頑張れ!
そう言って連れてこられたのは意外にも空き教室だった。
クラスでの優しい顔から一転して、少女、夜月 眠は、冷酷な人間、とでも言うかのような表情だった。
教室での姿が、心優しい少女だとするなら、ここでの姿は、氷の女王とでも言うべきか。
「……夜未知を知っているんだな」
感情をなるべく抑え夜月に問う。
「ええ、彼女は悪夢にいる」
一拍置いて、底冷えするような声で夜月は言った。
「門の時も悪夢がどうたら言ってたが…………どう言う事だ?」
「ギリシアの夢の神を知ってる?」
放置されていた机の上のホコリを夜月はつまらなそうに払いながら、こちらへ問う。
「モルペウス……のことか?モルヒネの語源になったとかいう……」
「そう、モルペウス、私の家ではモルフェウスの方で呼ばれてた」
机に座りこちらを眺める。
こちらを見つめる瞳は、少し寂しそうに見えた。
「神話はある程度併合するの……、だから、かの神は悪夢とも併合した」
まあ、元が同じなら、という話だけれど。と夜月は付け加える。
「神は今も夢想している、その産物が悪夢の門」
「一度開けば”狂想”と呼ばれる怪物を生み出し、世界を殺す」
そう言って夜月はこちらを睨んだ。
……いや、あまりの眼光にこちらが勝手に気圧されただけなのだが。
「狂想が人に巣食った今、夜未知を救うには貴方は無力」
けれど、そう言って夜月は言葉を止めた。
「?……おい、どうしたんだよ?」
その顔はどこか遠くを眺めているようで──。
「伏せて!!!!」
夜月がこちらへ飛びかかる。
ドゴオォォォォォォォォォォォォオ!!!!
視界が揺れて拍子に瞑ってしまった目が開けない。
地震?が収まり恐る恐る目を開けると、廊下側の壁がぶち抜かれ、あたりに椅子や机の破片が散乱した教室があった。
「……え?」
全身が震えて喉にもうまく力が入らずに、かすれた声が出た。
理解が出来なかった。
一瞬で何が起きたんだとか、なんで夜月は気づけたんだとか、でも、何よりも、猫の怪物が、姿を消していた、手をプランとさせた、彼岸華 夜未知をネズミのようにくわえていた事実に、
────理解が遅れた。
「立ってッ!!逃げるよ!」
口調を殴り捨て夜月は俺の手を取り教室を出て走った。
「あれが、狂想、本人の恐怖の象徴をかたどって、悪夢に出現する」
「そしてあれを殺すことができるのは素質を持つものだけ、それは貴方も……」
夜月は何かを言いかけて、止める。
「とりあえず、逃げて、あの狂想は私が殺す」
そして、夜月はあの化け猫、……狂想の方へ駆けていった。
遠のいていく夜月の後ろ姿を眺めて、俯く。
その顔には深い絶望があった。
言い訳のように、口には出さずに頭の中で呟く。
(最初は助けたいと思っていた)
子供のように膝を抱えそこに顔を押し付ける。
こうするだけでもさっきの圧倒的な暴力が、傷だらけのあいつの姿が瞼に映り体を震わせる。
『今は?』
誰に対してでもない言い訳の言葉に、誰かの声が頭の中へ返ってきた。
(……今も思ってるさ、でもどうしようもないんだ)
鬱陶しさを払うように
そう、朝日 目醒は自分に言い聞かせた。
『どうしようもない、もう無理だ、って、まだ始まってすら無いじゃん』
当たり前のように、興味がなさそうに、「声」は言った。
「え?」
思わず声が出た。
『だって、逃げ出してきたんだろ?あの子に任せて』
思わず下唇を噛んだ。
「お前になにが分かんだよ!今度も!目の前で怯えてなにも出来なかったんだぞ!!!また、…………救えなかったんだ、……結局俺には、なにも……」
はあ、なんてわざとらしく、「声」はため息を付いた、そして優しい声色で言う。
『君なら救えるさ、そもそも、この悪夢で戦えるのは君たちのような、【夢】の中でも自由に【力】振るえない不器用な人だけ』
『忘れたのかい?』なんて、子供をなだめるように「声」が言った。
……不思議と、何を言わんとしてるのかがわかるような気がして、気づいたらその言葉を言っていた。
「『無力な人間でも頑張ればソレを希望に変えられる』」
「……よし!行くぞ!!」
視界が一気に晴れたようになって、
気づけば、俺は駆け出していた。
『……じゃ、夜未知を頼んだよ、僕達の朝日──』




