ええ……壁だと単純に弾き返す……その時に起きる作用と反作用で、田原本君は必ず何らかの衝撃を感じるはずよ……」

「それは、超能力と言う事で……」

 また難しい話が始まりそうなので、龍士がその場を濁そうとすると、

「だから、科学的に考えているのに物理を無視するなって言ってんの!」明日香に怒鳴られた。

「まぁ、不思議ね!SFね!ファンタジーだわ!なんて言ってりゃ可愛いの。だけど科学的に考えるなら物理を無視出来ないでしょ!」……いえ、それなら、このお話その物が……

「私だってね二十kgまで位しか持ち上げられないの。何でか分かる?」

「さぁ……」顔を付き付ける様に迫る明日香から身を引きながら、龍士が情けなく答える。

「石に力点、フィールドが作用点。支えている支点が私。二十kg以上なんて重くて支えてられないからよ」

「でも、反重力みたいな力だと……」

「それでも反力が発生するわ」

 明日香の説明を聞いて、

「超能力って……もっと夢があるものだと……」龍士は一人、しゃがみ込んで拗ねていた。

「だけど、どれ位の力まで中和出来るのかな?」

 翔子が投げかけた疑問に、

「だから、弓道場で……」と、言いかけた明日香を、

「……」怒りに燃えた目で邦彦が睨んだ。

「……まぁ、矢なんか滅多に飛んで来るもんじゃ無いけど……」

 邦彦に睨まれ、首を竦める明日香を困った様な笑みを浮かべて翔子が言うと、

「仮にだ……仮にだぞ。飛んで来るとしても、その為の訓練をする積りは無いからな!」と、邦彦はきっぱりと言い切った。

「だから、今までに二回しか経験してないんだよ!誰が態と進んで危ない事をするんだよ!」

「とにかく、力を吸収して中和している事は実証出来たわね」

「どうしてだ」

「もし、相反する力をぶつけて……つまり壁とかで止めているのなら、さっき稲葉君が殴った時、稲葉君の拳に何らかの衝撃があったはず……なのに何も感じなかった……」

「……確かに、そうだな」

 皆は初めて会った割には、和気藹々と楽しそうに話している。

 日頃から自分の能力に不安を持ったり、疑問を抱いても、誰にも相談出来る訳も無く、ただ一人、孤独感に怯えていた。

 もしばれたら……そんな不安が何時も彼らに付きまとっていた。

 普通に付き合う友達は居た。

 しかし、決して友達にも自分の秘密を悟られまいと、気を張っていた。

 そんな生活が、まだ十五歳の彼らの心に、大きな負担と成って伸し掛かっていた。

 だから彼らは、初めて心を許し会える友人に出会った気分だった。

 そんな中、一人龍士は拗ねていた。

 あっ、もう一人、亜美は元々無口なのか、始終、明日香の背中に隠れる様に引っ付いて立っていた。

「あら、そう言えば、まだ貴方の紹介を聞いていなかったわね」

 話の切れ目で翔子が、一人しゃがんで拗ねている龍士に気が付いた。

「あっ、そうそう、稲葉君。貴方の能力を紹介してよ」

「えっ……でも……」

 にこやかに、何かを期待する様な笑顔を浮かべる明日香に対して、龍士は躊躇う様に俯いた。

 天使の笑顔を浮かべて、

「稲葉君、実は凄いんでしょ」と、目の前三十cmに迫る明日香に、

「えっ、えっ?なっ、何の事?」と、訳が分らずに龍士は戸惑った……が、少し嬉しかった。

「亜美ちゃんがね、貴方のオーラが一番強力だって言っているの。ねねね、何なの?もしかしてテレポート?精神感応?予知能力?千里眼?」

「えっえっ?そっ、そんな……」好奇心で目をキラキラと輝かせながら迫る明日香の過度な期待に、龍士は更に戸惑った。

「……そんなに凄いの?」横で見ていた翔子も期待する様に目を輝かせる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!そんな期待しないでよ!」周りの期待から来る重圧に耐え切れず、思わず立ち上がって、明日香から逃げ出した。

