第59話 Scene:翼「これからもずっと一緒に居ような」
卒業式の日は快晴だった。
「なぁ、あの衣装、翼が選んだんだって?」
光の方を顎で指しながら颯に絡まれる。
「鼻の穴膨らんでんぞ」
「いやぁ。いい仕事してくれたって思ってさぁ」
「じゃあ、貸しな」
「どうやって返す?」
小学校からずっと一緒だったこいつとは、春からは別世界だ。
光は颯の家に引っ越すと言い出した。颯は入社後、研修続きで家には居ないそうだが、だからこそ一緒に居れるときは出来るだけ長く居たいよな。
「やっぱいい。光が世話になるお礼ってことでチャラ」
真面目な顔になる颯。
「すぐにじゃないけど、いつかプロポーズするから」
「ああ。お似合いだと思うよ」
「そしたら……お兄さんと呼ばせて……」
ボカッ、頭を殴る。
「ふざけんな、嫌だよ」
「じゃあ、せめて、翼さんと……」
「あのなぁ!」
颯とふざけた殴り合いは数えきれないほどやって来た。そして、この関係はこれからも続いて欲しいと強く願う。
「どーしたのー?」
いつもより一段と愛くるしい望がやってくる。
「なんでもないよ」
望の手を取る。
颯と光が手を繋いで後から来る。
通った大学ではなく、指定された大きなフォーラム会場に向かう。
「はぐれんなよ」
「おうー!」
色とりどりの同じような格好をした、同じような年の人ばかりだ。望のことならすぐに見つけられる自信はあるけど、一分たりとも時間を無駄にしたくない。
大きな講堂でマイクの音が響く。
「それでは卒業生を代表して……」
見たことはあるけど、話したことはない学生が前に出て演説を始める。
とんでもなく退屈な式典が始まった。じっと座っていられない望に後ろから声をかける。
「ケイコさんになっとけ」
声が届いた途端に、お人形のように静かになる望。
それを見た光が笑いを堪えている。
「なんにでも使えそうだね、それ」
「まあな」
淡い橙色の着物が似合う。光はやりたいこと、コスメのマーケティング・営業の仕事を、就職課を通さず自分で見つけてきた。小さい頃から内気で、何事にも淡白な取り組み姿勢が気になっていたが、ここ最近、急激に変わった。
「田中さん、いい人なの?」
「すごく!頼りになるし、素敵な先輩なの」
「よかったな」
「うん!」
生き生きとした顔が見られて嬉しい。
「翼はどうするの?」
「あ、言ってなかったっけ?」
俺と望はコンビニでバイトする事にした。次のドラマが決まれば、二人揃って休むことになるが、それまでには新しいバイトも見つかるだろう。そもそも望一人では入れるシフトに制限が付いてしまい、雇ってもらえそうになかった。俺が一緒に入ることで、二人同時にねじ込めたのは、ある意味ラッキーだった。
「そっか。一緒なら安心だね」
「仕事帰りにでも寄ってくれ」
「そうする。うふふ」
この先、望の芸能活動がどうなるのかは分からない。だけど、なんとなく上手くいくんじゃないかという予感がする。望はいつだって、少し強引にでも夢を叶えてきているから。
退屈な卒業式は、着飾った苦労の割りにはあっさりと終わった。周囲の学生……じゃなかった、新社会人たちは、楽しみにしていた謝恩会に移動する。俺たちの学部は近くのホテルに会場を押さえているらしい。
「もー、大人だねー!」
「本当、私たち、学生じゃなくなるんだね」
腕を組んだ望と光のひそひそ声が聞こえてくる。
言葉にはしないけど、俺も全く同じ気持ちだ。不安と期待が入り混じる、今までに感じたことが無い興奮。
こっちの会場は立食で、騒然としている。
卒業生のプロのスポーツ選手がゲストで現れ、皆、前の方に注目して集まっていく。
「いよいよ学生生活も終わりだな」
返事がないので、颯をちらりと見る。「やっぱり」そう言って、ハンカチを渡す。
「お前は泣くと思った」
「お姫様たちには言うなよ」
「あいよ」
スポーツ選手に興味がないのか、お腹が空いているだけなのか、人だかりから外れた望と光が食事を皿に乗っけて歩いていた。
「あ、颯が泣いてるー」
望が気付いてしまった。光と颯を二人にしてやる。
「前、見に行くか?」
「えー?どーせ見えないよー」
「抱っこしてやろうか?」
「いいのー?」
嬉しそうに両手を俺に伸ばしてくる。
そもそも壁際の一番後ろの方に陣取った俺たちは、後ろに迷惑をかけることもなければ、壇上からも見えないだろう。少し屈んでひょいっと、お尻の下と膝の下を腕で抱える。望が俺の首に腕を回す。
「すごーい、たくさんいるねー」
望が俺の耳に顔を近付けて言った。くすぐったいからやめて欲しい。少しのけ反った俺の反応を見て、望が遊びだす。俺の耳にふぅ~っと、息をかけてくる。睨みつける。その顔をペロッと舐められた。まじか、くそ。
「降ろすぞ」
「ダメー!」
強く顔を抱かれて、動けなくなる。こうして、いつだって、俺は望に逆らえない。
「分かったから離せ」
力を緩め、ピッタリと俺に体を預けたまま前を見ている望。そう言えば、下から見ることはあまりなかったな。
「これからもずっと一緒に居ような」
望がビックリした顔でこっちを見る。
「そんなの当たり前でしょー!」
完




