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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

湊先輩とパンケーキ

作者: 冬槻ぱきら
掲載日:2026/05/19

企画参加作品です。

可愛い先輩とパンケーキを食べに行く話です。

たぶん、そんなに長く焼き切れるタイプの話ではありません。

少しでも何か残れば嬉しいです。

 大学で同じゼミの湊先輩と一緒に、帰り道を歩いていた。湊先輩は、みんなから面倒見いいって評判で、誰とでもうまくやる人だ。社交的で明るくて、——あと、かわいい。


 自分とは正反対だと思う。そんな湊先輩のことが、実は少し気になっている。


 道の途中、湊先輩が立ち止まったので、自分も止まる。「しあわせのぱんけーき」と書かれた店の前で。


湊先輩は、その看板を見ていた。


「この店、前から気になってたんだよね」


「そうなんですね」


パンケーキと湊先輩。


すごく、似合いそうだと思った。


 窓の外から中を覗いてみると、店内は女の子同士や男女のカップルでいっぱいだった。


 明るくて、可愛らしい雰囲気の空間。甘い香りが漂っていそうだ。


湊先輩は店内を見ながらぽつりと言った。


「あー……でも、男二人で行ったら浮きそうだ」


 その後、少し考えてから、「……それっぽくすればいけるかも」と小さく呟いた。


 どういう意味か考える前に、「いいですよ」って答えてた。














 次の休日。着替え終えて鏡の前に立つ。そこには、淡い色のヒラヒラしたトップスに、同じく淡いふんわりとしたスカートを組み合わせ、頭にはセミロングヘアのウィッグを被った男の姿があった。


(何をやっているんだろう……)


 可愛らしいパンケーキ店に合わせるために、女装することになった。


それが、湊先輩と過ごすための条件だった。


 自分でも、少しおかしいのではないかと思う。だけど、湊先輩の希望に添いたい。そう思ったから。


でも。


(……湊先輩の方が似合いそうだな)


小さく息を吐く。


(……そろそろ出ないと)


 服に合わせて用意したフェイクレザーの小さいショルダーバッグを肩にかけ、玄関で白いスニーカーに足を入れる。


 ドアノブに手を伸ばして——一瞬だけ躊躇した後、外に出た。












店の前で待っていると、湊先輩がやってきた。


一瞬だけ、こちらに目を向ける。


「……いけそうだね」


湊先輩のその言葉に、少しだけ安心した。










 店内に入った瞬間、甘い匂いに包まれる。甘くて、暖かい。今の自分の格好も、この場所なら受け入れてくれる気がした。いや、そうであってほしい。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」


「はい」


「お席にご案内します。こちらへどうぞ」




 にこやかな店員に案内されて、小さい二人用の席に、湊先輩と向かい合って座る。


「当店はパンケーキの専門店でございまして、お客様のご希望に合わせたトッピングをお選びいただけます。こちらのメニューからどうぞ」


 テーブルに置かれたメニュー表を覗き込む。パンケーキに載せるフルーツや、かけるソースの種類をいろいろ選べるみたいだ。……種類が多すぎて、よく分からない。


「また、季節限定のフェアを行っております。よければご利用ください」


 フェア用のメニューを渡される。ラミネート加工された紙には、『春の苺フェア』と書かれ、苺が載ったキラキラしたパンケーキの写真が添えられていた。


「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びくださいませ」


 店員は最後にそう言うと、軽く一礼をして去っていった。




「すごいね。色々選べるんだ」


 湊先輩は、メニュー表に書かれたトッピングの説明を熱心に読んでいる。かわいい。


 自分は、『春の苺フェア』のメニューに目を向ける。こちらはトッピングが決まっているらしい。たくさんの中から選ばなくていいのが分かりやすくて、楽だと思った。


——そういう方が、間違えない気がした。




「……決まったよ。そっちは?」


湊先輩の言葉に、一拍遅れて頷いた。


 自分が何を食べたいかより、ここで何を選ぶのが正しいのかが、先に浮かんだ。








 ベルを押して、注文をする。湊先輩は、色々なフルーツやアイス、ソースのトッピングを選んで注文していた。あと、ドリンクセットで紅茶。自分は、飲み物のことは考えていなかったので少し慌てた。さっき見ていたフェアのメニューもドリンクセットにできるみたいだったから、湊先輩と同じ紅茶を選んだ。


 パンケーキは、出来上がりまで二十分もかかるらしい。出来上がりまで何をして過ごせばいいのか分からない。特に意味もなく、テーブルに置かれたメニューの宣伝や、お知らせの紙などを手に取って見る。


 湊先輩はテーブルに置かれた細長い籠に手を伸ばし、中からプラスチック包装されたおしぼりを取り出した。


「はい」


「あ、ありがとうございます……」


 手渡されたおしぼりの袋を開けて手を拭く。拭きながら湊先輩の方を見ると、おしぼりの袋は開けられることなく手元に置かれたまま。


その視線は、自分の手元に向けられていた。


(……タイミング、間違えた?)