 逃げ出した龍士は、花壇を囲む様に生えている木に寄りかかり、

「あの、なんか勘違いしてるよ!」と、皆に向かって叫んだ。

「何の事?」怯える様な龍士の態度を不思議に思い、飛鳥が尋ねると、

「俺、そんな超能力なんて……超能力なんて身に覚え無いよ!」と、龍士が叫んだ。

「えっ!」

 龍士の言葉を聞いて、皆は驚きながら龍士を見た。

「ちょっと待ってよ……さっき私の能力を見せて、友達になりましょうって言った時、真っ先に賛成してくれたのは稲葉君じゃなかったの?どう言う事よ!」

 話している内に明日香はだんだんと腹が立って来て、最後は力いっぱい怒鳴り付けた。

「そっ、それは……」明日香が可愛いからとは言えない……

「さて、どうする……」

「そうね……死体の処分って結構面倒だけど……」

 冷酷な光を目に浮かべて、邦彦と翔子が龍士に近付く。

「ちょう!ちょっと、死体って!」

「当たり前でしょ……私達の秘密を知ったんだから……普通の人の貴方が……」

 残酷な薄笑みを浮かべ、明日香達が龍士ににじり寄る。

 龍士は、明らかに殺気の帯びた雰囲気に怯え、言葉が出ない。

「最後に、もう一度だけ聞くけど……」

「さっ、さ、さ、最後ってぇえ!」明日香の感情の無い声に、龍士の声は思わず裏返る。

 天使の笑顔だったはずの明日香の顔が、今の龍士には地獄の鬼に見える。

「本当に心当たりがないわけ?もしかして、まだ私達を信用出来ずに隠そうとしているの?どっち?」

「そんな、隠すだなんて……本当に心当たりがなくて……超能力者のオーラが見えるなんて……そんな、俺が超能力者だなんて、俺自身が一番驚いているのに……」

 三人に囲まれ、小便をちびりそうになりながら、龍士は震えている。

 所詮、たいした能力では無いと分っていても、三人は、いや、明日香の影に隠れている亜美も入れて四人は、常人には無い能力を持っている。

 その四人が殺意を持って取り囲んでいる……凡人以下の龍士にとって、このシチュエーションは恐怖でしかない。

「とにかく、人目の付かない所へ……」

「そうね……」

 邦彦と翔子が、龍士を捕まえ様と身構え近付く。

「ひっ……」

 がっしりとした体格の邦彦が、龍士の胸倉を掴んで引き寄せ、後ろを向かせながら右手を後ろ手に捻る。

「へぇ、手馴れてるじゃないの」

 翔子が、無駄の無い邦博の一連の動きを見て感心する。

「……ああ、柔道をやってたからな……」

 右手を捻り上げられ拘束された龍士は、邦彦相手に抵抗出来ない事を知り、今にも泣きそうな顔で怯えている。

 其処へ、明日香が龍士の正面から近付き、

「どうなの……喋る気になった?」氷の様な冷たい目で睨みながら尋ねた。

「しゃっ、喋るって……そんな、ほんとに……しっ、し、知らないのに……」

 目にいっぱい涙を溜めながら、歯の根の合わない口で、震えながら答える龍士を見て、

「そう……じゃ、仕方が無いわね……」

 明日香の言葉を聞いて、邦彦が龍士を引き摺る様に引っ張る。

「ひっ!」恐怖から龍士が短い悲鳴を上げたとたん、

「まぁ、冗談はこれぐらいで……」と、邦博が龍士を放し、三人は亜美を取り囲む様に集まった。

「ねぇ、本当に稲葉君も仲間なの?」

 亜美を上目遣いで見詰めながら翔子が尋ねると、怯える様に再び明日香の腕を掴んで明日香の後ろに隠れた亜美が、小さく頷く。

「亜美ちゃんは嘘なんか付かないわ」

「見間違い……って事は?」

 亜美を庇う明日香に邦彦が尋ねると、

「確かに、実証例が少ないのは確かだけど……見間違える物なのかどうかは見えた本人で無いと……ねぇ、亜美ちゃん、どうなの?」明日香は亜美へと振り向いて尋ねた。

「……そう……間違いないのね……」明日香は亜美の言葉を聞いて頷く。

