湊先輩とパンケーキ
企画参加作品です。
可愛い先輩とパンケーキを食べに行く話です。
たぶん、そんなに長く焼き切れるタイプの話ではありません。
少しでも何か残れば嬉しいです。
大学で同じゼミの湊先輩と一緒に、帰り道を歩いていた。湊先輩は、みんなから面倒見いいって評判で、誰とでもうまくやる人だ。社交的で明るくて、——あと、かわいい。
自分とは正反対だと思う。そんな湊先輩のことが、実は少し気になっている。
道の途中、湊先輩が立ち止まったので、自分も止まる。「しあわせのぱんけーき」と書かれた店の前で。
湊先輩は、その看板を見ていた。
「この店、前から気になってたんだよね」
「そうなんですね」
パンケーキと湊先輩。
すごく、似合いそうだと思った。
窓の外から中を覗いてみると、店内は女の子同士や男女のカップルでいっぱいだった。
明るくて、可愛らしい雰囲気の空間。甘い香りが漂っていそうだ。
湊先輩は店内を見ながらぽつりと言った。
「あー……でも、男二人で行ったら浮きそうだ」
その後、少し考えてから、「……それっぽくすればいけるかも」と小さく呟いた。
どういう意味か考える前に、「いいですよ」って答えてた。
次の休日。着替え終えて鏡の前に立つ。そこには、淡い色のヒラヒラしたトップスに、同じく淡いふんわりとしたスカートを組み合わせ、頭にはセミロングヘアのウィッグを被った男の姿があった。
(何をやっているんだろう……)
可愛らしいパンケーキ店に合わせるために、女装することになった。
それが、湊先輩と過ごすための条件だった。
自分でも、少しおかしいのではないかと思う。だけど、湊先輩の希望に添いたい。そう思ったから。
でも。
(……湊先輩の方が似合いそうだな)
小さく息を吐く。
(……そろそろ出ないと)
服に合わせて用意したフェイクレザーの小さいショルダーバッグを肩にかけ、玄関で白いスニーカーに足を入れる。
ドアノブに手を伸ばして——一瞬だけ躊躇した後、外に出た。
店の前で待っていると、湊先輩がやってきた。
一瞬だけ、こちらに目を向ける。
「……いけそうだね」
湊先輩のその言葉に、少しだけ安心した。
店内に入った瞬間、甘い匂いに包まれる。甘くて、暖かい。今の自分の格好も、この場所なら受け入れてくれる気がした。いや、そうであってほしい。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「はい」
「お席にご案内します。こちらへどうぞ」
にこやかな店員に案内されて、小さい二人用の席に、湊先輩と向かい合って座る。
「当店はパンケーキの専門店でございまして、お客様のご希望に合わせたトッピングをお選びいただけます。こちらのメニューからどうぞ」
テーブルに置かれたメニュー表を覗き込む。パンケーキに載せるフルーツや、かけるソースの種類をいろいろ選べるみたいだ。……種類が多すぎて、よく分からない。
「また、季節限定のフェアを行っております。よければご利用ください」
フェア用のメニューを渡される。ラミネート加工された紙には、『春の苺フェア』と書かれ、苺が載ったキラキラしたパンケーキの写真が添えられていた。
「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びくださいませ」
店員は最後にそう言うと、軽く一礼をして去っていった。
「すごいね。色々選べるんだ」
湊先輩は、メニュー表に書かれたトッピングの説明を熱心に読んでいる。かわいい。
自分は、『春の苺フェア』のメニューに目を向ける。こちらはトッピングが決まっているらしい。たくさんの中から選ばなくていいのが分かりやすくて、楽だと思った。
——そういう方が、間違えない気がした。
「……決まったよ。そっちは?」
湊先輩の言葉に、一拍遅れて頷いた。
自分が何を食べたいかより、ここで何を選ぶのが正しいのかが、先に浮かんだ。
ベルを押して、注文をする。湊先輩は、色々なフルーツやアイス、ソースのトッピングを選んで注文していた。あと、ドリンクセットで紅茶。自分は、飲み物のことは考えていなかったので少し慌てた。さっき見ていたフェアのメニューもドリンクセットにできるみたいだったから、湊先輩と同じ紅茶を選んだ。
パンケーキは、出来上がりまで二十分もかかるらしい。出来上がりまで何をして過ごせばいいのか分からない。特に意味もなく、テーブルに置かれたメニューの宣伝や、お知らせの紙などを手に取って見る。
湊先輩はテーブルに置かれた細長い籠に手を伸ばし、中からプラスチック包装されたおしぼりを取り出した。
「はい」
「あ、ありがとうございます……」
手渡されたおしぼりの袋を開けて手を拭く。拭きながら湊先輩の方を見ると、おしぼりの袋は開けられることなく手元に置かれたまま。
その視線は、自分の手元に向けられていた。
(……タイミング、間違えた?)
