知る覚悟は、あるかい?
「いい加減妹離れしないのか」
その言葉にライトは面白がるように口の端をにっと上げた。
※※※
その日、何時ものように二人以外誰もいない空き教室で次の講義までの空き時間を潰していた。
どこかに行くには時間が中途半端な時、そして他人の視線が煩わしいとき、二人はそれぞれ静かな空間を探した。
が。静かな空間というのは以外に少ない。
それだけ学院にヒトが多い、という事ではあるが、別々に行動していても目的地が被る事が多く、お互い干渉するような性格ではないから妥協してこうなった。
今では二人が同じ時間に空いている場合は、誰も居ない場所でお互い干渉しあわずに過ごしている。
もともと寡黙で他人を寄せ付けないフォルテはもとよりだが、ライトにも他人を寄せ付けない部分がある。
その社交的な雰囲気に騙されうっかり踏み込みすぎた人間は本人すら気付かない内に遠ざけられた。
彼が真実受け入れているのはリィナしかいない。
そしてその事を知っているのは、恐らく本人であるライトとリィナ、それからフォルテ位だろう。
フォルテは二人と関わるようになって程無くの頃に目敏く気付いたが、それを口に出すことなく流した。
フォルテにとって気付いたからといって興味を覚えるものでも、騒ぐほどでもなかったからだ。
そしてそれをライトも気付いて内心面白がっていた。
フォルテは『自分も同じだから』気付いたのだと思っているようだったが、どんな感情であれ、ライトの内心の感情に気付ける人間は殆どいない。
同じタイプは他にもいるが、彼らは全く気付いていないし、例えば彼らがフォルテと同じ条件、同じ立ち位置だったとしても気付かないだろう。
それほど己の精神制御が上手い、というのも有るには有るが、それだけではない理由がライトにはあった。
だから、フォルテはライトにとって色々な意味で『面白い』人間だった。
そんなフォルテが何を思ったか、不意にした質問に、ライトは興味を覚えた。
今まで口にすらしなかった質問をした、その意図に。
「どうして?」
どうしてそんな事を聞く?しかも今更?
どうして僕がリィナから離れなきゃいけない?
そんな意図をまとめて一言で問い返した。
フォルテは感情を窺わせない瞳でライトをしっかりと見据えながら、ゆっくりと口を開いた。
「シーリン」
「あはははは。なるほどそういう意味か。うん。離れる理由が無いね」
端的な一言を読み取って、ライトは盛大に笑い出した。
シーリンは本来ヒトの前に姿を顕さない。
漂い、消滅するだけの存在。
世界を糧とし、世界に喰らわれる、モノ。
ヒトから溢れた過剰な力を糧とするが故に、ヒトに近付かない存在。
近付いてしまえば、己の器以上の力を取り込みかねないから。
取り込んでしまえば、壊れるのが世界の理。
わざわざ自殺のような真似をするシーリンは居ない、という事だ。
「シーリンの悪戯でリィナが幼児化した時、わざとしつこいほどにリィナを構った」
「うん。周囲のハエを牽制できるし、護衛もできるし、何より僕が楽しいからね。お得だね」
心底楽しそうに相づちをうつライトに静かな視線を向けながら、フォルテは更に口を開く。
「それなのに悪戯で壊された器具が散乱してたあの場所で、リィナが怪我してるか確認する素振りも無かった。何時もはリィナが嫌がるほど構い倒すのに」
「あらら。状況判断は視線だけで事足りた、って解釈もあるけど?」
「お前なら『見た感じないと思うけど』と前置きして確認するだろう?」
「そこまで僕の事を理解しているわけだ?うーん、気持ちは嬉しいけど、僕にはリィナがいるからごめんね」
「一番気になったのがリィナの反応だ」
お互い既に察していることを整理するように1つずつ淡々と答え合わせしていくフォルテの言葉に、ライトはわざとらしく茶化すような発言をするが、フォルテは一切反応せず、マイペースに先を続けた。
「オレが『珍しい』と言ったら驚いていた。お前の態度も含めて不思議だったから気になったんだ。そもそもシーリンが悪戯する時点であり得ない事だしな。彼女にとってはシーリンが傍に居ることは当たり前なんだな」
確信しているようなフォルテの口振りに、ライトはひょい、と軽く肩をすくめた。
「さあね。僕が見てる限りリィの傍にシーリンが居たことは無いからね」
「お前が傍に居るとシーリンを遠ざけられる、という事か」
「あれ?そんな深読みしちゃうんだ。穿ち過ぎるのは判断を誤らせるよ」
どこまでも茶化した物言いを崩さないライトの様子に、フォルテは小さく嘆息した。
「確かにどうとでも取れる状況証拠ばかりだがな。だが、リィナが『シーリンが傍に居る状態』を普通だと思っているのは本人に確認済みだ。彼女にとって、隠すような事では無くて、ただ聞かれないから喋らないだけなんだな」
フォルテの言葉に、ライトは一瞬よりも短い間ではあったが、感情を一切削ぎ落とした瞳でフォルテを射抜いた。
次の瞬間には、にこやかな表情を浮かべてフォルテに向かって口を開いた。
「シーリン…アレらの存在意義を君は知ってるかい?」
その声音は静かだったが、どこか狂気を孕んでいるような、危うい声音だった。
ライトのモノを測るかのような瞳には気付かなかったが、その口調にうすら寒さを覚え、フォルテは目を見張った。
「そうだね。僕は『シスコン』だからリィを構う訳じゃあ、ないよ。フォルテ。君が気付いたようにね。だから『妹離れ』はしないんだよ」
そうだ。こんな話を知ってるかい?
にこやかにそう問いかけると、ライトは返事を待たずに語りだした。