「本人に自覚が無い可能性はあるわね……じゃ、質問を変えて見ましょう」

 邦彦が手を放してから地面にへたり込んで、しゃくり上げる様に泣いている龍士に近付き、

「ねぇ、稲葉君。得意な事って無い?」と、明日香が、再び何時もの天使の笑顔を浮かべて龍士に尋ねた。

「ひっ、ひっく……おっ、お、お前ら……ひっく、いい加減にしろよな……冗談って……」

 龍士は涙目で明日香を睨み付ける。

 今や、明日香の天使の笑顔は、小悪魔の残酷な笑みに見える。

「あら、だって、皆正直に話したのに、貴方だけが言わないなんて、まだ信用せずに隠してるんじゃ無いかって疑われても仕方無いでしょ」

「だっ、だからってなあぁぁ!」

 ニコニコしながら、悪びれもせずに話す明日香に、龍士は言い知れようの無い怒りを覚えた。

「何よ、本気にする方もする方よ……一介の高校生が、そんな大それた事、本気ですると思ったの?」

「ばっかみたい……」

 明日香と翔子の二大美少女に、蔑んだ目で見下ろされ、怒りを通り越して情けなくなった龍士は、

「ばっ、馬鹿みたいって……おまえ……おまえら……こ、怖かったんだぞ!本気で怖かったんだぞ!」と、叫びながら泣き出してしまった……情け無い……

     ---◇---

「もう、機嫌直してよ……これ、おごりね!」

 何時もの天使の笑顔を浮かべながら、明日香が缶コーヒーを龍士へと差し出す。

 五人は再び食堂に戻り、拗ねている龍士を囲んで座っている。

「……イチゴ牛乳が良い……」

 隣に座る明日香の前にある、紙パックのイチゴ牛乳をチラッと見て、龍士がぼそっと呟いた。

「……もう、分かったわよ……」

 拗ねている龍士の、細やかな復讐に明日香は少し呆れながら席を立ち、イチゴ牛乳を買いに走った。

 しかし龍士は、明日香がストローで一口飲んだイチゴ牛乳と交換して貰えたら嬉しいなと、少し歪んだ欲望を思い描いていた。

 そして龍士は、せっかく明日香が買って来てくれたイチゴ牛乳を、渋々角を開けてストローを差した。

「それで、さっきの話だけど。稲葉君、何か得意な事って無い?」

「得意な事……」

 明日香にそう聞かれても、文才無し、絵心無し、音感無し、運動神経無し、体力無し、ギャグのセンス無し……の龍士にとって思い当たる節が無かった。

「……」腕を組んで考えている龍士が、

「得意と言えば……」と、何かを思い付いた様に呟くと、

「得意と言えば?」と、皆が龍士に顔を寄せる。

「肩揉み……かな?」

「肩揉み?……何、それ……」

 龍士の答えに、明日香が思わず眉を顰めて呟く。

「えっ、肩揉みだよ……ほら、こうやって揉み、揉みって……」

 龍士が明日香の目の前で、両手をにぎにぎさせる。

「知ってるわよ!そうじゃなくて、肩揉みが得意って、どう言う意味よ!」

 呆けた龍士の答えに、明日香が呆れて怒鳴り付けると、

「あうっ……怒りんぼ……」明日香の怖い顔を見て、龍士が顔を逸らして呟き、

「なんですって!」と、明日香が立ち上がり龍士を怒鳴り付けた。

「まあ、まあ……」翔子が困った様な顔で明日香の後ろから、明日香の肩を押さえて諌める。

「か、肩揉みで……貴方が肩を揉むと、どうなるって言うの……」

 怒りの余り、肩で息をしながら明日香が龍士を問い詰めると、

「どうなるって……良く分かんないけど、おばあちゃんや、お母さんには評判良いんだよ……あと、親父も、足のふくらはぎを揉んでやると、とっても気持ち良いって……」

「……」龍士の説明を、明日香は眉間にしわを寄せて睨みながら聞いている。

「……分かった……冷静に考えましょう……最初から否定的に物事を見ると、大事な物を見落とす恐れが有るわ……とにかく肩揉みが得意と言うか評判が良いと……じゃ、その効果を実証してみましょう」

