終わった気がしません…
お待たせ致しましたm(_ _)m
一応リィナおちびになる、の巻は終幕です。
シーリン。
それは精霊の総称。
世界が夢見た時代に生まれ出でた原初のイノチ。
混沌の気が凝った末に顕れたモノ。
混沌が支配する空間より現れた彼らは混じり、離れ、溶け合い、消し合い、
さまざまな命を作り出した。
限界まで凝らせ、混じり合った末に血肉を纏ったモノ。
離れ、互いを消し合った末に純粋な気の固まりを纏ったモノ。
前者は血肉を糧とし、他者の血肉で己の血肉を補う。
後者は世界を糧とし、世界に満ちる気を貪る。
世界が固定され、存在が固定された時、それらは『ヒト』となった。
『ケモノ』となった。
そして、それらは『シーリン』となった。
火が『火』と呼ばれたように。
水が『水』と呼ばれたように。
対極のようでいてその実、表裏の如く一身の存在として世界に放たれた、
混沌から生じたイノチ。
だからこそ。
世界は混じり合う。
何処かの世界の思想にあるように、火は究極の一つの元素ではない。
『火』の裡には、闇も光も風も…そして対極と言われる水さえも
内包しており、分かつ事は、最早不可能。
なぜなら、ソレは『火』と名づけられてしまったから。
名づけられたモノを変える事は、無に帰す事以外不可能。
それがこの世界の理。
存在しているイノチが、理解している理。
ただ一つ。
世界だけが理解している理も存在する。
世界はイノチ全てを糧とし、死した魂は世界に喰らわれる。
記憶を、知識を絞り取られた残り滓が再び魂を構成してイノチを纏う。
そうして世界は成長していく。
いつか。目覚める為に。
∞∞∞∞∞∞
思わずギュッと瞳を閉じて体を強張らせたリィナだったが、数秒経っても
衝撃が無い事に恐る恐る瞳を開いた。
「……ライト?」
自分の目の前に庇う様に立っているいる筈の無い存在を見つけて呆然と呼びかけた。
その呼びかけに振り返ったライトはにっこりと笑いながらリィナに手を差し伸べた。
「立てる?リィ」
「あ、…うん」
頭に疑問符を浮かべたままだったが素直にその手を取って立ち上がるリィナに、
ライトは更に笑顔を向けて口を開いた。
「お姫様のピンチに登場するのは騎士の役目だからね」
「……要するに探知結界と転移呪印仕込んでた訳ね」
「これが何の防御も無く人お前を一人にする訳がない」
リィナの疲れを滲ませた言葉をフォルテが若干同情を含んだような声音で、しかし
ばっさり切り捨てた。
これ、呼ばわりされたライトは「良く解ってるね」とにこにこと返した。
探知結界。
その名の通り、結界を張った人物の動向を術者が感知し危険を知らせるモノ。
そう言えば先週の結界の講義で張り方を習ったな、と現実逃避気味にリィナは思い出す。
フォルテとライトは2学年上だから応用編も叩き込まれている事だろう。
この世界では魔術も操気術も誰でも使える。
有るのは努力の有無と資質。
混沌から生じた世界故に、属性などは存在せず風も火も水も、世界に存在する現象全て
魔術で操る事は、出来る。
ただし、その魂に含まれる含有率によって多少使い易い、使い難いは存在する。
この学園で一通りの知識を学び、各々の好みも合わせて何を生業にして行くかを卒業する
までに決める。
リィナは在学半ばにして既に薬師としての地位も確立している。
ライトとフォルテは騎士を目指している…のかもしれないが、そういえば進路を聞いてい
ないとリィナはこっそり思う。
ただ、講義の取り方を見ていると剣術の実践訓練などに重きを置いているようなので、
そちら方面の生業に就くのだろう、と見当を付けている。
そこまで現実逃避した頭で考えて、はたと我に帰った。
そう言えば、さっきシーリンに攻撃された、んだった。けど、何か静か?
現状を思い出して慌ててシーリンに目を向けると、シーリンは魔術で全身をぐるぐるに拘束
されて蓑虫状態で横倒しになっていた。
むーむーと涙目で唸りながらもぞもぞと動いている。
「うわぁー…」
哀れなその姿に思わず、声を漏らすと、フォルテと小声で何かを話していたライトがリィナに
顔を向けた。
「リィ。こいつどうする?」
「え?」
「消しても良い?」
フォルは止めろって言うんだけどさ、と軽い口調で言ったライトにリィナは驚いて口を開いた。
「消す!?」
「うん。だってリィに危害を加えようとしたんだ。当然だろ?」
「いやいやいや、当然じゃないし、消すまで酷い事してないよね!?」
「リィは優しいね。リィに何かしようとした時点で存在すら消去するのは当たり前じゃないか」
「当たり前じゃないから!ちょっとそれ行き過ぎだから!!」
爽やかな笑顔できっぱりと言い切ったライトにリィナは思わず全力で反論した。
そしてその勢いでシーリンの方へ駆けだすと、彼の口の部分の拘束を緩めた。
魔術の締め付けが半端では無い事に気づいた為だ。
「ちょっと君、大丈夫?」
「だ、だいじょ…近寄るな!」
素直にお礼を言いかけた少年は、うっすら頬を赤くしてそっぽを向いた。
「ふぅん?助けて貰ったリィにそんな態度取るんだ?」
「ちょっ…やめてライト!!」
にっこりと瞳だけ冷たい笑顔を張り付けたライトが瞬間移動の如き素早さで移動してきたかと
思うと、笑顔のまま少年を踏み潰した。
ぐえ、と踏みつぶされた蛙のような呻き声を上げたシーリンの様子に驚いてリィナが抗議の声
を上げると、渋々ライトは足をどけた。
「大丈夫?生きてる?」
「リィナに暴言を吐いたんだから死刑にしても足りない位だよー全く」
後ろで物騒な事をぼやくライトを無視して慌ててシーリンの上半身を抱えて踏まれた個所を
手で確認する。
そうしながらちらり、とフォルテに視線を向けると、フォルテは一度微かに頭を頷かせた。
「だ、大丈夫だから放せ!!」
「んー大丈夫そうね。で、何で『ずるい』のか教えてくれる?」
「…放せ!!」
「教えてくれたら放すよ〜?」
「うぅ…ずるい」
「うん。何がずるいの?」
努めて優しく柔らかく諭すような声でそう問いかけると、真っ赤になったシーリンが床に視線
をやったままうぅぅと小さく唸る。
ゆっくりとあやす様に少年の背中を小さく叩いて待っていると、シーリンが思い余ったように
口を開いた。
「ずるいんだ!」
「うん」
「ずるい!何時も結界がある」
「うん?」
「結界はあるし、こいつが居るし、ずるい!!」
「んんん?」
「ずるいぞ!お前!!そんなの有ったら近づけない!」
「は?」
けっかい?ちかづく?
言われた言葉の意味が理解できずに数秒呆然としていたら、自力で拘束を解いたらしい
シーリンはリィナの緩んだ腕を振りほどき、「ずるいんだからな!」と叫んで姿を消した。
………はぁ?
全くもってシーリンの行動の理由が分からないリィナは、そのままの姿勢で首を傾げた。
「…あの餓鬼。殺して良いよね?ていうか次見つけたら即座にコロス」
フォルテに後ろから羽交い絞めにされたままライトはぶつぶつと笑顔でそんな事を呟き。
フォルテはそんな彼らを見ながら胸中で盛大な溜息を一つついた。
リィナは直ぐに元の姿に戻るだろう…が。
平和で穏やかな日常は何所にあるのだろうか?
そう問わずにはいられない現状だった。