急に不安になる。でも、おしぼりの袋はもう開けてしまって戻せない。
少し迷った後、正解が分からないまま、無言でおしぼりを畳んで机の隅に置いた。
「失礼いたします。先にお飲み物をお持ちしました」
「ありがとう」
テーブルにポットとティーカップが二つずつ置かれる。ポットには、キルト生地のカバーがつけられていた。
「少し蒸してからどうぞ。お熱いので、お気をつけください」
置かれたポットに目を向ける。
(……少しって、どのくらいだろう)
周りを見れば分かるかと思ったけど、先に飲み始めている人ばかりで、判断がつかない。どのくらい待つのが、正しいんだろう。
しばらくそのまま待っていると、湊先輩がポットに手を伸ばし、カバーを外した。
自分も慌ててカバーを外す。白い陶器で作られた、丸い形の可愛らしいポットが出てきた。
ポットを持ち、ティーカップに紅茶を注ぐ。赤っぽい液体でカップが満たされ、白い湯気が立ち上がった。
カップを持ち上げて、口をつける。
「あっつ!」
「……大丈夫?」
舌をやけどした。一旦カップを置いて、水を飲む。
カップを手に取り、息を吹きかけて、少しだけ冷ます。
もう一度、口をつける。舌先は少しヒリヒリしたが、口に含むと良い香りが広がり、それでいてスッキリとした味わい。
……美味しい。
「何も入れない派なんだね」
その言葉にハッとして目を向けると、湊先輩は紅茶にミルクを入れているところだった。先の切られたスティックシュガーも、テーブルに置かれている。
ミルクを入れ終わると、湊先輩はスプーンを手に取って軽くかき混ぜた。
(……まずい。また間違ったか?)
カップを置き、湊先輩と同じように紅茶に砂糖とミルクを入れる。
スプーンでかき混ぜる。
口にする。
……甘い。
でも、温度はさっきよりも飲みやすくなった。
「……面白いね」
見ると、湊先輩が自分を見て微笑んでいた。何が面白かったのかさっぱり分からないけど。それでも、湊先輩の笑った顔が見られるなら、それでいいと思った。
「休みの日って、普段何してるの?」
そう尋ねられ、言葉に詰まる。大学の課題と家事を片付けたら、家でゴロゴロしながらスマホを見ているだけ。こんな場で語れるようなエピソードは思いつかない。
かと言って、架空の休日を捏造して話すのも違うだろう。
「……家事、ですかね」
なんとか、無難そうな回答を絞り出す。
「そっか。……一人暮らしなんだもんね。大変だ」
湊先輩はそう言うと、紅茶に口をつけた。
その後も、いくつか質問された。
質問にはちゃんと答えているはずなのに、自分のことを話している気がしなかった。
しばらくすると、焼きたてのパンケーキが運ばれてきた。
自分の前に置かれたのは、先ほどメニューの写真で見たそのままの、苺とクリーム、ソースがトッピングされたパンケーキ。なんだかキラキラしてる。
「うわー、すごい!かわいいね」
湊先輩はポケットからスマホを取り出すと、パンケーキに向ける。
「せっかくだし、一緒に撮る?」
言われるがまま、机の中央に顔を寄せる。
そのまま、一緒に写った。
「シェアしとくね」
湊先輩がスマホを操作する。すぐに自分のスマホに通知があり、今撮った画像が届けられていた。
並んで写る二人。
いつも通りかわいい湊先輩と、見慣れないセミロングヘアの自分だった。
チラリとだけ見て、テーブルに伏せた。
パンケーキにフォークを刺すと、ものすごくフワフワだった。
口に入れると、中の生地がトロトロしすぎて生焼けみたいに感じた。あんまり好きじゃないと思った。
湊先輩はパンケーキを頬張ると、にっこり笑う。
「美味しいね」
「美味しいですね」
湊先輩が、こちらの皿を見つめてくる。
「……そっちも食べてみたいな」
「いいですよ」
皿を入れ替えて、一口ずつ食べてみる。
湊先輩の選んだトッピングは、すごく美味しかった。
でも、生焼けみたいなパンケーキが、あまり好きになれなかった。
全部食べ終えて、息をつく。パンケーキっておやつみたいだけど、量が多くて食事みたいだった。
「ねぇ」
反射的に顔を上げると、湊先輩と目が合った。
その顔は、真顔だ。
「もうしなくていいよ」
その言葉が、なぜか少し寂しく感じられた。
理由は、分からなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
甘い空気の中に、少しだけ温度の違うものを混ぜたくて書いた話でした。
他にも短編や長編を書いています。
気が向いたら、そちらも覗いていただけると嬉しいです。