 明日香は目を閉じて腕を組んで考えている。

「とりあえず、田原本君の肩を揉んで見て……」

「俺?」また実験台かよと、邦彦は少し不満気に自分を指差した。

「肩揉みで、何か実害が発生する恐れが有る?」

「そりゃ……無いとは思うけど……」

 明日香の言葉に反論出来ず、邦彦は嫌々ブレザーを脱いで、

「さぁ、やってくれ!」と、モルモットに成った心境の邦彦が、肩をぽんと叩いた。

「う、うん……」

 龍士は自信無さ気に、背中を見せる邦彦に近付き、両肩に両手を置いた。

 そして、徐に、もみもみと、邦彦の肩を揉み出した。

「……うっ……ふぇ……」

 揉み出して直ぐに邦彦の顔が緩む。

 明日香と翔子が邦彦の表情を不思議そうに眺めている。

「どうなの……」明日香が、邦彦の顔を覗き込む様に尋ねると、

「どうって……いや、これが……なかなか……なんて言ったら……良いのか……」邦彦は恍惚とした表情を浮かべ、力の抜けた声で感想を述べた。

「もしかして……」

 何かを思い付いたのか、明日香が揉んでいる龍士の手を掴んだ。

「えっ?」明日香に急に手を掴まれ、龍士が驚く。

 そんな龍士に御構い無く、明日香が龍士の手を引き上げ、

「熱くは……無いわね……」と、不思議そうに龍士の手を眺めている。

「何か……手から出ているのかな?」

 翔子も明日香に近付き、龍士の手を不思議そうに見詰める。

「肩こりと言えば……」

「……サロンパス……」

「それアウト。商品名出しちゃ駄目でしょ」……なんの話や……本社は佐賀です。

「炎症鎮痛効果がある薬剤成分が出ているの?」

「……じゃ、無いみたいね……」

「どうして?」

「薬剤だと、浸透する時間が要るわ……それにシャツの上からだし……」

「後、何かあったっけ……」

「ピップエレキバン……」

「それもアウト……」

 翔子と明日香が話しているのを聞いて、

「磁力か?」と、邦彦が尋ねた。

「……どうだろう……磁力の効果は、はっきりと肩こりに効くとは言えない所も有るし……」

「あら、そうなの?」

「磁力が人体に影響するかしないか……はっきりしないのよ。MRIって有るでしょ。あれも強力な磁力なんだけど……人体に影響は無いとしているのよね」

「でも、高磁場にさらされて、血液中のヘモグロビンに含まれる鉄分は?」

「極僅かの鉄分が磁場に反応しても、血流のスピードがそれ以上だと問題無いんじゃ無いの?良く知らないけど……」

「後、刺青している人とか化粧してたら駄目とか……」

「それに含まれる顔料が問題なの。磁場に反応して顔料が発熱するから」

「あの……」

 翔子と明日香が話し込む中、明日香に手を握られて、少し嬉しい気分の龍士が、遠慮気味に声を掛けた。

「これって……やっぱり超能力……でしょうか?」

「確かめて見ましょう……」

「確かめるって?」翔子の様子に、龍士は鞄の中を覗き込む様に見た。

「……これで」

 翔子が、鞄の中からカッターナイフを取り出し、刃をカチカチッと、全部出して、

「ひっ!」龍士の目の前に突き出した。

「大丈夫かよ……おい……」その光景に邦彦が思わず声を掛ける。

「何が?」何の事だと言わんばかりに翔子が聞き返す。

「いや、カッターの刃ってステンレスだろ……磁石に引っ付くか?」

「そっちか!そっちの事か!俺の体を心配してくれたんじゃ無いのか!」

 邦彦の冷たい言葉に、龍士が力いっぱい抗議すると、

「あっ……いや、それは……」と、邦彦は申し訳無さそうに顔を背けた。

 睨み付ける龍士を他所に、

「大丈夫よ、百円ショップの安物だから、磁石に付くわ」翔子は冷たく言い放った。

「安物でも切れるだろ!切れるよな!危ないよな!危険だよな!」

 龍士は目を向いて抗議するが、

「馬鹿ね、刃を当てなきゃ切れないわよ」翔子は何でも無いかのように答えた。

「……何で……こいつ等……もうちょっとソフトな物を思い付いてくれないんだよ……」

 龍士は美少女二人に、途轍もない絶望を感じた。

「まあ、とにかく……稲葉君。もう一度、田原本君の肩を揉んで見て」

「……分かったよ……」

 明日香の笑顔での催促に、龍士は渋々応じた。

 龍士にとって、既に明日香の笑顔は、悪魔の微笑にしか見えなかった。

 再び龍士が邦彦の肩を揉む。

 其処に翔子がカッターを近づける。

