第9話 Scene:翼「後悔してないのか?」
土曜の午前中、颯の家で集まることになった。
それぞれに食べたいものを持って集まる。颯が場を取り仕切る。
「まず、出場するイベントだけど、8月の野外フェスでいいか?」
「オッケー」
「はーい」
「いいね」
アマチュアバンドだけでの開催だが、決して小さくはない。
「演奏曲なんだけど、これが俺たちの考えた候補なんだけど」
そう言って、ノートを広げる。
(俺たち?)
颯に悪気はないだろうが、その言葉は引っかかる。
俺らに招集かける前に、望とは打ち合わせ済みってことか。
「いいんじゃない?」
「俺も、いいと思う」
光に続いて、俺も賛成した。
「よっしゃー!そうと決まれば、早速練習だ!次、いつ集まる?」
「それなんだけど、光の仕事が結構入って来てて、そんなに時間取れないかも知れないんだ」
仕方がない。光が自分で選んだことだ。
「そっかぁ。じゃ、私たちだけでも出来るだけたくさん、練習しておこうねー」
颯ににっこりと微笑む望、残酷だな。
「ごめんね。私も、自主練できるだけしとくから」
見てられねえな、光。
解散して、バイトに行った。
俺は引っ越し屋のバイトで、週末メインだ。
「月岡君、そっち持って」
「はい」
体を動かす労働にして正解だった。
もう、光の仕事も、望のフェスも、颯と女たちとの関係も考えたくなかった。
「月岡君さ、来週末も来られるかな?」
「日曜なら」
「じゃ、急で悪いんだけど、入ってくれるか?」
「はい」
光はカフェのバイトを辞めていた。
もともと就活でバイトの日数を減らしつつあったから、引き止められることも無かったようだ。学校と就活の狭間で、俺たちのバイト事情も変化を求められる。
引っ越し屋のトラックで帰り道の途中にあった家の前で降ろしてもらった。
買い物袋を持った光と会う。
「買いに行ってくれたんだ、サンキュー」
「うん。適当に」
今日の夕飯当番は俺なのだ。
「リクエストはなに?」
「え?」
「何か食いたいもんがあったから買い出しに行ったんじゃないのか?」
「手間かけさせて悪いんだけど……」
「マジか」
引っ越しのバイトでクタクタだから、簡単に済ませたかったのにな。
「焼うどんで」
「どこが手間なんだよ」
笑える。
「なんか、飲みたくなっちゃって、お酒買ってきちゃった」
「いーねー」
光とリビングで小さな宴会を始める。
もちろん、恋愛感情とは違うが、こいつと過ごす時間は特別だ。
エプロンを着けてキッチンに立つと、光が並んできた。
「おっ、手伝ってくれるのか?」
「サラダ作る」
「いーねー」
うちの両親は医者で、地方の大学病院で何かの研究に没頭している。小さいときは婆ちゃんが面倒を見てくれたが、高校生以降、二人でやってきた。寂しいと思ったことはない。いつも光がいたからな。
「颯と別れたのか?」
「……」
「仕事の為か?望の為か?」
「……どちらかというと、後者」
「後悔してないのか?」
「すでに後悔してる。付き合い始めた時点で、後悔は始まってた」
よくバレずにここまでやって来たと感心する。
「颯はなんて?」
「なんも。ただ、私が別れたいって言って、返事はもらってないけど帰ってきちゃった」
「辛いな」
「ん」
焼うどん、キムチ、サラダ、昨日の残りのひじきの煮物、ポテトチップス……
「完璧じゃない?」
「いーねー」
俺はビール、光はグレープフルーツ味の酎ハイで乾杯した。
「飲み過ぎないようにな、明日、仕事あっから」
「もうっ、思い出させないで!」
「いやいや、大事なことだし!」
屈託のない光の笑顔、そう言われてみれば久しぶりだ。
颯と付き合って、それを必死で隠してる間、常に気を張ってたんだろうな、と想像する。
「もぉ、せっかく楽しもうと思ってたのに」
ぶぅたれてる妹に、お兄ちゃんとして精一杯の協力をする。
「分かったよ。明日は起こしてやるし、車で寝ててもいいから、今日はパァーっと好きにやれよ」
とは、言ったものの……
まさか、ここまで酔いつぶれてしまうとは。
「おい、風呂入れよ」
「んー、明日でいい」
肩を組んで部屋まで連れて行く。
「ほら、パジャマどこだよ?着替えろよ」
「もお、このままでいい」
「そっか、そっか」
ベッドに放り投げて、部屋を出る。
平気そうに見えてたけど、相当、堪えてるんだな。
リビングに戻り、散らかった部屋を片付ける、食器を洗って、電気を消す、シャワーを浴びて、自室に入りパソコンを開く、目に飛び込んでくる光のCM……
「完全にバズっちゃってるな」
この前のヘアケア商品のCMが大人気だ。
明日はこのシリーズの続きを撮影しに行く。
「顔とか、浮腫んでるんじゃないか?」
女の事情はよく分からないが、光が、せめて仕事では自分のいいところが発揮できますように、と願う。
ふ、と、望と颯の姿が頭をよぎった。
光と別れて、颯が望に近付いたのか?
だとしたら……ムカムカしてきたから、俺も、もう寝よ。