 急に不安になる。でも、おしぼりの袋はもう開けてしまって戻せない。


 少し迷った後、正解が分からないまま、無言でおしぼりを畳んで机の隅に置いた。




「失礼いたします。先にお飲み物をお持ちしました」


「ありがとう」


 テーブルにポットとティーカップが二つずつ置かれる。ポットには、キルト生地のカバーがつけられていた。


「少し蒸してからどうぞ。お熱いので、お気をつけください」


置かれたポットに目を向ける。


(……少しって、どのくらいだろう)


 周りを見れば分かるかと思ったけど、先に飲み始めている人ばかりで、判断がつかない。どのくらい待つのが、正しいんだろう。




 しばらくそのまま待っていると、湊先輩がポットに手を伸ばし、カバーを外した。


 自分も慌ててカバーを外す。白い陶器で作られた、丸い形の可愛らしいポットが出てきた。


 ポットを持ち、ティーカップに紅茶を注ぐ。赤っぽい液体でカップが満たされ、白い湯気が立ち上がった。


カップを持ち上げて、口をつける。


「あっつ!」


「……大丈夫?」


舌をやけどした。一旦カップを置いて、水を飲む。


 カップを手に取り、息を吹きかけて、少しだけ冷ます。


 もう一度、口をつける。舌先は少しヒリヒリしたが、口に含むと良い香りが広がり、それでいてスッキリとした味わい。


……美味しい。


「何も入れない派なんだね」


 その言葉にハッとして目を向けると、湊先輩は紅茶にミルクを入れているところだった。先の切られたスティックシュガーも、テーブルに置かれている。


 ミルクを入れ終わると、湊先輩はスプーンを手に取って軽くかき混ぜた。


(……まずい。また間違ったか?)


 カップを置き、湊先輩と同じように紅茶に砂糖とミルクを入れる。


スプーンでかき混ぜる。


口にする。

……甘い。


でも、温度はさっきよりも飲みやすくなった。


「……面白いね」


 見ると、湊先輩が自分を見て微笑んでいた。何が面白かったのかさっぱり分からないけど。それでも、湊先輩の笑った顔が見られるなら、それでいいと思った。




「休みの日って、普段何してるの?」


 そう尋ねられ、言葉に詰まる。大学の課題と家事を片付けたら、家でゴロゴロしながらスマホを見ているだけ。こんな場で語れるようなエピソードは思いつかない。


 かと言って、架空の休日を捏造して話すのも違うだろう。


「……家事、ですかね」


なんとか、無難そうな回答を絞り出す。


「そっか。……一人暮らしなんだもんね。大変だ」


湊先輩はそう言うと、紅茶に口をつけた。




その後も、いくつか質問された。


 質問にはちゃんと答えているはずなのに、自分のことを話している気がしなかった。









 しばらくすると、焼きたてのパンケーキが運ばれてきた。


 自分の前に置かれたのは、先ほどメニューの写真で見たそのままの、苺とクリーム、ソースがトッピングされたパンケーキ。なんだかキラキラしてる。


「うわー、すごい!かわいいね」


 湊先輩はポケットからスマホを取り出すと、パンケーキに向ける。


「せっかくだし、一緒に撮る?」


言われるがまま、机の中央に顔を寄せる。


そのまま、一緒に写った。


「シェアしとくね」


 湊先輩がスマホを操作する。すぐに自分のスマホに通知があり、今撮った画像が届けられていた。


並んで写る二人。


 いつも通りかわいい湊先輩と、見慣れないセミロングヘアの自分だった。


チラリとだけ見て、テーブルに伏せた。




 パンケーキにフォークを刺すと、ものすごくフワフワだった。


 口に入れると、中の生地がトロトロしすぎて生焼けみたいに感じた。あんまり好きじゃないと思った。


湊先輩はパンケーキを頬張ると、にっこり笑う。


「美味しいね」


「美味しいですね」


湊先輩が、こちらの皿を見つめてくる。


「……そっちも食べてみたいな」


「いいですよ」


皿を入れ替えて、一口ずつ食べてみる。


 湊先輩の選んだトッピングは、すごく美味しかった。


 でも、生焼けみたいなパンケーキが、あまり好きになれなかった。







 全部食べ終えて、息をつく。パンケーキっておやつみたいだけど、量が多くて食事みたいだった。




「ねぇ」




反射的に顔を上げると、湊先輩と目が合った。


その顔は、真顔だ。




「もうしなくていいよ」




その言葉が、なぜか少し寂しく感じられた。


理由は、分からなかった。













ここまで読んでくださってありがとうございました。

甘い空気の中に、少しだけ温度の違うものを混ぜたくて書いた話でした。

他にも短編や長編を書いています。

気が向いたら、そちらも覗いていただけると嬉しいです。

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