「刃を、む、向けるなよ……絶対だぞ……」龍士が弱弱しく注文すると、

「分かってるって……」と、翔子は、感情の無い目で龍士を見ながら、薄気味悪い笑みを口元に浮かべ、何故か声は楽しそうだった……怖い……

 そして、翔子が龍士の手に刃を近付けると、

「あっ、引っ付いた……」翔子が目を丸くして驚いている。

「えっ、ほんと?」明日香も興味信信で目を輝かせる。

「うん……結構、強く付いてる……」

 龍士の手からカッターの刃を離そうと引っ張るが、刃が離れずに撓んでいる。

 そして、翔子が少し力を入れて離そうとした時、パキンッと、乾いた金属音と共に刃が折れた。

「わっ!」龍士が慌てて手を引っ込めると、引っ付いていた刃が手から離れ床に落ちる。

「やっぱり磁力ね……」

「そうみたいね……」

「えっと……凄いのか?」

「磁力線よ!立派なものよ!」

 遠慮気味に尋ねる龍士に対して、明日香は笑顔を炸裂させて叫んだ。

「貴方の場合、発生させたフィールド内で磁力線を発生させているのよ。しかもカッターの刃が折れるぐらい強力なのよ、凄いわよ!」

 明日香に凄いと言われて、嬉しい気分であったが、

「でも、今まで気にもしなかった事を、凄いと言われても……なんか実感湧かないな……」龍士は複雑な気分だった。

「でも、今まで気付かなかったの?」

「えっ?……そうだな……全然……」

 翔子に聞かれて、思い出して見るが、全く思い当たらない。

「たぶん、揉んでいる間だけなんだと思う。磁力が発生しているのは……それに、フィールド内だけだから、他にも影響しなかったんだと思われるわね……」

 明日香が龍士の手を見詰めながら、顎に手を当てて分析している。

「……応用出来れば凄いと思う……」

「ええ……」翔子の言葉に明日香の顔が曇る。

「三輪さんもそうだけど、絶対に他の人に知られたら駄目よ……」

「何でだ……」

「十分、兵器利用されるって事……」

「自覚してるわ……」

 明日香の言葉に、翔子が真剣な目で答える。

「どうして……たかが、パチパチの静電気と、磁石だろ……人なんて殺せないよ……」

 何を大げさな事を言っているんだと言わんばかりに、呆れた顔で龍士が言うと、

「馬鹿ね……人を殺すだけが兵器じゃ無いわよ……」

「そうよ。今の時代、情報戦が大きな役目を背負っているの」

「情報……スパイとか?」

 二人の言葉に、貧弱な発想しか出来ない龍士が尋ねると、

「あのね……コンピューターとかレーダーとかの電子機器を使った情報戦よ」と、翔子が呆れる様に答えた。

「確かに……三輪や稲葉に限らず、俺達全員、兵器利用されるだけの、実用域に達した超能力者だと思う……」

「実用域?」龍士が邦彦に問い返すと、

「ああ、テレビに出てくる超能力者が居るだろ」

「ああ」

「あの連中が本当の超能力者だとして……何時間も掛けて、箱に入った図形を透視したり、確立の低い数字当てをした所で、使い道が無い……だけど俺達は……」

「確かに……アニメの超能力者に比べたら、全然貧弱だけど……実用域よね……」

「そうね……だから皆にお願いがあるの」

 不安そうに話す皆に向かって明日香が呼びかける。

「友達になるって簡単に言ったけど……本当にお願い……直ぐには無理かも知れないけど、お互いに信頼しあいましょう……ねっ、お願い……」

 明日香が真剣な顔で皆に、話すと、

「そうだな……お互い兵器には成りたく無いだろ?」邦彦が頷き、翔子を見る。

「そうね……変な疑心暗鬼も無しよ……あっ、山添さんが居たわね……監視されるのは好きじゃ無いけど……」

「止めて!亜美ちゃんは、そんな事しない!」

 亜美を見ながら話す翔子の言葉を遮り、明日香が叫んだ。  

「なっ……どうしたの?急に……」

 急に叫んだ明日香に驚き、翔子が訝しげに尋ねた。

「……ごめん……御免なさい……でも、三輪さんの言うとおり、お互いを疑う様な事はしないで……だから、信頼して……」

 明日香が言葉窄みに俯くと、後ろで亜美が心配そうに見詰めている。

「……わかったわよ……そうよね、ごめんね山添さん。変な言い方して……あれじゃ貴方が悪者だわ。ごめんね」

 翔子が笑顔で亜美に謝ると、亜美も初めて皆に見せる笑顔で答えた。


続きは何時になるか分かりません。

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