気付かない
月の光をバックに、紫色の瞳をした少女はこちらを見下す。
「貴方は助けたいの?
──────死ぬかもしれないのに。」
いつものように、月明かりの下で歩き回って。
いつものように、友達のバイト先冷やかして。
いつものように、人生を歩いていく。
走馬灯のように、記憶が駆け巡る。
例えば、ほんの数時間前、今朝のことだ。
あくびをしながら、俺、朝日 目醒は学校への道を歩いていく。
昔は俺も眠ったら夢を見てたんかなぁ、なんてふと思ったことを青空を瞳に映しながら考える。
そんな事を考えていた。が、その時突如背中から衝撃が加わる。
「おーううぃ!!」
「グッ……!!」
大型犬のような少女、彼岸華 夜未知、が背中にタックルをカマましてきた。
「で、よ。大型夜未知ちゃんはなぜ、俺の背中に飛び乗ったのかしら?」
「貴方がバイト先を毎度毎度冷やかしに来るからですパーンチ!!」
「おぐぁッ……!!!」
は、腹が…………死ぬ。
…………あ、まず。
「…………朝ごはんが出る」
「え゛!!!」
…………そんなこんなありつつも、俺は学校に着いたのだった。
付け加えるのなら、俺の尊厳は守られた。
キーンコーンカーンコーン
もはや三年の付き合いになる、昼休憩を知らせるベルを聞き流し、後ろの無礼者の机に自分の席をくっつける。
「今朝はよーくもやってくれたなぁ、夜未知ィ…………」
恨みがましく、目の前の猛獣女を睨みつける。
「そう言えば、学校に来てから朝日君ずっとこんな調子だけど、夜未知ちゃんなにしたの?」
机をくっつけながら、そんな事を言ってくれる、この男は子守 懺悔、なぜか下の名前で呼ばれることを嫌うので、俺は子守と呼んでいる。
「俺はコヤツのせいで婿にいけなくなる所だったんだ」
「私はこいつのせいでバイト先でずっとからかわれているんだけど!」
子守はため息をつき言った。
「あーあー、なるほどね、いつものことか、痴話喧嘩も程々にね」
「「はぁ!?」」
夜未知と俺の声が見事重なる。
「舐めたこと抜かすなら、たとえお前でも容赦はせんぞ子守ィ……!」
子守に対して、俺は指をさして憤慨する。
「そうだそうだ!!私をこんなゲロハッキーとお似合いなんてライン超えだぞ子守!!!」
「だぁれが悪臭魔人ゲロハッキーだ!!!」
「そこまで言ってないでしょ!?このバカアホ間抜け不健康!!」
ンだとォ!!!なんて俺は夜未知へ殴りかかる。
そんなことをやっていたからか、
「………………ごめんね」
────俺はそのつぶやきを聞き逃した。
子守のその、──────底がない深い絶望を。
五時間目の授業は国語。
うつらうつらと、しながらも耐えていると後ろからすでに寝息が聞こえはじめ、ため息が出る。
俺もこうはなるまいと、意識を新たにするが、人の欲求には逆らえぬもので…………。
ゆらゆらと、揺り籠に揺られているような安心感を感じながら目を覚ました。
「ッ!!!」
目を見開く、暖かった気がした体が急速に冷えていく。
そこにあったのは巨大な”門”だった。
人が門を這いコンクリートでそのまま固められたような装飾があり、視界に入れるだけで冷や汗が吹き出る。
そして何よりも、その門が開いているという事実になにか言いようもない後悔と恐怖を感じた。
「……女の子?」
その門の向こう側、そこには”紫色の瞳”をした白い髪を腰まで伸ばした少女が居た。
「”これ”は、悪夢の門……、パンドラの蓋、閉じなければ世界は眠りにつく」
「は?」
引きつったような、潰れたような、そんな声が出た。
喉が無性に乾く、悪い夢でも見ているかのようだ。
「そう、ここは悪い夢、悪夢、門は開いた、だから閉じなければならない」
「っ……!?」
息を呑む、まるで思考を読めるかのような、言葉に、何を考えているかもわからない、その思考に、ただひたすら恐怖する。
ギギギギギ
「え?」
ギギギギギギギ
門が動いた、不快な音を奏でながら、門の扉は動かず、ただ門そのものがこちらへ向かって、動き出した。
心臓がうるさい。
今は、呼吸する音だってうるさく感じた。
猛スピードで向かってくる門はこちらを飲み込もうとしているようだった。
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
喉が張り裂けんくらい叫んで。
”椅子から転げ落ちた。”
「昼寝なんかするからだ!さっさと椅子に座り直しなさい」
なぜか数学の担任教師がこちらへ注意した。
頭が対して回らないながらも、笑い声に包まれるクラスに少しホッとする。
「もう、なにしてるの?」
なんて言って伸ばされた手を掴む。
「ああ、悪いわ……る……い?!」
その掴んだ手は、
────”白雪のような髪を腰まで伸ばした紫色の瞳をした少女だった。”
少なくとも、こんなやつはこのクラスには居ない。
未だに立ち尽くしてなにも言えない俺を無視して、少女は俺の後ろ、夜未知の席へ座った。
「おい、朝日、せっかく夜月に感謝したならさっさと席にもどれ」
──誰だ?
「い、いや、だって、そこの席、夜未知の席じゃないですか?!」
何を言っているんだろうか、コイツは、年だからってボケるのはまだ早──。
「お前こそ何を言っているんだ?」
数学教師が眉をひそめる。
「よみち?なんて生徒、このクラスに居ないじゃないか」
「何言って……、やづき?こそこのクラスに居な──」
クラスが少しざわつく。
「ねえ、よみち、なんて子知ってる?」
仲良しグループのうちの一人が会話を始める。
「さあ?目醒の夢じゃない?」
足が少し、ふらついた。
「どうした?もう”六時間目だ”。授業が終わるまで待てるか?無理なようなら……」
教師が心配そうに言ったが「大丈夫です」なんて一言言って席につくのが今の精一杯だった。
そんな俺には知る由もない、後ろの席の少女の瞳は不思議と何かに揺られていたことなんて。
放課後、”後ろの席から声がかけられた。”
「ねえ、彼岸華 夜未知の行方について……」
「知りたい?」
その声はゾッとするほど、こちらを気遣うよな優しい声色だった。
「一応、聞いておくぞ」
────嘘じゃないんだな?




